写真はイメージです。(AIによる生成)プロフィール
お名前:モコさん(ニックネーム)
年代:50代
性別:男性
家族構成:1人暮らし
仕事:大学教員
がんの種類:精巣がん
診断時ステージ:不明
診断年:2017年
現在の居住地:台湾(診断時は奈良県)
※本体験談は、患者さん個人の経験に基づくものです。治療の経過や副作用、生活への影響には、個人差があります。医療的な判断や治療方針の決定の際には、必ず医師・医療従事者にご相談ください。
2017年、突然の体の異変から始まったモコさんのがん闘病。希少がんである精巣がんと診断され、手術、そして1年後の再発に伴う抗がん剤治療を経験しました。大学教員として教壇に立ちながら、1人暮らしでどのように病と向き合い、現在の海外での教育活動に至ったのか。その冷静な判断の裏にあった葛藤と、現在抱いている仕事と私生活への思いについてお話しいただきました。
突然の異変からはじまった精巣がん闘病
2017年のことでした。当時、私は奈良県で大学教員として忙しい日々を送っていました。ある日、左側の精巣が突然大きくなっていることに気がつきました。痛みはありませんでしたが、明らかに左右のバランスが異なり、違和感を覚えたのを記憶しています。「これは何かあるな」と直感し、すぐに市内の泌尿器科クリニックを受診しました。
クリニックの医師は私の状態を一目見るなり、「精巣がんの疑いがあります。ここでは詳細な検査や治療ができないので、すぐに市内の総合病院を受診してください」と言いました。精密な検査を受ける前ではありましたが、医師の切迫した様子から、事態が深刻であることを察しました。
紹介された総合病院では、CT検査、採血、尿検査などが行われました。医師からの説明は簡潔で、「精巣がんの可能性が極めて高い」というものでした。精巣がんは、がん全体の中でも約1%程度とされる、いわゆる希少がんです。私自身、それまでこの病気についての知識はほとんどありませんでした。
医師からは、まずは腫瘍を摘出する必要があると言われ、手術を勧められました。私は念のため、手術以外の選択肢はないのかと尋ねましたが、医師の答えは明確でした。がんを早急に切り取らなければ、他の臓器へ転移するリスクが高いという説明を受け、私はその場で手術を受ける決心をしました。
手術後1週間、再び教壇に立つ日常
手術が決まり、私は職場である大学に連絡を入れました。幸い、手術自体は1時間程度で終わり、入院期間も数日、自宅療養期間を含めての1週間程度で済むという見通しでした。そのため、周囲には詳細な病名は伏せ、「1週間、手術のために休みます」という事務的な報告だけで済ませました。
9月に行われた手術は無事に終わりました。術後の経過も良く、月曜日に手術をして木曜日には退院することができました。退院後、2、3日は自宅で静養しましたが、翌週には職場に復帰しました。摘出した組織の病理検査の結果、腫瘍は精巣内に収まっており、その時点では他の部位への転移は見られないという診断でした。
医師からは、再発を防ぐための治療として、1か月ほどの抗がん剤治療を提案されました。しかし、10月の治療開始直前に行われた詳細な検査で、再発リスクが低いことがわかりました。医師と相談した結果、「今の状態で無理に強い薬を使う必要はないだろう」ということになり、抗がん剤治療は行わず、定期的な検査による経過観察を続けていくことになりました。ひとまずの安心を得た私は、再び以前と変わらず教壇に立つ日常に戻っていきました。
1年後の転移、4か月にわたる抗がん剤治療
手術からちょうど1年が経過した2018年9月のことでした。定期検査の結果が、穏やかな日常を一変させました。おなかの大動脈の脇にあるリンパ節(傍大動脈リンパ節)に転移が見つかったのです。腫瘍の大きさは3cmほどになっていました。
「やはり、きたか」という思いでした。精巣がんは再発のリスクが高いことは理解していましたが、実際に告げられると、言葉にできない重圧を感じました。今回は、1年前とは異なり、本格的な抗がん剤治療を避けることはできません。
治療方針として提示されたのはEP療法と呼ばれるものでした。2種類の抗がん剤を組み合わせ、3週間を1クールとし、これを計4クール行う計画です。各クールの最初の5日間は入院して連続して薬剤を投与し、残りの期間は自宅で様子を見るというサイクルを繰り返しました。
9月から始まったこの治療は、私の体に大きな負担を強いました。1番つらかったのは、激しい倦怠感です。体が鉛のように重く、全体的にだるくて何もする気が起きない状態が続きました。起き上がれないほどではありませんでしたが、あらゆる動作が億劫になり、自分の体ではないような感覚に陥りました。また、副作用によって髪の毛も抜け落ちました。手足に軽いしびれもありましたが、幸いにも日常生活に支障をきたすほどではありませんでした。
仕事に関しては、4か月の休職を余儀なくされました。大学の教員として代わりの先生を見つけなければならなかったため、この時は所属部署に病状をありのままに伝えました。学生たちにも、治療のために長期不在にすることを説明しました。幸いにも、大学側のサポートもあり、治療に専念できる環境が整えられたことは大きな救いでした。
1人暮らしでの闘病と情報の取捨選択
私は1人暮らしをしていますが、この闘病生活において1人であることが特に不便だと感じることはありませんでした。入院中の洗濯や身の回りのことも、短期間の入院を繰り返すスタイルだったため、すべて自分自身でこなすことができました。動けないほどの副作用が出なかったことも幸運でしたが、自分のペースで療養生活を管理できることは、私にとってはむしろ気楽な面もありました。
希少がんであるため、インターネットで検索しても情報は決して多くは見つかりませんでしたが、エビデンスを重視する姿勢を貫きました。そのため、科学的根拠のないサプリメントや民間療法などの情報もありましたが、目が向くことはありませんでした。
一番気になったのは、精巣がんの原因です。「なぜこの病気になったのか」という原因については、生活習慣との関連が気になり調べましたが、医師から「なる人はなります。生活習慣はあまり関係ありません」と言われたことで、自分を責める気持ちを整理することができました。
少ないながらも情報を咀嚼し、自分の中で納得した上で治療に臨む。このプロセスがあったからこそ、主治医を信頼し、4クールの抗がん剤治療を完遂できたのだと思います。2019年1月の末、すべての治療を終えた後の検査で、傍大動脈リンパ節の腫瘍は消えていることが確認されました。
台湾への赴任と変化した価値観
治療終了から数年が経ち、現在は半年ごとの定期検査を続けています。再発から7年半が経過しようとしていますが、今のところ予後は良好です。2024年8月からは、交換教員として台湾の大学に赴任しています。
現在は日本を離れているため、本来受けるべき半年ごとの検査は一時的に休止していますが、それに対する不安は以前ほど大きくありません。時間が解決してくれたのか、あるいは今の生活が充実しているからか、がんという病気が自分の生活の主役ではなくなってきたのを感じています。もちろん、検査が近づけば今でも緊張しますが、日常の中で病気のことを忘れて過ごせる時間が増えたことは、大きな前進だと思っています。
この病気を経験して、私の価値観は少しずつ変化しました。以前は仕事中心の生活でしたが、今は「仕事ばかりでは味気ない」と感じるようになりました。日々の与えられた仕事を責任を持ってこなすことはもちろん大切ですが、それと同じくらい、プライベートな時間を充実させることを意識しています。知らない土地へ出かけ、新しい景色を見る。そんな何気ない日常のひとときも楽しんでいます。
私は、標準治療を信じて治療を続けてきました。あの時、自分の体の異変を見過ごさず、すぐに病院へ行った判断は正しかったと確信しています。これからも、自分の体と向き合いながら、無理に過去の自分に戻るのではなく、今の自分にできることを一つひとつ積み重ねていきたいと考えています。
これからがんと向き合う方へのメッセージ
今、がんの治療をされている方や、不安の中にいる方にお伝えしたいことがあります。
体の異変を無視せず、早期に専門医を受診してください
精巣がんに限らず、がんは早期発見が何より重要です。「少し腫れているだけだから」「痛みがないから」と自己判断するのは危険です。自分の体の変化を一番よく知っているのは自分自身です。違和感を覚えたら、迷わず医療機関を受診してください。
科学的根拠に基づいた情報を大切にしてください
インターネット上には根拠のない情報も多く存在しますが、そうしたものに振り回されないようにしてください。信頼できる医師と対話し、エビデンスに基づいた標準治療を信じることが、回復への一番の近道です。情報を自分で咀嚼し、納得して治療に臨むことが、心の安定にもつながります。
仕事以外の自分の時間も大切にしてください
がんは生活を大きく変えますが、病気だけが人生のすべてではありません。治療を続けながら、あるいは治療の合間に、自分が楽しいと思えることや、プライベートを充実させる時間を持ってください。その心のゆとりが、病と向き合い続ける力になると私は信じています。