写真はイメージです。(AIによる生成)プロフィール
お名前:笑顔で元気さん(ニックネーム)
年代:60代
性別:男性
家族構成:妻と2人暮らし
仕事:会社員
がんの種類:前立腺がん
診断時ステージ:ステージ3
診断年:2018年
現在の居住地:東京都
※本体験談は、患者さん個人の経験に基づくものです。治療の経過や副作用、生活への影響には、個人差があります。医療的な判断や治療方針の決定の際には、必ず医師・医療従事者にご相談ください。
2018年、前立腺がんと診断された笑顔で元気さん。もともと40代から重い排尿障害(神経因性膀胱)を抱え、長年自らカテーテルを使った「自己導尿」を続けてきました。前立腺がんの診断時のグリソンスコアは高く、前立腺全摘除術を選択。その後、8年にわたり経過は良好でしたが、現在、PSA値が上昇し「PSA再発」の局面に立たされています。医療情報を自ら徹底的に精査し、主治医と対等な信頼関係を築きながらがんとともに生きてきた経緯についてお話しいただきました。
40代から始まった自己導尿とPSA値への疑念
私のがん体験の背景には、診断される20年以上前、私が40代の頃から始まった神経因性膀胱による排尿障害がありました。自力での排尿が非常に困難な状態で、1日に数回、自らカテーテルを尿道に挿入して尿を排出する「自己導尿」を生活の一部として続けてきました。
この自己導尿という行為は、カテーテルが前立腺を物理的に刺激するため、前立腺がんの腫瘍マーカーであるPSA値が上昇しやすいと聞いたことがあります。かかりつけのクリニックに通っていた際も、PSA値が基準値の4.0ng/mLを超えて5.0ng/mLや6.0ng/mLという数値を示すことがありましたが、そのたびに医師からは「自己導尿による刺激のせいだから、この数値は仕方ないね」「いずれ生検をやった方が良いよねぇ」と言われ続けてきました。私自身もその説明でいずれやらなきゃと思いつつ、数値の高さに慣れてしまっていた部分がありました。
しかし、心の中には「もし本当にがんが発生していたら、刺激のせいだと思い込んで見逃してしまうのではないか」という懸念もありました。医師とも「いずれは精密検査をしなくてはいけないね」という話はしていましたが、具体的な日程が決まることはありませんでした。
状況が急変したのは、2018年のことです。それまで一定の範囲内に収まっていたPSA値が、いきなり13.25ng/mLとなり、18.16ng/mL、26.84ng/mLと跳ね上がったのです。「これはただの刺激による数値ではない、間違いなくがんだ」と、これまでの予感が確信に変わった瞬間でした。
地元の総合病院で受けた生検の結果、前立腺がんが見つかり、ステージ3と診断されました。がんの悪性度を示すグリソンスコアは「4+5」の9という非常に高い数値でした。10点満点中の9点というのは、悪性度が高く進行の早いがんであることを意味します。画像診断の結果、骨などへの転移は見つかりませんでしたが、早急な治療が必要な状態であることは明らかでした。
迷いなき手術の選択とがん専門病院への転院
前立腺がんと確定した際、不思議と大きな動揺はありませんでした。父を大腸がんで亡くしていたこともあり、いずれ自分もがんになる可能性は覚悟していたからです。「誰のせいでもない、自分の運命だ」とすぐに受け入れることができました。当時の私は、中途半端にがんを残して不安を抱え続けるよりも、可能であれば手術ですべてを取り去ってしまいたいという強い希望を持っていました。
治療法の選択肢として、前立腺がんには放射線治療という有力な方法があることも知っていました。身近な知人や隣のおじさんも前立腺がんを経験しており、放射線治療を選んだ人、小線源療法を受けた人など、さまざまなケースを耳にしていました。しかし、私は手術で病巣を摘出するのが最善だと判断しました。「手術をすれば男性機能が失われる可能性がある」という説明も受けましたが、当時の私にとっては命をつなぐこと、そしてがんへの不安を解消することの方が遥かに重要でした。
手術を受けると決断しましたが、「どうせなら一番信頼できる場所で手術を受けたい」と考え、ロボット支援下手術「ダビンチ」による症例数が多い、がん専門病院への紹介状を希望し、2018年9月に転院しました。
あらためて検査を受け、提案された治療方針は、術前の「ホルモン療法」と、前立腺全摘除術でした。
この術前ホルモン療法が私には非常に効果的でした。2018年6月に26.94ng/mLあったPSA値は、ホルモン療法の開始後には23.86ng/mLになり、手術直前の10月には2.61ng/mLまで低下しました。副作用として一般的なほてりや倦怠感も私には一切なく、体調を万全に整えた状態で手術に臨むことができました。
前例のない膀胱の状態と過酷な術後経過
2018年10月31日、ダビンチによる前立腺全摘除術が行われました。手術自体は成功しましたが、私にとって本当の闘いは術後の入院生活でした。長年自己導尿を続けてきた私の膀胱は、一般の患者さんとは全く異なる状態になっていたのです。主治医からも「これほど長期間自己導尿を続けてきた方の手術例は、当院のような専門病院でも極めて珍しい」と言われました。
通常の患者さんであれば、手術後に尿道へ留置したカテーテルは数日で抜去されますが、この時点では再度「自己導尿を継続」すると言う前提でした。しかし、私の場合は膀胱が線維化して固くなっており、さらに容量が異常に大きくなっていたため、慎重な経過観察が必要でした。結局、術後のカテーテル抜去のため5日間の再入院を余儀なくされるという異例の経過をたどりました。
当時の検査で判明したのですが、私の膀胱には最大で1,300mLもの尿が溜まっていました。成人の平均的な膀胱容量は300~600mLですから、倍以上の量です。術後、自力での排尿が再開してからも、この巨大な膀胱から尿を出し切るのには大変な時間がかかりました。現在は、トイレに座って20~30分、下腹に思いきり力を入れ、少しずつ尿が出るのを待つように自力で排尿するようにしています。カテーテルを使えば早く楽に排尿はできますが、楽をするとそれに甘えてしまうのが怖いためです。
術後の後遺症として懸念されていた尿漏れについても、半年ほどはパットを欠かせない日々が続きました。1日に何回もパットを交換し、その重さを量って記録する生活は、決して楽なものではありませんでしたが、自己導尿という「自分で排尿を管理する」生活を20年も続けていた私にとっては、それほど高いハードルではありませんでした。半年が過ぎる頃には尿漏れも改善し、1日1枚のパットでも維持できるようになりました。仕事も有給休暇を利用して復帰し、会社員としての日常生活を何とか取り戻すことができました。
8年目の「PSA再発」と見えない敵との対峙
手術後、私のPSA値は0.01ng/mL未満という検出限界以下の状態を数年間維持し続けました。年に一度の検診で「異常なし」と言われるたびに、私はがんを克服したのだという自信を深めていきました。
しかし、最近、定期検査の結果でPSA値が0.04ng/mLと僅かながら上昇しました。主治医は「様子を見ましょう」と言いましたが、私は嫌な予感がしていました。その後、数値は半年ごとに0.08ng/mL、そして0.38ng/mLへと確実に上昇していきました。前立腺全摘後のガイドラインでは、PSA値が0.2ng/mLに上昇した場合は「PSA再発」とされています。画像診断ではまだ腫瘍は確認できないものの、体内のどこかでがん細胞が再び増殖を始めていることは間違いありませんでした。
「全摘したのになぜ再発するのか、どこに隠れているのか」という疑問と不安が私を襲いました。一般的には、手術で取り切れなかった細胞が局所で再発するか、あるいはリンパ節や骨に微小な転移があると考えられます。私はこの「正体不明の不安」に耐えられず、自ら徹底的に医学情報を調べ始めました。そしてたどり着いたのが、現在注目されている「PSMA-PET検査」という次世代の検査法でした。
この検査は、前立腺がんに特異的に発現する「PSMA」というタンパク質を標的にした検査で、従来のCTや骨シンチでは映らないような極微小ながん細胞の存在箇所を特定できる可能性があります。しかし、私が調べた時点では、まだがん専門病院でも導入されておらず、保険適用外の自由診療として行っている施設が国内に数か所あるのみでした。現在は、転移性去勢抵抗性前立腺がんの治療薬の適用判断を目的として保険適用になっていますが、自分の場合は適用外です。しかし、「どこにあるかわからない敵を相手に、ただ不安を抱えたままホルモン療法を続けるより、場所を特定して叩きたい」というのが私の希望です。
納得のいく治療を追求するための「診察の作法」
私は、主治医に対して自分の調べた情報を率直にぶつけることにしています。診察室に入る前、私は必ずパソコンで「質問リスト」を作成し、それをプリントアウトして持参します。医師は多忙です。限られた診察時間の中で、思いつきで質問をしていては、深い対話は望めません。
「現在のPSA値の上昇をどう分析するか」「PSMA-PET検査を導入している病院を紹介してもらえるか」「再発箇所の特定ができた場合、救済放射線治療(サルベージ療法)の適応はあるか」といった項目を箇条書きにした質問リストを先生に渡し、私は手元に同じコピーを置いて、先生の回答をその場で余白に書き込んでいきます。このスタイルを続けてきたことで、主治医との間には非常に論理的で信頼の厚い関係が築かれました。
現在、私のPSA値の上昇は再発の可能性を示唆していると考えています。しかし、私に悲壮感はありません。20年以上前から排尿障害と付き合い、8年前にステージ3の前立腺がんを経験した私にとって、現在の状況は「想定の範囲内」の延長線上にあるからです。
「笑顔で元気」というニックネームの通り、私は病室で塞ぎ込むような生き方はしたくありません。わからないことは調べ、納得できるまで医師と話し合い、最善の選択をする。そのプロセス自体が、私が私らしくあるための闘い方なのです。がんはしぶとい相手ですが、私もそれ以上にしぶとく、最新の医学を味方につけて、この先の人生を笑顔で歩み続けていこうと思います。
これからがんと向き合う方へのメッセージ
今、がんと闘っている方に伝えたいことがあります。
「納得」が治療の辛さを乗り越えるための力となります
医師から提示された治療法をただ受け入れるのではなく、なぜその治療が必要なのか、他に選択肢はないのかを、自分が納得できるまで追求してください。自分が選んだ道だという自覚が、治療の辛さを乗り越える力になります。
主治医との対話には事前の準備が重要です
医師との時間は限られています。聞きたいことはメモにまとめて持参しましょう。自分のこれまでの経緯や現在の不安を整理して伝えることで、医師からより的確な情報を引き出すことができます。
「なるようにしかならない」という開き直りも大切です
どれほど悩んでも、起きてしまった事実は変えられません。自分自身でできる限りの準備をしたら、あとは腹を括り、今の生活を楽しむことを忘れないでください。笑顔で過ごすことが、自分自身を、そして支えてくれる周囲の方々を元気づけることにつながります。