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乳がんステージ3Bからの社会復帰まで、主治医の言葉と家族の支えで乗り越え取り戻した日常

[公開日] 2026.04.07[最終更新日] 2026.04.01

写真はイメージです。(AIによる生成)
プロフィール お名前:むしろさん(ニックネーム) 年代:60代 性別:女性 家族構成:夫と子どもとの3人暮らし(子ども1人は独立) 仕事:定年退職後、再就職待機中(診断時は郵便局勤務) がんの種類:乳がん 診断時ステージ:ステージ3B 診断年:2017年 現在の居住地:大阪府
※本体験談は、患者さん個人の経験に基づくものです。治療の経過や副作用、生活への影響には、個人差があります。医療的な判断や治療方針の決定の際には、必ず医師・医療従事者にご相談ください。 2017年、むしろさんは入浴中に自ら右胸のしこりを見つけました。クリニックの受診、総合病院での精密検査を経て、手術後の病理検査でステージ3Bと確定しました。右胸の全摘出とリンパ節郭清、Dose-dense AC(ddAC)療法と放射線治療という、過酷な治療が始まりました。一時は体重が20kg近く減少し、車いすで通院するほど体力を消耗しましたが、主治医の「仕事はやめなくていい」という言葉や、家事を分担して支えた家族、そして休職中も復帰を待ち続けた職場の理解に助けられ、1年間に及ぶ療養を経て社会復帰を果たしました。診断から9年が経過し、定年退職と再就職を目前に控えた現在の心境について、むしろさんにお話しいただきました。

入浴中に気づいた右胸の異変と最初の受診

2017年の夏のことでした。お風呂に入り、バスミラーで自分の姿を見た際、右胸の形が変わっていることに気づきました。気になって手で触れてみると、そこにはっきりとしたしこりがありました。その瞬間、私はショックを受けるというよりも、「乳がんかな。とうとう来たか」という、どこか予感していたものが形になったような冷静な気持ちになったことを覚えています。 翌日、すぐに近くの産婦人科クリニックを受診しました。そこでは超音波(エコー)検査を受けましたが、医師からは「うちでは詳しいことまではわからない」と告げられ、精密検査ができる大きな病院へ行くように言われました。2つの総合病院を提示されましたが、私は通いやすさを考えて、より自宅に近い方の病院を選び、紹介状を書いてもらいました。このときはまだ、自分の身に何が起きているのか、その全容を把握できてはいませんでした。

総合病院での精密検査と治療方針の決定

紹介された総合病院を受診し、改めて詳細な検査を受けました。CT検査などの画像診断が進められ、さらに全身の状態を詳しく確認するために、隣接する別の医療機関でPET-CT検査を受けるように指示されました。このPET-CT検査は高額なものでしたが、がんの転移状況を正確に把握するためには避けられないステップでした。 検査の結果、乳がんと診断され、リンパ節への転移の疑いもあることがわかりました。セカンドオピニオンを求めることも一瞬考えましたが、別の病院へ行けばまた最初から高額な検査をやり直すことになり、時間も費用もかかります。また、当時は「セカンドオピニオンは保険適用外のため、その後の治療も保険が適用されなくなるのではないか」という誤った認識や「別の医師の意見を聞くことが、主治医に悪い」という引け目を感じていたこともあり、セカンドオピニオンは受けず、現在の主治医を信頼して治療を任せることに決めました。

右胸の全摘出とリンパ節郭清の手術

主治医の治療方針は、まずは手術で乳房を全摘し、その後、抗がん剤治療と放射線治療を行うというものでした。私は、全摘には迷いはありませんでした。中途半端に残して将来的な再発リスクを負うよりも、ごっそりと取り除いてもらったほうが精神的な安心感が大きいと考えたからです。57歳という年齢もあり、胸の形を維持することよりも、確実にがん細胞を取り去ることを最優先に選びました。 手術では右胸の全摘出とともに、リンパ節の郭清も行われました。術後の病理検査の結果、確定した診断はステージ3Bでした。手術自体は無事に終了しましたが、本当の試練は術後に控えていた強力な抗がん剤治療でした。

主治医が何気なく言ってくれた言葉の救い

手術を終え、今後の長い治療スケジュールを提示された際、私は仕事のことが気にかかっていました。そんなとき、主治医がさらっと「仕事は別にやめなくてもいいからね」と言ってくださいました。 その言葉を聞いたとき、私は非常にありがたく感じました。深刻な表情で言われるのではなく、ごく自然にかけられた言葉だったからこそ、「自分は仕事を辞めなければならないほどの絶望的な状況ではないのだ」と受け取ることができたのです。大げさに考えず、治療を続けながら社会とのつながりを維持できるという見通しを持てたことは、その後の闘病生活において大きな心の支えとなりました。

過酷なDose-dense AC療法と身体への負担

術後の再発予防として始まったのは、Dose-dense AC療法という非常に強力な抗がん剤治療でした。これは通常のAC療法よりも投与間隔を短くし、2週間ごとに4回繰り返すものです。医師からは通院で受けられる治療だと説明されており、私自身も当初は副作用を軽く見ていて、仕事も少し休めばすぐに戻れるだろうと考えていました。 しかし、実際に治療が始まると、現実は想像を絶するものでした。それまで大好きだった食事ができなくなりました。薬を飲むために何かを食べなければならないという強迫観念が、かえって苦痛となりました。味覚障害とともに、唾液が出にくくなるという副作用もありました。その結果、私の体重は20kg近く減少し、歩行も困難なほど体力が低下しました。病院へ行く際は、家族に車いすを押してもらわなければならない状態でした。あまりの衰弱ぶりに、予定していた投与を1回延期するほど、私の身体はボロボロになっていました。

家事を分担し、支えてくれた家族の存在

闘病中、私を一番近くで支えてくれたのは家族でした。夫と、当時同居していた長男、長女の3人が、動けなくなった私に代わって家事のすべてを分担してくれました。子どもたちはそれぞれ学校がありましたが、「自分が休みの日はこれをやる」と自発的に計画を立てて、私の代わりに家事をこなしてくれました。 私を心配してくれるだけでなく、自分たちにできる役割を冷静に果たしてくれたことは、母親として申し訳ない気持ちもありましたが、同時に大きな安心感でもありました。家族が私の病気に対して過度に深刻にならず、それでいてきめ細かく寄り添ってくれたおかげで、私は治療にだけ集中することができました。家族の協力がなければ、あの過酷な抗がん剤治療を最後までやり遂げることは難しかったと思います。

1年間の休職と職場への段階的な復帰

抗がん剤治療に続き、25回の放射線治療も行われました。結局、手術から数えて丸1年間、私は仕事を休むことになりました。幸いなことに、職場は休職制度が整っており、傷病手当金の手続きなどもスムーズに進みました。金銭的な不安が最小限で済んだことは、療養に専念する上で大きな助けとなりました。 2018年の8月、1年の休職期間を経て職場に復帰しました。最初は以前のように6時間働く体力はなく、職場の配慮により1日3時間の時短勤務からスタートさせてもらいました。まずは事務作業から慣れていくように段階的な調整をしてくださいました。復帰して1か月ほどで、少しずつ元のペースに戻していくことができましたが、職場の皆さんの温かい迎え入れには今でも感謝しています。仕事に戻ることで病気以外のことに意識が向き、生活にリズムが生まれたことは、精神的な回復を大きく後押ししてくれました。

術後の後遺症であるリンパ浮腫への対策

治療が終わった後も、右腕のリンパ浮腫という後遺症との向き合いが始まりました。リンパ節を郭清した影響で腕がむくみやすくなっており、適切なケアを怠れば深刻な状態になるリスクがありました。実は私の祖母も乳がんで、60年ほど前、片腕がパンパンに腫れ上がっている様子を見ていたため、「おばあちゃんのようになりたくない」という強い思いがありました。 そのため、現在も月に1回、手術を受けた病院のリンパ浮腫外来へ通い、専門的なマッサージを受けています。また、普段は弾性スリーブを着用していますが、これは病院の通販を利用せず、あえて専門の店舗まで買いに行っています。店舗の担当者の方はさまざまな病院を回っているため、ケアに関する生の情報や他の方の様子などを聞くことができ、それが私にとっての重要な情報収集の場となっているからです。

ホルモン療法を続けながら定年を迎えるまで

診断から9年が経過した現在も、ホルモン療法としてレトロゾールの服用を毎日続けています。服用による骨粗しょう症などの副作用はありますが、それ以外の点では元通りの生活を送れるまでになりました。乳がんは10年間の経過観察が必要だと言われていますが、私にとってその10年という期限は、1つの目標のようなものです。 私は長年勤めた職場を定年退職しましたが、現在は再就職が決まっており待機中です。家に閉じこもって病気の不安ばかりを数えるよりも、外に出て社会と関わり、刺激を受けることの方が私にとっては健康に良いと感じています。あのとき主治医に「仕事はやめなくていい」と言われたことが、今の自分につながっているのだと改めて実感しています。

これからがんと向き合う方へのメッセージ

今、がんの治療に向き合っている方にお伝えしたいことがあります。私の経験が、少しでも皆さんの歩む道の一助となれば幸いです。 情報を1人で抱え込まず、外部とのつながりを大切にしてください 病気のことを自分1人で思い悩んだり、決めつけたりしないでください。私のように、弾性スリーブを買いに行く店舗で話を聞くといった何気ないところから、貴重な情報が得られることもあります。誰かから聞いた「友達の親の話」のような間接的な情報が、自分の力になることもあります。どこに情報が落ちているかわからないからこそ、社会とのつながりを断たないようにしてください。 自分にとっての「日常」を手放さないでください 私は主治医から「仕事はやめなくていい」と言われたことで、自分の状況を大げさに捉えずに済みました。もし可能であれば、これまで大切にしてきた仕事や社会生活を、形を変えてでも継続することを検討してみてください。社会との刺激がある方が、病気の不安を吹き消してくれることがあります。
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