写真はイメージです。(AIによる生成)プロフィール
お名前:なおみんさん(ニックネーム)
年代:50代
性別:女性
家族構成:夫と2人暮らし(子ども2人は独立)
仕事:無職(元大学教員)
がんの種類:乳がん(HR陽性HER2陰性、ルミナルA)
診断時ステージ:ステージ2B
悪性度:グレード1(低悪性度)
診断年:2015年
現在の居住地:滋賀県
※本体験談は、患者さん個人の経験に基づくものです。治療の経過や副作用には個人差があります。オンコロマイストーリー含め、ネット上の情報には、進行や再発といった厳しい闘病を経験された方の発信が多く残る傾向がありますが、実際には再発なく平穏に過ごされている方も数多くいらっしゃいます。情報の一つとして受け止め、治療方針の決定の際には、必ず主治医や医療従事者にご相談ください。
2015年7月、脇の下のリンパ節の腫れに気づき、クリニックを受診したなおみんさんは、乳がんのステージ2Bと診断されました。治療を続けながら仕事を続けていましたが、7年後にリンパ節と骨への転移が判明。転移治療による長期の副作用や体力の低下に直面し、「自分の人生をどう生きたいか」を見つめ直した結果、仕事を退職する決断を下しました。自ら情報収集を行いながら治療に向き合う姿勢や、現在は患者会での活動、がん教育の外部教師としての準備を進めながら前向きに充実した日々を送るなおみんさんに、治療の経緯や心の変化についてお話しいただきました。
脇の下のしこりに気がつき、自らクリニックを受診
2015年7月、左の脇の下のリンパ節が少し腫れていることに気がつきました。私は元々医療者(看護師)として働いており、当時は大学の看護学部で教員をしていました。そのため、この腫れを見つけた瞬間に「これはまずいな」と直感し、すぐに県内にある乳腺専門のクリニックを受診しました。
毎年、職場の健康診断は受けていましたが、日々の業務に追われて時間が取れず、がん検診は受けていませんでした。周りの同僚も同じような状況だったため、がん検診はどうしても後回しになっていました。クリニックで超音波(エコー)検査や細胞診、生検などの一連の検査を受けた時点で、医師からは「乳がんの可能性が高い」と言われており、私自身もある程度の覚悟はしていました。
受診したクリニックは、手術から抗がん剤治療まで一通り対応できる体制が整っていたため、病院を変えずにそのままそこでお世話になることを決めました。最終的な検査の結果、ステージ2Bのホルモン受容体陽性、HER2陰性(ルミナルA)であることが確定しました。腫瘍の悪性度を示す数値(Ki-67)は低く、おとなしめのがんだと説明を受けたため、指示された治療をしっかりクリアできれば、すぐに命に関わる状況ではないと冷静に受け止めていました。
乳房温存手術から術後治療をしながら仕事へ復帰
治療方針として、まずはリンパ節への転移があったため手術を行い、その後に抗がん剤治療、そして10年間のホルモン治療を行うことが決まりました。手術は全摘出ではなく、乳房温存手術を選びました。全摘出して再建手術を受けるよりも、その後の放射線治療が必要になったとしても、その方が自分の負担が少ないと考えたからです。
8月のお盆直前に約10日間入院し、乳房温存手術と脇の下のリンパ節郭清を行いました。入院中に1回目の抗がん剤治療(パクリタキセル)を受けましたが、特に大きな問題がなかったため、退院後は外来で通院しながら治療を続けました。
仕事については、幸い夏休み期間中であったことや、新設されたばかりの大学でまだ全学年の学生が揃っていなかったこともあり、職場から「体調を見ながら出勤してくれていい」と配慮していただきました。当初は1か月の休職予定でしたが、手術の回復も考慮して2か月に延長してもらい、9月中旬から仕事に復帰しました。復帰後も、午前中に抗がん剤の治療を受けてから午後に出勤するなど、電車での通勤時間をずらしてもらいながら、なんとか仕事を続けることができました。
当時、上の子どもは高校生、下の子どもは小学生でしたが、病気のことは隠さずに伝えました。小学生の下の子どもには詳細までは理解できなくても、「お母さんは病気で手術や治療をする」ということはしっかりと伝わっていたようです。
副作用については、抗がん剤投与の2日後くらいに強い倦怠感がありましたが、無理をせずに過ごすことで寝込むほどではありませんでした。パクリタキセルの影響で手足のしびれは出ましたが、日常生活に大きな支障はなく、脱毛に関してもクリニックにあった頭皮を冷やす装置を使用していたため、最初は帽子で対応できる程度で済みました。放射線治療を終えた後は、ホルモン療法(トレミフェンとリュープリン)を開始しました。
7年後の転移と終わりの見えない治療への不安
初発の治療から7年が経過した2022年7月、左の鎖骨上のリンパ節がプクッと腫れているのに気づきました。局所的な転移であったため、まずは手術で腫れたリンパ節を摘出し、その後半年間、再びパクリタキセルによる抗がん剤治療を行いました。
しかし、抗がん剤治療を終えて経過観察に入ってからわずか5か月後の2023年6月、今度は別のリンパ節2か所と骨の1か所に転移が見つかりました。そこで、再度パクリタキセルによる治療を開始しましたが、リンパ節と骨への転移は増大していきました。PET検査などで全身への広がりを確認した後、2024年1月からはパクリタキセルに加えて、分子標的薬(アバスチン)を追加した治療が始まり、現在も継続しています。
3年以上にも及ぶ長期の抗がん剤治療により、体へのダメージが蓄積し、徐々に副作用が重くなっています。治療中は手足を冷却して副作用の軽減に努めていますが、特に足のしびれと重さがひどく、長距離を歩くと疲れやすくなりました。以前は自分で高速道路を運転していましたが、控えるようになりました。また、足がむくむため常に着圧ソックスが手放せず、髪の毛も抜けたり生えたりを不規則に繰り返すため、初発の時とは違う不安を感じています。
一生この治療を続けなければならないのか、正常な機能までダメージを受けてしまうのではないかという葛藤があり、今後の治療方針や自分の人生の過ごし方について、主治医としっかり相談していきたいと考えています。
※がんの薬物療法に伴う副作用の出方や程度には、大きな個人差があります。また、現代の医療では副作用をあらかじめ予防したり、症状を抑えたりする対策(支持療法)が非常に進歩しています。体験談の描写に過度な不安を抱かず、主治医や医療スタッフに安心してご相談ください。
医療者としての知識と自ら情報収集を行う姿勢
看護学部の教員であり医療従事者としての知識があったため、医師の専門用語も概ね理解することができ、診察時間を有効に使うことができました。しかし、通院先のクリニックは非常に混雑しており、診察時間は限られています。そのため、聞きそびれを防ぐために「今日絶対に聞きたいこと」を必ずメモにまとめてから診察に臨んでいました。
また、医師にすべてをお任せするのではなく、自分でも積極的に情報収集を行いました。初発の際は手術のメリットとデメリットを調べ、転移が判明してからは、転移後の5年生存率や標準治療などどんな治療選択があるのかを調べました。患者会や講演会に参加している乳がん専門の医師から意見を聞くなど、セカンドオピニオンに近い形で他の医師の見解も参考にしながら、現在の主治医の治療方針に納得して治療を続けています。
リンパ浮腫の予防についても、術後数年経ってから左腕にだるさや重さを感じたことを機に、動画サイトでリンパマッサージの方法を調べて実践したり、医療用の弾性スリーブを着用したりと、セルフケアを継続しています。
退職の決断と「自分の人生」への気づき
転移を経験し、私は2024年の夏に大学教員を退職する決断をしました。長引く抗がん剤治療の影響で、階段を上るだけで息が上がるなど体力の低下を感じていたことに加え、ケモブレイン(抗がん剤による認知機能の低下)なのか年齢的なものなのか、以前のように複数の業務を同時にこなす自信がなくなってしまったことが大きな理由です。職場からは業務を調整するから戻ってきてほしいと温かい言葉をいただきましたが、いつまた病状が悪化するかわからない中で、重要な仕事を任せてもらえなくなる状況は自分にとって辛いと感じました。
退職した直後は、これまで積み上げてきたものが崩れ去り、自分の価値がなくなってしまったように感じてひどく落ち込み、外出も控える日々が続きました。ずっと家族のため、学生のため、仕事のためにすべてを優先し、自分を後回しにして生きてきたからです。
しかし、どん底まで落ち込んだ後、時間ができたことで自分自身の人生を振り返る余裕が生まれました。「いつ元気がなくなるかわからないのなら、今の元気なうちに、今まで忙しくてできなかったことをやろう」と気持ちを切り替えることができたのです。
患者会との出会いとがん教育への取り組み
退職し、ちょうど下の子どもが大学進学で家を出たタイミングで、以前から存在は知っていたものの忙しくて参加できていなかった県内の乳がん患者会に入会しました。
それまでは、一部の必要な方にしか自分が乳がんであることを伝えていませんでしたが、患者会では同じ病気を持つ仲間と本音で語り合うことができました。夫にも言えなかった治療のつらさや不安を、素直に表現できる安心で安全な場所に出会えたことで、心がとても軽くなりました。言葉にして伝えることの重要性に気づき、それ以降は新しく出会う人にも病気をオープンに話せるようになりました。家と職場の往復だった生活から一変し、病気を通して新しい世界の人たちと出会い、友人になれたことで、今は充実した日々を送っています。
現在は、病気を経験した自分だからこそできることとしてがん教育の外部教師になるための研修を受けています。命の大切さやがん検診の重要性を子どもたちに正しく伝え、少しでも誰かの役に立ちたいと考え、準備を進めています。
今、がんと向き合っている方へのメッセージ
今、がん治療をしている方にお伝えしたいことがあります。
自分の人生をどう生きたいか考えてみてください
治療方針を決める際、医師にすべてをお任せするのではなく、自分自身で情報を集め、患者としての力をつけることが大切です。「自分はどうしたいのか」「この先の人生をどう過ごしたいのか」という意思をしっかりと持ち、医師と協働しながら納得のいく選択をしてほしいと思います。
自分のやりたいことを見つけ人生を歩んでください
人生は一度きりです。治療中にはつらいこともたくさんあると思いますが、気持ちをしっかりと持ち、病気に振り回されるだけでなく、自分が本当にやりたいことを見つけて、後悔のないようにやり切っていただきたいと心から願っています。
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