写真はイメージです。(AIによる生成)プロフィール
お名前:かずりんさん(ニックネーム)
年代:60代
性別:男性
家族構成:妻と2人暮らし(子ども2人は独立)
仕事:商社勤務(理事)
がんの種類:濾胞性リンパ腫
診断時ステージ:ステージ4
診断年:2023年
現在の居住地:宮城県(診断時は埼玉県)
※本体験談は、患者さん個人の経験に基づくものです。治療の経過や副作用、生活への影響には、個人差があります。医療的な判断や治療方針の決定の際には、必ず医師・医療従事者にご相談ください。
2022年の秋、60歳という人生の節目を迎えた直後に、かずりんさんの体に異変が現れました。倦怠感や足のむくみといった些細な変化をきっかけに受けた精密検査で、濾胞性リンパ腫と診断されました。埼玉県から宮城県へと拠点を移し、最先端の治療や治験に自ら進んで飛び込んだかずりんさん。再発や合併症、治療の中断といった幾多の困難に直面しながらも、常に「自分で決める」という姿勢を崩さず、冷静に病と向き合い続ける日々の道のりについてお話しいただきました。
60歳の節目に訪れた痛みなき異変
私は2022年の5月に60歳の誕生日を迎えました。長年勤めた会社を一度定年退職し、その後は再雇用という形で仕事を続けていました。異変を感じ始めたのは、その直後の6月ごろのことです。それまで大きな病気とは無縁で、歯科や接骨院に通う程度だった私にとって、体に感じる倦怠感はこれまでにない感覚でした。
7月になると足にむくみが出るようになり、8月には頻尿の症状も現れました。最初は「年齢のせいかな」とも思いましたが、念のため近所の皮膚科や泌尿器科を受診しました。しかし、そこでは明確な原因はわからず、体調の悪さが続いていたため、11月26日に人間ドックを受けました。自分の中では「少し詳しく調べておこう」という程度の認識でしたが、その日の最後に受けた内科の問診で、状況は一変しました。
医師から「悪性リンパ腫の可能性が非常に高いです。すぐに血液内科で精密検査を受けてください」とその場で告げられたのです。検査の結果、内臓の周りにあるリンパ節が腫れており、首や脇の下も同様の状態であることが判明しました。特に右の脇の下にはピンポン玉くらいの大きさの腫れがありました。私自身、痛みなどの自覚症状が一切なかったため、それまで全く気づいていませんでした。
12月7日に人間ドックを受けた病院の血液内科を受診し、骨髄穿刺などの検査を行いました。さらに20日には外科で右頸部のリンパ節を摘出する手術を受け、病理検査に回しました。年が明けた2023年1月、正式に濾胞性リンパ腫という診断が下りました。がんは骨髄にも病変が及んでおり、ステージ4の状態であると説明されました。
治療環境の選択と仙台への拠点移動
診断を受けた病院からは、ステージ4なので一刻も早く治療を始めるべきだと言われました。しかし、私は提案された内容をそのまま受け入れるのではなく、自分が最も納得できる環境で治療を受けたいと考えました。そこで、仙台に住む親戚に相談したところ、宮城県にある大学病院の存在を知りました。抗がん剤治療が始まれば、自分で車を運転して通院することは困難になります。自宅からその病院に通うとなると、公共交通機関を乗り継いで1時間以上かかります。感染症のリスクを抑えるためにも、人混みを避け、徒歩や自転車で通える環境を最優先に考え、仙台の親戚宅に身を寄せて治療を受けることを決めました。
2023年2月10日、大学病院を初めて受診しました。大学病院のような大きな施設では、最初は若い先生が担当されることが多いのですが、14日の2回目の診察では、後に血液内科長になられる女性の先生が担当してくださいました。その際、一緒に治験コーディネーターの方が同席しており、治験への参加を提案されました。
提案されたのは、従来のR-CHOP療法で使用されるリツキシマブという薬剤の、点滴ではなく皮下注射による投与を確認する第3相試験でした。通常の点滴では2時間半ほどかかりますが、皮下注射であれば6分程度で終わります。欧米ではすでに承認されている薬剤であり、治験の最終段階である第3相ということで、安全性についても自分なりに納得できました。また、担当の治験コーディネーターの方が元看護師で、非常に信頼できる方だったことも決め手となり、その場で治験に参加することを即決しました。
治験への参加と想定外の合併症
治療は3月から始まりました。初回は薬剤が体に合うかを確認するため、3泊4日の入院をして点滴で投与されました。2回目も経過観察のため入院しましたが、そこからは予定通りお腹への皮下注射に切り替わりました。皮下注射は痛みもほとんど感じず、処置時間も大幅に短縮されました。これは患者だけでなく、医師や看護師の負担軽減にもつながる素晴らしい方法だと感じました。
副作用については、1回目の投与から3週間ほど経った2回目の入院時に、髪の毛が抜け始めました。覚悟はしていたので、病院内の理容室ですぐに坊主にしました。一方で、抗がん剤特有の激しい吐き気などは、処方された吐き気止めがよく効いたのか、ほとんど感じませんでした。食欲も落ちることなく、順調に治療を継続できました。
ただ、この時期に別の問題が発生しました。私は以前から痛風の持病があり、治療の影響で尿酸値が急激に変動したせいか、激しい痛風発作に襲われました。がんの治療そのものよりも、この痛風の痛みの方が辛かったかもしれません。しかし、回数を重ねるごとに数値も安定し、次第に発作は収まっていきました。
治療は全8回の予定で、当初の6回はR-CHOP、残りの2回はリツキシマブのみという計画でした。2023年9月のPET-CT検査では、見た目上の腫瘍が消える「完全奏効」に近い状態となり、10月からは2か月に1回、維持療法として皮下注射を受ける段階に入りました。
しかし、2023年の夏ごろから、今度は胆管結石の症状が出始めていました。結石が原因で胆嚢炎も併発し、内視鏡手術(ERCP)で石を取り除いたり、出口を広げたりする処置を繰り返しました。最終的には10月に胆嚢を全摘出する手術を受けました。この治療を優先するため、残念ながら治験は中止せざるを得なくなりました。治験には厳格なスケジュール管理が必要なため、他の手術や病気が重なると継続が難しくなるのです。
治験が中止になったときは、まるで学校を退学させられたような、そこで道が途切れてしまったような寂しさを感じました。さらに12月にはインフルエンザA型にも罹患し、体調が不安定な時期が続きました。そうしているうちに、首のリンパ節が再び腫れてきていることに自分で気づきました。嫌な予感がしましたが、2024年2月の検査で再発が確定しました。
再発、そして新たな治療の模索
再発後は、レブラミドという内服薬とリツキシマブを併用する治療を4月から開始しました。しかし、この治療では発熱や体調不良といった副作用が強く出た割に、CT検査の結果では腫瘍に変化が見られず、効果が不十分であると判断されました。そのため、7月でこの治療を中断し、8月からはGB療法に切り替えました。これはガザイバとベンダムスチンという薬剤を組み合わせたものです。
この治療を続けていくうちに、今度は血管の確保が困難になってきました。何度も点滴の針を刺し直す負担を減らすため、10月には左腕にCVポートを埋め込む手術を受けました。現在はここから薬剤を投与しています。しかし、このGB療法も順風満帆ではありませんでした。12月の治療予定時に好中球が急激に減少し、治療が延期になりました。年が明けてからも数値が戻らず、さらに延期を余儀なくされました。
幸いなことに、12月の検査では再び腫瘍が見えなくなっていました。そのため、主治医と相談し、ベンダムスチンの投与は4回で終了とし、2025年2月からはガザイバ単体による維持療法に切り替えることになりました。現在は2か月に1回のペースで通院しています。
家族、仕事、そして「今」を生きる心構え
診断を受けた際、私は家族にはすぐには伝えませんでした。長男の結婚式や親戚の法事が控えていたため、皆を不安にさせたくなかったからです。結局、家族に話したのは2月の初回受診の直前でした。一方で、会社に対しては最初からすべてをオープンに報告しました。精密検査や入院で休みを取る必要があったからです。
幸運だったのは、私の役職が理事であり、時間管理をされない立場だったことです。在宅でのフルリモートワークが認められ、体調が良いときにはしっかり働き、治療や副作用で辛いときには横になりながら調整するという働き方ができました。もし一般的な勤務形態であれば、傷病手当金をもらって休職していたでしょうが、仕事を続けることで社会とのつながりを保てたことは、精神的な支えになりました。
がんとの向き合い方は、人それぞれだと思います。私は、自分の病気について徹底的に調べ尽くすタイプです。主治医が多忙で詳しく聞けないときは、治験コーディネーターの方に相談し、そこから得た知識を自分でもインターネットなどで補完しました。血液検査の結果もすべてコピーをもらい、数値の推移を自分でチェックしています。かつては医療とは無縁の生活でしたが、今では臨床検査技師や看護師の方々の仕事内容にも興味を持つようになりました。
現在は、感染症を避けるために人混みへの外出は控えています。以前楽しんでいたサッカーやスキューバダイビングといった趣味も、今は中断しています。長距離を歩くと息が切れることもあり、体力の衰えを感じることもあります。しかし、自宅で犬と一緒に過ごし、リモートで仕事をこなす今の生活に、一定の納得感を持っています。
現在の私の目標は、来年5月に65歳で迎える仕事の更新まで、しっかりと勤め上げることです。また、少しずつオフィスへの出社を再開したいと考えています。再発への不安が完全に消えることはありませんが、自分で選んだ病院で、自分で納得して選んだ治療を受け続けているという自負があります。それが、今の私の生きる力になっています。
これからがんと向き合う方へのメッセージ
今、がんと診断され、不安の中にいる方にお伝えしたいことがあります。
病院や治療の選択は、自分で責任を持って決めてください
医師に言われるがままではなく、自分にとって何が最優先事項かを考え、病院や治療法を選んでください。私は通院の利便性と医療体制を考慮して選びました。自分で決めたという自覚があれば、治療の結果がどうであれ、誰かのせいにすることなく前向きに病気と向き合うことができます。
自分の病気と治療に、強い関心と興味を持ってください
病気を怖いものとして避けるのではなく、1つの研究対象のように興味を持って調べてみてください。私は自分の採血データを詳細に分析し、医療スタッフの役割まで理解しようと努めました。正しく知ることは、漠然とした恐怖を具体的な対策へと変えてくれます。
覚悟を決め、周囲に話すことも考えてみてください
私は自分の病状を会社や取引先にフルオープンにしました。隠し事がない状態はストレスを減らし、周囲の理解と協力を得やすくしてくれます。また、万が一の準備を済ませ、自分なりの覚悟を決めることで、かえって「今この瞬間」を生きることに集中できるようになります。