写真はイメージです。(AIによる生成)プロフィール
お名前:かぼちゃぁさん(ニックネーム)
年代:70代
性別:男性
家族構成:現在は1人暮らし(診断当時は、母親と長男と同居)
仕事:パート(診断当時は、団体職員の管理職)
がんの種類:胃がん
診断時ステージ:ステージ1A
診断年:2012年
現在の居住地:山形県
※本体験談は、患者さん個人の経験に基づくものです。治療の経過や副作用、生活への影響には、個人差があります。医療的な判断や治療方針の決定の際には、必ず医師・医療従事者にご相談ください。
2012年、団体職員として管理職を務めていたかぼちゃぁさんは、職場の健康診断をきっかけに胃がんが見つかりました。交通事故による大怪我からの復帰直後という多忙な時期に重なった突然の告知。死への不安に襲われながらも、自ら情報を集め、納得のいく治療法を選択することで、前向きな気持ちで治療を受けました。手術から14年が経過した今、当時の決断がいかに現在の平穏な暮らしに繋がっているか、その経緯をお話しいただきました。
交通事故からの復帰直後、健康診断で告げられた「再検査」の通知
すべては2012年のことでした。当時の私は団体職員として、管理職の責任ある立場にありました。実はがんが判明する数か月前、私は不運にも交通事故に遭い、全身の骨折を伴う重傷を負って3か月ほど入院生活を送っていたのです。ようやく仕事に復帰し、少しずつ日常のペースを取り戻そうとしていた矢先のことでした。
職場の集団健康診断で受けた胃バリウム検査の結果、「胃壁に肥厚(ひこう)があるため、再検査を受けてください」という通知が届いたのです。最初はそれほど深刻には考えていませんでした。職場の近くにある、顔見知りの医師がいる診療所へ足を運び、「一応、念のために」という軽い気持ちで内視鏡検査を受けました。
検査をした医師も、当初は「よくあることだから大丈夫だよ」と話していました。しかし、数日後に突然、私の携帯電話にその医師から直接連絡が入ったのです。「結果が良くなかったので紹介状を書くから、すぐに来て欲しい」という、切迫した声でした。
「死」を意識した孤独な時間と、納得のための自己学習
紹介された総合病院で精密検査を受けた結果、下された診断は胃がんのステージ1Aでした。幸いにも早期の発見でしたが、当時の私にとって「がん」という言葉は、そのまま「死」を連想させるほど重いものでした。
家族や職場に余計な心配をかけたくないという思いから、周囲には平静を装っていましたが、通勤の車中で1人きりになると、どうしても暗い考えが頭をよぎりました。「もしかして、このまま死んでしまうのだろうか」「もしもの時に備えて、身の回りの整理をしておかなければならない」。銀行の通帳や印鑑の場所を確認し、整理を始めたのもこの頃です。告知から1〜2週間は、人生で最も悩み、孤独を感じた時間でした。
そんな不安を少しでも和らげてくれたのは、自分自身で病気について学ぶことでした。病院の売店や書店を回り、胃がんに関する書籍を数冊買い込みました。ネットの情報だけでなく、信頼できる本を読むことで、どのような治療の選択肢があるのか、自分の体の状態がどのようなものなのかを、客観的に把握しようと努めたのです。この時得た知識が、後の大きな決断を支えることになりました。
「内視鏡手術」か「外科手術」か。後悔しないための選択
治療方針を巡り、私は1つの選択を迫られました。総合病院の主治医からは、「かぼちゃぁさんの状態なら、体への負担が少ない内視鏡による切除も可能ですよ」という提案がありました。一方で、最初にかかった診療所の医師からは「ステージ1であっても、将来の再発リスクを軽減するために、外科手術で切除すべきだ」と言われていました。
「体への負担が少ない低侵襲な治療を選ぶべきか、それとも、より確実な外科手術を選ぶべきか」
私は主治医と何度も話し合いました。医師は私の意向を尊重してくれましたが、最終的には自分自身の納得感を優先しました。もし内視鏡手術を選んで、後から再発した時に「あの時切っておけば良かった」と後悔したくない。そう考えた私は、胃の上部3分の2と周囲のリンパ節を摘出する外科手術を選択しました。
手術は無事に成功しました。切除した組織を詳しく調べた結果、リンパ節への転移も認められず、医師からも「きれいに取り切れましたよ」と太鼓判を押されました。自分自身で学び、納得して選んだ道だったからこそ、手術室へ向かう時にはすでに迷いはなく、心は穏やかでした。
職場への復帰と、周囲の視線に対する「地方ならでは」の戸惑い
退院後は10日ほどで職場に復帰しました。管理職という立場上、長期の不在は避けたいという思いもありましたが、実は交通事故での長期入院によって有給休暇をすべて使い果たしていたという現実的な事情もありました。休んだ分だけ給料から差し引かれましたが、幸いにも交通事故の補償金があったため、経済的な不安は免れました。
職場では、部下たちに正直に状況を話しました。交通事故の直後にまた入院するとなれば、隠し通すのは不自然だと判断したからです。ただ、私が住む地域はいわゆる「田舎」で、病気に対する偏見や、家族への影響を気にする風潮がまだ残っていました。
実は、私の胃がん発覚の4〜5年前に母が食道がんを患い、一度は寛解したものの再発し、亡くなりました。こうした事情もあり、「あそこの家は母親もがんだし、息子も……」などという噂を立てられたくない。そんな思いから、必要以上に自分の病状を周囲に公表することは避けました。親しい友人に対しても、「ステージ1の早期だったから大丈夫だ」と簡潔に伝えるに留め、同情や特別な配慮を求めないよう努めました。普通に仕事をし、普通に振る舞うことが、平穏に暮らすための術でした。
胃を失った後の食生活と、14年経って今思うこと
手術で胃の3分の2を失ったことで、食生活には変化がありました。一度に食べられる量が極端に減り、食事の途中で満腹になってしまうのです。特に野菜などの繊維質は消化が難しく、よく噛んで食べなければならないという苦労もありました。
復帰直後は、仕事の合間にカバンに忍ばせたバナナなどをこっそり食べ、栄養を補給していました。こうした食生活も時間が経つにつれて自分なりのリズムができ上がっていきました。1〜2年もすれば、量は少なくとも、以前と変わらない食の楽しみを取り戻すことができました。
母親を食道がんの再発で亡くすという辛い出来事もあり、再発への不安がゼロだったわけではありません。しかし、定期的な検査を欠かさず、「自分で納得して手術を選んだ」という事実が、私を常に支えてくれました。
現在、私は70代になり、週に数日のパートで働きながら平穏な毎日を過ごしています。あの時、健康診断の通知を無視せず、そして自分自身で病気と向き合い決断したことが、今の私の命をつないでくれました。がんは決して他人事ではなく、誰の身にも起こり得ることです。だからこそ、正しい知識を持ち、悔いのない選択をすることが何よりも大切だと実感しています。
これからがんと向き合う方へのメッセージ
今、がんと向き合っている方に私の経験から伝えたいことがあります。
納得できるまで自分で勉強してください
医師任せにするのではなく、自分でも書籍などで病気や治療法について調べてみてください。正しい情報を得ることは、漠然とした不安を減らすことに繋がります。
後悔しない治療法を自分で選んでください
「あの時あっちを選んでいれば」という後悔は、後の不安を増大させます。医師と相談し、自分自身が一番納得できる方法を選択することが、前向きな療養生活の第一歩です。
医師を信頼して、安心して治療に臨んでください
自分で納得のいく決断ができたら、あとは医師を信頼して任せましょう。リラックスして治療に臨むことが、回復への近道だと私は信じています。