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肝細胞がんの繰り返す再発と向き合いながら、がん当事者にしかわからない共感を支えに今を生きる

[公開日] 2026.08.14[最終更新日] 2026.08.10

写真はイメージです。(AIによる生成)
プロフィール お名前:銀子さん(ニックネーム) 年代:50代 性別:女性 家族構成:夫と2人暮らし 仕事:銀行員(休職中) がんの種類:肝細胞がん、肺がん 診断時ステージ:不明 診断年: 2025年 現在の居住地:愛知県
※本体験談は、患者さん個人の経験に基づくものです。治療の経過や副作用には個人差があります。オンコロマイストーリー含め、ネット上の情報には、進行や再発といった厳しい闘病を経験された方の発信が多く残る傾向がありますが、実際には再発なく平穏に過ごされている方も数多くいらっしゃいます。情報の一つとして受け止め、治療方針の決定の際には、必ず主治医や医療従事者にご相談ください。 2025年8月、銀子さんは突然の激しい腹痛で救急搬送され、肝細胞がんの破裂による腹腔内出血と診断されました。搬送先の病院で緊急の止血処置を受けた後、大学病院へ転院することになりました。しかし、転院先での検査で肝臓内にがんが多発していることがわかり、当初想定していた手術ではなく、薬物療法から治療を開始します。その後は強い副作用に苦しみながらも治療を続け、その過程では肺がんも見つかりました。肝炎ウイルスを持たず、飲酒の習慣もない「正常肝」からの発症という珍しいケースに戸惑いながらも、病気を受け入れ、自分らしい生き方を見つけるまでの経緯についてお話しいただきました。

突然の激しい腹痛による救急搬送

2025年の夏、夜寝ているときにお腹を触った際、右のわき腹にしこりのようなものがあることに気がつきました。左側にはないしこりだったため、念のために診てもらった方がよいと考え、内科のクリニックを受診しました。そこで紹介状を書いてもらい、大きな総合病院でMRI検査を受けました。その検査結果を聞きに行く予定だった朝のことです。突然、お腹全体に激しい痛みが走りました。 私は以前経験した胃痙攣だと思い込み、しばらく様子を伺っていましたが、強い痛みが続き、貧血のような立ちくらみが生じるに至って、これはダメだと思い救急車を呼びました。救急隊員の方が搬送先を探す際、私は痛みに耐えながら「つい先日MRI検査を受けた総合病院であれば私のデータがあるはずだから、そこへ運んでほしい」と自ら伝えました。病院に到着してすぐにCT検査などを受けましたが、事態は胃痙攣などではなく一刻を争う状況だったようで、私自身が詳しい結果の説明を受ける間もなく、そのまま緊急処置室へと運ばれました。

緊急の止血処置と夫の強い希望による大学病院への転院

何が起きているのかはっきりとわからないまま、まずは腹腔内の出血を止めるための緊急処置が行われました。右足の付け根からカテーテルを入れ、肝臓の出血している部分の血管を詰めるという処置でした。痛みと意識が遠のく中で、医師が義理の母に「肝細胞がんです(それが破裂して出血しています)」と説明している声が聞こえ、私はそこで初めて自分ががんであることを知りました。 約2週間の入院で止血の処置が落ち着き、退院することになりました。医師からは肝臓の右下に腫瘍が3つあると説明を受けていたため、私は当然、次はがんを切除する手術になるだろうと考えていました。そこで、夫の強い意向により、県内の別の大学病院へ転院することにしました。実は以前、義理の母が最初の病院で肝臓の手術を受けた際、何度も再発や再手術を繰り返して苦しんだ経験がありました。夫はその経緯から「この病院ではだめだ」と判断し、義理の母の治療を最終的に成功させてくれた大学病院の医師に私を診てもらいたいと強く希望したのです。

手術不可の判定と免疫チェックポイント阻害薬の選択

転院先の大学病院で改めてCTやMRIなどの詳しい検査を受けた結果、肝臓内にがんが多発していることがわかりました。多発している状態では、手術で切除することはできないため、薬物療法を行うことになると説明を受けました。私は手術をして終わりだと思っていたため、治療が長引くことを悟りました。 医師からは、私のような肝細胞がんには殺細胞性の抗がん剤ではなく、分子標的薬や免疫チェックポイント阻害薬を用いると説明がありました。「テセントリク、アバスチン」「イミフィンジ、イジュド」「オプジーボ、ヤーボイ」という3つの薬の組み合わせが提示されました。このうち、オプジーボとヤーボイの併用療法は2025年に切除不能な肝細胞がんへの保険適用が承認されたばかりの新しい治療法で、奏効率が高いと聞き、私はその新しい併用療法を選択しました。

分子標的薬への治療の変更と免疫チェックポイント阻害剤の副作用

オプジーボとヤーボイの点滴治療を開始しましたが、2回目の点滴を終えた後の検査で、腫瘍の増大が抑えられていないことがわかりました。そのため、この治療は中止することとなり、分子標的薬であるレンビマ単剤に変更されました。 ところが、オプジーボとヤーボイの副作用は、中止して数週間後、頭痛、腹痛、関節のこわばり、手足の発疹、そして40度近い高熱などが現れました。免疫を抑えるためプレドニゾロンというステロイド薬が処方され、まもなく症状は改善しました。以降少しずつ量を減らし、もう大丈夫だろうということで半年後に服用を止めたのですが、そのとたんまた症状がでてきました。 今度は高熱が出なかったものの、関節や歯の治療あとが激しく痛んだほか、抜け毛が増えたり、筋力が落ちて駅の階段でつまずくこともありました。また、歩き出すときの足のこわばりや夜も足がつって眠れないほどでした。 内分泌内科の診察で、実は最初の不調時から副腎皮質に障害が起こっており、コルチゾールというホルモンの分泌が激しく低下していることがわかりました。この障害は、オプジーボとヤーボイの副作用とのことでした。そのため、毎日ホルモン薬のコートリルでホルモンを補うことで症状は改善し、現在は日常生活に大きな支障はなく、食事も普通にとることができていますが、ただ副腎障害は治らないといわれており、それは残念に思っています。 ※がんの薬物療法に伴う副作用の出方や程度には、大きな個人差があります。また、現代の医療では副作用をあらかじめ予防したり、症状を抑えたりする対策(支持療法)が非常に進歩しています。体験談の描写に過度な不安を抱かず、主治医や医療スタッフに安心してご相談ください。

治療の過程で見つかった原発性の肺がん

薬物療法を続けていた2025年11月ごろ、医師から「肺にも影がある」と告げられました。実は、肝細胞がんが破裂した8月の最初のCT画像にもすでに映っていたものでしたが、当時は破裂の緊急処置が最優先だったため気に留められていなかったのです。肺の組織検査も行いましたが、がん細胞をうまく取り出すことができませんでした。しかし、その後のPET検査でがん特有の反応があったことなどを総合的に判断した結果、肝細胞がんからの転移ではなく、原発性の肺がんであると診断されました。 私はタバコを一切吸わないため、なぜ肺がんになったのかと不思議に思いました。しかし、医師から「肺腺がんは喫煙歴のない女性でも発症しやすいタイプのがんである」と説明を受け、自分でも調べて納得しました。当時は肝細胞がんの腫瘍が増え、薬で完全にコントロールしきれていない大変な時期でした。そのため、肝臓の治療で手一杯だった私は、肺がんのことをあえて意識の隅に置くように努めました。幸いにも肺の病変はまだ小さくおとなしい状態であったため、まずは肝臓の治療を最優先とし、肝臓が落ち着いたタイミングで肺に対する治療を検討するという方針で経過観察を続けています。

カテーテル治療の限界とモグラ叩きのような治療の継続

2025年の12月、肝臓の腫瘍がさらに大きくなってきたため、カテーテルを使って腫瘍に抗がん剤を入れ、その後、腫瘍に栄養を送る血管を塞ぐ治療(肝動脈化学塞栓療法:TACE)を行いました。しかし、腫瘍が大きくなりすぎており、血管の位置などの関係で完全に詰めきることができませんでした。薬物療法とカテーテル治療だけでは、肝細胞がんをコントロールしきれない状況に陥りました。そこで外科の医師と相談し、2026年の2月に腫瘍が集まっていた右葉を大きく切除する手術を受けました。 しかし、手術から1か月半後には、残った左葉に再発が見つかりました。それ以降はレンビマの服用を続けながら、新たに怪しい部分が見つかればその都度カテーテル治療を行って潰していくという、まるでモグラ叩きのような治療を続けています。 私は肝炎ウイルスの感染歴もなく、BMIも低く(脂肪肝でもなく)、お酒も一切飲みません。慢性肝炎や肝硬変といった基礎疾患を持たない、いわゆる「正常肝」からの発生(発がん)でした。このような背景疾患のない肝臓から肝細胞がんが発生するのは珍しいケースだと言われ、なぜ私がという理不尽な思いがありました。 しかし現在は、自分の状況を前向きに捉えています。ベースとなる肝臓自体が健康であったからこそ、肝硬変の患者さんよりも手術などの治療の選択肢が多く残されており、度重なる局所治療や長期的な薬物療法にも耐えられているのだと理解しています。

長期休職による不安と会社とのつながりがもたらす安心感

私は金融機関で働いており、がんが発覚して緊急入院した日から現在まで、約10か月休職しています。最初のうちは有給休暇や病気休暇を使いましたが、現在は傷病手当金を受給しながら籍だけを置いてもらっている状態です。それでも、こうして会社に籍を残してもらえていることで、「自分には戻れる場所があるんだ」と思えるのは大きな救いです。社会からポツンと取り残されたり、完全に切り離されたりしていないと感じられ、心のどこかで少し安心することができています。 体調自体は回復しており、出勤しようと思えばできる日もあります。しかし、この先も治療が続くことを考えると、長期間のブランクを経て職場に復帰し、周囲に迷惑をかけずに働けるのかという不安があり、復帰には踏み切れていません。それでも、数か月に一度、会社の保健師さんが電話で様子を聞いてくださいます。自分の状況を話し、社会とのつながりを感じられるその時間は、私にとって大きな心の支えになっています。

当事者にしかわからない感情と病気を経て得た心の変化

私は自分が正常肝から肝細胞がんになったため、同じような境遇の方の情報を探しました。しかし情報がほとんどなく、孤独を感じることもありました。私には、がんを経験した2人の親しい友人がいます。周囲の人たちも心から心配してくれますが、例えば血液検査の結果が「パッとしない」と伝えたとき、がん経験者の友人だけは「数値が良くなるように祈っているからこそ、少しでも思い通りにいかないと落ち込むよね」と、私の些細な不安のニュアンスを正確に理解してくれました。本当に細かな感情は、がんを経験した当事者同士にしかわからないものだと感じています。 がんになった当初は、5年生存率などのデータを見て落ち込みました。しかし、しばらくしてふと「これで100歳まで生きなくていいんだ」とホッとしている自分に気がつきました。病院で、自分のことが自分でできずに苦労されている高齢の方々を見ていたため、認知症などになって人に迷惑をかけてまで長生きしなくてもよいのだと思うと、少し心が軽くなりました。 私は、この先も肝細胞がんと付き合いながら生きていくことになります。それが数年なのか10年なのかはわかりません。しかし、限られた時間であると意識できたからこそ、自分の頭や体がしっかりしているうちに、やりたいことをやって自分らしく生きようと前向きに考えられるようになりました。

今、がんと向き合っている方へのメッセージ

今、がん治療をしている方にお伝えしたいことがあります。 正確な情報を得て、納得して治療に進んでください がんの治療方針を決める際は、医師からの説明をただ聞くだけでなく、自分でも情報を調べ、理解を深めることが大切です。私は診察室で聞いた内容を家に持ち帰り、AIなども活用して自分なりに調べ、納得してから次の治療に進むようにしました。自分の体のことだからこそ、正しい情報を得て、納得できる選択をすることが治療への前向きな力になります。 がん当事者同士のつながりを大切にしてください 周囲の家族や友人も心から心配してくれますが、がん患者にしかわからない不安や葛藤は必ずあります。同じような経験をした人と話し、共感し合える環境を見つけることで、心はとても救われます。無理に孤独を抱え込まず、わかり合える人とのつながりを大切にしてほしいと思います。 限られた時間を自分らしく過ごしてください がんを経験すると、命には限りがあるという事実を突きつけられます。しかし、それは決して悲観することだけではありません。限られた時間だからこそ、元気で動ける今のうちにやりたいことをやろうという原動力にもなります。病気に振り回されるのではなく、自分のペースで、自分らしい時間を大切に過ごしてください。

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