写真はイメージです。(AIによる生成)プロフィール
お名前:パピーさん(ニックネーム)
年代:70代
性別:男性
家族構成:妻と2人暮らし
仕事:無職
がんの種類:前立腺がん
診断時ステージ:ステージ4
診断年:2024年
現在の居住地:愛知県
2024年、パピーさんは前立腺がんと診断されました。進行度はすでにステージ4。骨への転移も認められるという重い現実でした。しかし、そこからの約2年間、パピーさんは絶望に沈むのではなく、独自の冷静な視点で情報を分析し、日々の生活を丁寧に整えることで、がんになる前よりも健康的な心身を手に入れたといいます。現在、大学病院への通院を「楽しみなドライブ」とさえ表現するパピーさんの歩みについて、お話しいただきました。
突然の尿閉が前立腺がん診断のきっかけ
2024年のある日のこと、突然おしっこが出なくなる状態になり、あわてて近くのクリニックの泌尿器科を受診しました。以前から多少の違和感はあったのかもしれませんが、まさか自分の体がそんな状態になっているとは思いもしませんでした。
検査の結果、前立腺肥大か、あるいはがんの可能性もあるという話になりました。精密検査が必要だと言われ、私はすぐに「これはがんかもしれないな」と自分なりに覚悟を決めました。確定診断を受けるため、紹介状を書いてもらうことになったのですが、私はその際、あえて地元の病院ではなく、隣の県にある大学病院を選びました。
実は、看護師の知人が私の家を訪ねてきた際、「もし治療を受けるなら、隣県の大学病院がいいですよ」とアドバイスをくれていたのです。信頼できる知人の言葉だったため、迷わず自分からクリニックの先生にお願いして、その大学病院への紹介状を書いてもらいました。
大学病院では、造影CT、MRI、骨シンチグラフィー、そして生検といった一通りの検査を受けました。その結果、下された診断は「前立腺がんのステージ4」。非常に悪性度が高く、すでに骨にも転移しているという状態でした。
覚悟はしていたつもりでしたが、やはり医師から直接「ステージ4」という言葉を突きつけられると、精神的にはきつかったです。当時はまだがんに関する知識が乏しく、これから自分の体がどうなってしまうのかという不安が、暗い雲のように心に広がっていきました。
情報との向き合い方と患者会の存在
確定診断を受けてから、私の情報収集の仕方は一変しました。診断がつく前と後では、情報の捉え方、真剣みの度合いが全く違います。インターネットを使えばさまざまな情報が手に入りますが、中には怪しいものや、不安をあおるだけのものも少なくありません。
そんな中、私は「腺友倶楽部」という前立腺がんの患者団体があることを知りました。全国に多くの会員がいるNPO法人で、そこでの情報交換や経験者の話、理事長のお話などは、私にとって非常に大きな支えとなりました。ネット上の出所のわからない情報よりも、実際にがんを経験している方々の言葉は重みが違い、信頼できました。
ただ、その会に参加してみて気づいたこともあります。会員の多くはステージ3までの方が中心で、私のような骨転移のあるステージ4の患者は意外と少なかったのです。しかも、私よりも症状が軽いはずの方たちが、動揺していたり、治療の副作用に苦しんでいたりする姿を目の当たりにしました。
それを見て私は、情報を入れすぎることの危うさを感じました。必要以上に不安になり、あたふたしてしまうことは、それ自体が大きなストレスになります。私はあえて冷静になり、自分に必要な情報だけをピックアップするように心がけました。もちろん不安がゼロだったわけではありませんが、信頼できる専門医の知見と、経験者の現実的な話を天秤にかけながら、客観的に自分の状況を分析するように努めたのです。
劇的な数値の改善により生きる自信が生まれる
主治医から提案された治療方針は、ホルモン療法でした。ステージ4の場合、治療の選択肢はある程度限られてきます。私は素人が知ったかぶりをして口を挟むのは野暮だと思い、まずは1、2年は先生の言う通りに従ってみようと決めました。
2024年の4月から治療を開始し、毎月1回の通院でホルモン剤の投与と、骨転移を抑えるためのランマークという注射を続けています。この治療が、私には驚くほど合っていました。
治療開始から間もなく、前立腺がんの腫瘍マーカーであるPSA値が、測定限界値まで一気に下がったのです。これには主治医も「ここまで急激に効果があったことはない」と驚いていました。さらに幸運なことに、多くの患者さんが苦しむ「ホットフラッシュ(ほてり)」などの副作用も、私には現れませんでした。
骨転移に関しても、定期的に検査を受けていますが、今は問題なく骨折の心配も今のところありません。痛みもないため、自分がステージ4であるという実感がわかないほどです。
治療開始から3か月ほどで数値が安定したことは、精神的な立ち直りに大きな影響を与えました。目に見える結果が出たことで、「このままの生活を続けていれば大丈夫だ」という自信が生まれたのです。
「体との対話」で変わった生活習慣
がんになってから、私の生活習慣は以前よりもずっと健康的になりました。それまでも健康志向ではありましたが、がんを経験したことで、その質が根本から変わったのです。
一番の変化は、自分の「体と対話」をするようになったことです。以前は、「何時から運動をする」「今日はこれを食べる」と決めたら、雨が降ろうが体調が悪かろうが、義務的に実行していました。いわば、スケジュールや知識の奴隷になっていたのです。
しかし今は、朝起きた時に「今日は体が動かしたがっているか」「何を食べたいと感じているか」を自分に問いかけます。体が求めていることに合わせて、筋トレの強度を変えたり、食事の内容を考えたりしています。無理をせず、自分の体の声に従うことで、ストレスが全くなくなりました。
食事については、自分で料理を作ることが楽しみの一つになりました。栄養バランスを考え、筋肉を作るためのタンパク質を意識的に摂るなど、より力を入れるようになりました。また、パソコンで日記を付けているのですが、がんになる前よりも、風邪を引いたりどこかに痛みを感じたりすることがなくなっていることに気づきました。無理な「義務感」を捨てたことが、結果的に最高の体調管理に繋がっているようです。
病院への通院を「楽しみ」に変える
私が通っている大学病院は、家から車で1時間ほどかかります。しかし、私はこの通院時間を苦痛に感じたことは一度もありません。病院は山の中にあり、ロケーションが非常に素晴らしいのです。
四季折々の景色を眺めながらのドライブは、私にとって絶好のリフレッシュタイムです。病院そのものも、落ち着いた雰囲気で、スタッフの方々も非常に親切です。多くの病院を経験してきましたが、これほど居心地が良いと感じる場所は珍しいです。
「病院選びは先生の腕が全て」と言う方もいますが、私は病院が醸し出す雰囲気や、そこへ行くまでの過程も、長期的な治療においては非常に大切だと感じています。月に1回、緑豊かな環境でリセットされる時間は、私にとって欠かせないものになっています。
現在の心境とこれから
現在、治療開始からまもなく2年が経とうとしています。今のところPSA値も最低値を維持しており、穏やかな毎日を過ごしています。
もちろん、将来的にホルモン療法が効かなくなる「去勢抵抗性前立腺がん」に移行する可能性は、主治医からも指摘されています。しかし、私はそれを過度に恐れてはいません。現在は新しい治療法も登場しており、医学は日々進歩しています。
「今は今の治療をしっかり受け、もし変化があればその時にまた最適な選択をすればいい」
そう冷静に捉えています。情報を集めすぎることで不安を増幅させるのではなく、正しく学び、備え、あとは今この瞬間をストレスなく生きる。それが私の今のスタイルです。
幸いなことに、妻以外の周囲の友人などには病気のことは話していません。見た目も元気ですし、あえて言う必要も感じないからです。定年退職し、自分のペースで生活できる環境に感謝しながら、これからも自分の体と対話しつつ、この穏やかな日常を守っていきたいと考えています。
これからがんと向き合う方へのメッセージ
がんという病気、特にステージ4と診断されると、誰もが大きな衝撃を受け、あたふたしてしまいます。しかし、そこで立ち止まらないためのポイントをまとめました。
情報の「質」を見極め、入れすぎないでください
ネットには不安をあおる情報が溢れています。信頼できる医師や、実績のある患者団体の情報を選び、冷静に分析してください。情報過多は心の毒になることもあります。
「義務」ではなく「体の声」を優先してください
健康のための運動や食事がストレスになっては本末転倒です。「〜しなければならない」という考えを捨て、自分の体が何を求めているかに耳を傾けてください。
医学の進歩を信じ、今を大切に生きてください
新しい治療法は次々と出てきています。将来の不安に怯えるよりも、今できる治療を淡々と受け、日々の生活を楽しむことが心身の健康維持に繋がります。