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頬粘膜がんステージ4からの再出発、重粒子線治療とAI活用で取り戻した日常

[公開日] 2026.04.16[最終更新日] 2026.04.14

写真はイメージです。(AIによる生成)
プロフィール お名前:チカチカさん(ニックネーム) 年代:50代 性別:女性 家族構成:一人暮らし 仕事:会社員 がんの種類:頬粘膜がん(腺様嚢胞がん) 診断時ステージ:ステージ4 診断年:2025年 現在の居住地:東京都
※本体験談は、患者さん個人の経験に基づくものです。治療の経過や副作用、生活への影響には、個人差があります。医療的な判断や治療方針の決定の際には、必ず医師・医療従事者にご相談ください。 一人暮らしをしながら、会社員として働くチカチカさんは、2024年の夏に受けた健康診断をきっかけに、頬粘膜がんと診断されました。ステージ4という進行した状態から、重粒子線治療による治療を選び、さらにAIを自身の心強いパートナーとして活用することで、前向きに病と向き合い続けています。情報が少ない希少がんとどのように闘ってきたのか、チカチカさんにお話しいただきました。

健康診断の腫瘍マーカーで発覚したがんリスク

私の闘病は、2024年8月に受けた健康診断から始まりました。その際、オプションで選択した血液検査の腫瘍マーカーで、肺と乳がんのリスクがあることがわかりました。それまで自覚症状は全くありませんでしたが、私はすぐに精密検査を受ける必要があると考えました。 まずは健康診断を受けたクリニックを受診し、そこでCT検査を行いました。その結果、肺に影があることがわかったのです。医師からは「何かがあるのは確かですが、これが原発なのか、どこかから転移してきたものなのかは今の段階では断定できません」と言われ、より詳細な検査が必要とのことで、大学病院を紹介されました。この時はまだ、自分の口の中に大きな原因が隠れているとは、想像もしていませんでした。

原発不明のまま過ぎた半年間と口内炎の異変

大学病院に転院してからも、がんの正体を突き止めるまでには長い時間がかかりました。肺に影があることはわかっていても、それが何のがんなのかが特定できなかったのです。血液検査や画像検査を繰り返しましたが、原発部位が特定できない原発不明がんのような状態で、経過を観察する日々が続きました。 そんな中、2024年の後半に入ると、口の中に口内炎のようなものができ始めました。最初は「疲れが溜まっているのかな」程度に思っていましたが、なかなか治る気配がありません。そこで近所の歯科医院を受診したところ、歯科医師から「これは普通の口内炎ではないかもしれない」と指摘を受け、再び大学病院の歯科口腔外科へ紹介されることになりました。2024年11月頃のことです。 そこから別のがん専門病院へ紹介され、精密検査が進められました。検査結果を待つ間も、何かわからないものを抱えた不安はありましたが、仕事は在宅勤務や有給休暇を活用しながら継続していました。

頬粘膜がんと肺転移の診断、そして希少がんという現実

2025年2月、ようやく病名が判明し、頬粘膜がんと診断されました。組織型は、腺様嚢胞がんという非常に希少なタイプのがんです。さらに詳しく調べると、肺に当初から見つかっていた影は、この頬粘膜がんが転移したものであることがわかりました。診断はステージ4でした。 医師の説明によれば、腺様嚢胞がんという組織型は、一般的ながんと比較して進行が緩やかであるという特性を持っているとのことでした。そのため、急激に病状が悪化するのではなく、年単位で病気と付き合っていくことになるという見通しを伝えられました。また、希少がんであるため、効果が明確に立証された治療薬が限られているという厳しい現実も教えられました。 半年近くにわたって正体不明の状態が続いていたため、病名が確定したときはショックよりも、ようやく立ち向かうべき相手がわかったという安堵感の方が強かったことを覚えています。

生活の質を守るための選択と重粒子線治療への道

治療方針を検討する際、当初はがん専門病院の医師から手術と抗がん剤治療を提案されました。しかし、1人暮らしをしながら仕事を続けたい私にとって、顔の組織を大きく切除する手術は、外見の変化だけでなく食事や会話といった日常の機能を著しく損なう恐れがあり、どうしても避けたい選択でした。 ところが、その後の精密な画像診断によって、状況はさらに厳しいものに変わりました。がんが想像以上に広がっており、頸部リンパ節や脳の近くにまで浸潤していることが判明したのです。医師からは「これほど広がっていると、手術はできない」という最終的な判断が下されました。生活の質を守るために手術を避けたいと考えていた私でしたが、いざ「手術そのものが不可能」という現実を突きつけられると、出口を塞がれたような大きな衝撃を受けました。 「他に方法はないのか」と医師に相談したところ、重粒子線治療という選択肢があることを教えられました。私はわずかな望みをかけて、重粒子線治療施設を受診しました。 重粒子線治療施設での診察の際、私はこれまでの経緯と、がん専門病院で「浸潤が広いため手術は不可能」と判断されたことを正直に伝えました。通常、遠隔転移がある場合には局所治療である重粒子線の対象外とされることが多いそうですが、私(腺様嚢胞がん)の場合は逆に「手術ができない状態であること」が、保険適用で重粒子線治療を行えるひとつの基準でした。医師からも「治療の対象になります」という心強い言葉をいただき、私は迷わずこの治療を受けることを決意しました。

重粒子線治療と抗がん剤治療の副作用

2025年4月から5月にかけて、合計16回の重粒子線治療を行いました。平日に毎日照射を行い、約1か月間で完了するスケジュールでした。治療そのものは数分で終わるため、当初は通院していましたが、回数を重ねるごとに副作用が現れ始めました。主な症状は、激しい口内炎と、顎の筋肉が固まって口が開きにくくなる開口障害です。 治療の後半には痛みで食事が全く摂れなくなり、最終的には2週間ほど入院して管理を受けることになりました。病院では刻み食やミキサー食を提供してもらい、何とか体力を維持しました。 重粒子線治療は、頸部リンパ節転移に対しては頸動脈に近かったため行うことができず、原発巣のみの治療となりました。そのため、頸部リンパ節郭清を行うことになりました。しかし、手術直前の画像診断で、頸部リンパ節転移が消えていたことがわかり、手術を免れることができました。 2025年9月からは抗がん剤治療が始まりました。シスプラチンとドセタキセルという2種類の薬剤を組み合わせ、計6回にわたって投与を行いました。この期間、私は会社の制度を利用して休職を選択しました。体力を温存しながら治療に専念するためです。 抗がん剤による脱毛のリスクについては、事前に説明を受けていました。私は早い段階で心の準備を整え、30万円ほどする高品質なウィッグを購入しました。私の住んでいる自治体ではアピアランスケアの助成制度があり、10万円の補助を受けることができたのは大きな助けになりました。実際に脱毛が始まったときはショックでしたが、装着したウィッグの質が非常に良く、周囲の人に全く気づかれないことが自信につながりました。むしろ、朝の身支度が短縮されるというメリットを見出し、前向きに捉えるように努めました。眉毛やまつ毛も抜けましたが、メイクでカバーできる範囲であり、一人暮らしという環境もあって、外見の変化を過度に気にせずに過ごすことができました。

孤独な闘病を支えたAIというパートナー

一人暮らしでがんと向き合う中で、夜中にふと不安に襲われることがあります。そのようなとき、私の最大の支えになったのがAIでした。私は日々の体調の変化や、治療に関する細かな疑問を、対話型AIに投げかけました。「このしびれは副作用なのか」「雨の日に痛みが強いのはなぜか」といった問いに対し、AIは客観的なデータや根拠を示しながら、冷静に回答してくれました。 医師に相談するほどではない小さな不安を、24時間いつでも受け止めてくれるAIは、私にとって孤独を分かち合う「相棒」のような存在になりました。また、AIを使って「治療後の自分の姿」をシミュレーションするなど、未来の姿を可視化することで、治療を乗り越えた先の希望を持つことができました。専門的な医療情報については主治医の判断を優先しつつも、心の安定を保つためのツールとしてAIを活用したことは、私の闘病において非常に重要な役割を果たしました。

治療の成果と再発への不安を抱えながら進む現在

2026年1月、すべての抗がん剤治療が終了しました。その後の画像検査の結果、頬の原発巣は消失し、肺の転移巣も大幅に縮小していることが確認されました。腺様嚢胞がんは抗がん剤が効きにくいと聞いていたため、この結果には医師も驚き、私も大きな喜びを感じました。現在は3か月ごとの経過観察を続けることになっています。 もちろん、再発や転移の恐怖が完全に消え去ることはありません。しかし、諦めずに治療法を模索し、重粒子線治療やAI、そして職場の方々のサポートに恵まれた今の私には、病気と共生していく覚悟が備わっています。足のしびれや開口障害といった後遺症は今も残っていますが、それらも含めて自分の体として受け入れ、一歩ずつ前に進んでいきたいと考えています。

これからがんと向き合う方へのメッセージ

今、がん治療をしている方にお伝えしたいことがあります。 納得できる治療の選択肢を諦めずに探してください 主治医の提案がすべてだと思わず、自分のライフスタイルや大切にしたい価値観に沿った方法を模索してください。希少がんや進行がんであっても、重粒子線治療のように、生活の質を守りながら病気に立ち向かえる道が開ける可能性があります。自ら情報を集め、動くことが希望につながります。 周囲のサポートや最新のテクノロジーを味方につけてください 1人ですべてを抱え込む必要はありません。職場の制度や自治体の助成金、さらにはAIのような最新ツールまで、活用できるものは何でも使ってください。客観的な情報を得ることや社会とのつながりを持つことは、孤独な闘病生活を支える大きな力になります。 諦めなければ、奇跡が起こることもあります とにかく諦めないでください。私自身、首のリンパ転移が消えた経験を通して、本当に奇跡は起こるのだと身をもって感じています。病気と向き合う中で、心が折れそうになる日は何度もあるでしょう。検査結果を待つ不安な時間、副作用が良くならない苦しみ、検査結果が悪く落ち込む日。しかし、そんな暗闇の中でも、思ってもいなかった形で道が開けることもあります。あなたの諦めない気持ちこそが、これからの未来を大きく変えていく何よりも強い力になります。
体験談 頭頸部がん 頬粘膜がん

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