写真はイメージです。(AIによる生成)プロフィール
お名前:眠猫さん(ニックネーム)
年代:40代
性別:女性
家族構成:夫と子ども2人との4人暮らし
仕事:無職(診断時はフルタイム勤務)
がんの種類:子宮体がん、卵巣がん(重複がん)
診断時ステージ:ステージ3(子宮体がん、卵巣がん)
診断年:2025年
現在の居住地:福岡県
※本体験談は、患者さん個人の経験に基づくものです。治療の経過や副作用には個人差があります。オンコロマイストーリー含め、ネット上の情報には、進行や再発といった厳しい闘病を経験された方の発信が多く残る傾向がありますが、実際には再発なく平穏に過ごされている方も数多くいらっしゃいます。情報の一つとして受け止め、治療方針の決定の際には、必ず主治医や医療従事者にご相談ください。
2025年12月、仕事帰りに激しい腹痛に襲われた眠猫さんは、通りがかったクリニックへ駆け込み、そこから救急搬送されました。搬送先の病院からさらに別の病院へ搬送され、緊急手術を受けた結果、子宮体がんと卵巣がんのステージ3と診断されました。翌年1月には追加の手術を受け、その後は約5か月間にわたるTC療法を受けました。治療による副作用で仕事を退職せざるを得なくなったものの、治験という新たな選択肢を模索し、自身の人生を豊かにするために里親制度への挑戦を始めた眠猫さんに、治療の日々と心の変化、そして周囲への感謝の思いについてお話しいただきました。
突然の激痛と救急搬送
2025年12月、当時私はフルタイムで働いていました。夕方17時半ごろ、バイクで帰宅中の道で突然、尋常ではない激しい腹痛に襲われました。
自分で救急車を呼ぼうにも、道端では現在の位置を正確に説明することができません。そこで、まずは人がいる近くのスーパーへ飛び込み、そこから救急車を呼んでもらおうと考えました。しかし、少し先に内科クリニックの看板が見えたため、そちらへ駆け込みました。痛みはどんどん強くなり、自分で電話ができない状態だったため、クリニックの医師が救急車を呼んでくれ、搬送されることになりました。
2度の救急搬送と緊急手術の決断
最初に搬送された病院では、盲腸などの消化器系の疾患が疑われましたが、「痛みの場所が盲腸とは違うようだ、婦人科系の疾患の可能性が高い」と判断されました。しかし、その病院には婦人科の医師がいなかったため、再び救急車に乗り、婦人科のある別の総合病院へ搬送されました。
2度目の搬送先でようやく婦人科の医師に診てもらうことができました。医師からは「卵管がねじれている(卵管捻転)可能性がある。開腹してみないとわからないが、緊急でねじれを戻す手術をする必要がある」と説明され、私は痛みに耐えながら手術の同意書にサインをしました。
そのとき、夫は出張中で不在でした。私は痛みのあまりほとんど話せる状態ではなかったため、詳しい状況の説明や確認は、医師から直接、出張中の夫へ電話で行われました。私はそのまま手術室へと運ばれました。
卵巣腫瘍の発見と予期せぬがんの告知
私が麻酔から覚めたのは、翌朝の7時ごろでした。私はてっきり卵管のねじれを治す手術が終わったのだと思い込んでいました。仕事のことや、家で待っている子どもたちのことが心配になり、急いで会社と子どもたちに電話をかけました。
会社には「救急車で運ばれたので数日お休みします」と伝え、子どもたちにも手短に状況を知らせて電話を切りました。その後、病室に主治医がやってきて、予想もしていなかった事実を告げられました。
「開腹してみたところ、卵管のねじれではなく、卵巣に腫瘍が見つかりました。ご主人と電話で相談し、緊急で腫瘍を摘出しました」という事後報告でした。さらに医師は「病理検査(組織診)の結果を待たないと確定はできませんが、腫瘍の顔つきからして、おそらくがんではないかと思っています」と言いました。卵管の手術だと思って目覚めた直後に「がんかもしれない」と告げられ、頭の中が真っ白になりました。
子どもたちへの思いと周囲の助け
緊急で病院へ駆け込んだため、子どもたちには「病院で薬をもらってから帰るね」としか伝えていませんでした。その後、急遽救急車で搬送されることになったため、近所の友人に連絡し、子どもたちの夕食を買って届けてもらうようにお願いしました。 友人がお弁当を届けてくれた際、「お母さん、救急で大変だけど頑張ってね」と声をかけてくれたことで、子どもたちは初めて私が大きな病院へ運ばれたことを知り、とても驚いたそうです。その後、夫からも子どもたちへ電話をして状況を説明してくれていましたが、私は痛みのあまり直接子どもたちと話すことができず、不安な思いをさせてしまったことを申し訳なく思いました。
入院中、夫は出張から戻って顔を出してくれましたが、自営業ということもあり、日々のサポートはご近所の友人たちに頼る部分が大きかったです。友人たちは様子を見に来てくれたり、差し入れをしてくれたりと、本当に親身になって助けてくれました。一人ではないと感じられ、とても心強かったです。
重複がんの確定と追加の根治手術
摘出した腫瘍の病理検査の結果、卵巣だけでなく子宮体部にもがんが見つかりました。これらは転移ではなく、それぞれ別々に発生した子宮体がんと卵巣がんの重複がんであることがわかりました。ステージは両方とも3でした。
最初の手術はあくまで緊急的な腫瘍の摘出であったため、がんを根治するためには、広範囲に切除する追加の手術が必要でした。年が明けた2026年1月5日、私は再び、傍大動脈リンパ節や大網などをすべて摘出する手術を受けました。
TC療法の副作用と仕事の退職
1月末からは、再発を防ぐための術後補助化学療法として、TC療法(パクリタキセルとカルボプラチン)という抗がん剤治療が始まり、激しいしびれやだるさに悩まされました。
特につらかったのは、「ブレインフォグ(ケモブレイン)」と呼ばれる症状でした。頭の中に常に霧がかかったような状態になり、書類を読んでいても内容が頭に入ってこないなど、判断力や集中力が著しく低下しました。
当初は、抗がん剤の投与の合間を縫って仕事に復帰しようと試みました。しかし、治療を重ねるごとに薬が体に蓄積し、疲労感やしびれがひどくなっていきました。以前のようにパッと起き上がれず、すべての動作がゆっくりになってしまい、仕事でもミスが重なるようになりました。
「できない自分」に直面する日々は想像以上にストレスで、会社で突然涙が止まらなくなることもありました。医師からも「今は仕事と少し距離を置いた方がいい」とアドバイスを受け、有給休暇や傷病手当の期間も限られていたため、6月にフルタイムの事務職を退職する決断をしました。今は体力の回復に専念し、また元気になったら復職しようと考えています。
※がんの薬物療法に伴う副作用の出方や程度には、大きな個人差があります。また、現代の医療では副作用をあらかじめ予防したり、症状を抑えたりする対策(支持療法)が非常に進歩しています。体験談の描写に過度な不安を抱かず、主治医や医療スタッフに安心してご相談ください。
治験という新たな選択肢の模索
現在は予定されていた抗がん剤治療をすべて終え、画像検査でもがんが取り切れていることが確認できたため、2か月に1回の経過観察に入っています。
治療が一段落した今、一番の不安は再発です。そこで再発した場合は治験の選択肢の一つとして検討したいため、治験に参加できないかと模索し始めました。
主治医の診察時間は短く、じっくりと相談する余裕がないため、私は自分で治験情報を調べ、該当しそうなものにマーカーを引いて、主治医に「この中で私が対象になるものはありませんか」と直接尋ねました。主治医からは「ここでは治験は行っていない」と言われましたが、もし条件に合うものがあればがんセンターへ紹介状を書いてもらえるよう、前向きにお願いをしています。
「治験はモルモットのようだ」というネガティブなイメージを持つ方もいるかもしれませんが、私はコロナ禍で国産の新型コロナワクチンの治験に参加した経験があり、治験コーディネーターの方がこまめに体調を確認してくれたことで、かえって安心感を得られた経験があります。そのため、治験への抵抗はなく、むしろ詳細な検査や病態の確認を手厚くしてくれると思っています。
里親制度への挑戦と子どもたちの成長
この闘病生活を通して、高校生と中学生の子どもたちの成長を強く実感しました。私が病気で動けなくなったことで、自分たちでできることは自分たちでやり、私の体調を気遣ってくれるようになりました。きょうだい喧嘩も減り、お互いを思いやる言葉を交わしているのを聞いたとき、「ああ、この子たちはこんなにしっかり成長してくれたんだ」と、とても嬉しく頼もしく感じました。
がんになり、仕事を辞めたことで、今後の人生の過ごし方について改めて考えるようになりました。実は以前から、子どもと接することが好きで、夫とも「もう一度、小さな子どもを育ててみたいね」と話し、里親制度に興味を持っていました。がんになる少し前にもパンフレットを取り寄せたり、説明会に行ったりしていました。病気の発覚により計画は完全にストップしていますが、この秋から里親になるための研修を本格的に受講し始める予定です。
がんに直面し、苦しい治療を経験したことで、「もし10年後、15年後に自分の命がどうなるかわからないのなら、自分が心から楽しいと思える、居心地の良い環境で過ごしたい」という思いが明確になりました。どん底を経験したからこそ気づけた周囲の人たちの温かさや絆を大切にしながら、これからの人生は自分のやりたいことに素直に向き合い、後悔のない時間を過ごしていきたいと考えています。
今、がんと向き合っている方へのメッセージ
今、がん治療をしている方にお伝えしたいことがあります。
どん底に落ちたからこそ気づける温かさがあります
がんを告知されたとき、誰もが大きなショックを受けてどん底に落ちると思います。しかし、そのどん底にいるからこそ、普段の健康なときには見過ごしてしまっていた、周囲の人の優しさや温かさに気づくことができます。友人からの何気ない差し入れや家族の気遣いなどが、生きるための支えになります。
あなたは決して一人ではありません
闘病中は「自分は一人ぼっちだ」と思い込んでしまいがちですが、決して一人ではありません。自分が気づいていないだけで、手を差し伸べてくれる人はたくさんいます。一人で抱え込まず、周囲の助けを素直に受け入れてください。病気になったからこそ得られた気づきや絆は、その後の人生を豊かにしてくれるはずです。
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