写真はイメージです。(AIによる生成)プロフィール
お名前:やまさん(ニックネーム)
年代:60代
性別:男性
家族構成:妻と娘との3人暮らし
仕事:会社員
がんの種類:大腸がん(S状結腸がん)
診断時ステージ:ステージ3B
診断年:2019年
現在の居住地:広島県
※本体験談は、患者さん個人の経験に基づくものです。治療の経過や副作用には個人差があります。オンコロマイストーリー含め、ネット上の情報には、進行や再発といった厳しい闘病を経験された方の発信が多く残る傾向がありますが、実際には再発なく平穏に過ごされている方も数多くいらっしゃいます。情報の一つとして受け止め、治療方針の決定の際には、必ず主治医や医療従事者にご相談ください。
2019年3月、やまさんは人間ドックをきっかけにS状結腸がんと診断されました。手術前はステージ2B相当と言われていましたが、手術後の病理診断でステージ3Bと確定。術後の抗がん剤治療を終えた約半年後に吻合部の局所再発と肝臓への多発転移が見つかりました。その後も再発・転移による複数回の手術や抗がん剤治療、肺塞栓症による緊急入院を経験しながら、現在も抗がん剤治療を続けています。治療中もフルタイムで仕事を継続し、趣味のライブや野球観戦を楽しむやまさんに、がん発見の経緯から度重なる再発と転移への向き合い方、日々の生活を楽しむ秘訣についてお話しいただきました。
便潜血陽性後、地元に戻って受けた精密検査
2019年3月、当時東京へ単身赴任をしていた私は、会社の人間ドックで便潜血検査を受け、陽性の判定が出ました。実は、健康診断の便潜血検査で陽性反応が出るのは今回が初めてではなく、これまでに陽性が出たり、出なかったりすることが2回、3回と繰り返されていました。
これまでは仕事の忙しさもあり、陰性の結果が出ることもあったため、精密検査を受けずにそのままにしていました。しかし、出たり出なかったりを繰り返す様子から、明らかに痔などによる出血ではなさそうだと感じ、今回はきちんと精密検査を受けることに決めました。
毎週末に広島の自宅へ帰る生活を送っていた私は、もし大腸がんであった場合、単身赴任先の東京で一人で治療をしながら仕事を続けるのは困難であると予測しました。そのため、東京の病院ではなく、最初から地元の広島にある総合病院を受診し、精密検査を受ける選択をしました。
その総合病院で大腸内視鏡検査を受けたところ、画面を見た医師からすぐに「腸の壁が腫瘍で厚くなり、通り道が細くなっている。大腸がんで間違いないと思います」と告げられました。後日、正式な病理検査の結果を聞くために妻と一緒に病院へ行き、S状結腸がんの告知を受けました。精密検査を受けようと決断したときから「おそらくがんだろう」と自分なりに予測し、覚悟を決めていたため、告知の瞬間に頭が真っ白になるような大きなショックはありませんでした。
術後抗がん剤治療をしながらフルタイムで勤務
がんと診断された後、すぐに職場の上司に病状と今後の治療について報告しました。私の勤めている会社には、使い切れなかった有給休暇を積み立てておける制度があったため、その制度を活用して手術や治療の日程を調整しました。
私は体が大きかったため、安全に手術を行うために約1か月の減量期間を設けました。その後、腹腔鏡下でS状結腸の腫瘍を切除し、腸をつなぎ合わせる手術を受けました。この時点ではストーマ(人工肛門)は造設しませんでした。術前の見立てではステージ2Bと言われていましたが、実際に手術で摘出した組織を調べた結果、リンパ節への転移が認められ、ステージ3Bと診断されました。
退院後は、再発を防ぐための術後補助化学療法として、XELOX療法(ゼローダ、オキサリプラチン)を半年間行いました。抗がん剤の副作用として、冷たいものに触れたときに指先や喉にビリビリとした痛みを感じる冷感刺激や、手足の皮膚がひび割れたり爪が剥がれたりする手足症候群が出ましたが、食欲が落ちたり動けなくなったりするような重篤な症状はありませんでした。そのため、広島の自宅での在宅勤務と、休薬期間を利用した東京への出張を組み合わせる形で、フルタイムでの仕事を継続することができました。
治療終了から約半年後、定期検査で見つかった局所再発と肝転移
2019年の終わりごろに術後の抗がん剤治療を終え、その後は約半年、再発の兆候もなく無事に過ごしていました。自分でも「これでがんは治ったのではないか」と安心し始めていました。
しかし、2020年の夏、経過観察中のCT検査によって状況は一変しました。手術で腸をつなぎ合わせた吻合部に局所再発が起きていること、そして同時に、肝臓へ7か所もの多発転移が生じていることが判明したのです。
このときのショックは、最初のがん告知のときとは比べ物にならないほど大きなものでした。「あんなに厳しい抗がん剤治療を乗り越えて、やっとがんがなくなったと思ったのに、なぜもう再発してしまうのか」「これで自分の人生も終わりかな」と激しい絶望感に襲われ、主治医の前で思わず涙を流してしまいました。
再発・転移後の抗がん剤治療と手術
再発と転移に対する治療として、FOLFIRI療法(フルオロウラシル、レボホリナート、イリノテカン)に分子標的薬のアバスチンを加えた抗がん剤治療が始まりました。
2020年10月から2021年3月までこの治療を続けた結果、薬が非常によく効き、肝臓にあった7か所の転移巣が3か所にまで減少し、残った腫瘍も局所にとどまる状態になりました。
腫瘍が小さくなったことで手術が可能と判断され、まずは局所再発を起こしていた腸の吻合部を切除する手術を受けました。このとき、腸を休ませるために一時的な回腸ストーマが造設されました。ストーマの管理が安定した約1か月後に、今度は肝臓に残っていた転移巣を部分切除する開腹手術を受けました。
腹部大動脈周囲のリンパ節転移と肺への多発転移
肝臓の手術を終え、経過観察に入りましたが、そのわずか1か月後に肝臓への再転移が見つかりました。治療方針を変更し、FOLFIRI療法に別の分子標的薬であるサイラムザを組み合わせた治療を約1年間行いました。
その後、2022年の5月ごろに3回目の肝臓切除手術を受けました。この時点で、腸をつなぎ直して一時ストーマを閉鎖する手術も検討されましたが、CT検査で腹部大動脈周囲のリンパ節への転移が新たに見つかりました。がんが体内に残っている以上、抗がん剤治療を継続しなければならず、ストーマは現在に至るまで閉鎖せずにそのままにしています。最初は不便もありましたが、もし無理にストーマを閉じて重い排便障害が残れば、かえって生活の質(QOL)が下がる恐れがあります。今ではストーマの管理にもすっかり慣れ、日々の生活に支障はないため、このままでも良いと考えるようになりました。
腹部大動脈周囲のリンパ節転移に対しては、1か月間の放射線治療を行い、腫瘍を小さくすることができました。しかし、その後さらに肺への多発転移が見つかりました。治療薬をロンサーフやスチバーガなどに変更しながら、がんの進行を抑えるための治療を現在まで続けています。
肺塞栓症による緊急入院で死を意識
治療を続ける中で、スチバーガを使用した際にこれまでで最も強い副作用を経験しました。手足症候群がひどく悪化して全く歩けなくなり、治療自体が不安定になりました。
さらに、左足の静脈に血栓ができ、それが肺の血管に詰まる肺塞栓症を引き起こしてしまいました。足の痛みを感じて病院へ行ったところ、そのまま車椅子に乗せられ、救命救急センターへ運ばれました。体中にモニターをつけられ、医師からは「このまま放っておいたら死ぬところだった。よくこの時点で来てくれたね」と言われました。
このとき、1か月間の緊急入院となり、絶対安静を余儀なくされました。最初の再発時にも絶望を感じましたが、この肺塞栓症で身動きが取れなくなったときは、自分の「死」というものをさらにリアルに、そして強烈に意識しました。幸いにも血栓を溶かす治療が奏効して無事に退院することができましたが、この経験は私の死生観やその後の生き方に大きな影響を与えました。
仕事を継続することで生活リズムを維持
現在、私は広島の自宅でフルタイムの在宅勤務をしながら、月に1回は東京へ出張するという生活を送っています。コロナ禍の時期と治療の時期が重なったこともあり、会社が在宅勤務を柔軟に認めてくれたことが、仕事を続けられた大きな要因です。
がんの治療には高額な費用がかかるため、仕事を続けて安定した収入を得ることは非常に重要です。しかしそれ以上に、朝9時から仕事をして、ご飯を食べ、夜に寝るという「日常の生活リズム」を保てることが、身体的にも精神的にも大きな支えになっています。
また、社会や外部の人とつながりを持ち続けることは、がんという病気にばかり意識が向くのを防いでくれます。職場の上司やチームのメンバーは私の病状を理解してくれており、体調に合わせて業務量を配慮してくれるため、無理なく働き続けることができています。
納得感を持った治療選択と主治医との信頼関係
私はがんと診断されてから、インターネットで調べたり、大腸がんの治療ガイドラインや抗がん剤に関する専門書を買ったりして、自分の病気と治療法について徹底的に勉強しました。
自分の体の中に、劇薬とも言えるような抗がん剤を入れるのです。医師にすべてを「お任せします」と言って言われるがままに治療を受けることは、私にはどうしてもできませんでした。
主治医には毎回たくさんの質問をしました。「なぜこの薬を選ぶのですか?」「こちらの薬を使わない理由は何ですか?」「副作用がつらいときは休薬できませんか?」といった疑問をぶつけました。主治医は私の質問を嫌がることなく、「やまさんと似た状態の患者さんには、経験的にこちらの薬が効いたので提案しています。もし効果がなければ、別の薬に変えましょう」と、真摯に説明してくれました。
自分が治療のプロセスを理解し、主治医の提案に対して心から納得感を持てたからこそ、厳しい副作用にも耐え、前向きに治療を続けることができたのだと思います。
少し先の楽しみを見つけ、今できることを大切にする生活
肺塞栓症で死を意識した経験から、私は「自分が楽しいと思うことは、躊躇せずにやろう」と決意しました。
以前は副作用やストーマの存在を気にして出歩くことを控えていましたが、今では野球観戦を楽しんだり、妻と一緒にライブに行ったりしています。点滴のポンプを胸のポケットに入れ、チューブをつないだままでも、周りの目を気にせずに球場へ足を運んでいます。
がんの治療が長引くと、どうしても「できなくなったこと」ばかりに目が行き、他人と比較して落ち込んでしまいがちです。しかし、できないことを嘆いて下を向くのではなく、「まだこんなことができる」「今はこれができている」と、今できることを見つめるようにしています。数か月先のライブのチケットを取り、「その日は何をして楽しもうか」と少し先の楽しみを見つけることが、病気と共存しながら生きていくための大きな原動力になっています。
今、がんと向き合っている方へのメッセージ
今、がん治療をしている方にお伝えしたいことがあります。
できないことを嘆かず、今できることに目を向けてください
治療が長引くと、健康だったころのようにできないことが増えてきます。しかし、失ったものを数えて下を向くのではなく、今の状態で「まだできること」に目を向けてください。少し先の未来にライブや旅行などの小さな楽しみを見つけ、自分の体に正直に、無理のない範囲で日常を楽しむことが、治療を乗り越える力になります。
納得感を持って治療を選択してください
自分の体に入る薬や受ける手術について、ただ医師にお任せするのではなく、疑問があれば納得できるまで質問してください。自分の病気について学び、医師と話し合って心から納得した上で治療を選ぶことが、後悔のない治療につながり、副作用や不安を乗り越えるための精神的な支えになります。
病気と戦わず、肩の力を抜いて共存してください
がんと無理に戦おうとしたり、完全に消し去ろうとしたりすると、かえって心身が疲弊してしまいます。不安の波が押し寄せるのは当然のこととして受け入れ、病気と戦うのではなく、肩の力を抜いて共存していく道も探してみてはいかがでしょうか。体調が悪い日は無理をせず、自分のペースを守りながら生きていくことが何よりも大切です。
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