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軟骨肉腫による左脚切断、IT企業の管理職の視点で挑む治療と制度の最適化

[公開日] 2026.04.03[最終更新日] 2026.03.25

写真はイメージです。(AIによる生成)
プロフィール お名前:むなかたさん(ニックネーム) 年代:40代 性別:男性 家族構成:妻と子ども2人との4人家族 仕事:IT関連企業管理職 がんの種類:骨外性粘液型軟骨肉腫 診断時ステージ:不明 診断年:2021年 現在の居住地:東京都
※本体験談は、患者さん個人の経験に基づくものです。治療の経過や副作用、生活への影響には、個人差があります。医療的な判断や治療方針の決定の際には、必ず医師・医療従事者にご相談ください。 2021年、むなかたさんは働き盛りの40代で希少がんの一種である軟骨肉腫を宣告されました。ハンドボール大にまで巨大化した腫瘍を取り除くため、24時間に及ぶ大手術で左脚を根元から失うという過酷な現実を突きつけられました。さらに肺転移や行政手続きにおける厚い壁など、予期せぬ困難が次々と襲いかかりました。しかし、IT関連企業の管理職として培った論理的な思考とスキルを武器に、自ら課題を「見える化」し、解決していく道を選びます。制度の矛盾に立ち向かいながら、同じ境遇の人々のための社会インフラ構築も考えているむなかたさんにお話しいただきました。

「椎間板ヘルニア」だと思い続けた10年間

私の異変は、今から10年以上前から始まっていました。当時はひどい腰の痛みや足の違和感に悩まされており、複数の整形外科や接骨院を受診していました。どこへ行っても診断は「椎間板ヘルニア」でした。処方された薬を飲み、リハビリに通っていましたが、症状が劇的に改善することはありませんでした。 転機が訪れたのは、近所に新しく移転してきた総合病院を受診したときのことでした。長年通っていた接骨院の柔道整復師の方から、「腫れが少し大きい気がします。一度大きな病院で検査を受けたほうがいいです」とアドバイスを受けたことがきっかけでした。新しい病院の整形外科で画像検査を受けたところ、医師の表情が一変しました。「大きな腫瘍があります。ここでは手に負えないので、すぐに大学病院へ行ってください」と告げられたのです。 2021年8月のことでした。紹介された大学病院の対応は非常に迅速でした。本来、お盆休みの時期やコロナ禍の影響で予約を取ることは困難なはずでしたが、私の腫瘍の大きさと緊急性を察した専門医の先生方が、すぐに調整を行ってくれました。受診した翌日には精密検査のための入院が決まりました。 当初、その腫瘍は巨細胞腫という、中間位の悪性度のものだと推測されていました。しかし、組織を採取して詳しく調べる生検を行ったところ、事態はより深刻であることがわかったのです。診断名は軟骨肉腫。それも、腫瘍の大きさはハンドボールほどにまで成長していました。

家族と命を優先した左脚切断の決断

大学病院の主治医からは、すぐに手術が必要だと告げられました。「命を救うためには、左脚を根元から、骨盤の一部を含めて切除する必要があります」という言葉に、頭が真っ白になりました。生検の前までは「脚を残せるかもしれない」という微かな希望を持っていましたが、精密検査の結果、神経や筋肉を巻き込んで巨大化した腫瘍を完全に取り除くには、切断という選択肢以外に残されていませんでした。 手術時間は24時間と予想されました。これほど大規模な手術を、コロナ禍で医療体制が逼迫する中で行うこと自体、並大抵のことではありませんでした。主治医は「セカンドオピニオンも受けてみませんか」と、がんセンターの専門医を紹介してくれました。がんセンターの見立ても大学病院と同じでした。「脚を残すリスクのほうが高い。確実に切除して、命を繋ぎましょう」という結論でした。 私には妻と、まだ小学生と保育園児だった2人の子どもがいました。人生の半分を過ぎたばかりのタイミングで脚を失うことは、想像を絶する恐怖でしたが、妻が「命を一番に考えて頑張ろう」と言ってくれたことが大きな支えになりました。 子どもたちへの説明には、病院の「チャイルドケア」というサービスを利用しました。親が重大な病気になり、身体の一部を失うことを子どもにどう伝えるか、専門のカウンセラーが介入してくれる仕組みです。真っ白な人形を使い、「今は両脚があるけれど、病気を治すために片方の脚がなくなるよ。なくなったらどうなるかな?」と、可視化して説明する場を設けてもらいました。長男は静かに受け止めようと努めている様子で、次男は「先生、パパを治せるの?」と尋ねていました。その光景は今でも鮮明に覚えています。 2021年9月、私は手術室に向かいました。結果として手術は成功し、腫瘍は取り除かれました。左側の腸骨、骨盤の半分、そして左脚をすべて失いましたが、私は命を繋ぐことができました。

肺転移の発覚と義足訓練を中断した理由

手術後、大学病院に5か月、リハビリテーション専門のセンターに6か月入院しました。そこでの目標は、再び歩くための「義足」の訓練でした。私の場合、骨盤から切除しているため、義足を装着するためのソケットは胸の下あたりまで来る非常に巨大なものでした。 加えて、手術でお腹の筋肉や神経も一部切除していたため、腹壁ヘルニア(お腹の壁が弱くなり内臓が飛び出しそうになる状態)や、排便の障害も抱えていました。義足を装着するだけでも15分以上かかり、さらに全身の力を使って動かさなければなりません。訓練を重ね、なんとか200mから300mほどは歩けるようになりました。しかし、ようやく義足での生活に光が見え始めた頃、さらなる試練が訪れました。肺への転移が見つかったのです。 私の軟骨肉腫は、抗がん剤がほとんど効かないタイプでした。主治医からは、肺にある約20個の小さな転移巣をどう処理するか、難しい判断を迫られました。「切除するには数が多すぎます。もし治療するなら、凍結療法などの先進医療を選択することになりますが、これには多額の費用がかかります」と言われました。 ここで私は大きな決断をしました。義足の訓練を中断することにしたのです。義足自体の製作費やリハビリの入院費に何百万円もの費用をかけるよりも、これから成長していく子どもたちの学費や、自らの先進医療のための費用としてお金を残すべきだと考えたからです。車椅子での生活を受け入れ、病状をコントロールすることに専念することにしました。

障害認定を巡る行政との交渉と論理的な対処

2023年になって、私の病気はようやく「骨外性粘液型軟骨肉腫」と診断名が決定しました。大学病院でも前例がほとんどないほど珍しいケースで、最終的には国内の検査では判別できず、ゲノム検査としてアメリカの専門機関に組織を出して初めて確定した病名でした。 「医学的にありえない場所(骨の中)に発生していた」と言われましたが、病名が決まったからといって、特効薬があるわけではありませんでした。むしろ、自分がどれほど「希少な存在」であるかを突きつけられただけでした。 しかし、私はそこで絶望することはありませんでした。IT業界で培ってきた「課題解決」の思考やスキルを生かすことになりました。 まず直面したのは、行政による障害認定の壁でした。私の受けた「骨盤から脚を丸ごと切除する」という手術は、当時の国の基準には明確な記載がなく、当初は実態よりも軽い障害等級で判定されてしまいました。入院中の私に代わって妻が行政不服審査を申し立てましたが、一度は棄却されました。 退院後、私は自分で東京都や厚生労働省、さらには総務省の「行政苦情110番」などに働きかけました。制度の条文を読み解き、主治医にも協力してもらいながら、自分の身体の状態がいかに過酷であるかを論理的に説明し続けました。その結果、ようやく適正な重度障害者としての認定を勝ち取ることができました。 「日本の制度は、自分から動いて声を上げない限り、何もしてくれない」。その現実を、私は身をもって知りました。

希少がんの経験を社会インフラに活かすビジョン

現在、私の肺にある転移巣の進行は非常に緩やかです。主治医と相談しながら、画像検査で経過を追い、タイミングを見て凍結療法などの処置を検討しています。一方で、日常生活では電動アシスト付きの車椅子を使用し、自宅周辺を毎日走り回っています。 車椅子になって初めてわかったことがたくさんあります。コンビニの入り口にある数cmの段差がどれほど高い壁になるか。点字ブロックが車椅子のタイヤをどれほど振動させ、雨の日に泥を跳ね上げるか。私はそれらを自治体に報告し、実際に道路の補修を行ってもらうなどの活動もしています。 また、Instagramを通じて、同じ希少がんや障害を持つ人々と繋がっています。InstagramとXのフォロワーは合わせて1000人を超えました。希少がんは情報が圧倒的に不足しています。同じ悩みを持つ人々が、どのようなコルセットを使い、どのような手続きで制度を利用したか、その「ナレッジ」を共有することの重要性を痛感しています。 私の今の夢は、ITを駆使して、障害を持つ人々や希少がん患者が、自分の情報を入力するだけで必要な行政手続きや対処法がわかるシステムを作ることです。行政の担当者は数年で異動してしまいますが、システムに蓄積されたデータは消えません。自分の経験を、自分だけのものにせず、社会のインフラとして役立てたいと考えています。 病気や障害は、私の人生における大きな課題ですが、解決できないものではないと信じています。ITマネージャーとして、目の前の課題を解決し、新しい「普通」を作っていく。それが、私がこの希少がんと生きる意味だと思っています。

これからがんと向き合う方へのメッセージ

今、がんと向き合っている方々へ、私の経験からお伝えしたいことがいくつかあります。 自分の状況を客観的に把握してください がんという病気に直面すると、どうしても感情に流されてしまいがちですが、自分の体調や心の変化、あるいは病院でのやり取りを細かくメモし、客観的に自分を観察してみてください。自分が困っていることや不安に思っていることを「課題」として捉えることができれば、次に何をすべきか、どの専門家に相談すべきかという道筋が見えてくるはずです。 制度や情報の壁を恐れず、声を上げ続けてください 特に希少がんの場合、情報が少なく、行政の支援も十分でないことがあります。しかし、そこで諦めないでください。制度は人間が作ったものであり、改善の余地は必ずあります。自分で調べ、詳しい人に聞き、時には行政に対して声を上げる勇気を持ってください。あなたの声が、同じ境遇の誰かを救うことになるかもしれません。 自分が培ってきたスキルを治療に応用してください 私はITのスキルを使いましたが、これまで仕事や生活で培ってきた知見は、必ず闘病に役立ちます。医師との交渉、家族との合意形成、日々の体調管理。自分の得意分野の考え方を治療に応用してみてください。がんに人生を支配されるのではなく、自分のスキルで事態をコントロールする感覚を持つことが、前を向く力になります。
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