写真はイメージです。(AIによる生成)プロフィール
・お名前:みぃさん(ニックネーム)
・年代:40代
・性別:女性
・家族構成:夫と2人暮らし
・仕事:大学教員
・がんの種類:大腸がん
・診断時ステージ:ステージ3C
・診断年:2024年
・現在の居住地:埼玉県
※本体験談は、患者さん個人の経験に基づくものです。治療の経過や副作用、生活への影響には、個人差があります。医療的な判断や治療方針の決定の際には、必ず医師・医療従事者にご相談ください。
2024年7月、みぃさんは突然の激痛と38度を超える高熱により救急外来を受診しました。精密検査の結果、告げられたのは大腸がんのステージ3Cという診断でした。仕事、そして30代から付き合ってきた婦人科系の持病。さまざまな不安を抱えながらも、医師である夫の支えとともに、手術と半年間にわたる過酷な抗がん剤治療を乗り越えました。治療を終えて1年が経過し、仕事に復帰した今、彼女が見つめる「がんを経験したからこそ得られた価値観」と、これからの人生の歩み方についてお話しいただきました。
腹痛と発熱から始まった入院生活
私ががんと関わることになったのは、今回が初めてではありませんでした。30代のころ、不妊治療のために職場近くの総合病院に通っていた際、たまたま子宮体がんのステージ0が見つかったのです。当時は数か月間、ホルモンを抑える薬を服用し、数回の掻爬(そうは)手術を受けました。その後は経過観察がメインとなり、半年に1回の検査を15年近く続けてきました。ずっと同じ病院の同じ先生に診てもらっていたので、自分は十分に健康管理ができているという安心感がありました。
しかし、2024年の7月に状況が一変しました。不正出血など今思えば大腸がんのサインのようなの症状はありましたが、私はてっきりいつもの婦人科系のトラブルだと思い込んでいました。その後、突然38度の熱が出て、激しい腹痛で起き上がれなくなりました。翌朝、救急外来を受診しましたが、すぐには原因がわからず、2度目の受診で「消化器内科か婦人科か、いずれにしても精密検査が必要」ということで、そのまま入院することになりました。入院先は、長年通い慣れたその総合病院の消化器内科でした。
入院してすぐ、大腸の内視鏡検査を受けました。私は全身麻酔を使わず、意識がある状態でモニターを見ていました。カメラが進んでいくなかで、ある箇所で止まってしまったのを覚えています。腸の壁が厚く腫れ上がり、通り道が極端に狭まっているのがモニターを見ていた素人の私にもわかりました。検査を担当した医師は、検査終了後、まだベッドの上で横たわる私の目を見て、「これはがんの可能性が極めて高いです」とはっきり言いました。
病室に戻ると、夫も呼ばれて改めて説明を受けました。私の夫は内科医です。専門外ではありますが、医療知識があるため、医師の説明を冷静に聞いていました。モニターの画像を見ながら、「ほぼ100%がんでしょう」と告げられたとき、私は「ああ、そうだったのか」と、妙に納得するような感覚でした。実はその3日後には海外出張を控えていて、飛行機もホテルもすべて予約済みでしたが、その瞬間に私の日常は一度、完全に停止しました。
手術と「すべて摘出する」という選択
精密検査の結果、がんはS状結腸にあり、周辺のリンパ節にも転移していることがわかりました。最終的な診断はステージ3Cでした。肺などへの遠隔転移はありませんでしたが、腫瘍の一部が外側に飛び出しており、直腸に接している状態でした。
治療方針は、まず手術でがんを切除し、その後に再発予防のための抗がん剤治療を行うというものでした。私はこの機会に、長年不安の種だった子宮や卵巣、卵管などの臓器もすべて摘出してほしいと自分から希望しました。過去の経緯もあり、フォローしてもらっていた婦人科の医師にも相談しました。
結果として、消化器外科と婦人科による合同手術が行われ、大腸のがん切除とともに子宮、卵巣、卵管をすべて摘出しました。
手術は5時間ほどかかりました。当初は癒着の心配もありましたが、きれいに取り切ることができました。ストーマ(人工肛門)を作る必要もありませんでした。
準個室のベッドで続けた仕事
入院期間は合計で1か月ほどでした。ちょうど大学の夏休み期間に入ったばかりだったため、幸いにも担当している授業はありませんでした。しかし、論文指導や事務的な仕事は残っていました。
私は病室にパソコンを持ち込み、動ける時間は仕事をしていました。入院した病棟に、偶然にも1人で使える準個室のような部屋が空いており、そこを使わせてもらえたことが助かりました。手術までの2週間半、腸閉塞の症状があったため食事は一切できず、ずっと点滴だけで過ごしていましたが、やることがないのでむしろ仕事に集中できました。
学生たちとのやり取りも、メールで行いました。私は自分の状況を隠さず、すべて職場や学生に伝えました。体調の急変などで急に対面ができなくなる可能性があることを事前に伝えておく必要があると考えたからです。また、仕事をしている時間は、自分が患者であることを忘れられる大切な時間でした。
過酷だった抗がん剤治療と副作用
手術後の9月から、半年間で計12クールの抗がん剤治療が始まりました。使用したのは「FOLFOX(フォルフォックス)」という、複数の薬を組み合わせる点滴治療です。
この治療が、私にとっては非常に辛いものでした。副作用として、吐き気、手足のしびれ、そして脱毛。あらゆる副作用を経験しました。特に吐き気は、薬を投与し始めた瞬間から始まりました。担当医は「今は良い吐き気止めがあるから大丈夫ですよ」と言ってくれましたが、私の場合はなかなか薬が合わず、2回目の投与時には入院して調整してもらったほどです。
次第に、病院の建物を見たり、治療のことを考えたりするだけで気分が悪くなる「予期性悪心・嘔吐」も出るようになりました。これには夫も気づいていて「安定剤を使った方がいい」とアドバイスをくれました。担当医と相談して、強めの安定剤を使いながらなんとかコントロールして治療を継続しました。
髪の毛も、全体の3分の1ほどが抜けました。シャワーを浴びるたびに、音を立てて抜けていく感覚があり、やはりショックでした。ただ、脱毛についてはあらかじめ覚悟していたので、元気なうちに自分で部分ウィッグを準備しました。病院で紹介されるものはフルウィッグが多く、自分の好みに合うものを探すため、普段通っている美容室に相談して取り寄せてもらいました。
英語の情報とメディテーション
治療中の大きな支えになったのは、海外から発信されている情報でした。私は普段から英語を使って仕事をしているため、英語でがんに関する情報を調べました。日本語のサイトはどうしても高齢者向けの情報が多かったり、内容が極端に深刻だったりして、自分の状況に合うものを探すのが難しかったからです。
特に参考になったのは、オーストラリアやアメリカの当事者が発信している動画でした。「キャンサージャーニー」という言葉があるように、がんをひとつの旅として捉え、治療中の生活の質をどう保つかというポジティブな発信が多かったです。
また、アメリカの大学などが提供しているがん患者向けのメディテーション(瞑想)のアプリもよく利用しました。病室や自宅で静かに音声を聞きながら、病気に対する考え方や心の保ち方を学びました。こうした情報は、病院で提供される医学的な説明を補完する形で、私のメンタル面を支えてくれました。
治療後の喪失感と忘れることへの恐怖
2025年の3月に、すべての抗がん剤治療を終えました。治療が終わった直後は、もちろん嬉しかったのですが、同時に不思議な喪失感のようなものも感じました。それまでは2週間に1回、病院に通って「生きること」に必死でしたが、その目標が急になくなったことで、これからどう過ごせばいいのか迷ってしまったのです。
現在、仕事にも復帰し、半年に1回の経過観察を続けています。2026年1月のCT検査でも異常はなく、再発はしていません。ただ、手足のしびれは今も残っています。ヨガに行っても足先の感覚が鈍く、片足で立つのが難しいこともあります。また、記憶力が以前より落ちたように感じる「ケモブレイン」のような症状もあり、仕事中にふと情報が抜け落ちることに不安を感じることもあります。医学的にははっきりとした原因はわからないと言われますが、当事者としては確かな変化を感じています。
今、私が一番恐れているのは、がんの再発よりも「がんを経験して得た感覚を忘れてしまうこと」です。治療中は、一日一日に感謝し、周囲の人の優しさを深く噛み締めていました。大きな病院でも、がん専門看護師さんが採血の時にしっかりと目を見て「頑張りましたね」と声をかけてくれる。そんな些細なことに、これまでにないほど感謝していたのです。
しかし、忙しい日常に戻ると、その時の謙虚な気持ちや感謝が薄れていくのを感じます。2度目の人生をもらったつもりでいるのに、また以前のように時間に追われ、不満を抱く自分に戻るのが怖いのです。だからこそ、自分の体験を言葉にしたり、海外の当事者動画を時折見返したりして、あの時の感覚を忘れないようにしています。
がんと向き合いながら、セカンドステージを歩む
がんになったことは、決して良かったとは言えません。でも、がんにならなければ出会えなかった人や、知ることのなかった世界があるのも事実です。治療が終わった後に、原宿にある抗がん剤経験者向けのヘアサロンを見つけ、エクステンションをつけたことで前向きになれたのもそのひとつです。
現在は、後遺症と付き合いながら、以前のような生活を取り戻しつつあります。自分の体調を優先しながらも、教壇に立ち、学生たちと向き合う日々は、私にとって大切なセカンドステージです。これからも、自分らしい歩き方で、一日一日を大切に過ごしていきたいと思っています。
これからがんと向き合う方へのメッセージ
今、がんの治療をされている方、そしてこれから向き合おうとしている方にお伝えしたいことがあります。
自分に勇気をくれる情報を見つけてください
治療について調べすぎると、かえって不安になることもあるかもしれません。でも、自分を勇気づけてくれる情報に出会うことは、治療に向かう力になります。日本語の情報だけでなく、最近はAIによる翻訳も精度が上がっていますので、海外の当事者の動画やアプリなども活用してみてください。さまざまな生き方を知ることで、選択肢が広がるはずです。
医療スタッフを信頼し、自分の思いを伝えてください
私は、がん専門看護師さんや主治医の先生との何気ない会話に何度も救われました。不安なこと、辛いことは遠慮せずに伝えていいのだと思います。病院には、医学的な治療だけでなく、メンタル面を支えてくれるスタッフもいます。1人で抱え込まず、周囲のサポートを最大限に活用してください。
自分らしさを保つ工夫を大切にしてください
治療中はどうしても患者としての時間が長くなりますが、好きな仕事、趣味、あるいは外見のケアなど、自分らしさを保てる時間を少しでも作ってください。私にとっては仕事がそうでした。がんになっても、あなたの人生の主役はあなた自身であることを忘れないでください。