写真はイメージです。(AIによる生成)プロフィール
お名前:YUKIさん(ニックネーム)
年代:60代
性別:女性
家族構成:1人暮らし(子ども1人は独立)
仕事:定年退職(元会社員)
がんの種類:肺がん
診断時ステージ:ステージ2
診断年:2020年
現在の居住地:東京
※本体験談は、患者さん個人の経験に基づくものです。治療の経過や副作用、生活への影響には、個人差があります。医療的な判断や治療方針の決定の際には、必ず医師・医療従事者にご相談ください。
2020年12月、YUKIさんは肺がんと診断されました。自覚症状が全くない中で見つかった肺がんに対し、YUKIさんは「自然のままに受け入れる」という一貫した姿勢を貫いてきました。自分らしく生きるため、生活の質(QOL)を最優先に、術後の抗がん剤治療を選択しませんでした。その決断の裏には、自身の死生観や家族との歴史、そして医療者との対話がありました。診断から5年以上が経過し、再発を経た今もなお、イタリア旅行を計画するほど前向きに過ごすYUKIさんにお話しいただきました。
首のしこりがきっかけで見つかった肺の影
私が肺がんと診断されたのは、2020年の12月のことでした。当時はまだ会社員として働いており、体調に不安を感じるような自覚症状は全くありませんでした。きっかけは、がんとは直接関係のない首のしこりでした。首の両側にコブのようなものができ、気になって近所のクリニックの耳鼻咽喉科を受診したのです。
そこでは「唾液腺の問題かもしれない」と言われましたが、念のために大きな病院で精密検査を受けるように勧められました。紹介された大学病院の耳鼻咽喉科を受診し、検査の一環としてレントゲンを撮影した際、医師の口から意外な言葉が出てきました。「首のしこりは心配ありません。それよりも、このレントゲンに写っている肺の影が気になります」と言われたのです。
耳鼻咽喉科の医師は、すぐに同じ病院内の呼吸器外科へつないでくれました。首の検査をしに行ったはずが、思わぬところで肺に異変が見つかったことに、正直なところ驚きはありました。しかし、取り乱すようなことはありませんでした。予約を取り、1週間後には呼吸器外科を受診して、改めて血液検査やCT検査を受けました。
肺がんステージ2の診断と想定外の手術
検査の結果、肺がんの可能性が非常に高いと告げられました。医師からは「まだ小さいので、切除すれば完治を目指せます。手術をしましょう」と提案されました。実は私自身、若いころから「もし自分ががんになったら、無理な治療はせず、自然のままに寿命を受け入れよう」という考えを持っていました。そのため、最初は手術さえもしなくていい、無治療でいいと医師に伝えました。
しかし、医師は「手術すれば、完治が見込めるのだから」と、手術のメリットを強調されました。その言葉を聞いているうちに、「それほど小さなものなら、少し取っておくくらいで済むのかもしれない」という考えが芽生え、少し安易な気持ちで手術を受けることに決めたのです。
手術は、左肺の上葉を切除するというものでした。当初想像していたよりも大きな手術になりましたが、無事に終了しました。術後の病理検査の結果、病気はステージ2であることがわかりました。リンパ節にも転移が見られたため、それらも一緒に切除したとの説明を受けました。
抗がん剤治療の拒否と主治医との葛藤
手術が無事に終わり、退院を目前にした時、主治医から「再発予防のために抗がん剤治療を始めましょう」という提案がありました。これには非常に驚きました。手術前にはそのような話は聞いておらず、「手術すれば治る」という言葉を信じていたからです。私は即座に、「抗がん剤治療はやりたくありません」と拒否しました。
もともと手術すらしたくなかった私にとって、副作用の可能性がある抗がん剤治療を受けることは、自分の価値観とは大きくかけ離れたものでした。私は、まだ学生だったころに母ががんで苦労した姿を見てきました。母は30代でがんを患い、半年もの入院生活を送るなど、当時の大変な治療を経験していました。また、親戚の多くもがんで亡くなっており、「がんになったらそれが自分の寿命なのだ」という死生観が、私の中に自然と出来上がっていたのです。
医師からは「再発を防ぐために必要な治療です」と何度も説得されましたが、私の意思は揺らぎませんでした。医師は「私は治したいと思って言っているのに」と困惑されていましたが、私は「先生は病気を診ていても、患者である私自身の人生を見ていないのではないですか」と、少し語気を強めてお話ししたこともあります。結局、抗がん剤治療は行わず、経過観察のみを続けることになりました。
2年後の再発と揺るぎない自己決定
退院後は1、2週間の自宅療養を経て、すぐに職場復帰を果たしました。有給休暇の範囲内で対応できたため、特別な手続きをすることなく、以前と変わらない生活に戻ることができました。3か月に1度の定期検査を続けていましたが、手術から2年が経過したころ、局所再発が見つかりました。
医師からは再び、抗がん剤治療を強く勧められました。「このまま何もしなければ、半年から1年で体の自由が利かなくなる可能性もあります」という、非常に厳しい言葉もかけられました。医師としては、私の命を守るための誠実なアドバイスだったのだと思います。
しかし、私はやはり治療を受けないという選択をしました。残された時間が限られているのであれば、治療の副作用で体調を崩すよりも、今の元気なうちにやりたいことをやり遂げたいと考えたからです。再発を告げられた直後は、エンディングノートを毎日書き換えるなど、死を意識した準備を始めましたが、不思議と気持ちが落ち込むことはありませんでした。ドラマや映画で見るような「なぜ私だけが」という悲劇的な感情も、全く湧いてきませんでした。
趣味のジョギングを失った喪失感と新たな楽しみ
病気そのものによる精神的な落ち込みはありませんでしたが、身体的な変化には戸惑いがありました。私は趣味でジョギングやマラソンを続けていたのですが、左肺の半分を切除したことで、以前のように呼吸をすることが難しくなりました。走れなくなってしまったことは、私にとって非常に大きなショックでした。
「こんなに不自由になるのなら、やはり手術しなければよかった」と後悔した時期もありました。しかし、走れないからといって人生が終わるわけではありません。私は視点を変え、大好きだった旅行に情熱を注ぐことにしました。コロナ禍で制限されていた海外旅行にも、行けるうちに絶対に行こうと決めました。
現在は少しずつがんが進行しており、咳が出たり、時折痛みを感じたりすることもあります。医師からは咳止めや痛み止め、モルヒネなどの処方も受けていますが、今のところはそれらに頼らずに過ごせています。主治医からは「イタリア旅行なんてとんでもない」と反対されましたが、私は6月にイタリアへ行く計画を立て、それを楽しみに毎日を過ごしています。医師がなんと言おうと、私の人生の主導権は私自身にあると考えています。
情報の偏りと「何もしない選択」への孤独感
がんと共生する中で、一つだけ困ったことがありました。それは、情報の少なさです。SNSやYouTubeなどのインターネット上で肺がんと検索しても、出てくる情報のほとんどは「いかにがんと闘うか」「最新の治療法」「副作用にどう立ち向かうか」といった、治療を前提としたものばかりでした。
私のように「積極的な治療をしない」と決めた人間が、その後どのような過程を辿って体が変化していくのか。いつ、どのような助けが必要になるのか。そうした「自然な経過」に関する具体的な情報が見当たらなかったのです。がん患者のコミュニティに参加してみたこともありましたが、そこでも皆さんは治療を頑張っている方々でした。
「私は薬を使わずに過ごしていますが、同じような方はいますか?」と問いかけても、反応はありませんでした。周囲の友人たちは、私の選択を尊重し、今では「私もその立場なら、YUKIさんのようにするかもしれない」と共感してくれていますが、同じ道を歩む仲間の情報を得ることは非常に困難でした。自分の将来が予測できないという不安は、情報の偏りから来ているのだと実感しました。
地域包括支援センターとのつながりがもたらした安心感
そんな中、最近になって大きな変化がありました。自治体の地域包括支援センターに相談に行きました。それまでは、こうした施設は自分で何もできなくなった人が行く場所だと思い込んでいました。しかし、実際に行ってみると、まだ元気に動ける今のうちから相談していいのだということがわかりました。
そこで初めて、ケアマネジャーさんや訪問看護師さんの存在が、今の私にとってどれほど心強いものになるかを知りました。「病院とのつながりを完全に断つのではなく、在宅でのサポートチームを作り、医師とも連携を取っていくことができる」という説明を受け「これが、私が求めていたものだ」ということに気がつきました。
先日、実際にケアマネジャーさんや訪問看護師さんと面談を行った際、「これから一緒にプランを考えていきましょう」と言っていただき、自分でも気づかないうちに抱えていた不安がすーっと消えていくのを感じました。一人暮らしの私にとって、いざという時に頼れる人たちとつながっているという事実は、何物にも代えがたい安心感を与えてくれました。
自分の人生を最後まで自分らしく生き切るために
診断から5年以上が経ちますが、現在の私は、当初医師から告げられた「半年から1年で動けなくなる」という予測を超えて、自分らしく生活できています。むしろ「長生きしすぎて蓄えが尽きたらどうしよう」と、別の心配が出てくるほどです。
私の選択は、万人に勧められるものではないかもしれません。医療の進歩は素晴らしく、治療によって救われる命がたくさんあることも理解しています。しかし、私のように「治療による延命よりも、今この瞬間の生活の質を大切にしたい」と考える患者がいてもいいはずです。
最期は自宅で迎えたいという希望を持っていますが、状況によってはホスピスなどの施設を利用することも考えています。息子は「お母さんが決めたことならいいよ」と私の信念を尊重してくれています。これからも、その時々にできることを精一杯楽しみながら、一歩ずつ自分の人生を歩んでいきたいと思っています。
これからがんと向き合う方へのメッセージ
今、がんと向き合っている方々が、自分にとって最善の道を見つけられることを願っています。
専門家への相談をためらわないでください
「まだ元気だから」「自分でできるから」と遠慮せず、早いうちから地域包括支援センターなどの窓口を訪ねてみてください。具体的な実務をお願いする段階でなくても、相談できる人たちとつながっているという感覚を持つだけで、心の安定が違います。
インターネットの情報だけで判断しないでください
SNSや動画サイトには偏った意見も多く、自分に当てはまるとは限りません。直接、地域の相談員や専門職の方に会って話をすることで、あなた自身の状況に合わせた、具体的なアドバイスやサポートを得ることができます。
自分の価値観を大切にしてください
医師の言葉や周囲の期待に応えようとするあまり、自分自身の気持ちを置き去りにしないでください。治療をするかしないか、どのように過ごしたいかは、あなた自身の人生です。納得のいくまで話し合い、後悔のない選択をすることが大切です。