写真はイメージです。(AIによる生成)プロフィール
お名前:Flowerさん(ニックネーム)
年代:60代
性別:女性
家族構成:1人暮らし
仕事:求職中(診断時は会社員)
がんの種類:乳がん
診断時ステージ:ステージ2B
診断年:2019年
現在の居住地:大阪府
※本体験談は、患者さん個人の経験に基づくものです。治療の経過や副作用、生活への影響には、個人差があります。医療的な判断や治療方針の決定の際には、必ず医師・医療従事者にご相談ください。
2019年、6年にわたる定期検診での「経過観察」の末に、乳がんの告知を受けたFlowerさん。標準治療として抗がん剤治療を開始した直後、重度の腰椎椎間板ヘルニアで救急搬送され、一歩も歩けない状態での闘病を余儀なくされました。さらに術後には、傷口の細菌感染による再入院を3度も繰り返すという困難に見舞われました。コロナ禍という状況下で、身体的な激痛と1人で行う過酷な処置に耐え抜き、現在は再発防止のための新たな治験にも挑戦しているFlowerさんにお話しいただきました。
6年にわたる「再検査」の末の乳がん告知
私は毎年、健康診断で乳がん検診を受けていました。実は告知を受ける5、6年ほど前から、検診のたびに「再検査が必要」と言われていましたので、精密検査を受けていましたが、結果はいつも「異常はありません」というものでした。そんなやり取りを6回ほど繰り返していたため、2019年の秋に再び精密検査の通知が届いたときも、どこかで「またいつものことだろう」と考えている自分がいました。
しかし、2019年10月2日に受診した地域の総合病院での検査は、これまでとは様子が違っていました。マンモグラフィーや超音波(エコー)検査に加え、細胞診と針生検が行われました。後日、告げられた診断は乳がんで、サブタイプはHER2陰性、ホルモン受容体陽性のルミナールB、ステージは2Bでした。腫瘍の大きさに加え、脇のリンパ節への転移も認められるという説明でした。治療方針として、まずは術前化学療法で腫瘍を小さくしてから手術を行うという提案を受けました。
告知を受けた際、大きなショックで動揺するというよりは、長年の懸念が形になったことで、妙に冷静に受け止めたことを覚えています。
がん治療を上回るヘルニアの激痛
抗がん剤治療を始めるにあたり、私は総合病院の乳腺外科でセカンドオピニオンを受けました。そこで治験の提案を受けたこともあり、最終的にはその病院へ転院して治療を開始することに決めました。治験に参加できるか確認するため、採取した組織を製薬会社の海外検査機関に送って結果を待ちましたが、私はステージ3に近い2Bだったため、最終的に参加条件には該当しないことがわかりました。そのため、その病院で標準治療を受けることになり、10月末に1回目の抗がん剤投与を行いました。ところが、その直後の11月、予想もしなかった事態が起こりました。重度の腰椎椎間板ヘルニアを発症したのです。
がんの告知を受ける少し前から腰に違和感はありましたが、突然、座ることも立ち上がることもできないほどの激痛に襲われました。足に強いしびれが出て、1歩も歩けなくなりました。救急車を呼び、がんの治療を受けていた病院に搬送してもらいましたが、そのまま1か月間の入院となりました。
正直なところ、この時期はがんの不安よりも、ヘルニアの痛みのほうが遥かに勝っていました。抗がん剤の副作用で髪が抜け始めましたが、それよりも「この腰の痛みからいつ解放されるのか」ということばかりを考えていました。医師からは、抗がん剤治療中はヘルニアの手術はできないと言われ、痛み止めを服用して耐えるしかありませんでした。
2回目の抗がん剤治療は、ヘルニアによる入院中に行いました。ベッドから動けないまま、看護師に身の回りの世話をしてもらいながらの治療でした。1か月後に退院しましたが、自力では歩けず、家の中では椅子を滑らせながら移動し、買い物はすべてネットスーパーで済ませるという不自由な生活が続きました。
3度の術後感染症という試練
半年間の術前化学療法を終え、2020年6月に手術を受けました。そして、当初の予定通り乳房温存手術とリンパ節郭清が行われました。手術は無事に終わったと思われましたが、本当の苦しみは術後に待っていました。傷口から細菌が入り、感染症を引き起こしたのです。
退院して1週間後、手術した方の胸が真っ赤に腫れ上がり、膿が吹き出し高熱が出ました。コロナ禍のため病院に入るのも一苦労でしたが、診察の結果、即入院となりました。医師は膿を出すために縫い合わせた傷口を再び切り開き、「膿を出し切るために、傷口を閉じずに開けたままにする」という処置が行われました。鏡で見ると、自分の胸に目の玉ほどの大きさの穴が開いていました。その穴を毎日、水で洗浄しなければなりませんでした。
洗浄してガーゼを当てるだけなので、処置自体に強い痛みはありませんでしたが、高熱が出るたびに24時間体制で抗生剤の点滴を受ける日々は過酷でした。ようやく良くなって退院しても、数週間経つと再び熱が出て、膿が溜まるという症状を繰り返しました。6月に手術をしたのに、10月末までに入退院を3回も繰り返しました。会社に行こうとしては熱が出て再入院するという生活に、精神的にも追い詰められました。「いつまでこの処置を続けなければならないのか」と、終わりの見えない不安に苛まれました。
ようやく傷口が塞がったのは、手術から約半年が経った頃でした。医師に「本当にこれで大丈夫なのか」と何度も確認しましたが、「傷が塞がれば、もう膿が出る場所がなくなるから終わりです」という非常にシンプルな回答でした。そして、11月~12月と症状を診て、再度悪化しないことを確認し、翌1月に放射線治療の開始を決めました。
放射線肺臓炎と5年目の決断
感染症の影響で大幅に遅れていましたが、2021年1月から25回にわたる放射線治療を開始しました。ようやく一息つけると思ったのも束の間、放射線治療が終わって約1か月後(通常は3か月~1年以内に起こる可能性がある副作用)に、今度は100人に1人しかならないという確率の放射線肺臓炎を異例のタイミングで発症しました。放射線を当てた部位の肺が炎症を起こし、激しい倦怠感と発熱に見舞われました。
当時はまだコロナの流行が続いていたため、熱が出るたびにコロナ検査を受け、陰性を確認してからの診察となりました。私の場合は咳の症状が出なかったため、特別な治療は行わず、自然に炎症が治まるのを待つことになりました。その後はホルモン療法に移行し、アナストロゾールなどの内服薬による治療を続けてきました。
診断から5年が経った2025年4月、主治医から新しい提案を受けました。リンパ節転移があった私の状況を鑑み、再発のリスクをさらに抑えるための治験に参加しないかという内容でした。これまで5年間、現在のホルモン療法で再発せずに過ごせていたため、あえて新しい薬に変えることには大きな迷いがありました。
一番の懸念は副作用でした。治験薬には目に影響が出る可能性があると聞き、視力に支障が起こりえるかもしれない未知の不安を感じました。しかし、提案された治験は第3相試験で、治験はいつでもやめられること、そして治験薬による治療が受けられる確率は1/2であり、治験薬ではなかった場合は、従来の薬のままであることもあり、治験に参加することを決心しました。また、現在の薬は長く使っているため、薬の耐性による再発の可能性も考え、再発リスクはゼロにすることはできませんが、リスクを少しでも低くするために、今、提示されている治験という新しい可能性を試してみようという結論に至りました。現在は治験薬によるホルモン治療を続けて1年が経過しています。
自分を癒やす場所を持つ大切さ
振り返れば、私のがん闘病は、ヘルニアの激痛と終わりの見えない感染症との闘いでした。特に術後の感染症については、同じような体験をした人の情報をインターネットで見つけることができず、暗闇の中を1人で歩いているような感覚でした。コロナ禍で患者会などの集まりに参加することも叶わず、情報の少なさに苦労しました。
そんな私が支えにしたのは、趣味のフラワーアレンジメントでした。これは病気になる前から長く続けていることですが、花をアレンジしいる時間、そして後でその花を見つめている時間は、病気のことや将来の不安を完全に忘れることができました。どれほど身体がつらくても、自分の居場所として「好きなこと」を持ち続けることが、精神的な回復には不可欠だったと感じています。
また、情報の取り方についても学びがありました。看護師さんから「個人のブログなどは見ないほうがいい」と助言されたため、私は「患者のための乳がん診療ガイドライン」などの専門的な書籍を徹底的に読み込みました。感想や主観ではなく、医学的な事実としての知識を持つことが、私にとっては一番の安心に繋がりました。
私は自身の体験を1冊の本にまとめ出版しました。そこで強調したのは、「自分を癒やす場所を自分で作りましょう」ということです。がんは生活のすべてを奪っていくように感じますが、自分を大切にする時間さえ持っていれば、心まで支配されることはありません。本書のタイトルは、「ガン「二人に一人」になっても わたし・家族・友人に最初に知ってほしいこと」です。Amzonや書店にて購入可能です。がんの告知をされたばかりの方やご家族、友人に向けた内容です。
現在は仕事を定年退職し、失業保険を受給しながら、再び自分に合った仕事を探しているところです。これからも自分なりの癒やしを大切にしながら、前を向いて歩んでいきたいと思っています。
これからがんと向き合う方へのメッセージ
今、がんの治療をされている方、そして告知を受けたばかりの方にお伝えしたいことがあります。
自分が夢中になれる「癒やし」の時間を作ってください
がんになると、24時間そのことばかりを考えてしまいがちですが、1日のうち数分でも良いので、病気を忘れられる「好きなこと」に没頭してください。私の場合はフラワーアレンジメントでしたが、何でも構いません。その時間は、病気に侵されないあなた自身の癒やしとなり、心を支える大きな力になります。
個人の感想ではなく、事実に基づいた知識を支えにしてください
不安になったときこそ、主観的な感想ではなく、ガイドラインなどの専門的で事実に基づいた情報を参照するようにしてください。正しい知識を持つことは、不必要な恐怖を取り除き、治療に前向きに向き合うための盾になってくれます。
つらいときは無理をせず周囲の助けを借りてください
1人暮らしでの闘病は孤独を感じることもありますが、家族や病院のスタッフなど、頼れる人には正直に状況を伝えてください。私は母に身の回りの世話を頼んだり、会社と相談してテレワークを活用したりすることで、なんとか乗り切ることができました。すべてを1人で背負い込まず、環境を整えることも立派な治療のひとつです。