写真はイメージです。(AIによる生成)プロフィール
お名前:コジロウさん(ニックネーム)
年代:60代
性別:男性
家族構成:妻と2人暮らし(子どもは独立)
仕事:嘱託職員(診断時は会社役員)
がんの種類:肺がん
診断時ステージ:ステージ4
診断年:2014年
現在の居住地:広島県(診断時は他県で他県で単身赴任)
※本体験談は、患者さん個人の経験に基づくものです。治療の経過や副作用、生活への影響には、個人差があります。医療的な判断や治療方針の決定の際には、必ず医師・医療従事者にご相談ください。
2014年の秋、健康診断をきっかけに、コジロウさんの人生は一変しました。自覚症状が全くない中で告げられたのは、肺がんのステージ4という厳しい現実でした。当時は「がんは治らない」「抗がん剤は苦しいだけ」という極端な情報に翻弄され、一時は治療をしない選択肢さえ考えたといいます。しかし、大学病院での治験との出会いを機に、コジロウさんは「絶対に諦めない」という強い意志を持って、10年以上にわたるがんとの共生を続けてきました。最新の医療を自ら学び、主体的に治療を選択し続けてきたその歩みについてお話しいただきました。
健康診断で見つかった自覚症状のない影
私が肺がんと診断されたのは、2014年のことでした。当時、私は仕事で他県に単身赴任しており、会社員として忙しい日々を送っていました。健康状態には自信があり、体に痛みや違和感を覚えることも全くありませんでした。そのため、毎年9月に受けていた健康診断も、あくまでルーチン作業のひとつとして捉えていました。
しかし、その年の胸部レントゲン検査の結果は、これまでとは異なるものでした。「肺に影がある」という指摘を受け、すぐさま精密検査が必要だと告げられました。要精密検査の指示に従い、私は単身赴任先にある大学病院を受診しました。そこで行われたのは、血液検査やCT検査、そしてさらに詳しく調べるための生検でした。生検では肺の組織を採取し、がん細胞の有無や種類を特定しました。
検査を重ねた結果、突きつけられた現実は想像以上に重いものでした。右の肺に4cmほどの大きさの腫瘍が1つと2cmほどの腫瘍が1つ、計2つ見つかり、さらに右脇のリンパ節にも転移が見られました。肺の表面にも、播種が確認されました。医師から告げられた診断は、肺がんのステージ4でした。
治療拒否の迷いと治験という一筋の光
診断を受けた当初の私の心境は、絶望に近いものでした。自分でインターネットを使って調べれば調べるほど、ステージ4の肺がんがいかに厳しい状況であるかという情報ばかりが目に入ってきました。また、当時は「抗がん剤は効かない」「副作用でかえって命を縮める」といった極端な意見を記した書籍や情報も世の中に溢れており、それらに強く影響を受けてしまった時期でもありました。
主治医からは「完治は難しいです。抗がん剤を使った延命治療となります」という説明を受けました。それに対し、私は「どうせ治らないのであれば、激しい副作用に苦しみながら数か月長く生き延びるよりも、治療をせずに残された時間を静かに過ごしたい」とさえ考えるようになりました。実際に、治療を受けないという選択肢を数日間、真剣に検討したほどです。
そんな折、大学病院の先生からひとつの提案がありました。それが、当時まだ新しい治療薬であった免疫チェックポイント阻害薬の治験への参加でした。従来の化学療法(殺細胞性抗がん剤)とは異なり、新しい仕組みの薬であると説明を受けました。
私はそれまで治験というものに対して具体的な知識を持っていませんでしたが、治験コーディネーターの方や主治医から丁寧に説明を受けるうちに、ネガティブなイメージは期待感へと変わっていきました。従来の抗がん剤への強い抵抗感があった私にとって、免疫チェックポイント阻害薬という新しい選択肢は「これなら受けてみたい」と思える、唯一の希望の光に感じられたのです。
2年間の治験を経た数年後、再び試練が
2014年12月から、私は大学病院で免疫チェックポイント阻害薬の治験に参加することになりました。最初は薬剤の適合性や副作用を確認するため、2週間程度の入院生活を送りました。驚いたことに、懸念していた副作用はほとんど現れず、入院生活を終えてすぐに仕事へ復帰することができました。
治療の効果は目覚ましいものでした。4cmほどあった腫瘍は、治療を続けるうちに1cm程度まで縮小し、リンパ節の腫れも消失しました。この治験は2年間継続することになっていましたが、その間、私は単身赴任を続けながら、何ら支障なく会社に出勤することができました。副作用が軽微であったおかげで、周囲に過度な心配をかけることなく、治療と仕事を両立できたのは非常に幸運なことでした。
しかし、2年間の治験期間が終了し、治療を一旦休止して経過観察に入ってから数年後、再び試練が訪れました。2018年の、定期検査で再発が確認されたのです。
再発と聞いた際、私は「やはりそう簡単にはいかないか」という思いと同時に、「一度効いた薬なら、もう一度使えばまた抑えられるはずだ」という前向きな気持ちも持っていました。当時の規定では、治験終了後の再発であれば再投与が可能であったため、2018年6月から、再び免疫チェックポイント阻害薬による治療を開始しました。
繰り返す再発と強い副作用
再開した治療も当初は順調に進み、数値も安定していましたが、今度は2か月ほどで再び数値が悪化し始めました。がんが薬に対して耐性を持ってしまったのか、以前のような効果は得られなくなっていました。
そこからは、ありとあらゆる治療を模索する日々が始まりました。大学病院の主治医と相談し、新たに見つかった左側のリンパ節転移に対して手術を2回行い、さらに放射線治療も行いました。
2021年3月からは、シスプラチンとアリムタによる併用療法を行っていましたが、検査の結果、特定の遺伝子変異が見つかったため、2021年8月にソトラシブという新しい分子標的薬の治験への参加を提案され、私は迷わずそれにも参加しました。しかし、残念ながらこの薬の効果は認められず1か月後の10月には治験が終了しました。
たびたび治療が変更になり、2022年1月には、かつて避けていた殺細胞性抗がん剤を使わざるを得ない状況になり、た。私はドセタキセル単剤療法を受けました。この時、初めて本当の意味で抗がん剤の副作用の洗礼を受けました。激しい吐き気、これまでに経験したことのないような倦怠感、そして下痢。仕事への影響は最小限に抑えようと努めましたが、肉体的な消耗は激しく、「これがかつて本で読んだ、抗がん剤の苦しみか」と実感しました。
主治医からは「この薬で病気を治すことはできません」とはっきり告げられました。大学病院で提案できる治療の選択肢がほぼ尽きかけていました。他県での長きにわたる単身赴任生活と闘病生活は、限界に達しようとしていました。
単身赴任生活を終え、家族のいる広島へ
2022年3月、私はある決断を下しました。単身赴任生活を終え、家族のいる広島へ戻り、地元の病院で治療を続けることにしたのです。大学病院の主治医からも「どこへ行ってもいいですよ。ご家族のそばで過ごすのが一番です」と言われました。
広島に戻り、地元の総合病院を受診した際、私は自ら調べていた新しい薬物療法を希望しました。地元の病院の先生は私の意を汲み、「やってみましょう」と受け入れてくれました。
この時、私の病状は非常に悪化しており、左脇の転移巣からはがんが皮膚を突き破って外に露出し、体液が絶え間なく溢れ出す状態になっていました。毎日2回はガーゼを取り替えなければならないほどで、余命数か月という言葉が現実味を帯びていました。
そのため、薬物療法と同時に、がんが露出した部位に対して「モーズペースト」という薬剤を用いた処置を行いました。これは手術不能な進行がんの自壊(潰瘍)に対し、止血、消臭、症状緩和を目的に行われるものです。この処置が私にとっては転換点となりました。モーズペーストを患部に塗ると、激しい痛みを伴いましたが、それと引き換えに露出したがん細胞が死滅していきました。
2022~2023年に2回受けた薬物療法後は、一切の治療を行っていません。それから3年以上が経過した現在、私の体からはがんの勢いが消え、数値も極めて安定しています。現在は3か月に1度の経過観察に通うだけで、平穏な日常生活を送ることができています。
環境を変えること、そして「主体性」を持つことの重要性
この12年間の闘病を振り返り、私が最も重要だと感じているのは「主体性を持つこと」「環境を変えること」とです。
かつての私は、単身赴任で不規則な生活を送り、長時間労働という強いストレスにさらされていました。病気になってからも当初は同じ環境で仕事を続けていましたが、広島に戻り、家族のそばで穏やかな時間を過ごすようになったことが、よかったと思っています。現在は嘱託社員として、無理のない範囲での勤務に調整してもらっています。週に数回程度の勤務に変え、残りの時間は自然豊かな実家の周りを散歩したり、山や川を眺めたりして過ごしています。
また、治療についても「医者任せ」にしないことを徹底してきました。最初の治験への参加から、再発時の治療提案、そして広島での新しい試みまで、私は常に自分で調べ、納得した上で選択してきました。ステージ4であっても、がんは「治る可能性のある病気」と信じ、自分自身が「治す」という主体性を持って取り組むことが大切です。
これからがんと向き合う方へのメッセージ
今、がん治療をしている方にお伝えしたいことがあります。
自分が治療の「主体」ということを忘れないでください
医師や薬にすべてを委ねるのではなく、自分自身の病気について主体性を持って取り組んでください。医療は日々進化しており、数年前にはなかった薬や知見が次々と生まれています。インターネットや書籍で最新の情報を学ぶことは、不安を希望に変える力になります。自分で納得して選んだ治療であれば、どんな結果になっても前向きに向き合うことができます。
「絶対に諦めない」という強い意志を持ってください
「余命数か月」と言われたり、「もう治療法がない」と言われたりしても、そこで立ち止まらないでください。がんは必ずしも死に直結する病気ではありません。「がんは治る病気だ」という強い意志を持ち続け、諦めないでください。
働き方と環境を見直し、心穏やかに過ごしてください
肉体的な治療と同じくらい、精神的な環境を整えることは重要です。無理な長時間労働やストレスのかかる生活は、知らず知らずのうちに体力を削ります。勇気を持って仕事のペースを落としたり、リラックスできる自然豊かな場所へ足を運んだりしてみてください。心が豊かであれば、がんと共に生きる力も自ずと湧いてきます。今の自分にとって最も心地よい環境を、自分自身で作ってあげてください。