写真はイメージです。(AIによる生成)プロフィール
お名前:目片多美子さん(本名)
年代:50代
性別:女性
家族構成:夫と次男と3人暮らし&犬(長男は独立)
仕事:無職(診断時は公務員)
がんの種類:子宮肉腫(平滑筋肉腫)
診断時ステージ:ステージ1B
診断年:2018年
現在の居住地:神奈川県
※本体験談は、患者さん個人の経験に基づくものです。治療の経過や副作用、生活への影響には、個人差があります。医療的な判断や治療方針の決定の際には、必ず医師・医療従事者にご相談ください。
2018年の夏、目片多美子さんは下腹部の痛みをきっかけに受診したクリニックで、希少がんである「子宮肉腫」の疑いを指摘されました。全摘手術で確定し、思いがけない抗がん剤治療の決断を迫られ、壮絶な副作用を経験しました。その後も幾度となく繰り返す再発や転移、過酷な治療と向き合いながらも、体験に基づいた情報発信を通じて前を向いて歩み続ける現在までの経緯について、お話しいただきました。
下腹部の痛みで2つのクリニックを受診
2018年の夏ごろ、ひどい生理痛のような下腹部の痛みが続きました。痛みを和らげる薬を出してもらおうと、近所のクリニックを受診しました。当時私は48歳だったため、医師からは「更年期の症状」と言われました。しかし、薬を飲んでも一向に良くならず、日常生活は送れるものの痛みが消えなかったため、別のクリニックを改めて受診しました。
2つ目のクリニックで超音波(エコー)検査を受けたところ、医師から「大変珍しい病気だから可能性は低いけれど、子宮肉腫という病気の可能性がある」と指摘されました。血液検査の結果を待つ間もなく、すぐに大きな病院でMRIなどの精密検査を受けるようにと急遽紹介状を書いてもらうことになりました。
都内の総合病院でのMRI検査と告げられた可能性
紹介状を持って、都内にある総合病院を受診しました。すぐにMRI検査を行い、担当した医師からは「画像を見る限り、残念ながら子宮肉腫の可能性が高い」と告げられました。
しかし、手術をして組織を病理検査に出さないと確定診断はできないこと、子宮筋腫と似ているため実際に手術してみたら良性の筋腫である可能性も残されていることなどを説明されました。もし肉腫であった場合は、子宮だけでなく卵巣などの付属器も含めて摘出する必要があるため、手術中の状況に応じて臨機応変に対応するものの、基本的には全摘出になる可能性が高いと言われ、手術を受けることになりました。
手術と病理検査による子宮肉腫の確定診断
結局、悪性だったため子宮などを全摘出する手術を受け、約10日間入院しました。手術から3〜4週間後、病理検査の結果が出て「子宮肉腫(平滑筋肉腫)のステージ1B」であると確定診断を受けました。
私は、病巣を手術ですべて取り切ったのだから、これで病気の話は終わりだと思っていました。お腹の傷の痛みが癒えれば、すぐに仕事に復帰するつもりで、上司にもそのように伝えていました。
予期せぬ抗がん剤治療の提案と決断
しかし、確定診断の日に医師から抗がん剤治療を提案され、大変驚きました。子宮肉腫は増殖スピードも早く、再発や転移のリスクが非常に高く、目に見えない小さな細胞が散らばっている可能性があるため、それを叩いて再発を遅らせる目的で抗がん剤を推奨するというのです。
ただ、子宮肉腫は基本的に抗がん剤が効きにくい病気であり、症例数も少ない希少がんであるため、明確なエビデンスがあるわけではないとも説明されました。ステージ1Bなら、抗がん剤をやらないという選択をする病院もあると言われました。
進行が早い病気のため、医師からはその場での決断を迫られました。同席していた夫は「やった方がいいのではないか」と反応を示しましたが、私は副作用で髪が抜けることや仕事に復帰できなくなることが嫌で、当初は治療を拒んでいました。
一旦保留にしてもらい、職場の女性の上司に相談したところ「私なら治療を受ける」と言っていただき、その言葉に背中を押される形で最終的に抗がん剤治療を受ける決断をしました。
壮絶な副作用と経過観察への移行
抗がん剤治療が始まると、想像以上の副作用に苦しめられました。髪の毛はすべて抜け落ち、3週間に1回の投与サイクルのうち、最初の2週間はひどい倦怠感が続きました。家の中を歩くのもつらく、でも足が弱ってしまうから…と、夜に夫につかまりながら10分ほどゆっくりと散歩するのが精一杯でした。仕事はおろか外出することもままならない状態でした。
人によって副作用の出方はさまざまだとわかっていますが、私の場合は本当にきつく、働きながら治療を続けることは到底不可能でした。約3か月半かけて4クールの治療を終え、その後は経過観察に入りました。
2年半後の転移発覚と突きつけられた現実
経過観察中は血液検査と内診を行っていましたが、造影CTなどの画像検査は頻繁には行われていませんでした。
そして2021年の1月、約1年ぶりに受けた画像検査で、骨に2か所、肺に1か所の転移が見つかりました。総合病院の主治医からは「うちの病院では子宮肉腫の経験が少なく、再発以降の治療もできるけれども、より肉腫を多く診ている病院でセカンドオピニオンを受けてみるのもひとつの手ですが、どうしますか」と言われました。
インターネット情報の恐怖と友人による専門医の発見
医師からは、もしセカンドオピニオンを希望するなら、1週間でセカンドオピニオンを受ける病院を決めてくるようにと言われました。しかし、私は自分が再発・転移したという事実に直面し、インターネットで病気について調べるのが怖くて仕方がありませんでした。
余命や予後不良といった言葉を目にするのが恐ろしく、SNSなどを一切見ることができなかったのです。そんな私に代わって、友人が病気について懸命に調べてくれました。そして、肉腫を専門とする医師が県外の総合病院にいること、その医師の治療を受けている同病患者がたくさんいることを見つけ出してくれました。
K病院と肉腫専門医での異なる見解
私は、K病院と、友人が見つけてくれた肉腫の専門医がいる総合病院の2か所で意見を聞くことにしました。
K病院のセカンドオピニオンでは「抗がん剤治療一択である」「再発転移すると予後が厳しく、余命半年ほどの可能性もある」と告げられ、緩和ケアの話まで出ました。
一方、肉腫の専門医は、オンラインでのサードオピニオンで、「治る病気ではないが、局所治療を行って元の生活に戻るということを繰り返す」と全く違う見解を示しました。
K病院の医師は「局所治療をしても次々と転移し、いたちごっこになるため、全身治療(抗がん剤)を優先すべき」という考え方でした。肉腫の専門医は「抗がん剤は基本的に効きにくいため、局所治療をして腫瘍が大きくなってしまうリスクを確実に排除していく」という考え方でした。
医学的にはどちらも正しい見解でしたが、関西で外科医をしている友人が「私の肉腫患者さんも、その専門医を信頼したよ」と教えてくれたことが決め手となり、私はその専門医のもとで治療を続けることを選びました。全国、さらには海外からも患者が集まると聞いていたため、通院の距離に対する不安はありませんでした。
肉腫専門医による適材適所の治療
新しい主治医の治療方針は非常にユニークでした。その病院ですべての治療を行うのではなく、主治医が部位や治療法によって、その肉腫治療に適した医師に病院という枠を超えて依頼するというものです。
肉腫の手術は一般的ながんの手術とは大きく異なるため、肉腫の手術経験が豊富なチームに任せる必要があるとのことでした。私は指示されるまま、放射線治療は都内のクリニックで受け、肺の手術は地方の大学病院で受けました。適切な場所で適切な治療を受けた結果、一度は体の中から目に見える病巣がなくなり、普通の生活に戻ることができました。
繰り返す転移と元の総合病院との連携
しかし、子宮肉腫の進行は早く、その後も数え切れないほどの再発と転移を繰り返しています。この5年間で、肩甲骨の転移に対してがん専門病院で肩甲骨の一部を切除する手術を受けたり、脾臓全摘手術を行ったり、肝臓や肺へのラジオ波治療や、骨転移に対する十数回の放射線治療を受けたりと、入退院を繰り返してきました。
専門医は遠方の病院にいるため、「何かあったときのために、最初の手術をした病院とつながりを持っておくように」と度々に手紙を書いて連携してくださっています。そのため、現在も最初の都内の総合病院に通うことができており、婦人科や痛みのコントロールなどはそこのペインクリニックなどにお世話になっています。
ヴォトリエントの副作用と現在の痛みとの闘い
昨年になり、全身への転移が増えすぎて局所治療だけでは抑えきれなくなり、ヴォトリエントによる全身治療を開始しました。しかし、この薬の重篤な副作用である深部静脈血栓症を引き起こしてしまい、肺に血栓が飛ぶと命に関わる危険があったため、服用を中止せざるを得ませんでした。
現在も骨転移による強い痛みが続いており、杖がなければ歩けず、痛みが強すぎて全く動けない日もあります。都内の総合病院で医療用麻薬を処方してもらい対応していますが、それでも痛みが抑えきれないため、1か月弱入院して、痛みを和らげるための放射線治療を行っています。
絶望から見出した生きがいと前を向く力
病気を告知された当初や、転移による余命宣告を受けたときは、絶望感でいっぱいでした。子どもの将来の姿を見られないのかと深く落ち込みました。しかし、同じ病気の方のブログから専門医を知るきっかけとなった感謝をきっかけに、私自身もSNS等で情報発信を始めました。今では、私の発信を見て「あなたのおかげで前を向けた」「専門医に出会えて命がつながった」と言ってくださる方々が多くいてくださいます。
その言葉や皆さんからのメッセージが私の最大の原動力です。情報が少ない希少がんにおいて、転移を繰り返してもこうして明るく生きている人間の存在が、今まさに絶望の淵にいる誰かの希望になればと思い、日々の発信活動を私の生きがいとしています。
これからがんと向き合う方へのメッセージ
今、がん治療をしている方にお伝えしたいことがあります。
どん底まで落ち込んだ後は、少しずつ這い上がってください
大きな病気を告知されたとき、絶望感に見舞われ、少し先の未来すら見えなくなるのは当然のことです。まずは思い切り落ち込んでも構いません。しかし、その後は考え方を少しずつ変え、這い上がる努力をしてみてください。気持ちを切り替えることで、見えなかった希望が見えてくることがあります。病気と共存しながら、病気に甘えず、楽しみを拾っていくしかないのです。せっかくの人生、病気が発覚しても、考え方ひとつでまた幸せな日々を取り戻せます。
今の自分にできる小さな楽しみを見つけましょう
病気になると失ったものにばかり目が行きがちですが、あえて日常の中にある小さな喜びや楽しみに目を向ける癖をつけてください。そうすることで、今の自分にもできることが意外とたくさんあり、笑える瞬間があることに気づけるはずです。
動ける今のうちに、やりたいことを行動に移しましょう
自分で歩き、食事ができ、身の回りのことができるのであれば、その状況はとても幸せなことです。将来、もし自分の力で動けなくなる日が来たとしたら、その日から今の自分を見れば、今の動ける自分のことを心から幸せだと思うはずです。だからこそ、病気の悩みばかりに時間を費やすのではなく、日々を病気に侵されることなく、やりたいことを今のうちにたくさんやって、笑顔で満たされた毎日を送ってください。まずは、その第一歩を踏み出してください。
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