写真はイメージです。(AIによる生成)プロフィール
お名前:クミエモンさん(ニックネーム)
年代:70代
性別:女性
家族構成:長女と孫と実母の4人暮らし
仕事:無職(診断時は営業サポート)
がんの種類:乳がん
診断時ステージ:ステージ2または3
診断年:2011年
現在の居住地:神奈川県
※本体験談は、患者さん個人の経験に基づくものです。治療の経過や副作用、生活への影響には、個人差があります。医療的な判断や治療方針の決定の際には、必ず医師・医療従事者にご相談ください。
2011年10月、当時50代後半だったクミエモンさんは、左胸の異変に気づき大学病院を受診したところ、乳がんと診断されました。がんセンターに転院後、術前抗がん剤治療を経て手術を受け、術後補助療法とホルモン療法を行い、順調に経過していました。しかし、2019年に肺と首のリンパ節への遠隔転移が発覚。再発後は分子標的薬による治療を行い、6年半が経過した現在も病状は安定しています。これまでの治療の経緯や仕事との両立、実母の介護、そして自身の死生観についてお話しいただきました。
乳がんの発見とがんセンターへの転院
2011年の10月、皮膚の引きつれやくぼみに気づいたため、大学病院の乳腺外科を受診しました。それまでも自治体の乳がん検診で乳腺症と指摘されて精密検査を受けることがありましたが、いつも問題ないと診断されていました。その後、3年ほど検査を受けていませんでしたが、電車のつり革に手を伸ばしたときに左胸に突っ張るような感覚があり、自宅で確認するとくぼみとしこりがあったため受診を決めました。
大学病院での検査の結果、乳がんと診断されました。腫瘍の大きさは4〜5cmであり、ステージ2または3の段階とのことでした。その大学病院では放射線治療の設備がないと言われたため、以前受診したことがあり診察券を持っていたがんセンターへ紹介状を書いてもらい、転院することにしました。
がんセンターでの精密検査と術前抗がん剤治療
がんセンターでは、PET検査、骨シンチグラフィ、MRI検査などの精密検査を改めて受けました。その時点では、脇のリンパ節や他の臓器への遠隔転移は見つかりませんでした。病理検査の結果、ホルモン受容体が陽性、HER2タンパクも陽性の乳がんであることがわかりました。
医師からは手術と抗がん剤治療のどちらを先に行ってもよいと説明され、私は手術の前に抗がん剤治療を行う術前化学療法を選択しました。2011年の10月から治療が始まりました。医師からはしばらくすると髪の毛が抜けると説明されたため、事前にウィッグなどの準備を整えました。
抗がん剤の副作用は強く、金曜日に点滴を受けると土曜日の夜から日曜日にかけて激しいだるさや吐き気が出たため、自宅で寝込んでやり過ごしました。月曜日には何とか体調を戻して出勤するという生活を約6か月間繰り返しました。通勤途中の電車内で意識を失って倒れ、会社を休んだことも1回ありました。この治療の影響で、現在も両手足の指先にしびれが残っています。
左胸の全摘手術と術後補助化学療法
抗がん剤治療を終えた2012年6月に左胸の全摘出手術を受けました。入院と手術のために、会社でこれまで取得していなかった30日間のリフレッシュ休暇をまとめて使用しました。本来は病気のために使う休暇ではありませんでしたが、会社の配慮により認められ、その期間は派遣社員の方に業務のフォローをお願いしました。
術後治療として、ハーセプチンと5年間の計画でホルモン療法が始まりました。ハーセプチンの初回投与時は、副作用の確認のために1泊2日で入院しました。投与後に高熱と激しい悪寒が出ましたが、翌日には回復して退院できました。2回目以降は強い副作用はなく、3週間に1回のペースで通院しました。通院の日は会社を1時間早く退社させてもらい、治療を続け、ハーセプチン治療後は、ホルモン療法の内服のみを継続しました。
8年目の定期受診とチェコへの渡航
診断から約8年たった2019年6月の定期受診では、腫瘍マーカーなどの数値がすべて正常でした。
私は一安心し、その年の7月から8月にかけて、国際結婚をしてチェコに住んでいる次女の出産の手伝いをするために約1か月間現地へ渡航しました。しかし、日本を出発する前から原因のわからない咳が続いていました。また、左手に軽いむくみがあり、思うように力が入らない自覚もありました。当時は疲れや年齢のせいだろうと考え、そのままにしていました。
チェコから帰国した後も咳が止まらなかったため、近所の総合病院の総合診療内科を受診しました。乳がんの既往があることを担当の医師に伝えると、転移の可能性を疑われ、その日のうちに造影CT検査を受けました。
数日後に結果を聞きに行くと、乳がんの再発転移の疑いが強いと言われ、すぐにがんセンターを受診するように勧められました。がんセンターで改めて精密検査を行った結果、肺と首のリンパ節への遠隔転移がわかりました。
イブランスによる治療を開始
再発にあたり、がん細胞の性質を調べる再検査が行われました。初発時はHER2陽性でしたが、再発時はHER2陰性に変化していることがわかりました。医師からは4種類の治療法が提示され、家族とともに説明を聞きました。その中で、分子標的薬であるイブランスとホルモン薬のレトロゾールを併用する治療法が、4つの治療法の中で、最も長い期間にわたって病勢をコントロールできているデータがあると知り、この方法を選択しました。
治療を始めるとすぐに効果が現れ、画像検査において肺や首のリンパ節の腫瘍は縮小し、現在は画像上では見えなくなっています。胸骨の裏側にある病変は造影CTで見づらい位置にありますが、大きさに変化はなく安定した状態を維持しています。この治療を始めてから現在まで6年半が経過しており、今年の10月で丸7年になります。副作用としては、手の爪に線が入って脆くなったり、髪質が変化したりした程度で、重い症状はありません。
家族構成の変化と実母の介護
私の現在の家族構成は、長女、孫、実母との4人暮らしです。長女はシングルマザーとして子どもを育てており、私が現役で働いていたころは、長女をサポートするために毎週末、自宅から長女の家まで通っていました。金曜日の夜に泊まり込み、土曜日と日曜日には家事や育児の手伝いをして、月曜日の朝5時の始発電車に乗って職場へ直行するという生活を何年も続けました。
定年退職を迎え、同時に私の実母が介護を必要とする状態になりました。自宅と長女の家を行き来する生活を続けるのは体力的に厳しくなったため、退職を機に長女の家で一緒に暮らすことを決めました。同居を始めてから1年半ほど経ったころに乳がんの再発がわかったのですが、家族がすぐそばにいてくれる環境は大きな心の支えになりました。母は現在97歳であり、私は毎日母の介護や家族のための家事をこなしながら過ごしています。
父の看取りの経験と自身の死生観
私はクリスチャンとしての信仰を持っています。再発転移がわかったとき、私は死に対して穏やかな気持ちで向き合うことができました。その背景には、過去に父親をがんで亡くした際の経験があります。
父ががんと診断されたとき、私は最期を我が家で看取りたいと強く願い、3人のきょうだいで協力して実家に泊まり込み、在宅での介護を行いました。私は当時、仕事をしていましたが、毎日のように実家に通い、父の看取りの準備を進めました。父は最後の日まで大きな苦しみを見せることなく、私が仕事から帰ってくるのをいつも楽しみにしてくれていました。
お酒が大好きだった父は、亡くなる3日前まで、食べ物は受け付けなくなっても私と笑顔で乾杯をしてくれました。父を自宅で穏やかに看取った経験から、私はがんで亡くなるのは悪いことではないと思うようになりました。がんは突然命を奪われるわけではなく、残された時間をどのように生きるか、周囲とどのようにお別れをするか、じっくりと考える準備期間が与えられる病気であると感じたからです。
将来に向けた準備と日々の感謝
母の在宅介護には、訪問診療の医師や訪問看護師の方々が定期的に関わってくれています。その中に、がんセンターで緩和ケアの仕事も兼任されている医師がいます。私はその先生に、もし私が人生の最期を迎えるときは先生に在宅での医療を診ていただきたいと直接お願いをしてあります。看護師の皆さんにも同様に最期のケアをお願いしており、自分の将来に向けた医療体制の準備は整っています。そのため、今後の病状の変化に対する不安はありません。
また、家族に対する準備も進めています。昨年のイースターの時期に、所属している教会の墓地に私の遺骨を納める手続きを行いました。その墓地には夫がすでに眠っています。長女には「私が亡くなったら大きなお葬式はしなくていいから、イースターの合同納骨のときにパパの隣に遺骨をそっと置いてちょうだい」と伝えてあり、費用の準備も済ませています。
さらに、大学病院への献体登録も完了しました。先日、解剖学を学ぶ医学部の学生や大学の教授陣を交えた献体登録者の懇親会が開催され、私も出席しました。「若い学生たちが私たちの学びのためにご遺体を大切に扱わせていただきます」と真摯に語る姿に接し、自分の身体が将来、優れた医師を育てるための役に立つのならこれほど本望なことはないと、安心することができました。
私は今、本当に幸せな人生を送っています。今日1日を元気に生きられたこと、家族とともに笑顔で過ごせたこと、そのすべてに感謝を捧げています。あらゆる出来事をポジティブに受け止めることができる現在の心境に、満足しています。
これからがんと向き合う方へのメッセージ
今、がん治療をしている方にお伝えしたいことがあります。
残された時間をどのように生きるか考えてみてください
がんにかかったことは決して不幸なことではありません。がんは突然命を奪う病気ではなく、これからの人生や残された時間をどのように生きるか、周囲の人たちとどのようにお別れをするかをじっくりと考える準備期間を与えてくれます。
命があることの意味を大切にしてください
病気によるつらさや苦しみを感じることもあると思いますが、人が今生きていることには必ず何らかの意味があります。最後まで自分の命を大切にし、穏やかな気持ちで周囲や日々の生活に感謝しながら1日1日を過ごしてほしいと思います。
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