写真はイメージです。(AIによる生成)プロフィール
お名前:ヤスさん(ニックネーム)
年代:60代
性別:男性
家族構成:妻と娘と母との4人暮らし
仕事:会社員
がんの種類:食道がん
診断時ステージ:ステージ3A
診断年:2024年
現在の居住地:東京都
※本体験談は、患者さん個人の経験に基づくものです。治療の経過や副作用、生活への影響には、個人差があります。医療的な判断や治療方針の決定の際には、必ず医師・医療従事者にご相談ください。
2024年4月、ヤスさんは定期健診で食道に異常が見つかりました。大学病院で受けた精密検査の結果、ステージ3Aの食道がんと診断。術前補助化学療法、ロボット支援下での食道切除手術、そして再発予防のための術後補助療法を行ってきました。治療の過程では、抗がん剤による副作用や、免疫チェックポイント阻害薬の影響による1型糖尿病の発症といった困難に直面しましたが、現在は仕事に復帰し、後遺症を管理しながら趣味のテニスや散歩を継続しています。診断から現在に至るまでの経緯をお話しいただきました。
バリウム検査から内視鏡検査への変更で見つかった食道の異常
2024年の4月末、私は勤務先の定期健康診断を受けました。例年、胃の検査にはバリウム検査を選択していましたが、この年は内視鏡検査に変更しました。この選択が、結果としてがんの発見につながりました。多少、費用は多くかかるかもしれませんが、バリウム検査ではなく内視鏡検査をおすすめします。
検査当日、モニターに映し出された自分の食道の画像を見た際、素人の目にも異常だとわかる病変が確認できました。担当した医師からは、その場ですぐに「がんの可能性があります。速やかに精密検査を受けてください」という説明がありました。その場で、前年のバリウム検査のデータを改めて確認してもらいましたが、その時点の画像では病変を識別することはできなかったそうです。その年もバリウム検査を受けていたとしたら、この状態では再検査で内視鏡検査をすることになったと言われました。
告知を受けた際は、画像が示す客観的な状況から素人目にも異常であることは動かしようがないと考え、精密検査を受けることにしました。
食道がんステージ3Aの確定診断と治療方針の決定
精密検査と治療を受けるにあたり、私は以前から別の疾患で通院していた大学病院を希望しました。健康診断を受けた施設の医師からは、別の大学病院を提案されましたが、私は通い慣れた環境を優先しました。紹介元の医師も、どの病院でも治療方針に大きな差はないとの見解を示し、私の希望に沿った紹介状を作成してくれました。
大学病院では、内視鏡検査のほか、CT、MRI、PET-CTなどの画像検査、および生検が行われました。その結果、食道がんのステージ3Aと診断されました。
治療方針は、手術の前にがんを縮小させることを目的とした術前補助化学療法から開始されました。これは3種類の抗がん剤を組み合わせたもので、計3クールの投与が計画され、3クールともに投与は入院下で行われました。
1クール目の入院中、投与を開始してから3日、4日が経過したころ、最初の副作用が現れました。大量の脱毛です。入院中はシャワーを浴びることができましたが、その際に髪の毛がまとまって抜け落ちる状態を経験しました。この脱毛は入院中に確認された主な身体的変化でした。
しかし、より深刻な症状は退院後に現れました。口の中の皮がすべて剥がれるような、極めて重度の口内炎が発生したのです。食事の摂取はもちろん、水を飲むことさえも著しい苦痛を伴うようになりました。さらに発熱も重なり、体力の消耗が激しかったため、病院へ連絡したところ、療養を目的とした緊急入院を数日間行うことになりました。この1クール目の経験は肉体的に非常に厳しいものでしたが、その後の2クール目、3クール目では体が慣れたためか、同様の重症化を招くことなく投与を完了することができました。
2クール目終了後の効果評価と手術への同意
2クール目の投与を終えた段階で、抗がん剤の効果を確認するために内視鏡検査が行われました。その際、モニターに映った食道内部は、当初のショッキングな画像からは想像できないほどきれいな状態にまで回復していました。この劇的な変化を目の当たりにした私は、このまま薬物治療だけで完治し、手術を回避できるのではないかという思いを抱きました。
私は主治医に対し、この状態でも手術をしなければならないのかと疑問を持っていることを伝えました。しかし、主治医の説明は明確でした。画像上で病変が見えなくなっていたとしても、がん細胞は血液を介して体内を循環しており、リンパ節への浸潤の事実も消えるわけではないという指摘でした。「画像できれいになったからといって、手術を避けるという選択肢にはならない」と告げられたのです。
主治医は、抗がん剤の効果が十分に認められることを強調した上で、予定通り3クール目まで実施し、その後、確実に切除手術を行う方針を崩しませんでした。私はその医学的な根拠に基づく説明を受け入れ、根治を目指して手術を受けることに同意しました。
リンパ節切除を巡る臨床試験への不参加と主治医への信頼
手術を控えた時期、主治医から臨床試験への参加を提案されました。それは、食道周囲のリンパ節だけでなく、首の周りのリンパ節まで切除するかどうかという方針を検証するランダム化試験でした。首周りのリンパ節切除については、その有効性を巡って医学界でも研究が続いており、試験では切除するグループとしないグループに分けられるという内容でした。
私の場合はリンパ節への浸潤が指摘されていたこともあり、切除しない可能性のある試験に参加することには、大きな不安と葛藤がありました。自身で判断を下すことが難しかったため、私は主治医に対して、一人の人間としての意見を求める問いかけをしました。「先生ご自身が、今私の状態になった時にどうされますか」と尋ねたのです。
主治医は、研究者としての立場ではなく、誠実な一人の個人として「私だったらやっぱり取りますかね」とはっきりと答えました。この率直な本音を聞いた瞬間、私はこの医師を人間として信頼できると確信しました。医師としての職務を超えた対話ができたと感じたのです。
私は、自分の納得感を優先するために臨床試験への参加は辞退し、医師が個人的な見解として示した、標準的な範囲でのリンパ節切除を含む手術を受けることを選択しました。このやり取りの中で、主治医が偶然にも私と同じ高校の出身であることもわかり、共通の背景があることも心理的な一助となりました。この対話を経て築かれた信頼関係こそが、私にとって大きな手術を任せる上での本当の意味での決め手となりました。
食道切除手術の実施と術後の身体機能の変化
2024年の夏、ロボット支援下での食道切除および胃管再建手術が実施されました。手術自体は成功しましたが、呼吸器系に多大な負荷をかけるものでした。右側の肺を一時的に停止させて行う術式であったため、術後の呼吸機能の低下は著しいものがありました。
入院期間は約1か月にわたりました。術後は、肺活量を戻すためのリハビリテーションが極めて重要となります。私は手術前の呼吸訓練にあまり真面目に取り組んでいなかったことを、術後の激しい息苦しさの中で深く後悔しました。訓練の不足はそのまま回復の遅れに直結し、階段の上り下りなどの日常的な動作一つをとっても、以前の自分とは異なることを痛感せざるを得ませんでした。
リモートワークを活用した仕事と治療の両立
がんの診断直後から、私は仕事を辞めることは考えていませんでした。現在は定年後に再雇用された立場ですが、仕事を継続することは経済的な面だけでなく、社会的なつながりを維持し、病気のことばかりを考えずに済むという精神的な利点もありました。
幸いなことに、勤務先は以前からリモートワークの体制が整っていました。入院中を除き、退院から2日後には自宅でパソコンを開き、業務を再開することができました。会社側は、メールの対応などの負担の少ない作業から始めることを認め、出勤扱いとして処理してくれました。再雇用という立場ゆえの融通もあったかもしれませんが、こうした柔軟な環境があったからこそ、治療と仕事の両立が可能になりました。
身体的な後遺症については、今も工夫を要する生活が続いています。胃を持ち上げている構造上、逆流が非常に起きやすく、食後は強い不快感が伴います。そのため、食後すぐに横たわることはできませんが、自宅ではリクライニングベッドを導入し、寄りかかるような状態で休息をとるようにしています。食事も一度に多くを取らず、時間をかけることを徹底しています。
臨床研究による術後補助療法と1型糖尿病の発症
手術後、再発予防を目的とした追加治療の提案が再びありました。これは、先進医療制度の枠組みで実施されていた臨床研究でした。私は、再発のリスクを少しでも抑えるため、医学的に有効性が期待される手段はすべて試したいと考え、この研究に参加することを決めました。
研究の内容は、免疫チェックポイント阻害薬であるオプジーボを投与するグループ、S-1を使用するグループ、そして経過観察のみを行うグループの3つにランダムに分けられるというものでした。私は「何もしないよりは、可能性があることはすべてやりたい」と考え、この研究に参加することにしました。
私は、オプジーボを投与するグループになり、月に1回のペースで通院し、点滴投与を受ける生活が始まりました。薬剤費などは保険適用外となりましたが、制度を利用することで自己負担を調整しながら治療を継続することができました。
ところが、9回目のオプジーボの投与を受けた後、2025年の6月末に、体調に急激な異変が生じました。喉の渇き、全身に強い倦怠感を覚え、短期間で著しく体重が減少したのです。病院で血液検査を受けた結果、血糖値が異常な高値を示していることが判明し、急きょ糖尿病内科での精密検査が行われました。診断の結果は1型糖尿病でした。免疫チェックポイント阻害薬による副作用で、自分の免疫細胞が膵臓を攻撃し、インスリンを分泌する機能を破壊してしまったのです。治療資料には副作用の可能性として記載されていたことでしたが、実際に自分がその事例となった事実に、言葉にできない衝撃を受けました。
後遺症の管理と現在の日常生活の構築
1型糖尿病という重大な副作用の発症により、継続していたオプジーボの投与は中止となりました。膵臓の機能は失われたままで回復することはありません。私はその日から生涯にわたり、毎日自分でインスリンを注射して血糖値を管理しなければならなくなりました。がんの再発を防ぐための治療の結果、別の恒久的な疾患を抱えることになったことは、受け入れるしかありませんでした。
現在は、後遺症と向き合いながら、以前とは異なる形での生活を構築しています。食事の際の逆流対策、毎日のインスリン注射、そして体力を維持するための運動。体力がなければ術後の復活は厳しいという実感から、1日1時間の散歩を欠かさず、テニスも始めました。以前のように激しく動くとすぐに息が上がってしまいますが、適切な範囲でスポーツを楽しむことは、健康維持と気分転換の双方において大きな意味を持っています。階段の上り下りで息切れを感じることもありますが、それも今の自分の状態として受け入れています。
アルコールについても、飲酒が食道がんのリスクを高める可能性があるということを後から知り、入院前日を最後に、断酒を貫いています。がんという疾患、そして治療の結果生じた新たな持病。以前とは異なる体になりましたが、信頼できる主治医と対話を重ね、納得して選択してきた結果が今の自分です。これからも自分の体と対話しながら、一日一日を大切に過ごしていきたいと考えています。
これからがんと向き合う方へのメッセージ
今、がん治療をしている方にお伝えしたいことがあります。
治療を完遂するための体力を備えてください
食道がんの治療は、手術も化学療法も体への負荷が非常に大きいです。診断後は精神的につらい時期ですが、手術前から歩く習慣をつけ、肺活量を維持するための訓練を真面目に行ってください。蓄えた基礎体力が、術後の合併症を防ぎ、社会復帰を早めるための最大の武器となります。
納得できるまで主治医と対話してください
臨床試験や先進医療を提案された際、最終的な決断を下すのは自分自身です。判断に迷ったときは、医師を一人の人間として信頼できるか見極めることが重要です。「先生ご自身ならどうするか」といった問いに対し、本音で応えてくれる医師との関係を築くことが、後悔のない選択につながります。
変化した体を受け入れ、工夫して生活してください
手術や副作用によって身体機能が変わってしまうことがありますが、工夫次第で仕事も趣味も続けることは可能です。逆流対策のリクライニングベッドや、運動による体力の維持など、新しい自分に合った生活スタイルを見つけることが、生活の質を向上させる鍵となります。