写真はイメージです。(AIによる生成)プロフィール
お名前:タケシさん(ニックネーム)
年代:60代
性別:男性
家族構成:母親と2人暮らし(近隣に弟2人が在住)
仕事:自宅療養中(診断時は会社員)
がんの種類:非小細胞肺がん、小細胞肺がん
診断時ステージ:非小細胞肺がん(ステージ4)、
小細胞肺がん(限局型)
診断年:非小細胞肺がん(2019年)、小細胞肺がん(2021年)
現在の居住地:東京都
※本体験談は、患者さん個人の経験に基づくものです。治療の経過や副作用、生活への影響には、個人差があります。医療的な判断や治療方針の決定の際には、必ず医師・医療従事者にご相談ください。
2019年3月、タケシさんは左脚の骨折で救急搬送されたことをきっかけに、肺がんのステージ4と診断されました。非小細胞肺がんから小細胞肺がんへの転化や、脚の骨転移による人工関節の手術など、困難な状況が続く中でも自ら治療法を調べて決断を下してきました。幾度もの転機を乗り越え、現在は自宅でリハビリを続けながら生活するタケシさんに、これまでの治療の経緯や病気を通して得た気づきについてお話しいただきました。
突然の脚の骨折と真っ黒に写ったレントゲン写真
私ががんと診断された発端は、2019年3月のことでした。左脚の歩行困難と腰の痛みを感じ、駅前にある整形外科のクリニックへ検査に通っていました。当時の私は建築資材を扱う仕事をしており、マンションの床材や鉄製の扉、ガラスなど、非常に重いものを運ぶ日々でした。エレベーターのない建築中の物件では階段を使って荷物を上げる過酷な労働環境だったため、脚や腰の痛みも仕事の疲労からきているものだと思い込んでいました。
しかし、検査結果を聞くためにクリニックへ到着し、タクシーから降りた瞬間に左脚に負荷がかかり、大腿骨が折れてそのまま倒れ込んでしまいました。骨折した状態でそのままクリニックに担ぎ込まれ、まずは当初の検査結果を聞き、さらに折れた脚のレントゲン検査を受けました。通常の骨は白く写るはずですが、私の骨は真っ黒に写っており、画像上で骨がないような状態になっていました。医師は通常の骨折ではないと判断し、内臓の疾患からきている可能性があるとして、私は総合病院へと緊急搬送されました。そこで全身の精密検査を受けた結果、左肺に6.5cmほどの大きな腫瘍があることがわかりました。
ベッドの上で受けた肺がん告知と退職の決意
総合病院に搬送された後は、詳しい検査を行うためにも、まずは折れた左脚を固定する手術を先に行いました。動くこともできず、ベッドで寝たきりの状態だった2019年4月に、同席した母親とともに医師から正式に肺がんの告知を受けました。
気管支鏡検査や遺伝子検査の結果が出るまでには約2週間かかりました。その間、私はベッドの上でスマートフォンを使い、自分の症状について調べていました。すでに骨に転移して骨折している状況から、おそらくステージ4なのだろうと覚悟を決めていました。結果として、腫瘍は非小細胞肺がんでEGFR遺伝子変異があるとのことでした。医師からはステージについての明言がなかったため、自分から質問をして状態を確認しました。
当時勤めていた会社は、体調不良で休職する制度が整っていない環境でした。さらに建築業界は縁起を担ぐことが多く、社員に不幸な出来事があると退職を促されるような風潮がありました。遠回しに退職を勧められ、反論する余地もなかったため、まずは治療に専念しようと考え、会社を退職することにしました。いきなり肺がんのステージ4と診断され、大きな驚きと戸惑いがありましたが、完治させることは難しくても、今できる治療法があるのならチャレンジするしかないと自分の中で判断しました。
最初の治療と入院中の父親への面会
EGFR遺伝子変異が見つかったため、最初の治療としてタグリッソの服用を開始しました。この薬は私によく効き、飲んでいるだけで腫瘍は小さくなっていきました。しかし、左脚の骨折があったため、車椅子と松葉杖を使った不自由な入院生活がしばらく続きました。
ちょうど同じころ、私の父親も間質性肺炎を患い、別の病院に入院していました。自分自身の体も思うように動かせない状態でしたが、懸命にリハビリを行いました。そして1度だけ、松葉杖を自転車にくくりつけ、不自由な脚で自転車をこいで、2駅ほど離れた父親が入院している病院へ面会に行きました。結果的に、父親はその後に亡くなりましたが、あの時に無理をしてでも自力で面会に行けたことが、私にとって精一杯の親孝行になったと感じています。
納得できる医療を求めたがん専門病院への転院
入院期間が3か月に近づくと、病院から退院を促されるようになりました。また、当時の担当医師はガイドラインに沿った標準的な治療は行うものの、患者ごとの細かな状況に合わせた柔軟な対応や個別の事情をくみ取る配慮に欠けると感じていました。
この病院で治療を続けても長生きできそうにないと考えた私は、交通の不便さを理由にしてソーシャルワーカーに相談し、がん専門病院への転院を希望しました。
転院が完了するまでには1か月から2か月ほどの待機期間があり、その間に私はインターネットで肺がん患者会の存在を知り、参加しました。会場には、自分と同じようにがんを抱えながらも、元気に生活している患者の方々がたくさんいました。その姿を見て、自分も病気に負けてはいられないと強く背中を押されました。転院先のがん専門病院では、医師が患者の希望を聞いて臨機応変に対応してくれました。また、周囲の患者が皆がんの治療に来ている人ばかりだったため、気持ちが楽になりました。
小細胞肺がんへの転化と自ら望んだ切除手術
転院先では治療が順調に進んでいましたが、タグリッソの服用から約2年が経過したころ、薬に耐性ができて腫瘍が再び大きくなり始めました。治験に参加するための検査を受けたところ、がんの種類が非小細胞肺がんから小細胞肺がん(限局型)へ転化していることがわかりました。がんの種類が変わったことで、予定していた治験には参加できなくなりました。
小細胞肺がんは進行が非常に早く、転移しやすいという特徴があります。病気について調べた私は、自ら医師に手術で腫瘍を取り切れないかと相談しました。検査の結果、手術は可能だと判断され、左肺の半分以上を切除する手術を受けました。
肺を大きく失ったことで術後の最初の1年間はずっと強い息苦しさが続き、落ち着くまでに2年ほどかかりました。その後は細胞障害性抗がん剤の治療を行いました。回を重ねるごとにだるさや握力の低下、強い脱力感が出てきましたが、がんを攻撃するための唯一の手段だと考え、悩むよりもまず治療を試すことを優先しました。
スーパーマーケットへの再就職と人工関節の手術
小細胞肺がんの手術後、肺尖部などにがんが再発しましたが、早期に放射線治療を行って抑え込むことができました。治療開始から4年半が経過し、体調が安定してきたころ、私は近所のスーパーマーケットにパートタイマーとして再就職しました。家にいて何もしない時間があると、どうしても病気のことばかり考えて悪い方向に思考が向かってしまいます。体を動かして治療費を稼ぐことができれば気も紛れ、働いている間は病気のことを忘れられました。
しかし、働き始めて2年半が経ったころ、骨に転移していたがんが進行し、左脚の痛みが限界に達しました。休職の相談をしましたが認められず、結果的にスーパーマーケットは退社することになりました。
左脚の痛みを根本的に取り除くため、がんが侵食して折れていた大腿骨の部分を切断し、股関節までを金属製の人工関節に入れ替える手術を受けました。骨だけでなく筋肉も切ってつなぎ合わせたため、最初に骨折した時以上に回復に時間がかかり、現在もリハビリ中です。
現在の治療状況とリハビリを通じたこれからの目標
新たに発見された腫瘍からは再びEGFR遺伝子変異が見つかったため、現在は以前使用していたタグリッソを再度服用しながら、自宅で療養を続けています。薬が効いているのか確信は持てませんが、やめるリスクが高いため、副作用のデメリットよりもメリットを優先するという主治医の判断に納得して治療を継続しています。
現在は片手松葉杖を使って少しずつ動けるようになり、介護保険を利用してマッサージやリハビリを受けながら、元の生活を取り戻すための努力をしています。これまでの治療歴を振り返ると、私は一般的なガイドラインには当てはまらないことばかりだと感じていました。自分の体を一番わかっているのは自分自身と主治医であるため、常に主治医と直接相談して治療を進めてきました。
病気が完治することは難しくても、医療技術の発達によって通院しながら生活することは可能です。発覚前の過酷な労働環境や乱れた生活習慣を見直すきっかけにもなったため、見方を変えれば、がんになったからこそ命をつなぎ、今も生活できているのかもしれないと考えています。これからも、隣駅の映画館で好きな映画を観ることや患者会の仲間と出かけることを目標に、前を向いて生活していきます。
これからがんと向き合う方へのメッセージ
今、がん治療をしている方にお伝えしたいことがあります。
納得のいく治療を自ら選択してください
医療機関の対応や治療方針に疑問を持ったまま治療を続けるのはつらいことです。私は自ら動いて転院や手術の相談をしました。現状に不満があるのなら、それを払拭するために、まずは行動を起こしてチャレンジしてみてください。
迷う時間はもったいないと考え、治療に向き合ってください
新しい治療や手術に踏み出すときは、誰でも躊躇してしまうものです。私も悩んだ時期がありました。しかし、行動を起こさなければ事態は改善されません。できる治療があるのなら、まずは試してみて、結果が出てから次の判断をすることをお勧めします。
自分を一番理解している主治医としっかり対話してください
インターネットには一般的なガイドラインの情報がたくさんありますが、自分の体に当てはまるとは限りません。自分の体を一番知っているのは、自分自身と主治医です。何か不安なことや希望があれば、遠慮せずに主治医に相談し、納得できる治療方針を見つけてください。
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