写真はイメージです。(AIによる生成)プロフィール
お名前:maxLeoneさん(ニックネーム)
年代:70代
性別:男性
家族構成:妻と2人暮らし
仕事:リタイア
がんの種類:前立腺がん、腎臓がん
診断時ステージ:前立腺がん(ステージ2)、腎臓がん(ステージ1)
診断年:2018年(前立腺がん)、2022年(腎臓がん)
現在の居住地:東京都
※本体験談は、患者さん個人の経験に基づくものです。治療の経過や副作用、生活への影響には、個人差があります。医療的な判断や治療方針の決定の際には、必ず医師・医療従事者にご相談ください。
2018年、健康診断のPSA数値の上昇をきっかけに、maxLeoneさんは前立腺がんと診断されました。放射線治療(SBRT)開始から3年後に、前立腺がんの多発性肺転移と同時に、新たに腎臓がんも見つかるという過酷な状況に直面します。しかし、maxLeoneさんは「医師任せ」にすることなく、自ら本、ネット、論文などの膨大な医学情報を読み込み、また、納得のいく治療を求めて複数の大学病院でセカンドオピニオンを重ねました。現在も治療を継続しながら、趣味や社会活動に意欲を燃やすmaxLeoneさんに、これまでの歩みをお話しいただきました。
PSA数値の変化が知らせた異変
私が前立腺がんと診断されたのは2018年のことでした。毎年健康診断を受けており、PSA(前立腺特異抗原)の数値も測定していましたが、その年は「5.0」を超えていました。当初は、基準値を超えていると思いつつ様子を見ていたのですが、その後には「7.0」近くまで上昇したため、人間ドックの担当医からも強く勧められ、近くの総合病院で精密検査を受けることにしました。
12本の針生検を行った結果、4本からがんが見つかり、前立腺がんと診断されました。グリソンスコアは「3+4=7」で悪性度は中等度。ステージは2で、当時は他の部位への転移は見つかりませんでした。
診断を受けた病院では手術を提案されましたが、私はすぐに決断することに抵抗がありました。前立腺がんは治療の選択肢が非常に多いがんです。自分なりに統計データや医学書を読み込み、それぞれの治療法が持つメリットや副作用を迷いながら徹底的に調べました。
納得のいく「放射線治療」を求めて
情報収集を進める中で、私は「手術よりも放射線治療のほうが自分に合っているのではないか」と考えるようになりました。また、通常の放射線治療は数か月にわたって毎日通院する必要がありますが、私はより短期間で集中的に照射できる「SBRT(体幹部定位放射線治療)」にたどり着きました。
納得のいく選択をするため、私は複数の著名な大学病院でセカンドオピニオン、サードオピニオンを受けました。医師によっては「手術が一番だ」と言う方もいれば、「放射線がいい」と言う方もいます。それぞれの専門分野によって意見が分かれるのは当然ですが、私は各医師の知見を聞いた上で、最終的にSBRTができる大学病院で治療を受けることに決めました。しかも超寡分割照射という一回の線量を上げ回数を減らす方法です。
2019年4月に治療を開始し、その後PSA数値は順調に下がっていきました。尿漏れなどの副作用も一時的で、1か月ほどで改善したため、この時の選択に後悔はありませんでした。
自身の経験から生まれた「生活支援団体」を立ち上げ
実は前立腺がんと診断された2018年、私の家庭内でもうひとつの大きな試練がありました。妻ががんと股関節の手術をすることになり、長期にわたって家事ができない状態になったのです。
私は現役時代から典型的な「企業戦士」で、家事は全くやらない男でしたので、食事の準備、風呂掃除、洗濯、植木の水やりなど、すべてを1人でやらねばならない事態に陥り、本当に困り果てました。
その時、強く感じたのです。「今はまだ自分の足腰が動くからいいけれど、もし体が不自由な状態で1人だったら、どうなっていただろうか」と。生活支援をしてくれる仕組みがあればと思ったのですが、私の住んでいる地域には当時はありませんでした。
「無いのであれば、自分で作ろう」。そう決意して近所の知人に声をかけ、高齢者支援センターに相談に行きました。そこで出会った専門職の方々から「是非支援したい」という心強い言葉をもらい、それがトリガーとなって生活支援団体の立ち上げに至りました。自分自身の困りごとが、地域社会の仕組みづくりへとつながった瞬間でした。
3年後の再試練、肺転移と新たな「腎臓がん」
平穏な経過観察が続いていた2022年、再びPSA数値が上昇し始めました。数値が「2.0」を超えたとき、私は再発を確信しました。大学病院で全身のMRI検査を受けたところ、衝撃的な事実が判明しました。左の腎臓に腫瘍が見つかり、さらに肺にも多発性の腫瘍が見つかったのです。
前立腺がんだけでなく、新たに「腎臓がん」という別の原発がんが見つかったことに、正直かなり動揺しました。肺の腫瘍が肺オリジナルのものなのか、前立腺がんの転移なのかを突き止めるため、肺の部分切除手術を行い、組織検査をした結果、肺の腫瘍は前立腺がんの転移であることが判明しました。
この時、私は「前立腺がんと腎臓がんの両方を、高いレベルで同時に診てくれる病院」への転院を決意しました。各病院の環境や医師の専門性、利便性を比較検討した結果、別の大学病院へ移ることにしたのです。
まず腎臓がんの摘出手術を行い、左腎臓の半分を切除しました。幸い腎臓がんはステージ1で、手術のみで治療は完了し、現在は定期検査を受ける寛解状態になりました。その後、前立腺がんの肺転移(しかも、他の部位には転移が認められない)については、前立腺患者会の中でも前例がほとんどなく、過去の資料を調査したところ、抗アンドロゲン剤が効くことを見つけ、セカンドオピニオンでの話を参考にホルモン療法を開始することになりました。
3年間の薬物療法と、命を延ばすための「間欠療法」
現在治療を受けている大学病院では「イクスタンジ」という抗アンドロゲン薬と、月1回のゾラデックスのホルモン療法を開始しました。幸いなことにPSA数値はすぐに「0.01」まで下がり、肺の転移も消えてきました。副作用もあまりなく3年近く安定していましたが、治療開始から3年が経過した頃、急激な倦怠感と「ほてり」といった副作用に襲われるようになりました。夜も眠れないほどきつく、このまま治療を続けることに限界を感じ始めました。
私は再び情報を集めました。ホルモン療法には一定期間で投薬を中断し、PSA数値が上がってきたら再開する「間欠療法」という選択肢があることを知りました。前立腺がんで高名な医師にも相談し、「3年続けて数値が安定しているなら、一度中断しても良いでしょう」という助言をいただきました。
主治医に自分の希望を伝えたところ、私の意図を汲んで「間欠療法」への移行を快諾してくれました。2025年4月に投薬を停止し、現在は3か月ごとにPSA数値を監視していますが、今も数値は「0.01」を維持できています。もし今後数値が上がれば、次の薬物療法など、次の一手もすでに主治医と相談しています。
がんと共に生き、趣味を追い続ける
この数年間、がんに加えて心臓の不整脈や頸椎後縦靭帯骨化症という難病も重なり、まさに満身創痍でした。妻もがんで闘病しており、夫婦で支え合いながら、笑い事ではない日々を必死に通り抜けてきました。
それでも、私は前を向き続けています。私の目標は、大好きだったフライフィッシングをもう一度北海道で楽しむことです。足腰の問題はありますが、転んでも怪我をしにくい場所を選んで、再び竿を振りたい。その思いが、治療を続ける原動力のひとつになっています。
私は「がん患者は自ら勉強し、専門知識を持つべきだ」と考えています。医師の話を理解し、自分の人生に最適な選択をするためには、自分でも本を読み、ネットで調べ、患者会で経験談を聞くことが欠かせません。納得して選んだ治療であれば、副作用や結果に対しても前向きに向き合えるはずです。
これからがんと向き合う方へのメッセージ
今がんと向き合っている方に、私の経験から伝えたいことがあります。
自分の病気について「勉強」してください
がんと宣告されると、誰でもパニックになります。しかし、そこで医師任せにせず、自分で徹底的に調べてください。自分の病態、治療の選択肢を理解しなければ、納得のいく決定はできません。専門書を読み、ガイドラインを把握し、医師の話が理解できる、話し合える知識を身につけることが、治療の第一歩だと思っています。
セカンドオピニオン、サードオピニオンを躊躇しないでください
1人の医師の言葉がすべてではありません。病院や診療科によって、得意な治療法は異なります。私は4回以上のセカンドオピニオンを受けましたが、それによって自分に最も適した病院や医師を見つけることができました。信頼できる医師は、患者の主体的な姿勢を尊重してくれるはずです。
同じ悩みを持つ仲間とつながってください
患者会には、さまざまな治療体験や医師の評判、そして何より同じ苦しみを分かち合える仲間がいます。仲間の経験談は、医学書には載っていない「リアルな工夫」に満ちています。1人で悩まず、勇気を持って輪の中に入ってみてください。