写真はイメージです。(AIによる生成)プロフィール
お名前:タケチャンマンさん(ニックネーム)
年代:60代
性別:男性
家族構成:子どもと2人暮らし
仕事:パート(週4回勤務)
がんの種類:前立腺がん
診断時ステージ:ステージ2
診断年:2026年
現在の居住地:東京都
※本体験談は、患者さん個人の経験に基づくものです。治療の経過や副作用、生活への影響には、個人差があります。医療的な判断や治療方針の決定の際には、必ず医師・医療従事者にご相談ください。
2026年1月、タケチャンマンさんはステージ2の前立腺がんと診断されました。父親を前立腺がんで亡くされていることから、8年前より毎年PSA検査を受け、自身の健康データと向き合ってきました。その長年の意識と事前の知識収集により、告知を受けても取り乱すことなく、冷静に自分で納得した治療法を選択しました。4月から始まる本格的な治療を前に、ホルモン療法を進めるタケチャンマンさんに、これまでの経緯とがんに対する心構えについてお話しいただきました。
8年間続けたPSA検査
前立腺がんと診断されたのは、2026年1月の初めでした。実は、私の亡くなった父親も前立腺がんでした。父の時代は、現在のようにインターネットで手軽に病気の情報を調べたり、知識を得たりすることが難しい環境でした。そのため、父は自身の体の変化に気づくのが遅れ、発見されたときにはすでにステージ4まで進行しておりました。
その父の姿を間近で見ていた経験から、私の中でがん、特に前立腺がんに対する意識は人一倍高かったと言えます。自分も同じ病気になる可能性があるということを常に頭の片隅に置いていました。そのため、今から約8年前、2018年ごろから、1年に1回は必ずPSA検査を受けるようにしてきました。PSA値の変化を毎年把握することで、もし何かあれば早期に発見できるようにと備えていたのです。
これは、私が定年退職するまで長年リスクマネジメントを必要とする仕事に携わってきたという背景も影響しているかもしれません。事前に想定されるリスクを洗い出し、できるだけ排除する、あるいはその影響を少なくする。そういう思考回路が、自身の健康管理においても自然と働いていたのだと思います。8年間のデータの蓄積が、今回の速やかな対応の基盤となりました。
PSA値の上昇とMRI検査での白い影
毎年受けてきたPSA検査でしたが、2025年に入り、その数値に変化が現れ始めました。診断へとつながる最初の予兆は、同年3月のことでした。その時のPSA値が3.7ng/mLぐらいまで上がっていたのです。通常、前立腺がんのスクリーニングにおいては、PSA値4.0ng/mLが基準値とされています。まだその基準値は超えてはいませんでしたが、それまでの私の数値の推移からすると、徐々に上がってきているなと感じました。そろそろ警戒が必要だと直感的に思いました。
この段階で、医師と相談し、念のためにMRI検査を受けることにしました。その3月に受けた1回目のMRI検査では、目立った影などは見つからず、まだがんを強く疑う段階ではないという結果でした。しかし、私のリスクマネジメント的な思考は、ここで安心することはしませんでした。
その後も、慎重に経過を見守ることにしました。そして2025年10月の初め、2回目のPSA検査を受けたところ、ついにその数値が4.0ng/mLを超え、4.33ng/mLという結果が出たのです。それまでは基準値以下で推移していたものが、明確に基準を超えた瞬間でした。この結果を受け、泌尿器科の専門医からは、「一時的に数値が高く出ることがありますから、来月もう一度検査して見ましょう」と提案されました。瞬間的な上昇であれば問題はありません。しかし、私は心のどこかで覚悟を決めていました。
1か月後の11月、再び測定した結果、やはり4.0ng/mLを超え、4.15ng/mLでした。数値の変動はあるものの、基準値を上回り続けているという事実が確定しました。
これを受け、医師から精密検査である生検を勧められました。しかし、私はその前に、もう一度MRI検査を受けさせてほしいと強く希望しました。3月に受けたときは影がありませんでしたが、10月以降の数値の上昇から、何らかの変化が起きているはずだと考えたからです。先生は当初、「そこまでしなくても」という雰囲気でしたが、私の強い要望を汲み取ってくださいました。
そして11月の後半に受けた2回目のMRI検査で、1回目にはなかった白い影が前立腺に映し出されたのです。この影を見て、先生の態度も変わりました。「これはやっぱり、ちゃんと調べた方がいいね」と。この影の出現により、がんの可能性が非常に高いものとなりました。
冷静に受け止めた前立腺がん告知
2025年12月、私は入院して生検を受けることにしました。前立腺にある病変に針を刺して組織を採取し、それを病理検査にかけるのです。私の場合は14本の組織を採取しました。 この検査結果が出たのが、2026年1月の初めでした。医師から告げられた結果は、前立腺がんでした。病理検査の結果、14本の組織のうち、5本からがん細胞が見つかったと。さらに、そのがん細胞の悪性度を示すグリソンスコアについても詳しい説明を受けました。5本中、4本は3だったのですが、1本だけが、4という段階になっていたのです。その結果、総合的なグリソンスコアは3 + 4の7であると告げられました。
さらに、がんの広がりを示すステージについては、T2Cという診断でした。これは、がん細胞が前立腺の両サイドに広がっている状態を意味します。しかし、前立腺内にとどまっており、局部に限局している状態であるとも説明されました。
この正式な告知を受けたとき、私は不思議とショックを受けませんでした。大げさな表現ではなく、本当に冷静にその言葉を受け止めました。なぜなら、私にとっては、この1年のPSA値の推移、白い影の出現といったデータが、すべてがんであるという結論に向かって積み上がっていたからです。この告知は、その積み上げに対する最終的な確認に過ぎませんでした。
事前にある程度の覚悟をして、自分でも情報を集めていたからこそ、取り乱すことはなかったのだと思います。父親の経験から前立腺がんについて詳しくは調べていましたし、最近はインターネットやAIを活用して、ステージごとの予後や治療選択肢についても深く調べていました。そのため、まだ早期の部類に入る段階で発見できたという安心感さえありました。
生活の質(QOL)を最優先にした治療選択
がんであると診断された段階で、先生からは、大きく分けて手術と放射線治療という2つの選択肢が提示されました。さらに、先生からは、「あなたの段階であれば、治療方法をご自分の希望に合わせて選べる段階です」という言い方もされました。
事前に調べた知識から、ロボット支援下手術や、放射線治療でもSBRT(体幹部定位放射線治療)など、さまざまな方法があることは知っていました。 その中で、私がほぼ一択で決めていたのが、重粒子線治療でした。関東地区では、神奈川県、千葉県、群馬県の施設で受けることが可能です。
なぜ重粒子線治療を選んだのか。その最大の理由は、生活の質(QOL)を落としたくないという点でした。手術を選んだ場合、尿漏れや勃起障害といった後遺症のリスクが気にかかりました。特に尿漏れは、現在週4回続けている体力を要するパートの仕事において、大きな支障となります。作業中に頻繁にトイレに駆け込むわけにはいきません。生活のリスクを最小限にしたかったのです。もちろん、重粒子線治療でも同様の症状が起こるリスクがあることは知っていましたが、手術に比べて比較的軽度の可能性があると聞いたからです。
担当医に対しては、重粒子線治療を希望する旨を伝えました。先生からもその選択は認められ、重粒子線治療ができる施設への紹介状を書いていただきました。2月の初めに初めてその施設に行き、2月の後半には重粒子線治療を受ける許可が降りました。
もちろん、放射線治療を先に受けると、もし将来再発した時に手術が困難になる、癒着などの影響があるといった情報は、インターネットなどの知識として持っていました。しかし、私はそれも含めて検討し、万が一将来再発したとしても、その時にできる治療を探せばいいと考えました。
重粒子線治療前のホルモン療法中
重粒子線治療を受けるにあたって、現在はホルモン療法を行っています。2月18日ごろから、ホルモン療法薬であるビカルタミドという薬を処方してもらい服用を始めました。この薬は、半年間飲み続ける予定です。また、3月半ばには、近くの総合病院で、リュープリンによる治療を行ってきました。
先生からは、ホットフラッシュ(ほてり)や、男性も乳房が張ってくるといった副作用があるかもしれないと説明されていましたが、現時点ではそのような症状は全くありません。体調に大きな変化はなく、これまで通り生活を続けています。
4月からは本格的に重粒子線治療の通院が始まります。週に4回、3週間、合計12回の照射というスケジュールもすでに把握しています。パートの職場にも事前に事情を話し、約1か月間は仕事をお休みさせていただく承認もいただきました。
重粒子線治療は、症例数が他の治療法に比べれば少ない、施設が限られているといった側面もあります。しかし、2018年には前立腺がんに対しては保険適用されていますし、厚生労働省も認めている治療法です。不安というよりは、早い段階で見つけて、納得のいく形で治療を進められているという安心感の方が強いです。
また、費用面でも、10年以上前に友人の勧めでがん保険に入っていました。がんと診断されたらその後の保険料が免除になるという特約に入っていたので、今後は保険料を払う必要がありません。そういった経済的な備えができていたことも、冷静な判断を支える大きな力となりました。
思い返せば、この1年はPSA値の変動に一喜一憂することもありましたが、自分のデータの推移を8年間見続けてきたからこそ、告知を受けた後も迷うことなく重粒子線治療を選ぶことができたのだと思います。事前に知識を蓄え、備えておくことの大切さを、身をもって感じています。
これからがんと向き合う方へのメッセージ
今、がん治療をしている方にお伝えしたいことがあります。
定期的な検査を受けてください
私は8年間のPSA検査のおかげで、早期にがんを見つけることができました。男女問わず、定期的な健康診断や、特に年齢を重ねたら、前立腺や乳がん、肺がんといった特定のがんの検診を怖がらずに受けることを強くお勧めします。
現代医学の標準治療を信じてください
がんと診断されると、時には民間療法を勧められることもあるかもしれません。しかし、まずは現代医学の標準治療を信じてください。標準治療とは、現時点で最も効果が証明された最善の治療です。それ以外の道に迷い込む前に、まずは提示された治療を全うすることが回復への一番の近道だと私は考えます。
孤独にならず、周囲に頼ってください
がん治療は時に孤独で過酷ですが、1人で抱え込むには限界があります。家族や医療従事者などに、助けを借りることをためらわないでください。そして、医療費のことなど経済的な不安がある場合は、ソーシャルワーカーなどに相談してください。希望を捨てずに、一日一日を大切に過ごしてください。