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前立腺がんになって気がついた社会的課題、男性がん患者会を立ち上げるまで

[公開日] 2026.02.19[最終更新日] 2026.02.17

写真はイメージです。(AIによる生成)
プロフィール お名前:国井慎司さん(本名) 年代:60代 性別:男性 家族構成:妻との2人暮らし 仕事:リタイア(現在、男性がん患者会Face運営) がんの種類:前立腺がん 診断時ステージ:ステージ1 診断年:2017年 現在の居住地:北海道
※本体験談は、患者さん個人の経験に基づくものです。治療の経過や副作用、生活への影響には、個人差があります。医療的な判断や治療方針の決定の際には、必ず医師・医療従事者にご相談ください。 2017年、製薬会社に勤務していた国井慎司さんは、健康診断をきっかけに前立腺がんの告知を受けました。ステージ1という早期発見ではあったものの、がんの悪性度を示す数値は極めて高く、治療法の選択という大きな壁に直面することになります。自らの仕事で培った専門知識を武器に、納得のいく医療を求めて複数の大学病院を訪れ、最善の道を模索し続けました。術後の後遺症に悩みながらも、現在はその経験を活かして男性がん患者会を主宰し、社会的な啓発活動にも尽力しています。がんとともに生き、新たな使命を見出し活動中の国井さんにお話しいただきました。

「ついに来たか」という思いと、予想外の数値

私は長年、製薬会社で抗がん剤や希少疾患治療薬のビジネスに携わってきました。がんは身近な仕事の対象であり、いつか自分もなるかもしれないという覚悟はどこかにありました。異変のきっかけは、2016年の秋に血圧の薬をもらいに通っていたクリニックでの出来事でした。医師から「腹部超音波(エコー)検査を受けてみませんか」と誘われ、気軽な気持ちで検査を受けたところ、前立腺の肥大を指摘されたのです。 当時は特に頻尿などの自覚症状はありませんでしたが、念のためにその年の健康診断で、オプションとしてPSA(前立腺特異抗原)検査を追加しました。結果は基準値を超えており、精密検査が必要だということがわかりました。告知を受けた瞬間は「ついに来たか、でも前立腺がんなら予後も悪くないし、比較的安心だ」と、どこか冷静に受け止めている自分がいました。 しかし、その後の精密検査で大きなショックを受けることになります。がんのステージ自体は1で、周囲に広がっていない限定的なものでしたが、グリソンスコアというがんの悪性度を示す指標が、10点満点中の「9点」だったのです。これは、がんの勢いが非常に強いことを意味します。早期発見ではあっても、一筋縄ではいかない現実に直面しました。

納得のいく「医師」と「術式」を求めて

私は納得して治療に臨むため、セカンドオピニオン、サードオピニオンを受けることをためらいませんでした。最初にかかった近所の総合病院の医師はまだ若く、診察中もパソコンの画面ばかりを見て私の目を見ようとしませんでした。信頼関係を築くのは難しいと感じ、紹介状を書いてもらって大学病院へ向かいました。 2か所目の大学病院の先生は非常に誠実で温かみのある方でしたが、私の家から通うのに片道2時間以上かかることがネックでした。さらに自分なりに徹底的に調べたところ、別の大学病院が本邦におけるロボット支援手術(ダヴィンチ)の保険適用につながる豊富な実績があることがわかりました。そこは自宅からも近く、最新の設備が整っていました。 3か所目となったその大学病院の医師は、非常に丁寧に診察してくれました。前の病院では「12本の針を刺す生検」を提案されていましたが、その医師は「念のため24本取りましょう」と提案してくれました。結果、24本のうち1本からがん細胞が見つかり、確定診断に至りました。この丁寧なアプローチに触れ、「この先生なら信頼して任せられる」と確信しました。 治療法については、手術か放射線療法かの選択を迫られました。1週間ほど妻と相談し、悩み抜きました。当初は放射線を選ぼうとしましたが、最終的には手術を決断しました。理由は、放射線を先に行って再発した場合、癒着の影響で手術が困難になることを知ったからです。まずは手術でがんを取り除き、もし再発したら放射線というカードを残しておきたかったためです。

仕事と治療の両立、そして復帰

2017年の6月、私は手術を受けました。当時は営業部門のマネジメント職として、関西から北陸、東海までの広いエリアを管轄し飛び回る多忙な日々を送っていました。単身赴任先の大阪と東京の本社を行き来するハードなスケジュールでしたが、幸い会社はがん治療に対して非常に理解がありました。 入院期間は11日間。手術はロボット支援で行われたため、身体への負担は比較的少なく済みました。金曜日に退院し、翌週の火曜日にはもう単身赴任先の大阪に戻って業務を再開しました。医師からは、性機能維持についてもアドバイスを受けましたが、何よりも「命を守り、仕事を続けること」を最優先に考えていました。 復帰後も、医学会の重鎮である教授陣との面談など、以前と変わらぬペースで仕事をこなしました。がんになったことを隠すつもりはありませんでした。病気であることを忘れてしまうほど精力的に動いていましたので、周囲から見ればがん患者だとは思われていなかったと思います。

直面した「尿漏れ」という社会的な課題

手術は成功しましたが、術後の後遺症には悩まされました。特に「尿漏れ」は深刻で、1日に5、6枚のパッドを交換しなければならない日々がしばらく続きました。 ここで直面したのが、社会インフラの不備です。外出先の男性トイレには、使用済みのパッドを捨てるサニタリーボックスがほとんどありません。交換した重いパッドをビニール袋に入れて持ち歩かなければならない不快感は、経験した者にしかわかりません。長時間座った後に立ち上がったときや、くしゃみをした拍子に漏れてしまう不安。これは生活の質(QOL)を大きく損なうものでした。 その後、症状は徐々に改善し、1年半ほどでパッドなしで生活できるようになりましたが、あの時の「どこにも捨てられない」という不便さは、後の私の活動の原動力となりました。

男性がん患者の居場所を求めて

リタイア後、私は北海道に帰郷し、2025年に男性がん患者会「Face(フェイス)」を立ち上げました。女性のがん患者会は多く存在しますし、各地の患者サロンの参加者も圧倒的に女性が多い状況です。一方で男性は女性に比べ病気のことを他人に話したがらず、1人で抱え込みがちです。しかし、治療選択の悩みや後遺症、仕事への不安など、男性特有の苦しみは確実に存在します。がん種を問わない男性だけの患者会が必要だと思いました。 現在は札幌市内のがん診療連携拠点病院で月に1度のサロンを開催し、15人から20人ほどの仲間が集まっています。また、同様に夜の時間帯にもオンラインの交流会を始め、全国からの参加者があり、前立腺がん、消化器がん、脳腫瘍など、さまざまながん種の男性たちが、誰にも言えなかった本音を語り合っています。参加者からは「生きる力につながっている」「気持ちが軽くなった」「自分だけじゃないことがわかった」などの感想が寄せられています。また、今後は男性トイレへのサニタリーボックス設置を求める活動も視野に入れています。 前立腺がんは、治療選択で悩む方も多く、個人差も非常に大きい病気です。1年で尿漏れパッドが外れる人もいれば、何年経っても手放せない人もいます。私は「あなただけではない」と伝え続けたい。正しい情報を学び、仲間とつながることで、不安を取り除くことができると信じています。

これからがんと向き合う方へのメッセージ

今がんと向き合っている方に、伝えたいことがあります。 納得のいく情報収集と医師選びを大切にしてください がんと診断されると、焦ってすぐに治療を決めたくなるものですが、まずは自分自身の病状を正しく知ることが重要です。医師の説明が納得いかない、あるいは相性が合わないと感じたら、躊躇せずにセカンドオピニオンを求めてください。がん情報サービスなどの公的で信頼できるサイトやがん相談支援センターを活用したりと、自ら学ぶ姿勢が、納得のいく治療選択につながります。 1人で抱え込まず、仲間の力を借りてください 男性は特に「弱みを見せたくない」と考えがちですが、同じ体験をした仲間の話を聞くことは、どんな薬よりも気持ちを楽にしてくれます。患者会などのコミュニティに参加し、後遺症の悩みや日常生活の工夫を共有してください。あなたが今感じている不安は、決してあなた1人だけのものではありません。 がんを克服するという強い意志を持ってください 統計や平均的な余命はあくまで数字に過ぎません。現在の医療は進歩しており、可能性はいくらでもあります。がんになったからといって自分を責めず、前を向いて、人生の目標を立てて「この病を乗り越えるんだ」という強い意思を持ち続けてください。諦めない心が、治療の結果にも良い影響を与えると私は信じています。
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