写真はイメージです。(AIによる生成)プロフィール
お名前:コウさん(ニックネーム)
年代:30代
性別:女性
家族構成:両親との3人暮らし
仕事:配食サービス(高齢者向け弁当配達)
がんの種類:乳がん
診断時ステージ:ステージ1
診断年:2023年
現在の居住地:京都府
※本体験談は、患者さん個人の経験に基づくものです。治療の経過や副作用、生活への影響には、個人差があります。医療的な判断や治療方針の決定の際には、必ず医師・医療従事者にご相談ください。
30代で乳がんと診断されたコウさん。当初はステージ1という診断に安堵し、一刻も早い治療を望んで、最初に受診したクリニックでの手術を選択しました。しかし、そこから始まったのは、誤ったカルテ管理や標準治療とは異なる処置という、予期せぬトラブルの連続でした。不信感を抱きながら大学病院へ転院し、改めて標準治療を受けるまでの1年以上の葛藤と、自身の経験から得た教訓についてお話しいただきました。
胸のしこりに気づきながら、向き合うことができなかった日々
2022年の9月頃、自分の左胸に小さなしこりがあることに気が付きました。指先で触れるとはっきりとわかる硬い感触がありましたが、当時の私は「もしかしたら、がんかもしれない」という恐怖から目を逸らし続けていました。病院へ行って確定診断を受けるのが怖くて、数か月間、誰にも相談できずに一人で不安を抱えていました。
転機が訪れたのは2023年の4月でした。たまたま姉が乳がん検診を受けるという話を聞き、「それなら私も一緒に行ってみよう」とようやく重い腰を上げることができました。姉に背中を押されるような形で、乳腺専門のクリニックを2人で受診しました。
そのクリニックでマンモグラフィー検査を受け、さらには細胞を採取して詳しく調べる針生検を行いました。後日、結果を聞きに行くと、医師から「やはり乳がんでした」と告げられました。告知を受けた瞬間、頭が真っ白になるかと思いましたが、意外にも冷静な自分もいました。医師からは「手術をすれば大丈夫です」という力強い言葉があり、その時点では「早く切ってしまえば、すべてが終わるはずだ」と楽観的に捉えていたのです。
クリニックの医師からは、乳房を温存する手術と、手術中にリンパ節への転移を調べるセンチネルリンパ節生検を同時に行うという提案がありました。両親は、より設備が整った大きな大学病院やがんセンターへ行くことを強く勧めてくれました。しかし、大きな病院へ行けば再び最初から検査をやり直すことになり、手術までさらに2か月以上待たされる可能性があると聞きました。
当時の私は、とにかくこの不安な状態から一日も早く抜け出したいという一心でした。「ステージ1ならどこで受けても同じだろう」と考え、両親の反対を押し切るような形で、検査を受けたクリニックでそのまま手術を受けることに決めました。今思えば、この焦りがその後の大きなトラブルへの入り口となっていました。
狂い始めた歯車と、相次ぐ医療不信
2023年の5月9日、予定通りクリニックで乳房温存手術を受けました。手術自体は無事に終わり、懸念されていたリンパ節への転移も「陰性」だったと説明を受けました。入院期間は10日間ほどで、退院後は姉が経営する配食サービスの仕事にも少しずつ復帰できると考えていました。
しかし、術後の治療が始まってから、クリニックの対応に違和感を抱く場面が増えていきました。まず驚いたのは、ホルモン療法の注射のタイミングです。看護師さんが私のスケジュールを把握しておらず、毎回私の方から「今日は注射の日ではありませんか」と確認しなければならない状態でした。
決定的な出来事は、手術から半年が経過した頃に起こりました。私は将来に備えて、がんを経験した後でも加入できる「少額短期保険」に申し込もうと考え、クリニックに診断書の作成を依頼しました。ところが、手元に届いた診断書を見て言葉を失いました。そこには、私の病状とは全く異なる内容が記載されていたのです。
不審に思ってカルテの開示を求めたところ、さらに衝撃的な事実が判明しました。私のカルテに別人の検査結果が混ざっていたり、大学病院へ提供するための画像データに他人の名前や誤った生年月日が記載されていたりしたのです。命を預けている場所でのこうした初歩的なミスに、私は強い不信感を抱きました。さらに、治療費の計算にも度重なる間違いがあり、私はもうこのクリニックで治療を続けることはできないと確信しました。
大学病院への転院でわかった衝撃の事実
私は紹介状を書いてもらい、大学病院へと転院しました。そこで改めてこれまでの経緯を説明し、大学病院の先生にクリニックで受けた治療内容を確認してもらいました。そこで聞かされた言葉は、追い打ちをかけるようなショックなものでした。
「コウさん、これまでの治療は標準的なものとは少し異なりますね」
私の乳がんのサブタイプは、ホルモン受容体陽性かつHER2陽性でルミナルBでした。それにもかかわらず、前のクリニックではHER2に対する分子標的薬が処方されておらず、抗がん剤の種類も不十分だった可能性があると指摘されました。
さらにショッキングだったのは、温存手術を受けた後に当然行われるべき「放射線治療」が実施されていなかったことです。前の先生からは「毎日通うのは大変だし、受けても受けなくてもどちらでもいいよ」と言われていましたが、大学病院の先生は「コウさんの場合、乳房温存手術後の放射線治療は、原則行うのが標準的です」と言いました。
極めつけは2024年8月のことでした。大学病院での精密検査の結果、以前は「陰性」だと言われていたリンパ節に転移が見つかったのです。先生からは「前の手術での取り残しか、あるいはセンチネルリンパ節生検自体が正しく行われていなかった可能性がある」という見解を聞かされました。
せっかく早期で見つかったはずなのに、なぜこんなことになってしまったのか。自分自身の「早く終わらせたい」という焦りが、結果的に遠回りをさせ、病状を悪化させてしまったのではないかと、激しい後悔の念に駆られました。
振り出しに戻った再治療と、経済的な壁
そこから、私の本当の意味での「標準治療」が始まりました。2024年秋に、リンパ節郭清手術を受けました。その後、改めて適切な種類の抗がん剤治療を3か月間行い、並行して25回の放射線治療も行いました。
抗がん剤の副作用は想像以上に過酷でした。特にアレルギー反応が強く出たため、アレルギーを抑える薬を増量せざるを得ず、その副作用による猛烈な眠気に襲われました。仕事どころか、日常生活を送るのも精一杯という日々が続きました。また、髪の毛だけでなく、眉毛やまつ毛まで抜けてしまった自分の顔を鏡で見るのは辛いものでしたが、それ以上に「今度こそ正しい治療を受けている」という感覚が、私の心を支えていました。
しかし、再治療を続ける中で、別の大きな問題が立ちはだかりました。それは経済的な負担です。私は当初、がん保険に入っていませんでした。前のクリニックでの度重なる間違いのせいで治療費が膨らみ、さらには大学病院での再手術や再治療。高額療養費制度を利用しても、毎月の支払いは大変な負担となりました。
治療費を払うために働かなければならない、でも抗がん剤の副作用で体が動かない。貯金が底をついてしまうのではないかという不安は、がんそのものの不安と同じくらい切実なものでした。幸いにも、最初の手術から半年後に加入できた少額短期保険が、リンパ節転移の際の再手術で適用され、その給付金でなんとか急場をしのぐことができました。保険の重要性を、これほどまでに痛感したことはありませんでした。
医療者とのコミュニケーションという課題
現在、私はすべての標準治療を終え、ホルモン療法の薬を飲みながらの経過観察に入っています。再発の兆候はなく、体調も少しずつ落ち着いてきました。
ただ、今でもひとつだけ解消できていないことがあります。それは、医療者との信頼関係の築き方です。一度大きな医療不信を経験してしまった私は、今の大学病院の先生に対しても、心の底からすべてを委ねることができずにいます。
私はもともと、自分の意見を相手に伝えることがあまり得意ではありません。診察室で先生に向き合うと、「こんなことを聞いたら失礼ではないか」「お忙しいのに時間を取らせてはいけない」と考えてしまい、疑問に思っていることを飲み込んでしまうことがよくあります。一度、先生に勇気を出して相談したとき「その症状は、この治療では起こり得ないよ」と言われたことがあり、それ以来、さらに言葉を失ってしまいました。
コミュニケーションがうまくいかないと、情報の受け取り方にも齟齬が生じます。脱毛に関しても、髪の毛以外の毛が抜けることを私は知りませんでした。事前にパンフレットは渡されていましたが、詳しい説明がなかったため、眉毛が抜けたときのショックは大きなものでした。
現在はインスタグラムなどのSNSを通じて、同じ乳がんを経験した方々の投稿を参考にしています。ホルモン療法の副作用のホットフラッシュや関節痛への対処法、脱毛時期に使いやすい帽子の情報など、同じ目線でのアドバイスは非常に役に立っています。医師に聞きづらい細かな悩みについては、こうした患者同士の情報共有に救われているのが現状です。
後悔を力に変えて、今を生きる
2023年の診断から3年が経とうとしています。私のこれまでの闘病生活は、決して「理想的なモデルケース」ではありません。病院選びの失敗、不適切な治療期間、そして医療者とのコミュニケーションの難しさ。多くの後悔と挫折を経験してきました。
しかし、不信感を抱いた時点で転院を決断し、標準治療に戻ることができたのは、私自身の大きな一歩だったと考えています。現在は仕事にも復帰し、高齢者の方々にお弁当を届ける日常を取り戻しています。ホルモン療法の副作用による関節の痛みやほてりは、今や私の「当たり前の日常」の一部になりました。
あの日、前のクリニックのカルテの間違いを自分の目で見つけ、声を上げたこと。それは、自分の命を自分自身で守ろうとした最初の行動だったのだと思います。これからも再発への不安が完全に消えることはありませんが、自分自身の病状を理解しようとする姿勢を持ち続け、納得できる治療を選択していきたいと考えています。
これからがんと向き合う方へのメッセージ
今、がん治療をしている方にお伝えしたいことがあります。
納得できるまで調べ、冷静に判断することを大切にしてください
がんという診断を受けると、誰もがパニックに陥り、「一刻も早く治療を始めたい」と焦ってしまうものです。しかし、最初の決断こそがその後の長い治療生活を大きく左右します。医師の説明に少しでも違和感を覚えたり、提示された治療法が標準的なものかどうか不安に思ったりしたときは、一旦立ち止まってください。セカンドオピニオンを受けることは、決して医師に対する失礼な行為ではありません。納得できるまで情報を集め、自分自身が信頼できると感じる病院や医師を選んでください。
医療者への違和感は、放置しないでください
診察中に「何かおかしいな」と感じたり、事務的なミスが続いたりするとき、それは病院の体制そのものに問題があるサインかもしれません。私のように、カルテの管理ミスが治療の質に直結する場合もあります。質問しづらい雰囲気がある、話をしっかり聞いてくれないといった不満も、治療を継続する上では大きなストレスになります。どうしても解決できないときは、がん相談支援センターなどの相談窓口を活用したり、転院を検討したりするなど、自分を守る選択をしてください。
経済的な備えと、公的な支援制度を早めに確認してください
がん治療は想像以上にお金がかかります。治療費そのものだけでなく、通院費やウィッグ代など、細かな支出が積み重なります。まずは自分が加入している保険の内容を確認し、どのような給付が受けられるか把握してください。また、高額療養費制度や傷病手当金など、利用できる公的な支援制度については早めに病院のソーシャルワーカーに相談することをお勧めします。お金の不安を少しでも減らすことが、治療に専念するための大きな力になります。