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乳がんを隠さず働く――治療とともに続く私らしい日常

[公開日] 2026.06.22[最終更新日] 2026.06.16

写真はイメージです。(AIによる生成)
プロフィール お名前:ニコールさん(ニックネーム) 年代:60代 性別:女性 家族構成:1人暮らし 仕事:会社員 がんの種類:乳がん 診断時ステージ:- 診断年:2021年 現在の居住地:東京都
※本体験談は、患者さん個人の経験に基づくものです。治療の経過や副作用、生活への影響には、個人差があります。医療的な判断や治療方針の決定の際には、必ず医師・医療従事者にご相談ください。 2021年の夏、新型コロナウイルスが猛威を振るう中、定期検診で乳がんが見つかったニコールさん。手術や長期間にわたるホルモン療法を続けながら、あえて職場で自身の病気をフルオープンにし、働きながら治療を続ける道を選びました。当時の葛藤から現在の働き方、そしてがんを隠さずに生きていける社会への思いについてお話しいただきました。

コロナ禍で受けた定期検診での異変

2021年8月のことでした。世間は新型コロナウイルスの感染拡大の真っただ中で、健康診断やがん検診を控える方が多かった時期です。私も病院へ行くことに少し怖さはありましたが、毎年、乳腺専門のクリニックで触診と超音波(エコー)検査、マンモグラフィの検査をセットで受けていたため、その年も定例行事として受診することにしました。前年もマンモグラフィでは石灰化の影は見つかっていましたが、特に問題はないとのことでしたので、「どうせ今年も大丈夫だろうから受けてしまおう」と、むしろ自信満々でクリニックへ向かいました。 検査中、マンモグラフィの画像を見た先生からは「昨年と同じ場所に石灰化があるだけで、大きさも変わっていないから問題ない」と説明を受け、すっかり安心していました。しかし、最後にエコー検査を受けた際、いつもより3倍近い時間をかけてじっくりと調べられたのです。 結果として、「エコーの画像を見る限り、絶対大丈夫とは言い切れません。無責任なことは言いたくないので、念のため大きな病院で検査を受けてください」と告げられ、総合病院を紹介されることになりました。この時点でも、私は「先生の見間違いではないか」と疑っており、紹介先の病院へ渋々行くことにしました。

総合病院での検査と突然のがん告知

紹介された総合病院は、新型コロナウイルスの重症患者も運ばれてくるような非常に大きな病院でした。ただでさえ気が進まない上に、初診日は4時間近くも待たされることになり、診察室に入ったときには「どうせ何もないのだから早く終わらせてほしい」という苛立ちでいっぱいでした。 その日は造影剤を使ったMRI検査、そして生検を行いました。ところが1週間後に結果を聞きに行くと、生検を担当した若い医師から「脂肪しか取れていませんでした」と言われ、非常に痛みを伴う生検をもう一度やり直すことになってしまったのです。その日は生検の後から仕事がありましたが、止血処置をした状態で、職場に向かうことになり、病院への不信感と苛立ちは募るばかりでした。 2回目の生検から数日後、詳しい病理診断とMRI検査の結果を聞きに行く日を迎えました。医師からは事前に「悪い結果の可能性もあるので、どなたかご家族と一緒に来てください」と勧められていました。しかし、私は独身で子どももおらず、母はすでに他界し、遠方に住む父は高齢で呼べる状態ではありませんでした。何より「自分はがんではない」という根拠のない自信があったため、「一人で行きます」と答えて診察室に向かいました。 診察室に入って椅子に座った瞬間、医師から「悪性でした」といきなり告げられました。その言葉を聞いた途端、脳が真っ白になるというのはこういうことかと思うほど、周囲の状況がまったく理解できなくなりました。医師は「早期なので手術で取れば終わります」と説明し、その日のうちに手術や術前検査の予約を取るよう指示してきましたが、私には何が何だかわかりません。「今日予約を取るんですか?」「会社はどうやって休むの?」と、ただただ頭がぐるぐると回るばかりでした。

告知直後の混乱と情報収集

診察室を出てからの記憶はほとんどありません。その日はどうしても外せない仕事があったため、言われるがまま予約を済ませて会社に向かったのですが、気がついたときには自分のデスクの椅子に座っていました。どの電車に乗り、どの道を通って会社に着いたのか、全く記憶がないのです。まるで「どこでもドア」でワープしたような感覚でした。 告知直後は周囲に打ち明ける余裕もなく、帰り道に本屋や図書館に立ち寄り、乳がんに関する本を読み漁りました。インターネットの検索で「乳がん」と打ち込むと不安を煽る情報ばかりが目につくため、しっかりとした文献を頼りにしたかったのです。また、最初に異変を見つけてくれたクリニックの先生や、日ごろから通っている内科のホームドクターにも相談に行き、少しずつ情報を整理していきました。

職場でがんをオープンにする決意

治療を進める上で最大の壁となったのが、仕事との両立です。手術のために長期休暇を取るには、人事部に病名を申請しなければなりません。不安になり、総合病院のがん相談支援センターで話を聞くと、私の通う病院では「会社にはがんであることを知られたくない」と悩む相談者が非常に多いとのことでした。中には、病気を隠すために十分な休養を取らずに退院しようとする人や、治療に専念するために仕事を辞めてしまう人、さらには会社だけでなく治療そのものに来なくなってしまう人もいるというのです。 私はこの現実に大きなショックを受けました。私には高齢の父の介護もあり、自分がすぐに死ぬわけにはいきません。これまでに家族とのつらい別れも経験しており、「楽しいことがないまま死んでしまうのは悲しすぎる」と、積極的に治療に向き合う決意を固めました。しかし、会社に嘘をつき続けながら通院するのは、精神的な負担が大きすぎます。「風邪です」「頭痛です」と嘘を重ねることに耐えられる気がしませんでした。 折しも、「働き方改革」などで治療と仕事の両立支援が推進され、一般のニュースなどでもその話題を目にする機会が増えてきた時期でした。労働人口が減る中で、これからは病気を抱える人も働かなければならない時代が来ると感じていました。私は自分の勤める会社で、がん患者として堂々と働き続ける先駆者になろうと決心しました。翌日、直属の上司にすべてを打ち明け、その日のグループミーティングで同僚たちにも「乳がんの治療をしながら仕事を続けること」「病気を秘密にせず、社内でオープンにすること」を宣言しました。

左乳房全摘出と乳房再建を見送った理由

医師からは、早期であるため乳房の一部を残す温存手術も選択できると提案されました。しかし、私は「少しでも不安を残したくない」と考え、左乳房の全摘出を選択しました。手術中のセンチネルリンパ節生検でも、幸いにもリンパ節転移は認められませんでした。 乳房再建についても検討しましたが、最終的には見送りました。がん告知で混乱している最中に「同時に再建するかどうか決めてください」と形成外科の受診を急かされたことに違和感を覚えたからです。 さらに、再建の具体的な方法についてもそれぞれ懸念がありました。私はケロイド体質であり、自家組織を使った再建でお腹や背中の組織を取れば、一生消えない傷跡が残ってしまいます。お腹や背中の筋肉から「俺たちには何の罪もないのに」と言われているような気がしてなりませんでした。 一方、人工物(インプラント)を使った再建についても検討しましたが、ホームドクターから「人工物は加齢で垂れないため、将来的に左右非対称になって違和感が出るかもしれない」とアドバイスを受けたこともあり、まずは再建を行わずに治療に専念することにしました。

長期にわたるホルモン療法と副作用

手術後の病理検査の結果、私のがんはホルモン受容体陽性、HER2陰性のタイプであることがわかりました。医師と相談した結果、再発予防のために抗がん剤治療は行わず、長期間のホルモン療法を続けることになりました。乳がんは他の多くのがんと違い、5年経過すれば根治と言い切れるものではなく、10年、15年と長い付き合いになることが多い病気です。長く治療を続けるためにも、仕事と両立しやすい治療法を選んだのです。 しかし、ホルモン療法を始めてからさまざまな副作用に悩まされるようになりました。手の指や腰、背中の関節が痛むようになり、朝の満員電車での通勤は本当につらいものでした。めまいで階段から落ちて骨折したこともあります。また、骨密度が急激に低下したため、プラリアという薬の注射も定期的に受けることになりました。さらに、女性ホルモンを抑える薬の影響で、どんなに気をつけていても体重が増加しやすくなってしまったのです。運動不足を解消しようとフィットネスジムに入会しましたが、関節の痛みがひどくてマシンを使うことができず、すぐに退会してしまいました。現在は無理をせず、自宅でできる範囲の体操やストレッチを自分のペースで続けています。

リモートワークを活用した新しい働き方の模索

現在、私は会社の在宅勤務制度を最大限に活用し、フルリモートを基本に働いています。新型コロナウイルスの影響で社内のオンライン環境が整っていたことは、私にとって非常に幸運でした。職場で病気をフルオープンにしているため、「治療と仕事の両立の先駆者になる」と宣言して在宅勤務をメインにさせてもらい、月に数回だけ顔を出すために出社するスタイルを確立しました。 病気を公表したことで、不必要な嘘をつくストレスから解放され、同僚たちも「今日の体調はどうですか?」と自然に気遣ってくれるようになりました。また、同じように病気を抱えながら誰にも言えずに悩んでいる社員から、個人的に相談を受けることも増えました。もし隠したまま無理に満員電車で通勤を続けていたら、限界を迎えて仕事を辞めていたかもしれません。思い切ってオープンにしたことで、自分の働き方の選択肢が大きく広がったと感じています。

がんを隠さない社会への切実な願い

ある日、社内で若年性認知症の方を招いた講演会が開かれました。質疑応答の際、誰も手を挙げない中で指名された私は、「実は私も乳がんの治療をしながら働いています。ですが、誰も病気をオープンにしていないため、社内で他にがん患者を知りません」と全参加者の前でお話ししました。若く美しい女性が認知症であることを隠さずに堂々と講演する姿に感銘を受け、がんであれ認知症であれ、病気を隠すことなく普通に働ける社会になってほしいという思いを伝えたかったのです。 私が病気を公表したことに対し、「勇気がありますね」と驚く人もいれば、「縁起でもないから聞きたくない」と距離を置く人もいます。すべての人が病気を公表すべきだとは全く思いませんし、病状によっては言えない方もたくさんいらっしゃいます。しかし、人間はいつか命を落とします。明日交通事故に遭うかもしれない一方で、がんになったからといってすぐに死ぬわけではありません。花粉症の人が「私、花粉症なんです」と普通に話すように、がん患者も過剰な哀れみや偏見を持たれることなく、社会の中で当たり前に存在し、普通に働いて人生を楽しめる空気になることを、私は心から願っています。

これからがんと向き合う方へのメッセージ

今、がん治療をしている方にお伝えしたいことがあります。 心穏やかに振り返ることができる日がきっと来ます がんと診断された直後は、自分の人生が明日で終わってしまうかのように感じ、頭が爆発しそうなほどの不安に襲われると思います。私自身も「なぜ自分だけが」と何千回も思いました。しかし、治療を続けていくうちに、「あのときはあんなに悩んでいたな」と少し懐かしく振り返ることができる日が来ます。 相談窓口や患者会を積極的に活用してください 大きな病院にある「がん相談支援センター」は、その病院に入院・通院していなくても誰でも相談できる場所です。私もここで多くの情報を得て、治療と仕事の両立に関するヒントをもらいました。また、病院内の患者会では、医師の特徴や治療に関するリアルな情報を患者同士で共有できます。自治体主催の患者会でも有益な情報交換ができます。自分一人で抱え込まず、利用できるサポートやコミュニティはどんどん活用して、ご自身の心を軽くしてください。

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