写真はイメージです。(AIによる生成)プロフィール
お名前:スノゴリさん(ニックネーム)
年代:60代
性別:男性
家族構成:妻と2人暮らし(子ども2人は独立)
仕事:無職(定年退職、求職中)
がんの種類:肺がん
診断時ステージ:ステージ4A
診断年:2025年
現在の居住地:東京都
※本体験談は、患者さん個人の経験に基づくものです。治療の経過や副作用、生活への影響には、個人差があります。医療的な判断や治療方針の決定の際には、必ず医師・医療従事者にご相談ください。
長年勤め上げた会社を2025年3月に定年退職したスノゴリさん。新たな人生の歩みを始めようとしていた矢先に、ステージ4Aの肺がんと診断されました。厳しい副作用と向き合いながらも、持ち前の前向きな姿勢で日常生活を取り戻してきました。現在はキャリアコンサルタントとしての知見を生かし、同じ病に苦しむ方々、特に孤立しがちな男性患者への支援を視野に入れた社会復帰を目指しています。診断から現在までの歩みについてお話しいただきました。
定年退職後の健康診断で指摘された肺の異常
2025年の3月31日に定年退職を迎えました。しばらくはゆっくり過ごそうと考え、4月から6月にかけては趣味の旅行に出かけるなど、充実した日々を過ごしていました。
6月19日、健康保険を任意継続していたので、例年通り健康診断を受けました。健診を終えて最後の問診を待っていると、担当の先生が何やら慌ただしく動いているのが目に入りました。どうやら私の検査結果で何かがあったようで、診察室に呼ばれると開口一番、「レントゲンで左の肺が映っていません」と告げられました。
その時点では、がんという言葉こそ出ませんでしたが、先生からは「今すぐ、なるべく大きな病院へ行ってください」と、非常に強い口調で促されました。あまりの勢いに圧倒されながらも、紹介状を書いてもらい、翌日には大学病院を受診することになりました。
大量の胸水貯留と肺がんステージ4告知
大学病院で改めて診察を受けると、左の肺に水が溜まっていることがわかりました。医師からは「3Lほど溜まっているのではないか」と言われ、まずはそのうちの1Lを抜くことになりました。その1週間後、抜いた胸水の中にがん細胞が見つかりました。
改めて全身を詳しく調べるために、PET-CTやMRIなどの精密検査を受け、肺がんと診断されました。原発巣は2か所にありましたが、他臓器への遠隔転移は認められませんでした。しかし、胸水の中にがん細胞が漏れ出している「がん性胸水」の状態であったため、ステージは4Aと判定されました。
医師からは「完治を目指すことはできません」とはっきり告げられました。その瞬間は頭の中が真っ白になり、何を言われているのか理解が追いつかないほど大きな衝撃を受けました。ただ、その後の遺伝子検査によって、私の肺がんにはEGFR遺伝子変異があることが判明し、治療の選択肢がいくつか提示されました。
副作用の強さよりも治療効果を優先した薬剤選択
治療の選択肢として、タグリッソ単剤、タグリッソとプラチナ製剤併用療法、ラズクルーズとライブリバント併用療法の3つを提案されました。それぞれの治療法に関して、効果や副作用についても説明がありました。
ラズクルーズとライブリバント併用療法については、「効果は高いと考えられますが、副作用は非常にきついです。覚悟してください」と説明を受けました。
私は迷わず、ラズクルーズとライブリバント併用療法を選びました。当時は「まだ死ねない、とにかく生きたい」という思いが何よりも強かったため、どれほど副作用がきつくても、最も効果が期待できる方法にかけてみたかったのです。たとえ完治は難しくても、治療を続けることで生きる時間を延ばしたいと考え、2025年7月23日から1回目の治療を開始しました。
自宅療養中に現れた多岐にわたる副作用
治療開始にあたって3週間ほど入院しました。入院中は医師や看護師から「これから副作用が出ますよ」と何度も注意を受けていましたが、驚くことに、入院期間中はほとんど副作用が現れませんでした。食事もしっかり完食でき、週末には病院内を散歩する余裕さえありました。「自分は副作用が出にくい体質なのかもしれない」と、少し安心していたのを覚えています。
しかし、本当の闘いは退院してから始まりました。自宅に戻ると、それまで溜まっていたものが一気に噴き出すかのように、さまざまな副作用が起こりました。
まず、強い食欲不振と腹痛に見舞われ、10日間ほどまともに食事ができなくなりました。その後、頭皮に痒みが出て少しずつ脱毛が始まり、皮膚には無数の湿疹が現れました。さらに、爪の周囲が赤く腫れて痛む爪囲炎、下痢、耳鳴り、足の浮腫など、まさに「副作用のオンパレード」といった状態でした。
特に爪囲炎は悪化すると日常生活に支障をきたすため、今でも指先を保護するために手袋が手放せません。副作用の重さを示す指標ではグレード2と判定されましたが、主治医と相談しながら薬の量を調整したり、一時的に休薬したりすることで、なんとか治療を継続しています。
治療効果により取り戻せた日常生活
副作用に苦しみながらも、治療の効果は着実に現れました。当初、胸水で圧迫され縮んでいた私の左肺は、治療を続けるうちに4/5ほどに戻り、空気を取り込めるようになってきました。CT検査でもがんの大きさは判別できないほど縮小しており、溜まっていた胸水もわずかな量を残すのみとなりました。
体が楽になるにつれ、日常生活も少しずつ取り戻していきました。診断される直前は、階段を上るだけでひどく息切れしていましたが、今では週に2回ほど、以前から続けていた太極拳の教室に通えるまでになりました。指先の痛みがあるため、趣味のウクレレは残念ながら弾けなくなってしまいましたが、電車に乗って出かけたり、友人と食事をしたりすることは問題なくできています。
また、がんという病気を正しく理解するために、ここ数か月で5~6冊の専門書を読みました。インターネット上の膨大な情報の中から、国立がん研究センターなどの公的な情報や、医学的根拠に基づいた情報などを参考にする術も身につけました。
家族への病状共有とそれぞれの受け止め方
私ががんと診断された時、最も気にかかったのは家族のことでした。最初のがん告知は一人で受けましたが、医師から「次回は家族を連れてきてください」と言われた時が、精神的に最もつらい時期でした。妻にどう伝えればよいのか、ステージ4で治らないという事実をストレートに言ってよいものか一人で悩み続けました。
結局、妻には「がんが見つかったようだ。詳しい話を先生がしたいと言っているから、一緒に来てほしい」と伝えました。診察室で医師から詳しい説明を受け、妻も事の重大さを理解したようでした。
その後、娘たちには妻に話してもらいました。当時、次女は仕事で遠方にいましたが、「父が大変だ」ということで上司に相談し、東京へ異動を願い出てくれました。その願いが認められ、東京に戻ってきました。同居はしていませんが、近くにいてくれるというだけで大きな安心感があります。
現在も、指先が不自由な私のために、妻はいろいろと身の回りの世話を焼いてくれています。家族には苦労をかけていますが、こうして普段通りの生活を送れていることが、何よりの支えになっています。
資格と経験を生かした「患者への相談・支援」への展望
現在は体調も安定しており、主治医からも「フルタイムの勤務はまだ無理だと思いますが、社会復帰は考えてもいいです」という許可を得ています。そのため、先月(2026年3月)から少しずつ社会復帰に向けた動きを始めています。
2週間に1回の通院で待合室に座っていると、しんどそうにしている患者さんたちの姿が目に入り、「自分にできることで応援したい」と思うようになりました。私は、キャリアコンサルタントの資格を持っています。がんの当事者となった経験を強みに変えて、その資格を生かしながら同じ病と向き合う方々を支援する仕事がしたいと考えています。
また、患者会などのコミュニティでは男性の姿をほとんど見かけないことが気にかかっています。男性は弱みを見せたくないという思いから、一人で抱え込んでしまう方が多いのではないかと思っています。
キャリアコンサルタントとしての知見と自らのがん体験を掛け合わせることで、孤立しがちな男性患者が心の内を話せる場を作ることや、「患者のためのキャリアコンサルタント」のような立場で社会と関わることが、これからの自分の役割ではないかと考えています。
一日一日を大切に、感謝の気持ちを持って生きる
主治医に「あと10年生きられるでしょうか」と尋ねたことがあります。先生の答えは「転移次第ですね」というものでした。当初、ネットで調べた肺がんステージ4の5年生存率の低さに驚き、恐怖を感じたこともありましたが、今はその数字に一喜一憂することはなくなりました。
未来のことを20年、30年先まで心配するよりも、今目の前にある一日一日を大切に過ごしたい。友人たちには「いつ死ぬかわからないから、今のうちに俺に会っておけよ」と冗談交じりに話していますが、それは本音でもあります。いきなりいなくなるのではなく、会えるうちに感謝を伝え、共に楽しい時間を過ごしたいのです。
がんになったからこそ見えてきた世界があり、芽生えた感情があります。これからも無理のない範囲で治療を続けながら、社会との接点を持ち続け、自分にできる貢献を続けていきたいと考えています。
これからがんと向き合う方へのメッセージ
今、がん治療をしている方にお伝えしたいことがあります。
決して一人で抱え込まないでください
がんと診断されると、孤独感に襲われ、自分の殻に閉じこもってしまいがちです。しかし、あなたが感じている苦しみは決してあなた一人だけのものではありません。勇気を出して一歩踏み出し、周りに助けを求めてみてください。医療従事者や同じ経験を持つ仲間など、あなたの声をしっかりと受け止めてくれる人は必ずどこかにいます。
前向きな「開き直り」を持ちましょう
がんになったという事実は変えられませんが、それに対する向き合い方は自分で選ぶことができます。絶望して立ち止まってしまうのではなく、「がんになったからこそできることがあるのではないか」と、良い意味で開き直ってみることも必要です。気力を持ち続けることが、治療を継続し、日常生活を維持するための大きな原動力になります。