写真はイメージです。(AIによる生成)プロフィール
お名前:さおさん(ニックネーム)
年代:40代
性別:女性
家族構成:夫と子ども2人との4人暮らし
仕事:製造業(パート)
がんの種類:乳がん
診断時ステージ:ステージ1
診断年:2025年
現在の居住地:群馬県
※本体験談は、患者さん個人の経験に基づくものです。治療の経過や副作用、生活への影響には、個人差があります。医療的な判断や治療方針の決定の際には、必ず医師・医療従事者にご相談ください。
さおさんは、祖母や母を乳がんで亡くした家族歴から、30代より自主的に乳がん検診を続けてきました。2025年に自らの申告をきっかけにがんセンターでの精密検査を受け、ステージ1の乳がんであることが判明しました。職場の理解を得ながら手術、放射線治療、ホルモン療法を乗り越えてきたこれまでの歩みと、自身の体に向き合うことの大切さについてお話しいただきました。
母親の早逝と30代からの自主的な乳がん検診
私の家系は祖母や叔母が乳がんを経験しており、私が29歳の時に母親も乳がんで亡くなりました。身近な家族を亡くした経験から「自分も乳がんになるのではないか」と危機感を抱くようになりました。
自治体の乳がん検診は40代からですが、私は30歳を迎えるのを機に、自主的に乳がん検診を受けるようにしました。自己負担でしたが、健康を維持するための投資だと考え、通常の定期健康診断とは別に毎年受診を続けていました。
自宅から離れたクリニックでの定期検診と3年前からのしこり
私が検診に通っていたクリニックは、自宅からは少し離れていましたが、当時勤めていた会社の近くにあり、仕事帰りに立ち寄るには非常に利便性が高い場所でした。他に医療機関を変更する理由もなかったため、毎年同じクリニックで検診を受け続けていました。
実は乳がんの確定診断を受ける約3年前から、私は左胸に小さなしこりがあることに気がついていました。しかし、その状態で検診を受けていても結果は常に異常なしだったため、医師が問題ないと言っているのなら大丈夫だろうと思い込み、しばらくそのまま様子を見て過ごしていました。
体調の変化と検診時の自己申告によるがんセンターへの紹介
しかし2025年になると、体に明らかな変化が現れました。それまで感じていたしこりに加えて胸全体がひどく張るようになり、乳首の先から黄色い分泌物が出ていることに気がつきました。
これは明らかに普通の状態ではないと感じたため、2025年の定期検診の際、私は検査の担当者に対して「以前からしこりがあり、最近になって胸の張りが強くなり分泌物も出ていておかしい」と自己申告をしました。担当者は急に顔色を変え、これまでしこりに気づいていなかったことに驚いたような反応を示しました。この申告をきっかけに、がんセンターへの紹介状が出されました。
再建ではなく乳房温存手術を選択
紹介状を持って受診したがんセンターでは、マンモグラフィや超音波(エコー)検査をはじめ、CT検査やMRI検査、生検が実施されました。一連の検査を経て、2024年9月に医師から正式に乳がんで、ステージは1という告知を受けました。
担当医からは全摘と温存手術のどちらも選択可能と説明されました。全摘後に胸を再建する方法は知っていましたが、再建には何度も手術を重ねるため時間や手間がかかること、本来の体ではなくなってしまう違和感への懸念から、私は最初から胸を残したいと希望を伝えていました。
私のがんは、左胸の内側の難しい場所に位置していました。医師からは、周囲の組織を寄せて埋める手術になるため傷口はやや大きくなるが、形がいびつになることはないと説明され、無事に温存手術が行われました。切除断面の病理検査も断端陰性で、がん細胞はきれいに取り切れていました。
手術後にステージ1のホルモン受容体陽性ルミナルAと確定
がんと診断されてから、具体的な手術の方針が決まり、手術後の病理検査の結果が出るまでの約2か月間は、私にとって精神的に最も過酷な時期でした。
手術後、切除された組織の病理検査の結果、私の乳がんのサブタイプはホルモン受容体が陽性でHER2が陰性であるルミナルAというタイプで、がん細胞の増殖スピードを示すKi-67の数値も7%と非常に低い状態でした。
担当医からは、リンパ節への転移もなく、比較的おだやかな性質のがんであることから、術後の抗がん剤治療を行う必要はないと説明されました。脱毛などの強い副作用の心配がなくなり、心から安心することができました。
家族経営の会社への報告と術後3週間での仕事復帰
勤めていた会社は家族経営だったため、がんの確定診断後すぐに会長に病状を報告しました。休みが多くなり迷惑をかける旨を正直に伝えたところ、これからの治療を気遣っていただき、「無理しない程度に、少しずつ戻っておいで」と働きながら治療を続けることを快く認めてもらえました。
雇用を継続したまま治療に専念できる環境を整えてもらうことができました。入院期間は1週間で、手術から3週間が経過したころに職場へ復帰しました。当初は左腕を上に上げようとすると胸の周囲に痛みや引きつれを感じていましたが、周囲からは驚かれるほどスムーズに業務を再開することができました。
働きながらがんセンターで放射線治療
乳房温存手術を選択したため、局所再発を防ぐための術後の放射線治療は必須でした。年末年始を挟み、傷口の回復を待って、2026年の1月後半から2月の後半にかけて実施されました。
自宅からがんセンターまでは車で10分以内という非常に近い距離にありました。そのため、平日の月曜日から金曜日まで毎朝一番に通院して照射を受け、その後に少し遅刻して会社へ出勤するという勤務形態をとることができました。土日祝日を除く計25回の通院でしたが、職場の理解と通院の利便性のおかげで仕事を休むことなく完了できました。副作用で胸の火照りや皮膚の黒ずみが生じましたが、大きな体調不良には至りませんでした。
現在のホルモン療法と定期受診
手術の約3か月後から、5年間の予定でホルモン療法を開始しました。当初は胃のムカつきなどの副作用がありましたが、毎日服用を続けるうちに慣れ、現在では健康状態に影響なく過ごせています。
現在は、3か月に1回がんセンターで経過観察を受けています。特別な検査はなく、医師による丁寧な問診と手術の傷口を確認する視診が中心となっており、以前と変わらない生活とパート勤務を維持できています。
祖母と母親の家族歴を考慮した遺伝子検査の受診と葛藤
告知時、自分の心配と同時に最も強く頭をよぎったのは2人の娘たちの将来でした。祖母も母親も乳がんを患っていたため、遺伝的な要因ではないかと疑ったのです。もし遺伝性であれば娘たちにも遺伝する可能性があるため、事実を確認しなければならないと考えました。
以前から遺伝子検査の存在は知っていましたが、結果を知るのが怖くて目を背けていました。しかし今回は40代という年齢や家族歴から、高額な検査費用を一部抑えられる制度が利用できるとわかり、すぐに申し込みました。結果を待つ約1か月間は、陽性なら健康な右胸や卵巣も予防切除しなければならないのかと悩み、強い葛藤を抱えましたが、最終結果は陰性であり心から安心しました。
2人の娘への病状説明と遺伝子検査結果の報告
当時、私には16歳の長女と12歳の次女がいました。病名が判明した際、私は子どもたちに「お母さんはおばあちゃんと同じ乳がんになったから、入院して手術を受けるよ」とストレートに事実を伝えました。
長女が3歳のころに私の母親が亡くなっているため、娘たちには祖母の闘病の記憶がほとんど残っておらず、私の告知に対してもそれほど大きなショックを受けている様子はありませんでした。
その後、遺伝子検査の結果が陰性であり、遺伝するリスクが低いことが判明した際にもその事実を報告しました。私の表情が明るくなったことで家族も落ち着きを取り戻しました。ただ、家族歴はあるため、娘たちには20歳を過ぎたら必ず検診を受けるよう伝えています。
職場にいた乳がん経験者からの励まし
がんを患った際、身近に同じ経験をした人がいるかどうかは、心の安定に大きく影響します。パート先の会社には、偶然にも私と同い年で、5年ほど前に乳がんを発症して治療を乗り越えた同僚の女性がいました。
手術のために長期休暇をいただくことになった際、彼女に「実は乳がんになってしまい、来月から手術で休む」と打ち明けました。すると彼女は「実は私も5年前に乳がんの治療をしていたの」と自身の経験を明かしてくれました。
彼女のがんはルミナルBというタイプで私とは治療内容が異なっていましたが、同じ病気を克服して元気に働いている先輩が目の前にいることは大きな救いとなりました。不安を打ち明け、アドバイスをもらえた同僚の存在は心強い支えでした。
顔を出さないSNSでの同じ病気を持つ人々との交流
私は患者会などのコミュニティには参加していませんでしたが、がんと診断されてからは、同じ治療を行っている人々の状況を知りたいと思いSNSを活用するようになりました。私自身もアカウントを開設し、顔写真は掲載しない形で、日々の病状や手術後の体調を文章で投稿し始めました。
すると、全国の同じように乳がんと闘っているユーザーからいいねや温かいコメントが寄せられるようになりました。時にはダイレクトメッセージを通じて不安を共有したり、副作用についての情報交換を行ったりもしました。現実では話しづらい悩みを同じ境遇の仲間と分かち合えたことは、大きな安心感につながりました。当時のネットでのつながりには今も感謝しています。
現在の体調と左胸に残る麻痺への向き合い方
手術と放射線治療、ホルモン療法を経て、以前とほぼ変わらない日常生活を送ることができています。ただ、完全に元の状態に戻ったわけではありません。周囲の組織を寄せる手術を行ったため、現在でも左胸の内側に感覚の麻痺が残っており、右胸と同じ自然な感覚はありません。
また放射線治療による皮膚の黒ずみも完全には消えておらず、ジムや温泉を利用する際は周囲の視線が気になり、患部を隠してしまうことがあります。それでも黒ずみは明らかに薄くなってきており、何よりもステージ1で発見され、生存率が高いタイプであるという事実を知っているため、過度な心配をすることなく毎日の生活を送っています。
これからがんと向き合う方へのメッセージ
今、がん治療をしている方にお伝えしたいことがあります。
自分の体の違和感を信じて医師に伝えましょう
検診で異常がないと判定されても、日頃から自分の体を一番よく理解しているのは自分自身です。もし少しでもおかしなしこりや体調の変化を感じた場合は、決して自己判断で放置せず、医療機関で医師へ具体的に状況を申告してください。患者側からの詳しい情報が、適切な精密検査や早期発見につながる重要なきっかけとなります。
納得がいかない場合は別の病院の受診も検討してください
もし受診している医療機関の対応や検査結果に対して少しでも疑問や不安が残る場合は、ためらわずに別の病院を受診したり、セカンドオピニオンを利用したりすることが大切です。自分自身の健康を守るために自ら行動を起こすことが、納得のいく治療を選択するための第一歩となります。
経験者の話や正確な情報が心の支えになります
がんと告知された直後は強い不安に襲われますが、現代の医療は進歩しており、早期に発見できれば治る確率も非常に高くなっています。周囲にいる経験者に相談したり、自身の病期に応じた正確な医療情報を調べたりすることで、不必要な不安を取り除き、前向きな気持ちで治療に向き合うことができるようになると思います。
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