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子宮体がん、腹膜播種再発でも母と愛犬のために準備を整え前向きに生きる

[公開日] 2026.03.26[最終更新日] 2026.03.18

写真はイメージです。(AIによる生成)
プロフィール お名前:ちゃちゅらさん(ニックネーム) 年代:60代 性別:女性 家族構成:母と2人暮らし 仕事:編集者(フリーランス) がんの種類:子宮体がん 診断時ステージ:ステージ3C 診断年:2022年 現在の居住地:東京都
※本体験談は、患者さん個人の経験に基づくものです。治療の経過や副作用、生活への影響には、個人差があります。医療的な判断や治療方針の決定の際には、必ず医師・医療従事者にご相談ください。 2022年、ちゃちゅらさんは不正出血をきっかけに子宮体がんが発覚しました。緊急手術を経て、一度は治療を終えたものの、わずか数か月後の定期検査で腹膜播種が見つかります。予後が極めて厳しいとされる状況に直面しながらも、ちゃちゅらさんはフリーランスの編集者として培った情報収集能力と冷静な判断力で、自らの人生の「片付け」をひとつずつ進めました。高齢の母の介護、愛犬の将来、そして自分自身の最期。それらすべてに具体的な対策を講じ終えたとき、彼女の心には穏やかな前向きさが生まれました。現在も治療を続けながら、前向きに笑顔で過ごす日々についてお話しいただきました。

更年期だと思い込んでいた不正出血

私の異変は、2022年の春ごろから始まりました。不正出血があり、なんとなく体調がおかしいと感じていたのです。しかし、当時の私は更年期でしたので、その関連だろうと軽く考えていました。編集者という仕事柄、締め切りに追われる日々の中で、自分の体の優先順位をつい下げてしまっていたのです。 しかし、体調は徐々に悪化していき、貧血のような症状も出始めました。これはいよいよおかしいと感じ、ようやく重い腰を上げて区の子宮頸がん検診を受けることにしました。その際、オプションとして子宮体がん検診を追加しました。 検査のための器具を腟に入れた瞬間、自分でも驚くほどの大出血が起こりました。それまでも出血はありましたが、あのような勢いは初めてでした。幸いなことに、その日検査を担当していた医師が大学病院から派遣されていた先生で、すぐに「自分の病院へ搬送します」と判断してくれました。そのまま救急車に乗せられ、搬送先の総合病院で輸血を受けました。

緊急手術と一時的なストーマ造設

搬送された先の病院で、詳しい検査が行われました。まだ確定診断ではありませんでしたが、子宮に大きな腫瘍があり、非常に状態が悪いことは明らかでした。医師からはそのまま即入院、即手術を勧められました。 しかし、私にはどうしても帰らなければならない理由がありました。自宅には当時85歳になる高齢の母が1人で待っていたのです。母の食事の準備や、その後の生活体制を整えないまま入院することはできません。私は無理を言って、体制を整えるための5日間だけの猶予をもらいました。 5日後、再び病院へ戻った翌日に手術が行われました。子宮全摘に加え、がんがS状結腸近くまで浸潤していたため、大腸の一部も切除することになりました。腸の縫合不全や今後のリスクを考慮し、手術の際に人工肛門(ストーマ)を造設するかどうかを判断することになりました。婦人科の先生はできるだけ回避したいと考えていたようですが、外科の先生の判断により、私は一時的なストーマと共に、がんサバイバーとしての生活をスタートさせることになったのです。

順調と思われた後に腹膜播種が判明

手術の結果、私のステージは3Cであることがわかりました。周囲の組織に浸潤しており、かなり悪い状態ではありましたが、医師からは「これほどきれいに取れるとは思わなかった」と言われるほど、目に見えるがんは切除できたそうです。 術後は、再発予防のため3週毎6サイクルの抗がん剤治療を行いました。2023年の5月、すべての治療が終了し、CT検査でも問題がなかったため、「これでいったん治療は終了です。後は経過観察になります」と言われました。その時の安堵感は、今でも忘れられません。これでまた以前のような日常に戻れるのだと安心しました。 ところが、そのわずか3か月後の定期検査でした。CT画像を確認した医師が「なんだこれは」と声を上げたのです。そこには、2か所の腹膜播種が映っていました。 腹膜播種について調べると、その生存期間の中央値は数か月から2年半ほどという厳しい情報も目にしました。担当医も非常に深刻な面持ちで、ホスピスへの移行も視野に入れる必要があるといった趣旨の話をされ、私は大きなショックを受けました。つい数か月前まで、完治を信じていたのに、今度は余命を突きつけられたのです。

免疫チェックポイント阻害薬と分子標的薬の併用療法を決断

深刻な状況に陥った私に対し、がん治療を専門とする医師から提案されたのが、免疫チェックポイント阻害薬であるキイトルーダと、分子標的薬のレンビマを組み合わせた併用療法です。子宮体がんに対して保険適用となってまだ数年の、比較的新しい治療法でした。 その医師は「ちゃちゅらさんの場合、これが一番可能性のある治療法です。ただし、副作用があまりに強く出るようなら他の抗がん剤への変更の可能性もあります」と私に言いました。相談できる相手もいない私は、その場で即断しました。セカンドオピニオンを受ける時間すら惜しく、前を向くために目の前の治療にすべてを賭けることにしたのです。 この治療は、3週間に1度の点滴と、毎日の服薬を繰り返すものでした。実は、2025年の秋、現在の主治医から、この併用療法は通常35回(約2年間)を目安として行われるものだということを言われました。それまでは、この治療は生きるためにずっと続くと思っていました。

手足症候群、1歩も歩けないほどの激痛

キイトルーダとレンビマの併用療法の副作用は、想像を絶するものでした。特に私を苦しめたのがレンビマによる手足症候群です。足の裏の体重がかかる部分が真っ赤に腫れ上がり、その後、角質化しては剥がれるということを繰り返します。最もひどいときは1歩も歩けないほどの激痛でした。手も同様で、箸を持つのも、包丁を握るのも困難なほどでした。 他にも血圧の異常上昇や、甲状腺機能の低下、さらには尿タンパクの数値が上がるといった、さまざまな副作用に見舞われました。大学病院の利点を生かし、それぞれの症状に合わせてそれぞれの専門医を紹介してもらい、薬を細かく調整していきました。最終的にレンビマの服薬量は当初の1/4まで減らしましたが、それでもがんに対する効果は持続していました。 当初は大きな変化はなかったものの、2025年に入り、3か月ごとのCT検査のたびに、がんは少しずつ小さくなっていったのです。

母と愛犬を信頼できる人たちに託すことで生まれた心の安定

腹膜播種が見つかった当初、私は「自分が死んだ後、母と犬はどうなるのか」ということが、何よりも不安でした。順番としては、どちらも私が見送るはずだったのに、私が先に逝ってしまう。その現実に耐えられず、1か月ほどは1人で悶々と悩み、恐怖を感じていました。 しかし、私は次第に、起こり得る最悪の事態に対して具体的な対策を施すことに意識を向けるようになりました。 まず、親友が私のサポートを引き受けてくれて、毎月一度、家事の手伝いと犬の散歩に来てくれるようになりました。また、彼女の夫である税理士さんに遺言状の作成について電話で相談しました。そして「もしもの時、母をお願いできますか」と尋ねました。すると彼は、自分が成年後見人になることも可能だと言ってくれました。家を売却し、その資金で母を適切な施設に入れ、公的な支援もすべて引き受けると約束してくれたのです。その言葉を聞いたとき、私はがん罹患後初めて安堵のあまり号泣しました。 さらに、愛犬についても、私が先に逝った場合、トリマーの友人が「絶対に幸せにするから任せて」と引き取りを申し出てくれました。母のことも、愛犬のことも、自分が担っていた責任を信頼できる人たちに託せた瞬間、私の中からネガティブな感情が消えていきました。

支援制度に支えられた闘病生活

自由業である私にとって、治療費の問題も切実でした。キイトルーダやレンビマのような高額な薬剤を使い続けることは、本来なら経済的に非常に困難です。しかし、私は高額療養費制度に救われました。仕事が減ったことで所得区分が変わり、月の支払額が一定に抑えられたのです。 もしこの制度がなければ、手術に数百万、薬代が月に数十万かかるような治療を受けることはできず、今の私は生きていなかったかもしれません。社会保障制度によって命がつながれていることを、文字通り痛感しました。 ストーマについても、当初は「一時的なもの」と言われていましたが、腹膜播種の再発により、戻す手術の目処は立っていません。日常的な不便は多く、漏れの不安もありますが、専門の看護師さんと相談しながら、自分なりの工夫で付き合っています。子どものころからずっと犬を飼ってきたので、便の処理に対して心理的な抵抗が少なかったことも、幸いしたのかもしれません。

がん細胞にご馳走をあげないために

私は現在、キイトルーダの34回目の治療を終え、残り1回の予定です。4月の検査結果次第では、一度治療を休む「休薬」に入る予定です。不安がないわけではありませんが、まずは頑張ってきた自分の体を休ませてあげたいと考えています。 闘病中、私は自分に言い聞かせている言葉がありました。「汚い言葉と汚い感情は、がん細胞のご馳走である」ということです。ネガティブな感情を抱くと、がんにエネルギーを与えてしまう。だから、悔しいからこそ、がんにご馳走はやらない。そう思って、意識的に明るく、前向きに過ごすように努めてきました。 がんになってあらためて、自分の人生を振り返ることができたのもよかったと思います。バブルの時代も必死に働き、行きたい場所へ行き、やりたいことはすべてやってきました。仕事も全力でやり遂げてきました。今、私の人生が終わったとしても、決して悪くない人生だったと思えます。そう思えるようになったことが、私を強くしてくれました。 病棟の看護師さんの笑顔や、友人の優しさ、すべてを自分のエネルギーに変えて、これからも前向きに私らしく歩んでいこうと思います。

これからがんと向き合う方へのメッセージ

死を意識した私が、今だからこそ伝えられることがあります。 現実を受け止めたら、具体的な対処法を考えてください 死への恐怖や残される家族への心配。それらを抽象的な不安のままにしておくと、心は疲弊してしまいます。遺言、成年後見制度、仕事の整理など、ひとつずつ具体的な対策を講じてみてはいかがでしょうか。外堀を埋めるように準備が整うと、不思議と心には静かな覚悟と前向きさが生まれると思います。 周囲の優しさをすべて自分のエネルギーにしてください 1人で強くなろうとする必要はありません。医師や看護師の励まし、友人の気遣い、それらすべてを生きるための力として、遠慮なく受け取ってみてはいかがでしょうか。周りの人の笑顔を自分の力に取り込んでいくイメージを持つことが、がんに立ち向かう大きな武器になると私は思います。 周りにある小さな喜びや幸せを見つけて大きく膨らましてみませんか どんな悪くひどい状況にあっても、自分の周りにある小さな喜びや幸せを逃さずに感じてみてはいかがでしょうか。それを大事に受け止めて、そこに息を吹き込んで大きく大きく膨らませて、自分の心を喜びや幸せでいっぱいにする。心の中を、素敵なもの、好きなもの、きれいなものでいっぱいに満たす。その結果として「今が輝き、未来が輝き、穏やかな気持ちで楽しくて幸せな毎日が過ごせるのではないか」と私は考えています。
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