写真はイメージです。(AIによる生成)プロフィール
お名前:イシさん(ニックネーム)
年代:60代
性別:男性
家族構成:配偶者と子どもとの3人暮らし
仕事:会社経営、派遣アルバイト
がんの種類:びまん性大細胞型B細胞リンパ腫、胃がん、肺がん
診断時ステージ:ステージ4(びまん性大細胞型B細胞リンパ腫)、
ステージ1(胃がん)、ステージ1(肺がん)
診断年:2016年(びまん性大細胞型B細胞リンパ腫)、
2018年(胃がん)、2024年(肺がん)
現在の居住地:滋賀県
※本体験談は、患者さん個人の経験に基づくものです。治療の経過や副作用、生活への影響には、個人差があります。医療的な判断や治療方針の決定の際には、必ず医師・医療従事者にご相談ください。
2016年、ステージ4のびまん性大細胞型B細胞リンパ腫と診断され、家族が“余命3日”と告げられるほどの極限状態を経験したイシさん。その後、治療を経て日常生活を取り戻したものの、2018年には胃がん、2024年には肺がんと、10年間で計3度のがんを経験しました。過酷な闘病生活を送りながらも、念願だった自身の会社を立ち上げ、現在は仕事と療養を両立させています。死の淵からどのようにして立ち上がり、前向きな心境に至ったのか、イシさんにお話しいただきました。
膵臓がんを覚悟して始めた「身辺整理」の日々
始まりは、2016年の夏のことでした。みぞおちから背中にかけて、突き刺すような激しい痛みに襲われました。それまでも体調に違和感はありましたが、その時の痛みは尋常ではありませんでした。自分なりにインターネットで症状を調べたところ、膵臓がんの可能性が高いと考えました。もし膵臓がんであれば、もう長くは生きられないだろうと思いました。
私は病院へ行く前に、万が一の事態を想定して準備を始めました。自分がいなくなった後に家族が困らないよう、仕事の引き継ぎ資料をまとめ、死後の手続きを弟に依頼するなど、いわゆる「終活」のようなことを1か月ほどかけて行いました。その間、次第にお酒もタバコも受け付けなくなり、ついには娘から「顔が真っ黄色になっている」と指摘されました。明らかな黄疸が出ていたのです。
私は、県内の総合病院を受診しました。かつて知人が「がんになったら大学病院が良い」と話していたことを思い出し、最初から紹介状を書いてもらうつもりでの受診でした。検査の結果、その病院では膵臓がんか悪性リンパ腫かの判断が下せませんでしたが、希望通り、県外にある大学病院への紹介が決まりました。しかし、入院予定日の1週間前、腹部が破裂するのではないかと思うほどの激痛に襲われ、妻の運転する車で救急外来へ駆け込み、そのまま緊急入院することになりました。
“余命3日”の宣告と壮絶な治療の開始
大学病院での精密検査の結果、病名はびまん性大細胞型B細胞リンパ腫という血液のがんで、ステージ4という進行した状態でした。入院して3日目、私はバケツ半分ほどの大量の血を吐きました。意識はありましたが、容体は急変し、医師からは家族が呼び出されました。後から聞いた話ですが、家族は医師から「あと3日持つかどうかわからない」と告げられていたそうです。
私はナースステーションのすぐ前にある個室に移され、厳重な管理下に置かれました。胆管が腫瘍で塞がっていたため、鼻から管を通して胆汁を排出する処置が行われました。体中に痛みがあり、車いすに乗ることさえできず、寝返りを打つことすらままならない状態でした。
容体が少し安定してから、抗がん剤治療が始まりました。副作用は非常に重く、40度近い高熱が連日のように続きました。髪の毛も眉毛もすべて抜け落ち、食事も一切できなくなりました。2か月間は絶食状態で、点滴だけで栄養を補給する日々でした。全身の骨が痛むため、6時間おきにモルヒネの錠剤を服用して痛みを抑えていましたが、12月にはようやく鼻の管を外すことができ、年内に退院することができました。
ショッピングモールでのリハビリと社会復帰への執念
退院後も、半年間にわたって放射線治療と抗がん剤治療の通院が続きました。目に見える腫瘍は早い段階で消失していましたが、血液検査の数値が正常に戻るまでには時間がかかりました。特に血小板の数値が低く、肝臓への負担も大きかったため、検査数値を注視する日々でした。
何よりつらかったのは、体力の低下でした。2か月間寝たきりに近い状態で入院していたため、筋肉はすっかり落ち、歩くことさえ困難になっていました。入院中は病棟の廊下を1周することさえできませんでしたが、退院後は「普通の生活に戻る」ことを唯一の目標に掲げ、自分なりのリハビリを開始しました。
私がリハビリの場所に選んだのは、近所のショッピングモールでした。外の道と違い、ショッピングモールの中は雨風をしのげますし、夏は涼しく冬は暖かいため、体力のない体には最適でした。万が一、歩けなくなったり倒れたりしても、誰かに助けてもらえるという安心感もありました。最初はほんの数百メートル歩くだけで息が切れましたが、毎日欠かさず通い続け、少しずつ距離を伸ばしていきました。最終的には1日1万歩を目指して歩き続け、1年ほどかけてようやく人並みの体力を取り戻すことができました。この時期に粘り強くリハビリを続けたことが、その後の私の支えになったと感じています。
胃がんの発覚と食をめぐる新たな悩み
びまん性大細胞型B細胞リンパ腫が寛解状態になってからは、3か月に1回の血液検査と、半年に1回のCT検査、内視鏡検査を欠かさず受けていました。しかし、2018年の定期検査で胃がんが見つかりました。幸い初期の段階でしたが、腫瘍の位置の関係で胃の幽門部側2/3を摘出することになりました。この胃がんは全く新しい原発がんでした。
手術自体は成功しましたが、術後は食に関する悩みが尽きませんでした。当初はダンピング症候群に悩まされ、一度に食べる量や速度を間違えると、急激な動悸や冷や汗、体調不良に襲われました。また、胃が小さくなったことで消化が追いつかず、食後20分から30分経つと、すぐに便意を催すようになりました。
現在でも、外食の後はすぐにトイレに行ける場所を確認しておくことが習慣になっています。家族もそのことを理解してくれており、食事の後はトイレが借りられる公共施設に立ち寄るのが、我が家の「お決まりのコース」になりました。それでも、時間の経過とともに体は順応していくもので、今では若い頃と変わらないほどの量を食べられるようになっています。
起業直後の肺がんと、変わらぬ「開き直り」の精神
胃がんの手術から数年が経ち、体調も安定してきたため、私は以前から準備していた自分の会社を立ち上げました。日々の生活を立て直すためにアルバイトも並行して行い、ようやく仕事が軌道に乗り始めた矢先の2024年、今度は定期検査のCTで肺に影が見つかりました。検査の結果、今度は左肺に新しいがんができていることがわかりました。10年で3度目のがんです。
普通の人なら絶望する場面かもしれませんが、私の場合は「ああ、またか」という感覚でした。これまでの経験から「早期に見つかれば、切ってしまえば治るだろう」という、ある種の慣れや開き直りがあったのです。落ち込んでいる暇があれば、入院の準備をして、仕事の段取りをつけたほうがいいと考えました。肺の一部を摘出する手術を受けましたが、術後の経過は極めて良好で、息切れなどの後遺症もなく、すぐに仕事に戻ることができました。
思えば、10年前に「膵臓がんで死ぬかもしれない」と覚悟した瞬間に、私の死生観は大きく変わったのだと思います。いつどうなるかわからないからこそ、目の前のことに淡々と向き合い、できることをひとつずつこなしていく。その積み重ねが、今の自分を作っています。
病院との付き合い方と自分なりの情報収集
3つの診療科を掛け持ちし、今でも定期的に病院へ通っていますが、病院へ行くことに抵抗は全くありません。長年通い続けている大学病院は、私にとって勝手知ったる場所であり、医師や看護師の皆さんとも顔なじみです。家族にお見舞いに来てもらう必要も感じず、1人で入院し、手術を受け、1人で帰宅する。そんなスタイルが自分には合っているようです。
医療との向き合い方については、医師の言葉を信頼しつつも、自分なりに納得することを大切にしています。今の時代、インターネットで調べれば、治療法や薬についての情報はいくらでも出てきます。医師の説明は要点に限られることが多いので、検査や治療の前には必ず自分で知識を蓄えてから臨むようにしています。多様な意見を参考にしながら、自分の体調と照らし合わせて判断する。任せきりにするのではなく、自分も治療のチームの一員であるという意識を持つことが、納得感のある闘病につながると考えています。
これからも続く「がん」との共生
来週には、大腸に見つかったポリープを切除するために、また1日だけ入院する予定です。良性のものではありますが、放置すれば将来的にがん化する可能性があるため、早めに芽を摘んでおくことにしました。他にも十二指腸にポリープがありますが、これらも経過を観察しながら、必要に応じて処置していくつもりです。
がんを経験する前は、がんと言えば「死」に直結する絶望的なイメージを持っていました。しかし、計3度のがんを経験し、10年生き続けている今の私にとって、がんは「共生していくもの」へと変化しました。医療は日々進歩しており、早期発見さえできれば、以前のように絶望する必要はありません。
もちろん、規則正しい生活など最低限の注意は払っていますが、過度に神経質になることもありません。人並み以上に食べ、人並みに働き、人並みに暮らす。その当たり前の生活を続けていくために、これからも定期的な検査だけは欠かさずに受けていこうと思っています。
これからがんと向き合う方へのメッセージ
今、がんの治療をされている方や、告知を受けたばかりの方にお伝えしたいことがあります。
医療の進歩を信じ、過度に悲観しないでください
昔と違い、現在のがん医療は飛躍的に進歩しています。私のようにステージ4の宣告を受け、“余命3日”と言われた人間でも、10年経った今、普通の人以上に元気に過ごしています。「がん=死」という古いイメージを捨ててください。
定期検査を継続し、早期発見を習慣にしてください
私が3度のがんを乗り越えられた最大の理由は、定期的な検査を欠かさなかったことです。2度目、3度目のがんは、すべて定期的に受けていた検査のおかげで早期に見つけることができました。自分の体を守るために、定期的な検査は受けてください。
「がん」だからこそ持てる時間を大切にしてください
がんは、突然の事故や病気と違い、ある程度の時間をかけて自分自身の人生を見つめ直すことができる病気でもあります。入院やリハビリの期間を「これからの人生の計画を立てるための時間」と捉えてみてはいかがでしょうか。私も死を意識したことで、本当にやりたかった会社の起業を実現することができました。病をきっかけに、残された時間をより充実したものに変えていくポジティブな視点を持っていただければ幸いです。