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乳がんステージ3A、がんから学んだ自分の心と体を大切にする生き方

[公開日] 2026.06.03[最終更新日] 2026.05.29

写真はイメージです。(AIによる生成)
プロフィール お名前:あっちゃんさん(ニックネーム) 年代:30代 性別:女性 家族構成:夫と子どもとの3人暮らし 仕事:美容師 がんの種類:乳がん 診断時ステージ:ステージ3A 診断年:2024年 現在の居住地:新潟県
※本体験談は、患者さん個人の経験に基づくものです。治療の経過や副作用、生活への影響には、個人差があります。医療的な判断や治療方針の決定の際には、必ず医師・医療従事者にご相談ください。 2024年7月、あっちゃんさんはステージ3Aの乳がんと診断されました。術前化学療法、左胸全摘手術、放射線治療、術後化学療法と続く治療の中で、美容師という仕事との両立や、家族への病気の伝え方についてさまざまな工夫と決断を重ねてきました。がんを経験したことで生じた心の変化など、当時の率直な思いや治療の経緯についてお話しいただきました。

出産後から感じていた胸の違和感

10代のころから、生理前になると胸が張る感覚がありました。しかし、それは自分の中では普通のことだと捉えており、特に気にかけることはありませんでした。その後結婚し、2020年7月に子どもを出産して授乳が始まりました。授乳期間中、左側の胸から母乳が出づらいと感じることがずっとありました。それでも、母乳の出方には個人差があるだろうと考え、深くは心配していませんでした。 子どもが3歳になるころに卒乳を迎え、その後、胸の違和感とともに左の脇の下にしこりがあることに気がつきました。インターネットで自分なりに症状を調べてみたところ、乳腺炎などの情報が出てきたため、おそらく自分も乳腺炎だろうと自己判断しました。そのためすぐに病院へ行くことはせず、何かのきっかけで病院を受診することがあれば、そのときに医師に相談してみようと思う程度で、そのまま放置していました。

乳がん発覚のきっかけは、ピアス穴の腫れ

実際に病院を受診したきっかけとなったのは、乳房の違和感ではありませんでした。2024年6月、右耳のピアス穴が化膿して腫れてしまったのです。当時は仕事中でしたが、職場の人から病院へ行くように勧められ、近所のクリニックを受診することにしました。 そこは初めて受診するクリニックだったため、初診の問診票を記入する必要がありました。問診票には現在の症状だけでなく、体全体の気になることについて尋ねる項目がありました。私はそのとき、これが胸の違和感について相談する良い機会かもしれないと考えました。胸と脇の下にしこりのようなものがあることを問診票に書き、医師にも直接伝えました。すると医師は、すぐに専門の病院で診てもらう必要があると判断し、その場で紹介状を書いてくれました。 紹介先として2つの病院を提案されましたが、私は出産した病院であり以前から関わりがあった総合病院を選びました。このときはまさか乳がんだとは思っておらず、夫にも告げずに1人で検査へ向かいました。

生検から乳がんの告知を受けるまで

総合病院を受診し、CT、MRI、超音波(エコー)検査、マンモグラフィなどの画像検査に加え、しこりの細胞を採取する生検を受けました。私は当初、自分の症状をただの乳腺炎だと思い込んでいたため、生検まで行うことになり、そこまで大がかりな検査をするほど重い症状なのかと驚きました。 生検の最中、医師に対して「悪性か良性かを調べているのですか」「悪性ではないパターンもありますか」と質問しました。すると医師からは「ほぼ悪性の可能性が高い」という趣旨の言葉が返ってきました。それを聞いて事態の重大さを少しずつ認識し始めましたが、すぐには受け入れることができませんでした。 検査から2週間後、結果を聞きに行く日は夫に休みを取ってもらい、一緒に病院へ行きました。そこで正式に乳がんであると告知されました。同時に、ステージは3Aでリンパ節への転移があること、サブタイプはHER2陽性で、ホルモン受容体にも少し反応を示すタイプであることも説明されました。告知までの2週間は「がんのはずがない」と現実から逃げたい気持ちがあり、インターネットで深く調べることは避けていました。しかし、正式な告知を受けてからは現実を受け入れ、自分の病気や治療法について調べ始めました。

術前化学療法と美容師の仕事との両立

告知の際、医師から今後の治療方針について詳しい説明がありました。まず術前化学療法を半年間行って腫瘍を小さくし、その後に左胸の全摘手術を行うという計画でした。手術後は放射線治療を行い、さらに術後化学療法とホルモン療法を続けるという長期間にわたる治療方針でした。 術前化学療法が始まり、最初の3か月間は仕事にも大きな影響はありませんでした。しかし、治療の後半に入ると免疫力が低下したためか、発熱することが増え、仕事を休むこともありました。 また、治療開始から3週間ほどで脱毛が始まりました。美容師という仕事柄、人前に立つため、髪の毛が抜けることは非常に大きな問題でした。大量の脱毛に恐怖を感じつつも覚悟を決め、自分でバリカンを使って髪を刈りました。ウィッグは手ごろなファッションウィッグをいろいろと自分でカットして自然に見せたりしました。ですが、どうしても分け目が気になり、帽子が欠かせなくなってしまいました。眉毛やまつ毛、そして全身の毛も抜け落ちていきました。まつ毛がないためつけまつ毛を試しましたが、接着剤が肌に合わずかゆみが出たため断念しました。代わりに、アイラインやアイシャドウを濃く引いてカバーしました。 乳がんが発覚する3か月前に新しい美容室へ移ったばかりのタイミングだったため、以前から担当していたお客様には事情を説明しましたが、新しいお客様には病気のことを伝えられる関係性ではなかったので、隠して仕事をしていました。

左胸全摘手術と術後治療の経過

半年間の術前化学療法を終えた段階で、しこりは自分で触ってもわかるほど小さくなりました。手術直前には、脇の下のしこりはまったく触れない状態にまで縮小していました。治療の効果はしっかりと現れていましたが、当初から脇の下のリンパ節に転移があったため、予定通り左胸の全摘手術とリンパ節郭清を行いました。乳房の再建については私自身があまり希望していなかったため行いませんでした。手術後は、仕事を少し早く終わらせてもらい、毎日病院へ通って全25回の放射線治療を受けました。 放射線治療を終えた後、さらに再発を防ぐために術後化学療法としてT-DM1という薬剤を使用した治療を9か月間続けることになり、この治療は2026年1月まで継続しました。術後化学療法の副作用としては、お腹を下しやすくなったことや、爪がボロボロになるといった症状がありました。当初予定されていたホルモン療法については、その後の治療経過や医師の判断により、行わなくてよいことになり、現在はすべての治療を終えて経過観察になっています。

体の変化に合わせた仕事の工夫と子どもへの伝え方

左胸を全摘しリンパ節郭清を行ったことで、生活や仕事にも変化がありました。特に、リンパ浮腫を防ぐために左手をケガしないように細心の注意を払う必要がありました。美容師の仕事では刃物を扱うため、少しでもケガのリスクを減らせるように、上司からの勧めもありレザーカットと呼ばれるカミソリを使ったカット技法も取り入れることになりました。病気にならなければ新しい技術を習得しようとは思わなかったかもしれないため、前向きに捉えるようにしています。 家族への接し方についても深く考えさせられました。夫は中学生のときに母親を乳がんで亡くしています。当時、夫は母親の病状について詳しく知らされておらず、結果的に大きなショックを受けたという経験を持っていました。そのため、私たち夫婦は子どもに対して病気のことを隠さないと決めました。 髪の毛が抜けていく様子や、バリカンで髪を刈る姿も子どもの前で見せました。手術の前には「おっぱいがなくなるよ」と伝え、夫も深刻な雰囲気にしないように子どもに話してくれました。子どもがどこまで理解しているかはわかりませんが、コソコソ隠すのではなく、私の状態を自然な形で見せることが子どもの経験にもなると信じて生活していました。

民間療法への違和感と標準治療への専念

がんの告知後、私は病院での治療で進めるつもりでしたが、実の母親から勧められ、鍼治療などにも通っていた時期がありました。そこでは、抗がん剤治療を否定するような言葉をかけられ、いわゆる4毒抜きの食事制限を指導されました。 私は病院での治療を並行して受けていたため、相反する意見の間で戸惑いました。鍼治療で言われた通りの食事制限を試しましたが、体力は落ち、体重も減ってしまいました。抗がん剤の副作用と厳しい食事制限が重なり、このままでは治療を乗り切るための体力がなくなってしまうと危機感を覚えました。しかし、この経験により食べ物に対する価値観が大きく変わり、荒れた食生活の見直しができたことは、今の生活にもつながっているので良かったなと思っています。 最終的に、私は自分が信じた病院での標準治療を選ぶことを決意し、鍼治療に通うことはやめました。主治医にそのことを相談することはありませんでしたが、自分にとって何が正しい選択かを考え、負担となる民間療法から離れたことで、心身ともに納得して治療に向き合うことができるようになりました。

がんを経験して生じた心の変化

がんの治療を通して、私の心には一番大きな変化がありました。それは、自分の心を大切にして生きるようになったことです。 病気になる前の私は、自分がどうしたいかよりも、他人からどう見られているか、どう評価されるかを気にして生きていました。しかし、病気になり、新しい職場の人たちから励ましの言葉をもらったことで、本当に大切なのは自分自身の心なのだと気づかされました。 治療中でつらいときは、無理をして仕事に行き、他人に迷惑をかけてしまうよりも、正直につらいと伝えて休むべきだと考えるようになりました。休むことは悪いことではなく、自分の体を守るための当たり前の選択です。無理をして頑張ることが強さではなく、自分の心に正直になれることが強さだと励ましてもらいました。他人の目を気にして無理をするのではなく、自分の心と体を大切にすることが重要だと学ぶことができました。病気になったことはつらい経験でしたが、この経験があったからこそ人として成長し、これからの人生をより豊かに生きるための視点を得ることができたのだと感じています。

これからがんと向き合う方へのメッセージ

今、がん治療をしている方にお伝えしたいことがあります。 つらいときは、素直につらいと思ってください 病気になると、どうしてもネガティブな気持ちになってしまうことがあります。それは仕方のないことですので、無理に前向きになろうとせず、まずはそのつらい気持ちをそのまま受け入れることが大切だと思います。 自分の心と体を最優先にしてください 他人に迷惑をかけないようにと無理をするのではなく、今は自分の心と体を大切にするときと思い、自分の心がどう思っているかを一番に感じてみてください。自分の心と体を休ませ、自分自身を大切にすることが、病気に勝つ方法のひとつだと感じました。がんを経験したからこそ、人生をより豊かに、他人を大事にする前にまずは、自分を大事にしてみてください。人は一人では生きられないことを感じ、それが結果的に周囲との良い関係を築くことにもつながると思います。

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