写真はイメージです。(AIによる生成)プロフィール
お名前:あらママさん(ニックネーム)
年代:40代
性別:女性
家族構成:夫と子どもとの3人暮らし
仕事:看護師
がんの種類:乳がん
診断時ステージ:ステージ3A
診断年:2018年
現在の居住地:愛知県
※本体験談は、患者さん個人の経験に基づくものです。治療の経過や副作用、生活への影響には、個人差があります。医療的な判断や治療方針の決定の際には、必ず医師・医療従事者にご相談ください。
2018年、あらママさんは毎年の恒例となっていた誕生日に受けた検診で乳がんが見つかりました。看護師として働き、当時5歳の息子を育てる多忙な日々の中で、ステージ3Aと診断。術前化学療法、乳房全摘手術、放射線治療、ホルモン療法、そして約4年後の再発という重なる困難を、彼女はどのように受け止め、乗り越えてきたのでしょうか。最愛の息子との絆を支えに、仕事と治療を両立しながら毎日を生きてきました。そうした経験から得た「もっと周囲に頼ればよかった」という教訓など、診断から現在に至るまでの約8年間にわたる歩みについてお話しいただきました。
誕生日の検診で見つかった乳がんの疑い
私は2018年の4月、自分の誕生日の時期に合わせて、毎年受けている乳がん検診を受けました。看護師として働いていることもあり、健康管理には人一倍気をつけていたつもりでした。しかし、その年のマンモグラフィ検査の結果は、これまでとは異なるものでした。
検査で異常が見つかり、すぐに精密検査が必要だと言われました。私はもともと甲状腺の持病があり、県内の総合病院に通院していました。同じ病院であればカルテの共有もスムーズだろうと考え、その総合病院への紹介状を書いてもらいました。
後日、マンモグラフィ、超音波(エコー)検査、PET-CT、針生検などの精密検査を受けました。
信頼できる医師との出会いと治療方針の決定
精密検査から1週間後、確定診断が下されました。診断名は乳がん、ステージは3A。サブタイプは、ホルモン受容体陽性でHER2陰性のルミナルAでした。
担当になったのは、私と同年代か少し年上と思われる女性の医師でした。その先生は非常に穏やかで優しく、初めて会った時から「この先生なら信頼できる、すべてを任せよう」と思えるような方でした。
先生は、迷う余地を与えないほど明確に治療方針を提示してくれました。「乳房の温存はできません。全摘しましょう。そして、手術の前に抗がん剤治療を行い、腫瘍を小さくしてから手術に臨むのが最善です」という説明でした。
普通であれば、全摘と言われればショックで悩み、セカンドオピニオンを考えるのかもしれません。しかし、私はその先生の誠実な語り口に救われました。あれこれとネットで情報を探して迷うよりも、目の前の信頼できる医師の言葉を信じようと決め、すぐに治療へと踏み出す決意をしました。
抗がん剤の副作用と5歳の息子が見せた優しさ
治療は術前抗がん剤治療から始まりました。入院はせず、通院で投与を受ける形でした。看護師として副作用の知識はありましたが、実際に自分の身に起こる苦しみは想像以上でした。激しい吐き気や、全身を襲う倦怠感。何よりショックだったのは、やはり脱毛でした。
髪の毛が抜けていく自分の姿を鏡で見るたびに、泣きたいような、やりきれない気持ちになりました。当時、息子はまだ5歳でした。母親が日に日に衰弱し、髪を失っていく姿を見るのは、幼い彼にとっても衝撃だったはずです。
ある時、副作用のつらさから家庭内で夫と口論になってしまったことがありました。その際、夫がつい「このハゲ」という心ない言葉を口にしました。私は深く傷つき、言葉を失いました。すると、そばで聞いていた5歳の息子が、夫に向かって力強く言い返してくれたのです。
「ママは抗がん剤で今は髪の毛が抜けているけど、また生えてくるんだよ。ハゲじゃないよ」
息子は、私が以前説明した「治療のために一時的に髪が抜けるけれど、必ずまた生えてくる」という言葉を理解し、信じてくれていました。この小さな味方の存在が、当時の私にとってどれほどの救いになったか計り知れません。
看護師として働きながら治療を続ける日々
抗がん剤治療中も、私はできる範囲で看護師の仕事を続けていました。副作用が強く出る時期は休みをいただきましたが、投与から1週間ほど経って体調が落ち着く時期には、職場に復帰して働きました。
看護師という仕事は、私にとって単なる生活の糧ではありませんでした。患者としてベッドに横たわっているだけではなく、医療の現場に立つことで「自分はまだ社会の役に立てる」という実感が得られ、それが大きな心の支えになっていました。当時の職場は私の状況を深く理解し、柔軟な働き方を認めてくれたことも、仕事を継続できた大きな要因です。
一方で、母親としての責任感から自分を追い込んでしまった部分もありました。息子が通う認定子ども園で、仕事をしていないと預けられなくなるのではないかという不安もありました。園の先生方は「つらい時はいつでも預けてね」と温かく声をかけてくれましたが、私は「ちゃんとした母親でいなければ」と、抗がん剤の副作用でふらふらになりながらも、毎朝息子のお弁当を作り続けていました。今振り返れば、もっと周囲に甘えてもよかったのだと思います。
命を優先し再建を諦めるという決断
3か月ほどの抗がん剤治療を経て、腫瘍は目に見えて小さくなりました。その後、予定通り乳房の全摘手術を受けました。リンパ節も郭清しましたが、幸いなことに術後のリンパ浮腫は現在まで起こっていません。
手術後には、再発予防のための放射線治療を25回、標準的な回数で行いました。実は、私は全摘後の乳房再建を希望していました。しかし、放射線治療を行うと皮膚の質が変わり、再建は難しくなるという現実を突きつけられました。
全摘だけでも喪失感がある中で、再建の道も閉ざされたことは大きなショックでした。しかし、何よりも優先すべきは命を守ること、再発を防ぐことです。自分の中で折り合いをつけ、現在は再建をしないことを決意しました。
診断から約4年後の再発と新たな治療の開始
初回の治療を終え、経過は順調に見えました。仕事も続け、息子も小学校に進学し、平穏な日常が戻ってきたかのように感じていました。しかし、2022年の6月、定期検査で腫瘍マーカーの上昇が確認されました。
精密検査の結果、骨と肺への転移が見つかりました。診断から約4年が経過した時点での再発でした。再発と聞いた瞬間、頭の中が真っ白になり、「もう死ぬのではないか」という極端な不安に襲われました。
しかし、医師はすぐに次の治療法を提案してくれました。ベージニオによる治療です。私は「もう抗がん剤のような苦しみは味わいたくない、普段通りの生活を続けたい」と強く希望しました。
ベージニオはCDK4/6阻害薬という分子標的薬で、術前化学療法で使用した抗がん剤とは異なり、主な副作用は下痢ということでした。この薬はホルモン療法と併用することで高い効果を発揮するため、放射線治療後から続けていたホルモン療法と併用することになりました。事前に聞いていたとおり、下痢の副作用があり、現在もその症状は続いています。外出時などは常にトイレの場所を確認しなければならない不便さはあります。それでも、髪が抜けるような副作用はなく、仕事や家事、息子との時間を維持できていることに、医学の進歩を感じています。
「僕がママを治したい」成長した息子の言葉
再発を知った時、私は息子に事実を隠さず伝えようと決めました。彼はすでに小学校4年生になっていました。私が「ママが死んだら、あなたは寮のある高校に行かなきゃいけないかもしれない」と弱気な話をすると、息子は真剣な表情でこう言ったのです。
「ママ、そんなこと言わないで。僕が将来、ママの病気を治す医者になるから。だから頑張って」
その言葉を聞いた時、私はハッとしました。親が先に諦めてどうするのか、この子の成長を見届けるために、私は何としてでも生きなければならない。そう強く思わされました。
息子はその後、中学2年生になった現在も「将来は医療の道に進んでママを治したい」という目標を持ち続け、勉強に励んでいます。もちろん、その道が険しいことはわかっています。それでも、彼の存在そのものが、私の病と闘うための最大のモチベーションになっています。
周りの人に甘える勇気がもたらす心の平穏
現在、私は2度目の再発の可能性に直面しています。2026年に入り、腫瘍マーカーが再び上昇傾向にあるためです。詳細な検査の結果、HER2が低発現ということがわかったため、5月に改めて治療薬をエンハーツに切り替えるかどうかの検討に入ります。
8年間にわたるがんとの闘いの中で、私が最も強く感じているのは「もっと周りに甘えればよかった」という後悔、そして教訓です。私は看護師であるという自負もあり、何でも一人で完璧にこなそうとしすぎていました。子ども園のお弁当作りも、日々の家事も、一人で抱え込んで限界まで頑張ってしまいました。
でも、実際には周りのママ友や先生方は、私の状況を知れば喜んで助けてくれたはずなのです。助けを求めることは恥ずかしいことでも、負けることでもありません。自分が少し楽をすることで、笑顔でいられる時間が増える。それが結果として、子どもや家族にとっても一番の幸せにつながるのだと、今ならわかります。
これから始まる新しい治療に対しても、私は隠さず、無理をせず、周囲の支えを借りながら向き合っていこうと思っています。
これからがんと向き合う方へのメッセージ
今、がん治療をしている方にお伝えしたいことがあります。
周囲の人に甘える勇気を持ってください
一人で完璧に頑張ろうとしないでください。信頼できる友人や仲間に、今の状況を話し、助けを求めてみてください。あなたが甘えることで、周りの人も「力になれる」と喜んでくれるはずです。自分を追い詰めず、少しでも心を楽に保つことが、治療を続ける上での大きな力になります。
子どもには事実を隠さず伝えてみてください
子どもは親が思っている以上に強く、親の異変を敏感に察知しています。嘘をついたり隠したりするよりも、年齢に応じた言葉で事実を話すことで、子どもは「家族の一員として支えたい」という意欲を持ってくれます。私にとって、息子との正直な対話が、何よりの励みになりました。