写真はイメージです。(AIによる生成)プロフィール
お名前:しべさん(ニックネーム)
年代:50代
性別:女性
家族構成:1人暮らし(子ども1人は別居)
仕事:フリーランス、非常勤職員
がんの種類:乳がん
診断時ステージ:ステージ1
診断年:2025年
現在の居住地:新潟県
※本体験談は、患者さん個人の経験に基づくものです。治療の経過や副作用、生活への影響には、個人差があります。医療的な判断や治療方針の決定の際には、必ず医師・医療従事者にご相談ください。
2025年6月、しべさんは乳がんと診断されました。乳頭の左右差に気づき、パジェット病を疑ってクリニックを受診したものの、確定診断に至るまでには時間を要しました。さらに術前検査で骨転移の疑いが浮上し、一時はステージ4を覚悟しましたが、検査の結果、ステージ1の診断へと変わりました。現在は右乳房の全摘出を終え、ホルモン療法を続けながらフリーランスと非常勤の仕事を両立しています。がんを経験したことで生じた働き方の変化や、当事者だからこそわかる不安との向き合い方についてお話しいただきました。
乳がん診断のきっかけは乳頭の左右差
私が自分の体に異変を感じたのは、乳頭の形が左右で違っていることに気づいたのがきっかけでした。しこりなどは触れてもわからず、最初は更年期による変化かもしれないと考え、しばらく放置していました。しかし、インターネットの画像検索で調べたところ、自分の症状と似ているパジェット病というものを見つけました。不安になり、まずはレディースクリニックを受診して超音波(エコー)検査を受けました。そのときは特に問題はないと言われ、乳首の異常については塗り薬を処方されました。医師からは、薬で良くならなかったら皮膚科に行くようにと指示を受けました。
塗り薬を使い続けても症状は改善しませんでした。皮膚科に行かなければならないことはわかっていましたが、診察部位が部位だけに受診を躊躇してしまい、さらに半年ほど放置してしまいました。
父が縁をつないだ皮膚科受診から総合病院へ
半年が経過し、やはり不安が大きくなったため、ようやく皮膚科を受診する決心がつきました。受診先に選んだのは、自宅から少し離れた皮膚科でした。認知症で施設に入っている父に床ずれができ、施設から指定されて半年ほど前に行ったことがあったクリニックです。その際、私自身が受診したわけではありませんでしたが、看護師や医師の対応がとても良かったため、そこに行ってみようと思いました。
初めてかかった皮膚科でしたが、受診するとおそらくパジェット病ということで、市内の外科クリニックを紹介されました。そのクリニックを受診したところ、一番早く検査や診察をしてもらえる総合病院が良いと言われ、総合病院を紹介されました。
総合病院でマンモグラフィ、超音波(エコー)検査、MRI検査、生検などの検査を受け、乳がんであることが確定しました。母方の祖母が60代で乳がんで亡くなっていたため、心のどこかに「もしかして」という思いはありました。しかし、友人たちが乳がん疑いで検査を受けても石灰化だけで済んだという話を聞いていたので、自分もそっちだったらいいなと思っていました。
突然のステージ4の疑いと一人で抱えた絶望
乳がんと診断された段階では、しこりも小さく、Ki-67の値も5%と低く、リンパ節への転移も見られませんでした。そのため、最初はステージ1であろうと言われていました。治療方針として右乳房の全摘手術が予定されました。
しかし、術前検査として骨シンチグラフィを受けたところ、背骨に白い影が見つかりました。医師から骨転移しているかもしれないと言われ、一気にステージ4の疑いへと変わりました。特定するには骨の組織を生検しなければいけないと言われましたが、とりあえず手術は予定通り行い、骨の方はその後様子を見ようという流れで納得しました。
家に帰り、インターネットでステージ4の生存率などを調べては、泣いて暮らす日々が始まりました。子どもがちょうど20歳になったばかりだったこともあり、とても不安になりました。普通に買い物に行っても、自分と周りの人たちの間に見えない透明な壁があるように感じました。お年寄りを見ても「私はおばあさんになれないんだ」と落ち込みました。これまで年をとることをネガティブに捉えていたのに、それすらできないのかと思いました。
また、認知症の父と、サービス付き高齢者向け住宅に入っている母がおり、高齢の親のサポートもしています。家を守らなければならないこと、子どもがまだ社会人になっていないことなど、私がしなければならないことが多く、一人でアップアップしていました。
ステージ1が確定した理由は15年前の画像データ
手術は右乳房の全摘出でした。医師からは乳房再建の話も出ましたが、私は全摘出だけで再建する予定はないと伝えました。体にがんを残しておくことの不安の方が大きく、深く悩むこともなくすっきり取ってしまおうと決めていました。
手術から1か月後、今後の治療方針を決めるため、骨転移の有無を調べるPET-CT検査を受けることになりました。私が手術をした総合病院には設備がなかったため、別の大きな病院で検査を受けました。
半月後、主治医のところに検査結果を聞きに行きました。すると、医師から「転移じゃなかったよ」と告げられました。理由を聞くと、私がPET-CT検査を受けた病院は、私が15年ほど前に別の病気で入院していた病院でした。当時のMRI画像が残っており、今回のPET-CT画像と比較した結果、背骨の白い影はその時からあったものだとわかったのです。今回新たに発生したものではないため骨転移ではないと判断され、一気にステージ1へと戻りました。地獄から天国へ引き上げられたような1か月半でした。
ホルモン療法の副作用とウィッグの活用
病理検査の結果、サブタイプはホルモン受容体陽性のルミナルAタイプでした。抗がん剤治療は必要なく、術後の治療はホルモン療法のみとなり、フェマーラを服用しています。
ホルモン療法を始めてから、関節痛の副作用が出ました。また、髪の毛がだいぶ薄くなりました。抗がん剤で抜けるイメージしかなかったので、ホルモン療法でここまで少なくなるとは思っていませんでした。市から医療用ウィッグの助成金が出ることも今回初めて知りました。現在はいろいろなウィッグが安く出ているので、服に合わせてウィッグを変えたりして楽しんでいます。
もともとファッションが好きだったこともあり、今年の4月から非常勤として働き出したときに、ウィッグデビューしました。新しい職場では「こういう人なんだ」と思ってもらえたことで、逆にオープンになれました。それまではずっと帽子をかぶって過ごしているような人だったのですが、ウィッグをいろいろと変えて楽しめるようになったのは良い変化だったかもしれません。
体への影響としては、大好きだったスーパー銭湯などの公衆浴場にはまだ怖くて行けていません。胸がなくなったことに対しては、もともと胸が大きくなかったこともあり、衣服を新しくする必要もなく変わりはありませんでした。
身近な人との関わりと当事者としての孤独
ステージ4の疑いがあった時期、2人の妹と、長く私のことを気にかけてくれている従姉妹の3人に病気のことを話しました。「大丈夫だよ」と励ましてくれましたが、当事者でないとこの気持ちはわからないという思いがあり、その励ましを素直に受け入れることはできませんでした。
また、プライドが高い性格や、一人親で子どもを育ててきたこともあって弱みを見せられず、友人や知人にはずっと病気のことを話せませんでした。カミングアウトできるようになったのは、本当にここ1、2か月のことです。
一方で、成人した子どもは私ががんであることを伝えても特別取り乱すことはなく、落ち着いていました。これまでと変わらないペースで接してくれたのが良かったです。休学して実家に戻ってくるようなことになれば、逆に心配をかけてしまったと私が苦しんだと思うので、お互いに良い距離感を保てていると思っています。
患者会での葛藤と心のつながり
自分の気持ちを誰かに聞いてほしくて、手術前に病院の患者会に参加しようとしました。しかし、新型コロナウイルスの影響で、それ以降の集まりには誰も参加していませんでした。代わりにがん認定看護師とケースワーカーが個別に時間を取ってくれ、泣きながら取り乱した気持ちを聞いてもらいました。
NPO法人が主催するがん当事者や家族の会にも足を運び、経験者の方と話をしました。同じがん経験者というだけで理解し合える部分があり、話すことで心が軽くなりました。東京の患者会にも行き、オンラインのヨガ会にも参加しました。
ただ、患者同士の交流の中で気になったこともありました。私はステージ4の疑いからステージ1に変わりましたが、最初から厳しい状況で治療を続けている方もいらっしゃいます。そうした方たちとお話しする際、自分の状況に少し引け目を感じることもありました。
働き方の変化と社会とのつながり
これまで、仕事はずっとフリーランスでデザインの仕事をしてきました。手術前後も締め切りを延ばすことなく、スムーズに仕事を続けることができました。
しかし、病気を経験したことでメンタルが落ち込み、フリーランスの自由さを謳歌していた以前のようには、前向きに仕事を取ってくる意欲がなくなりました。フリーランスは孤独になりがちですが、病気になってさらに孤独感が強くなりました。また、手術の後から気分が落ち込みやすいため、気分を調整する薬を処方してもらっています。
現在57歳で、少なくともあと10年は働かなければなりません。もう一度社会とつながりを取り戻そうと考え、働き方を変えることにしました。今年の春から非常勤で働き始め、フリーランスの仕事と並行しています。病気を経て、1年ほどで人生のステージが変わった気がしています。
これからがんと向き合う方へのメッセージ
今、がん治療をしている方にお伝えしたいことがあります。
今の自分の気持ちに目を向けましょう
先の見えない将来のことや、再発や転移の心配を抱えると心が押しつぶされそうになります。1年後の自分がどうなっているかは誰にもわかりません。だからこそ、遠い未来を不安に思うよりも、今ここにいて、自分が何を感じ、どう思っているかということに意識を向け続けることが大切だと思います。
毎日を満足して生きる日々を積み重ねましょう
病気になると、健康な人との違いに不平等さを感じたり、自分が悪かったのかと原因を考え続けたりしてしまうことがあります。しかし、年をとることはとても奇跡的なことです。たとえこの先どうなるかわからなくても、毎日を満足して生きる日々が積み重なっていけばいいなと思っています。
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