写真はイメージです。(AIによる生成)プロフィール
お名前:オリテアガルさん(ニックネーム)
年代:60代
性別:女性
家族構成:子どもと2人暮らし
仕事:会社員
がんの種類:乳がん
診断時ステージ:ステージ2A
診断年:2016年
現在の居住地:神奈川県
※本体験談は、患者さん個人の経験に基づくものです。治療の経過や副作用、生活への影響には、個人差があります。医療的な判断や治療方針の決定の際には、必ず医師・医療従事者にご相談ください。
2016年、会社員として多忙な日々を送っていたオリテアガルさんは、毎年欠かさず受けていた乳がん検診で異常を指摘されました。当初はステージ0と予想されていましたが、手術後の病理検査でリンパ節への転移が見つかり、診断はステージ2Aへと変わりました。住宅ローンの返済という現実的な課題に直面するなか、オリテアガルさんは手術の翌週には職場復帰を果たし、薬物療法と仕事を両立させてきました。がん発覚から約10年、支えとなった職場の仲間やがん友との絆、そして標準治療を信じて歩んできた道のりについてお話しいただきました。
8年間の継続的な検診が救ってくれた命
私が乳がんと診断されたのは、2016年の3月のことでした。出産で通院や入院をしたことがある大学病院で、乳がん検診も毎年欠かさず受けていました。その年は検診に通い始めてちょうど8年目にあたります。それまでは異常を指摘されたことはありませんでしたが、その時の検診で、マンモグラフィと超音波(エコー)検査の両方に今までとは違う小さな影が写っていました。
影の大きさはわずか2~3mmでした。医師からは組織診を提案され、1週間後に予約を取り検査を受けました。結果、ほぼがんで間違いないという診断でした。
がんだとわかった瞬間、8年間の知識があったため大きなショックはありませんでした。それよりも、毎年通っていた大学病院で、これほど小さな段階で見つけてもらえたことに「運が良かった」という気持ちが勝っていたのです。信頼できる病院で、継続して検診を受け続けていたことが、早期発見につながったのだと感じました。
仕事と生活のバランスを優先して選んだ全摘手術
医師からは「すぐに手術室を予約しましょう」と言われました。当時は著名な芸能人が相次いで乳がんを公表した時期と重なり、手術の予約が非常に取りにくい状況だったのです。とにかく早く腫瘍を切除することが最優先されました。
手術の方法を選択する際、乳房温存手術か全摘手術かの選択肢を提示されました。私は主治医と何度も相談し、最終的に「乳房全摘、再建なし」という選択をしました。乳房温存手術を選べば胸の形は残せますが、その後に5週間にわたる毎日の放射線治療が必要になります。当時の私は仕事に穴を開けたくないという思いが強く、毎日の通院は現実的ではないと考えました。
また、乳房再建についても説明を受けました。インプラントを入れる方法や、自分の体の組織を移植する方法など、詳しく聞きましたが、どちらも手術回数が増えたり、回復に時間がかかったりすることがわかりました。医師から「あなたの年齢だと、再建手術は結構痛みが強いわよ」と言われたこともあり、最も体への負担が少なく、予後の治療もシンプルになる「再建なしの全摘」が、私にとっての正解だと確信したのです。
予想外のリンパ節転移による術後治療
手術前には、腫瘍のサイズからステージ0で、手術をすれば治療は終わるだろうと言われていました。そのため、私も「5日間の有給休暇を取って、ちょっと旅行に行ってくる」という程度の軽い気持ちで手術に臨んでいました。手術自体は6月に行われました。
しかし、腫瘍は2~3mmという小さかったにもかかわらず、手術中に行ったセンチネルリンパ節生検で、脇の下のリンパ節に転移が見つかったのです。術後の病理検査の結果、私のステージは2Aと確定し、サブタイプはホルモン受容体陽性かつHER2陽性でした。
「リンパ節への転移はまずないだろう」と言われていたため、この結果には驚きました。ステージ2Aで、ホルモン受容体陽性かつHER2陽性だと、術後の抗がん剤治療、分子標的薬、そしてホルモン療法を行うことになります。脇の下の転移は1つで、放射線治療を行うかどうかは私の判断に委ねられましたが、私は主治医と相談して行わないことに決めました。早期だと思っていたがんが、実は薬物療法が必要な状態だったため、高額な治療費が長期にかかることが心配になりました。
地球の重力を10倍に感じる中での仕事継続
手術から1週間後、私は予定通り職場に復帰しました。周りの人にはSNSなどを通じてがんであったことを公表していましたが、皆、私がすぐに戻ってきたことに驚いていました。しかし、本当の試練はその後の薬物療法でした。
抗がん剤治療(TC療法)を3か月間、その後、分子標的薬であるハーセプチンを1年間、そしてホルモン療法を10年間という計画が立てられました。3週間おきに通院して点滴を受ける日々が始まりました。抗がん剤の副作用は、事前に説明を受けていたものがすべて出ました。脱毛はもちろんのこと、味覚障害、手足のしびれ、ケモブレイン、そして言葉では言い表せないほどの倦怠感です。
仕事中は、まるで地球の重力が10倍になったかのように体が重く感じられました。毎日、口の中には常に変な味が残っており、食べ物の味もわかりません。それでも、私は会社を休みませんでした。抗がん剤の投与当日は有給休暇を取りましたが、その翌日からは普通に出社していました。あまりに体調が悪い時は、会社の保健室で横になりながら休憩を取り、なんとか業務をこなしていました。私がこれほどまでに仕事を休まなかったのには、どうしても辞められない理由があったからです。
住宅ローンという現実と保険への後悔
私ががんという病気と闘う上で、最大の懸念事項は経済的な問題でした。私は一人で家計を支えており、抱えていた住宅ローンの残債が大きな重圧となっていました。がんが発覚した時、真っ先に考えたのは「住宅ローンの団体信用生命保険にがん特約をつけていただろうか」ということでした。
残念ながら、私がローンを組んだ時には、がん特約をつけていませんでした。さらに、普通のがん保険にも加入していませんでした。かつて加入しようと考えた時期もありましたが、親から「そんなものは必要ない」と反対され、入らずに過ごしてしまっていたのです。がんを告知されたその日に、過去の自分の判断をこれほど後悔したことはありませんでした。
同僚が将来の収入と生活費のシミュレーションを一生懸命計算してくれましたが、休職して傷病手当金だけで生活するのは、住宅ローンの返済を考えると到底不可能であることがわかりました。私には、どんなに体がつらくても、フルタイムで働いて収入を維持する以外の選択肢はありませんでした。「自分が働かなければ、家も守れない」。その切実な思いが、私を突き動かす唯一の原動力でした。
リンパ浮腫との闘いと水泳との出会い
治療を続ける中で、新たな副作用にも悩まされました。脇の下のリンパ節を郭清した影響で、腕にリンパ浮腫が生じたのです。さらにハーセプチンの副作用で湿疹がひどくなり、肌はボロボロで、自分の皮膚ではないような感覚に陥りました。腕が腫れ、痛みが出るたびに、腕を上げ続けて絶対に治すぞと思いました。
そんな時、リンパ浮腫のケアの一環として、水泳が良いという情報を得ました。私は元々泳げず、水も怖かったのですが、病院の医師の紹介で乳がん患者のための水泳教室に勇気を出して参加しました。そこで驚くべき変化が起きました。水の中で体を動かすことが、滞っていたリンパの流れを改善してくれたのです。
さらに、ジムに通って筋トレを始め、体力をつけることに注力しました。すると、あんなにひどかったリンパ浮腫が徐々に改善しました。泳げなかった私が、今ではプールで歩いたり、水に慣れたりすることが生活の一部になっています。病気になったことで、新しい運動の習慣と、健康への意識が生まれたのは意外な収穫でした。
支えとなったがん友というかけがえのない存在
病気になって得られたもうひとつの大きな財産は、人とのつながりです。水泳教室やSNSを通じて、同じ乳がんを経験したがん友がたくさんできました。彼女たちとの交流は、中高生時代の友達が新しくできたような、純粋で強い絆を感じさせるものでした。
同じ病を経験した者同士、つらい副作用や将来への不安を共有できる存在は、何物にも代えがたい救いとなりました。一緒に美味しいものを食べに行ったり、ウォーキングをしたり、時には他愛のないおしゃべりで笑い合ったりする時間が、治療の苦しさを忘れさせてくれました。
また、職場のチームメンバーも私を力強く支えてくれました。私が動けない時にサポートしてくれる仲間がいたからこそ、私は治療と仕事を両立させることができました。がんという病気は、多くのものを奪っていきますが、同時に、周りの人たちの優しさや、助け合うことの大切さを私に教えてくれました。多くの人たちに支えられていることを実感したこの9年間は、私の人生において最も濃密で、絆を感じた時間となりました。
10年目の節目を前に今思うこと
2016年の手術から、もうすぐ10年が経過しようとしています。現在は毎日のホルモン剤の服用のみを続けています。今年の夏を過ぎれば、10年間のホルモン療法もようやく終了する予定です。
長年飲み続けてきた薬がなくなることで、体はもっと楽になるだろうという期待がある一方で、薬という「お守り」がなくなることへの一抹の不安もあります。しかし、この10年間、大きな再発や転移もなく過ごしてこられたのは、自分に合った標準治療を信じて、着実に続けてきた結果だと思っています。
年齢を重ねてからも、自分のことのように心配して支えてくれる仲間ができました。また、みんなの支えや工夫でさまざまな困難が解決できていくことを、私はがんという病気を通じて知りました。これから後に、がんになった人のために恩返しをしたいと思います。
これからがんと向き合う方へのメッセージ
今、がん治療をしている方にお伝えしたいことがあります。
人とのつながりを大切にしてみてはいかがでしょうか
がんの治療は孤独になりがちですが、一人で抱え込まない方がいいです。職場の仲間、家族、そして同じ病気を経験した仲間たち。つらい時こそ、打ち明けられる範囲で構いません。周りの人に助けを求めてください。人との絆は、治療の苦しみを和らげ、前を向くための大きな力になります。
標準治療と主治医を信じてください
ネットにはさまざまな情報が溢れていますが、根拠のない情報に惑わされないことが大切です。私は、エビデンスが証明されている標準治療こそが、最も確かな道だと信じてきました。主治医とコミュニケーションを取り、納得のいく治療を続けてください。
日常の中に小さな楽しみを見つけてみてはいかがでしょうか
私はがんになってから水泳や筋トレを始め、新しい友人ができました。がん友さんの中には推し活にいそしむ人もいます。治療中で副作用や気持ちがつらいとき、自分の好きなことや何かの楽しみが、がん治療の助けになります。自分の好きなことやりましょう!
がん体験に関するインタビュー参加者募集中
オンコロでは、がん体験をお話しいただける方を対象としたインタビューを実施しております。応募条件など、詳細は下記の応募フォームをご確認ください。