写真はイメージです。(AIによる生成)プロフィール
お名前:jintaさん(ニックネーム)
年代:70代
性別:男性
家族構成:1人暮らし
仕事:無職(診断時は会社員)
がんの種類:肺がん
診断時ステージ:ステージ4A
診断年:2016年
現在の居住地:神奈川県
※本体験談は、患者さん個人の経験に基づくものです。治療の経過や副作用、生活への影響には、個人差があります。医療的な判断や治療方針の決定の際には、必ず医師・医療従事者にご相談ください。
2016年、jintaさんは健康診断をきっかけに肺がんと診断されました。当初は手術が可能と思われましたが、実際にはがんが散らばっており、ステージ4Aという厳しい現実を突きつけられました。しかし、遺伝子検査の結果から適合する分子標的薬が見つかり、働きながら治療を続けることを選択します。それから約10年。大きな副作用に悩まされることもなく、薬を飲み続けた結果、画像検査では、がんがほとんど認められない状態になりました。10年に及ぶ闘病中、どのように心と体の平穏を保ってきたのかをお話しいただきました。
健康診断での異常指摘と総合病院への受診
2016年の春のことでした。私は年に1回、近所のクリニックで定期的な健康診断を受けていました。その年のレントゲン検査で、肺に影があるという指摘を受けました。それまでは健康そのもので、痛みや苦しさなどの自覚症状は全くありませんでした。そのため、影があると言われても深刻には受け止めていませんでした。
しかし、念のために精密検査を受けた方が良いと勧められ、自宅から近く通いやすいという理由で、近隣の総合病院の呼吸器科を受診することにしました。総合病院では、改めてレントゲン検査とCT検査を受けることになりました。まだネットの情報も今ほど充実しておらず、肺の影が何を意味するのか、漠然とした不安を抱えながら検査結果を待っていました。
肺炎の診断から一転、肺がん告知
CT検査を終え、診察室に入ると、私を担当してくれたのは大学を出て研修を終えたばかりのような、非常に若い医師でした。その若い医師は、画像を確認した上で「肺炎ですね」と私に告げました。私はその言葉を聞いて、がんなどの重篤な病気ではなく肺炎だったのだと心から安堵し、そのまま自宅へ帰りました。
しかし、安心したのもつかの間、翌日になってその若い医師から直接電話がかかってきました。「すぐに病院に来ていただけませんか」という緊迫した声でした。慌てて病院へ向かうと、医師は申し訳なさそうに「すみません、肺炎ではなく肺がんでした」と診断を訂正しました。おそらく、他の医師たちと私の画像データを再確認した際に、肺炎ではなく肺がんということを指摘されたのだと思います。昨日まで肺炎だと思ってほっとしていたところから、いきなり肺がんという宣告を受け、事態の急変に頭が追いつきませんでした。
緊急手術の実施と予期せぬ結果
がんの宣告と同時に、若い担当医からは「すぐに手術をしたい」という提案がありました。詳しいがんのステージなどはこの時点では確定していませんでしたが、手術可能であるという判断だったようです。
最初の診断からおよそ2週間後、私は仕事を休み、入院して手術を受けることになりました。手術は胸を大きく切り開くものではなく、胸腔鏡を使った負担の少ない方法でした。しかし、手術が始まって肺の内部を確認したところ、事前の画像診断とは異なる現実が待ち受けていました。がんはひとつにまとまっているのではなく、あちこちに散らばって存在している状態だったのです。そのため、医師は病理検査のために腫瘍の核となる組織の一部を採取するにとどめ、がんを完全に取り除く根治手術は断念せざるを得ませんでした。
麻酔から覚め、医師から「がんが散らばっていたため手術では取り切れませんでした」と告げられたとき、私は半分あきらめのような気持ちになりました。術後の最終的な確定診断は、ステージ4Aという厳しいものでした。
遺伝子検査の結果と分子標的薬による治療開始
手術でがんを完全に切除することはできませんでしたが、採取した組織を用いて遺伝子検査が行われました。その結果、私のがんはALK融合遺伝子によって増殖しているタイプであることがわかりました。担当医からは、この遺伝子変異に対応した分子標的薬であるザーコリを使った治療方針が示されました。私は薬に関する知識が全くなかったため、医師の説明だけでは十分に理解できず、インターネットを使って同じような状況の患者さんの体験談を調べました。そこで初めて、この薬が自分のタイプのがんに対して高い効果が期待できることを知り、少しだけ希望を持つことができました。
ザーコリの服用を開始するにあたり、副作用が出た場合に備えて2泊3日の入院をしました。しかし、懸念していたような激しい吐き気や体調不良といった肉体的な副作用は全く現れませんでした。
働きながらの治療を継続
退院後は通院しながら毎日ザーコリを服用する治療が始まりました。当時は会社員としての定年を迎え、再雇用という形でパートタイムの仕事をしていました。幸いなことに、薬の副作用がなかったため、体力が落ちることもなく、それまで通りに働き続けることができました。
私は自分がステージ4Aの肺がんであることを、職場の人間には一切報告しませんでした。仕事に支障が出るような身体的な問題がなかったため、あえて伝える必要性を感じなかったからです。むしろ、がんであることを伝えることで周囲に無用な気を使わせたり、「無理をして働かなくていいから休んだ方がいい」と仕事を辞めるように促されたりすることを恐れていました。私にとっては、病気にとらわれずにそれまでと同じような日常のペースを守り、働き続けることが精神的な安定につながっていたのだと思います。
若手医師との二人三脚で進めた治療
確定診断の際、私を担当したのは当初肺炎と診断した若い医師でした。しかし、私はこの先生が担当で本当に良かったと今でも思っています。彼は経験が少ない分、決して知ったかぶりをせず、私の症例に対して非常に熱心に向き合ってくれました。インターネットの医療情報を検索し、最新の症例や治療法を一生懸命に調べては、得られた情報を包み隠さず私に共有してくれました。
「もしこの薬が効かなくなっても、次に使える新しい薬がありますから大丈夫ですよ」と、常に先を見据えた情報を提示してくれたおかげで、私は見通しを持って治療に臨むことができました。医師によっては、一方的に指示を出して終わっていたかもしれません。しかし、彼とは一緒に調べて、一緒に治療方針を確認し合うような関係性を築くことができました。一人の患者として、私個人をしっかりと見てくれているという安心感がありました。その後、担当医は2回ほど変わり、現在はおとなしい経験豊富な医師になりましたが、最初の先生が作ってくれた治療の土台があったからこそ、迷いなくここまで来られたのだと感じています。
高額な薬代と医療費助成制度への感謝
分子標的薬のザーコリは、非常に高額な薬でした。最初に薬局で支払いをしたとき、3割負担でも「こんなに高いのか」と思いました。しかし、薬局の窓口で「高額療養費制度」というものがあることを丁寧に教えてもらいました。一定の金額を超えた分は払い戻されたり、最初から上限額までの支払いで済んだりする仕組みです。
もちろん毎月の出費としては安くはありませんでしたが、この制度のおかげで、青天井で医療費がかかるわけではないとわかり、日本には手厚い制度があるのだと心底感謝しました。当時は、新しいがんの薬はもっと高額だというイメージを持っていたため、制度を利用して支払える範囲で治療が続けられるのであれば、十分にやっていけると思えました。ネット上で見かけるような、高額な自由診療などには手を出さず、標準治療である今の薬を信じてみようと決意する後押しにもなりました。
見えないがんとの共存と心の変化
手術でがんを取り切れなかったため、私の体の中には常にがん細胞が存在していました。痛みや苦しさがない分、自分の体内でがんがどうなっているのかわからないという不安は常にありました。「もしこの薬が効かなくなったらどうしよう」と考えることもありました。しかし、体力的な衰えを一切感じなかったことと、3か月に1回のレントゲンとCT検査で「がんは増悪していません」と検査の度に言われたことで、少しずつその不安にも慣れていきました。
がんに関連する書籍を何冊も読みましたが、そこに書かれているような感情の揺れ動きは、自分とは少し遠い世界のことのように感じました。私は良くも悪くも、自分の状況を深刻に受け止めすぎず、「じたばたしてもしょうがない」「流れるままに身を任せよう」という心境に至っていました。これ以上がんが増悪せず、現状維持できればそれでいい。そう思いながら、淡々と毎日薬を飲み続けるだけの日常が、私の新しい「当たり前」になっていきました。
自己判断の減薬を医師に相談
治療開始から数年が経過したころ、がんは全く大きくなっていない状態が続いていました。そこで私は、薬代を少しでも節約したいという思いから、本来1日2回服用すべきザーコリを、自己判断で1日1回に減らしてしまいました。もちろん、これは非常に危険な行為であり、もし悪化してしまったら取り返しがつかないことになると理解していましたが、長年安定していたことから大丈夫だろうという思いがありました。
減薬した状態で定期検査を受けましたが、がんは大きくなるどころか、さらに小さくなっていました。そこで担当医に「実は1日1回にしています」と告白しました。先生は非常に驚いていましたが、検査結果が悪化していない事実を確認し、「それなら1日1回にして様子を見てみましょう」と認めてくれました。
そして今年の4月、治療開始から約10年が経った日の診察でのことです。いつものように画像を確認した医師が、「画像検査では、がんが見えなくなっています」と口にしました。「じゃあ、もう薬をやめてもいいですか」と聞きましたが、先生からは「見えないだけでがん細胞は残っている可能性があるので、もう少し飲み続けましょう」と諭され、現在も1日1回の服用を続けています。ステージ4Aで手術で取り切れなかったがんが、10年の時を経て画像検査では確認できなくなる。私自身が一番信じられないような結果でした。これからも焦ることなく、今までと変わらぬ日常を大切にしながら、この薬と付き合っていこうと思っています。
これからがんと向き合う方へのメッセージ
今、がん治療をしている方にお伝えしたいことがあります。
医師と薬を信じて根気よく続けることです
私は医療の専門的なことはわかりませんが、医師から提示された治療法と薬を信じて、毎日飲み続けることが何より大切だと思っています。私自身は自己判断で減薬をしてしまいましたが、それは本当に危険なことだと今は思っています。治療に関して自分の希望などがあれば、医師に相談してください。
自分に合った治療を諦めないでください
世の中には高額な自由診療などさまざまな情報があふれており、どれを選ぶかはその人の状況や価値観次第だと思います。しかし、私のように保険適用される標準治療の薬がしっかりと効き、長期間がんをコントロールできるケースも実際にあります。どのような状況であっても、自分に合った治療法があると信じ、諦めずに頑張ってほしいと願っています。
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