• 検索
  • お問い合わせ
  • お知らせ
  • メニュー
  • がん種
  • ニュース
  • 特集
  • 治験
  • リサーチ
  • イベント
  • 動画
  • 患者会
  • 辞典
  • お役立ち

下肢リンパ浮腫と医療格差の壁、子宮体がんステージ3Cを経験した私の自分らしい生き方

[公開日] 2026.02.12[最終更新日] 2026.02.10

写真はイメージです。(AIによる生成)
プロフィール お名前:やすさん(ニックネーム) 年代:50代 性別:女性 家族構成:両親と3人暮らし(診断時は1人暮らし) 仕事:NPO法人職員(診断時は大学職員) がんの種類:子宮体がん 診断時ステージ:ステージ3C2 診断年:2018年 現在の居住地:愛媛県(診断当時は埼玉県)
※本体験談は、患者さん個人の経験に基づくものです。治療の経過や副作用、生活への影響には、個人差があります。医療的な判断や治療方針の決定の際には、必ず医師・医療従事者にご相談ください。 2018年に子宮体がんステージ3C2の宣告を受けたやすさん。埼玉県の大学病院で宮全摘出術と抗がん剤治療を受け、現在は故郷の愛媛県で新たな生活を送っています。1人暮らしでの闘病、重度の後遺症であるリンパ浮腫、そして地方移住による医療格差など、やすさんは多くの困難に直面してきました。しかし、その過程で出会った談話室の「先輩患者さんたち」との交流が、孤独な闘病生活を支える大きな力となりました。自分らしさを失わずに病と向き合い続けるやすさんにお話しいただきました。

生活の質を上げるための決断が、予期せぬがんの発見へ

私の闘病生活は、2018年に始まりました。当時は、埼玉の大学で職員として働いていました。長く婦人科系の悩みを抱えており、子宮内膜が厚くなる症状からくる激しい腹痛や不正出血、そして慢性的な貧血に苦しむ毎日でした。 近くのクリニックで治療を受けていましたが、年齢的にも出産の予定はありません。「子宮を摘出してしまえば、この毎月の苦痛や貧血から解放され、生活がもっと楽になるのではないか」と考え、私は自ら手術を希望しました。この時点では、がんの可能性など全く考えていませんでした。あくまでQOL(生活の質)を向上させるための、前向きな選択だったのです。 紹介された大学病院での事前検査でも、がんとは診断されず腹腔鏡による子宮摘出手術が行われました。 しかし、手術後に事態は急変しました。摘出した子宮を精密に検査したところ、がん細胞が見つかったのです。退院して1週間ほど経った頃に病院から呼び出され、すぐに追加手術が必要だと告げられました。 「信じられない」という思いで、他の言葉が見つかりませんでした。当初は1週間ほど休んで、すぐに職場に戻るつもりでいたのです。驚きと混乱でパニックになりそうでしたが、状況を理解する間もなく、2回目の手術の日程が決まりました。 再手術は、子宮の周囲のリンパ節や卵巣なども含めて広範囲に切除する、非常に大きなものでした。結果として、リンパ節は78個も切除し、そのうちの7つに転移が見つかりました。最終的な診断は「子宮体がんステージ3C2」でした。

孤独な闘病を支えた、談話室での出会い

再手術後、12月の末に一度退院し、年が明けてすぐの1月から半年間にわたる抗がん剤治療が始まりました。 当時は埼玉県で1人暮らしをしていました。医師からは「通院でも可能」と言われましたが、初めての治療でどのような副作用が出るかわからない不安があり、また1人での生活を考慮して、初回は入院させてもらいました。副作用の吐き気や味覚障害はそれほど強くありませんでしたが、とにかく体中の激しい痛みがつらく、歩くことさえままならない状態でした。結局、毎回1週間ほど入院し、残りの期間を自宅で過ごすというサイクルで計6クールの治療を行いました。 この入院生活の中で、私にとってかけがえのない支えとなったのが、病院内にあった「談話室」での時間でした。 1人暮らしで闘病していると、ふとした瞬間に孤独感に押しつぶされそうになります。両親には心配をかけたくないという思いから、本当のつらさを電話で伝えることもなかなかできませんでした。そんな時、談話室へ行くと、同じようにがんと向き合っている方々がいました。 そこには、何年も治療を続けている先輩患者さんたちがたくさんいらっしゃいました。彼女たちとお話しすることで、医師や看護師からは得られないリアルな情報をたくさん教えていただきました。「副作用のこの痛みはいつ頃引くのか」「食欲がない時に何なら食べられたか」「しびれへの対策はどうしているか」といった具体的なアドバイスは、どれも私の心強い頼りとなりました。 何より嬉しかったのは、病気の不安や仕事への焦り、家族への気兼ねなど、心に溜まっていた思いを素直に吐き出せたことです。同じ状況にあるからこそ、「つらいよね」「しんどいね」という一言に嘘がなく、深く共感し合えました。談話室の時間は、私にとっての「心のデトックス」であり、1人で戦っているのではないと実感できる唯一の場所でした。

自分らしさを守るために、がんであることを隠した二重生活

仕事については、直属の上司や一部の幹部には病名を伝えて休職の手続きを取りましたが、同僚には一切公にしませんでした。 私は大学で医療系の学生たちのキャリア支援を担当していました。同情の目で見られたり、「がん患者」として腫れ物に触るように扱われたりすることが、私にとっては耐えがたいことだったのです。自分がこれまで作ってきたカラーを崩したくない。その思いが、私のプライドでもありました。 結局、半年間の休職期間を経て職場に復帰しましたが、周りには「手術で少し療養していた」程度にしか伝えていませんでした。抗がん剤の副作用で体力が落ち、関節の痛みやしびれが残る中、外では元気に振る舞い、家へ帰ると疲れ果てて食事の途中で寝てしまう。そんな二重生活のような毎日でしたが、職場での役割が、私に病気を忘れさせてくれる貴重な時間でもありました。 唯一、医療職を目指す学生たちには、教育的な観点から自分の経験を話すことがありました。「患者はこういうところで困るんだよ」「薬の副作用は実際にはこう現れるんだよ」という私の実体験は、学生たちにとって貴重な学びとなったようです。誰かの役に立っていると感じられることが、私の自尊心を支えてくれました。

リンパ浮腫という、終わりなき後遺症との闘い

がんの再発はありませんでしたが、治療の代償として現れた「リンパ浮腫」は、今も私の生活を大きく制限しています。 リンパ節を78個切除した影響で、仕事に復帰した直後の6月頃から両足が腫れ始めました。事前に指導を受けてマッサージなどはしていましたが、進行を止めることはできず、体重が10kg増えるほど足が膨れ上がりました。 階段の上り下りは困難になり、正座も禁止。大好きだった旅行も、重い弾性ストッキングやケア用品を詰め込んだ大きな荷物を持ち歩かなければならず、疲れやすさもあって以前のようには楽しめなくなりました。 リンパ浮腫を少しでも改善するため、形成外科でLVA(リンパ管静脈吻合術)という手術を2か所受けました。手術前には、お風呂以外はずっと圧迫包帯を足にぐるぐる巻きにする生活を送りながら、少しでも腫れを引かせてから手術に臨みました。 経済的な負担も重くのしかかりました。リンパ浮腫用の弾性ストッキングは両足分で6万円以上もします。自由診療のマッサージに行けば、1回で1万円以上かかります。1人で生計を立てる身として、これらの費用を払い続けるために、体調が優れなくても仕事を休むわけにはいかないという切実な現実がありました。

故郷・愛媛への帰郷と医療格差の壁

2024年、私は大きな決断をしました。高齢になった両親の介護の問題、そして自分自身の体調を考え、埼玉県から故郷の愛媛県へ戻ることにしたのです。現在は地元のNPO法人で働いています。 しかし、移住してすぐに、地方における「医療格差」という厳しい現実に直面しました。 関東では、大学病院やがん専門病院など、選択肢が豊富にありました。ところがこちらでは、リンパ浮腫を専門的に診てくれる病院が非常に少なく、相談先を見つけることすら困難です。地元の病院に相談しても、「自院で手術した患者でなければ受け入れられない」と断られたこともありました。 結局、リンパ浮腫の経過観察のために、今でも年に2回、治療を受けた埼玉の大学病院まで通い続けています。また、薬局でも、以前処方されていた薬が「取り寄せになる」と言われることが珍しくありません。東京などの都市部と地方では、医療へのアクセスのしやすさがこれほどまで違うのかと、大きなカルチャーショックを受けました。 現在は再び足の状態が悪化しており、どのように対策を立てるべきか、暗中模索の状態が続いています。

これからを生きるために、自分を大切に、前を向く

がんの宣告から約8年が経ちました。再発や転移、そして悪化し続けるリンパ浮腫への不安は、今も消えることはありません。それでも私は、自分らしく生きていくことを諦めたくないと思っています。 闘病生活で私が学んだのは、自分の「カラー」を大切にすること、そして本音を吐き出せる場所を持つことの重要性です。談話室で出会った仲間たちとの時間は、私の心をどれほど救ってくれたかわかりません。1人では抱えきれない重荷も、誰かと分かち合うことで、少しだけ軽くすることができました。 病気ばかりに焦点を当てすぎると、心まで蝕まれてしまいます。少し先の楽しみを見つけながら、一歩ずつ進んでいきたいと考えています。

これからがんと向き合う方へのメッセージ

がんの治療は長く、生活にもさまざまな影響を及ぼします。1人で抱え込みすぎず、少しでも前を向いて過ごすために、以下のことを大切にしてください。 本音を言える場をみつけてください 家族には心配をかけたくないという思いから、つらさを隠してしまうこともあるでしょう。病院の談話室や患者会など、自分の弱音をポロッと言える場所を見つけておくことは、心の平穏につながります。 自分の「カラー」を大切にしてください 病気になったからといって、自分自身の生き方やスタイルを変える必要はありません。自分が自分らしくいられる役割や環境を大切にしてください。 将来の生活設計と備えを考えてください 治療費や後遺症のケアには想像以上にお金がかかります。保険の見直しや、移住を検討している場合はその地域の医療体制を事前に詳しく調べておくことが重要です。 病気以外の楽しみを見つけてください 病気のことばかりに焦点を当てすぎると、気持ちが沈み、体調にも影響します。少し先の楽しみを見つけ、ポジティブな考えを維持できる環境を自分で作っていくことが大切です。
体験談 子宮体がん

おすすめ記事

治験・臨床試験

一覧を見る

リサーチ・調査

一覧を見る

ニュース

一覧を見る

イベント

一覧を見る

動画

一覧を見る

体験談

一覧を見る

患者会

一覧を見る

電話受付:平日(月〜金)10:00-18:00

※オペレーターが受付いたします。内容に応じて専門のスタッフへおつなぎいたします。