写真はイメージです。(AIによる生成)プロフィール
お名前:Akira.Y(ニックネーム)
年代:50代
性別:女性
家族構成:夫と2人暮らし
仕事:家事手伝い(教育関連)
がんの種類:食道がん
診断時ステージ:ステージ2
診断年:2026年
現在の居住地:兵庫県
※本体験談は、患者さん個人の経験に基づくものです。治療の経過や副作用、生活への影響には、個人差があります。医療的な判断や治療方針の決定の際には、必ず医師・医療従事者にご相談ください。
2025年、Akira.Yさんは喉のつかえという違和感からクリニックを受診し、その後紹介された総合病院で食道がんのステージ2と診断されました。医師からは標準治療である手術を勧められましたが、Akira.Yさんは手術の負担を考慮し、陽子線治療と抗がん剤治療を組み合わせる治療を選択しました。病院選びで経験したことや、抗がん剤の副作用の経過、そして患者会での交流などを通して考えたことについてお話しいただきました。
喉の違和感をきっかけに見つかった食道がん
2025年の秋ごろから、食事の際に喉に何かがつかえるような感覚がありました。最初は逆流性食道炎かもしれないと考えていましたが、12月に入るとつかえがひどくなりました。12月26日に近所のクリニックを受診し、内視鏡検査を受けました。モニターには食道の壁を塞ぐように大きな腫瘍が映し出されており、担当した医師も私も驚きました。クリニックの医師からはすぐに紹介状を渡され、2026年1月7日に総合病院を受診しました。
総合病院での精密検査の結果、電話で「転移はありませんでした」と知らされました。その際は、食道がんとは言われませんでしたが、「転移はないということはがんなのだろう」と思いました。正式な結果説明は検査から2週間後で、正式にステージ2の食道がんと告知されました。この2週間の間に、私はインターネットで食道がんについて調べました。一方で、家族はショックを受けて落ち込んでいました。家族が動揺しているのを見て、私がしっかりしなければならないと考えました。
納得のいく治療のための徹底した情報収集
実は、精密検査の結果を電話で知らされた際、私はあらかじめ医師に対し「考えられるすべての治療の選択肢を教えてほしい」「もし先生のご家族だったらどうするか教えてほしい」と伝えていました。そして2週間後の診察で、医師からは治療として手術を勧められ、「自分の家族であっても、絶対に手術を勧めます」と説明されました。
しかし、私はこの2週間の間に食道がんの手術内容について自分で調べていました。食道を全摘出し、胃を引き上げてつなぎ合わせるという手術の負担を知り、自分がそれに耐えられるとは思えませんでした。当時は少しつかえる感覚があったものの普通に食事ができていたため、腫瘍だけを切除することはできないのかと考えていました。
私は医師に対し、手術は受けたくないこと、そして放射線治療や陽子線治療といった別の選択肢を検討したいことを伝えました。
粒子線治療センターの院長からの電話で治療方針を決定
県内には陽子線治療や重粒子線治療を行う粒子線治療センターがありました。私は総合病院の医師にお願いし、その病院への紹介状を書いてもらいました。紹介状をお願いした日の夜8時か9時ごろ、その病院の院長から私の携帯電話に電話がかかってきました。
院長は、重粒子線と陽子線の違いを説明してくれました。食道がんの場合、重粒子線だけで治療を終える人もいるそうですが、私の場合はステージ2であり、抗がん剤との併用が必要なため陽子線の方が適しているとのことでした。さらに「陽子線治療を専門で行う系列の病院が比較的近くにあるから、そこへ通いなさい。抗がん剤治療は別の連携病院で受けることができます」と、具体的な治療プランを提示してくれました。
食道がんでは、陽子線治療は先進医療の扱いであり、健康保険が適用されませんでした。幸いなことに私は医療保険で先進医療特約に入っていたため、費用面での心配はありませんでしたが、家族は特約がなくても陽子線治療を受ければいいと言ってくれていました。インターネットの情報だけで不安だった私にとって、院長からの電話は今後の治療方針を決めるきっかけになりました。抵抗感があった抗がん剤についても受けてみようと思えました。
専門病院へ入院、隣接する施設へ通った陽子線治療
2月から始まった治療は、抗がん剤治療を行う病院に1か月半ほど入院し、そこから歩いて行ける距離にある隣接した陽子線治療施設へ毎日通って治療を受けるという形でした。
抗がん剤はFP療法で、合計4クールの計画でした。初日はシスプラチンと大量の水分を点滴し、その日のうちにシスプラチンの投与を終えます。その後は、CVポート手術を受けていたため、ポシェットのような容器に入れて、5-FUを1時間に2mLずつ、数日間かけて少しずつ投与しました。
陽子線治療を30回受けていた最初の1か月間は、放射線による症状もあまり出ず、体調は安定していました。しかし、入院生活の最後の週に食道炎の症状が強くなりました。喉から胸にかけて痛みがあり、水を飲み込むことも難しくなりました。
陽子線治療を終えて退院した後の抗がん剤治療は、投与する週だけ入院しました。抗がん剤の副作用は、病院に入院しているときよりも、投与を終えて自宅に戻ってからの方が強く出ました。体調が悪化したときは、自宅で横になっていることが多かったです。
総合病院と専門病院の環境の違い
治療を進める中で、病院の環境の違いに気づきました。最初に受診した総合病院は、1日に多くの検査や診察を行う大きな施設でした。そこで内視鏡検査を受けた際、喉に痛みが残り、医師に伝えても「数日で治ります」と言われましたが、実際には1か月近く痛みが続きました。今後の経過観察でも痛い検査を受けるのかと不安になりました。一方、紹介された陽子線治療の専門の病院や抗がん剤治療のために入院した病院の院内は落ち着いており、待ち時間もほとんどありませんでした。さらに、内視鏡検査は、全く痛くありませんでした。
入院中も、担当の医師が1日に4回ほど病室へ様子を見に来てくれました。大きな総合病院に入院することが必ずしも自分に合っているとは限らず、自分の状態や治療法に合った専門の病院で治療を受けられる環境はありがたいと感じました。陽子線と抗がん剤治療は別の施設で行いましたが、血液検査の結果などを毎日共有し、しっかりと連携を取ってくれました。
食道炎の苦しみと食事に対する意識の変化
退院後は、放射線治療の副作用による食道炎の痛みが激しく、食事をすることがほとんどできませんでした。水さえも飲み込むのが困難で、脱水症状を防ぐために病院へ通って点滴を打つこともありましたが、ゴールデンウィーク中は通院もできず、自宅で横になって耐えるしかありませんでした。2時間かけてやっとたこ焼きを1つ食べることができました。手術を受けた方の食事のご苦労は想像以上だと思いますが、私自身も食べられないつらさを通して、その感覚の一部が理解できたように思いました。
以前は添加物を避けるなど食事に細かくこだわっていましたが、入院を経て全く食べられない時期を経験したことで、考え方が変わりました。体に良いものを選ぶことより、まずはアイスクリームでも何でもいいから、エネルギーを体に入れることが生命維持には必要だと痛感したのです。
また、抗がん剤の影響で皮膚にシミができたり、指の皮膚が日焼けしたように黒ずんだりといった変化もありました。これに対しては医師の了解を得て、ビタミンCのサプリメントを服用しています。1か月半後の内視鏡検査では腫瘍がほとんど認められなくなっており、自分の選択した治療の効果が確認できたことで、ようやく安堵することができました。
生活環境によるストレスと健康診断の未受診
がんになった背景には、自分自身の生活環境や精神的なストレスも影響していたのではないかと考えています。20年以上前、夫の海外赴任に同行するために検査を受けていましたが、これ以降は検査は全くを受けていませんでした。今は、自分の健康に関心を持たずにいたことを反省しています。
以前はお酒を飲んで楽しく過ごしていましたが、数年前に引っ越して以来、コロナ禍も重なって友人との交流が減り、閉鎖的な生活を送っていました。親の介護や家族関係の悩みもあり、自分自身のケアを怠り、ストレスからお酒に逃げるような生活でした。がんを告知されたとき、これまでの不摂生を振り返り、病気になったことにも納得する部分がありました。
患者会や公的な相談窓口の活用
治療を始める前、情報収集のためにがん専門病院の相談窓口に電話をし、看護師に自分の状況や家族が落ち込んでいることなどを相談しました。その後、食道がんの患者会の存在を知り、入院後から参加するようになりました。本当はもっと早くから参加したかったです。
患者会では、手術をした人の方が大変そうで、ステージ2で手術をしていない自分がつらいと言っていいのかためらいがありました。しかし、自分の副作用について話すと皆さんに共感してもらえました。Zoomを通じた交流会では、さまざまな方の経験や、放射線治療の副作用への対処法など、実際の患者さんの話を聞くことができました。同じ病気を経験している人たちと話すことは、精神的な支えになりました。
治療後の生活の目標と情報発信の重要性
現在は、4回目の抗がん剤治療が終わったら、休んでいたヨガを再開し、夫とゴルフを始めたいと考えています。
また、自分の経験を発信していくことも重要だと考えています。患者会などに参加して感じたのは、治っている人はあまり発信しない傾向があるということです。副作用がひどかったり、治療が効かなかったりした人の声の方が目立ちますが、私のようなケースがあるということも知ってもらいたいです。
さらに、地方には重粒子線と陽子線の両方を受けられる施設があっても、利用者が少なく閉鎖の危機にあるという話を聞きました。せっかくの医療資源が活用されないまま失われるのはもったいないことです。私が専門病院で納得のいく治療を受けられたように、地方の医療機関の状況や選択肢の広さについても多くの人に伝えていきたいと考えています。自分が得た情報や経験を共有することが、これからがんと向き合う方の役に立てばと願っています。
これからがんと向き合う方へのメッセージ
今、がん治療をしている方にお伝えしたいことがあります。
徹底的に情報を集めてください
診断から治療開始までの時間は限られていますが、その間に納得のいく情報を集めることが重要です。最初の治療選択がその後の経過に影響します。一人の医師の意見だけでなく、別の専門医の話を聞くなどして、自分が納得できる治療法を見つけてください。
自分の回復力を信頼してください
治療中、食事ができなくなり体力が落ちる時期がありました。しかし、人間の体にはそこから回復する力が備わっています。体調が悪い時期もいずれ過ぎ、再び回復する日が来ます。自分の体が持つ回復力を信じて、治療に取り組んでください。
積極的にコミュニケーションを取ってください
がんは一人で抱え込むには重い病気です。家族や医師、そして患者会などで同じ病気を経験している人たちと情報を共有してください。自分の経験を発信したり、他の人の話を聞いたりすることが、精神的な支えになります。