• 検索
  • お問い合わせ
  • お知らせ
  • メニュー
  • がん種
  • ニュース
  • 特集
  • 治験
  • リサーチ
  • イベント
  • 動画
  • 患者会
  • 辞典
  • お役立ち

悪性リンパ腫ステージ4、諦めないという強い気持ちで保護犬たちと共に生きる

[公開日] 2025.12.15[最終更新日] 2026.01.27

写真はイメージです。(AIによる生成)
プロフィール お名前:りこちゃんさん(ニックネーム) 年代:70代 性別:女性 家族構成:夫と2人暮らし 仕事:グループホーム職員 がんの種類:悪性リンパ腫(濾胞性リンパ腫) 診断時ステージ:ステージ4 診断年:2021年 現在の居住地:北海道
※本体験談は、患者さん個人の経験に基づくものです。治療の経過や副作用、生活への影響には、個人差があります。医療的な判断や治療方針の決定の際には、必ず医師・医療従事者にご相談ください。 2021年10月、りこちゃんさんは、原因不明の痒みや体調不良の末に、悪性リンパ腫のステージ4であると告げられました。入退院を繰り返し、一度は寛解したものの、2年を待たずしてがんは再発。しかし彼女は、「必ず助かる」という強い意志と、自身がライフワークとしている動物の保護活動を支えに、再び社会復帰を果たしました。現在の心境と医師との信頼関係、そして支えとなった犬たちとの絆についてお話しいただきました。

原因不明の「痒み」と「お腹の張り」

悪性リンパ腫と診断されたきっかけは、原因不明の足の痒みでした。皮膚科を3回ほど変えて通院しましたが、なかなか症状は改善せず、夜も眠れないほどになりました。自分でいろいろ調べたところ「肝臓が悪いと痒みが出ることがある」という情報を目にし、近くの内科を受診しました。それが2021年7月のことです。血液検査を受けましたが、その時は「特に異常は見つかりませんでした。また来月来てください」と言われるのみでした。しかし8月は仕事が忙しく、結果を聞きに行くことができませんでした。 その頃、もうひとつ気になる症状がありました。お腹が異常に膨れてきたのです。まるで「ポンポコ」という音が聞こえそうなくらい、不自然にお腹がパンパンに張っていました。当時は単に太っただけだと思い、まさかその膨らみが悪性リンパ腫によるものだとは夢にも思いませんでした。 10月になり、今度は風邪を引きました。咳が止まらず、耳鼻咽喉科を受診しても良くなりません。そこで、7月に行った内科を再受診しました。すると先生から「もう一度血液検査をしましょう」と言われました。検査の結果、「明日すぐに、紹介する病院へ行ってください」と告げられたのです。

突然の入院と悪性リンパ腫ステージ4の告知

クリニックの先生は、その場ですぐに紹介先の総合病院へファクスを送ってくれました。すると、その病院から「明日、入院セットを持ってきてください」と連絡がきました。わけがわからないまま、翌日に入院の準備をして病院へ向かいました。 血液検査とCT検査を受けた後、先生に呼ばれました。診察室に入って椅子に座ると、先生はCT画像を見ながら、前置きも何もなくはっきりとおっしゃいました。 「悪性リンパ腫(濾胞性リンパ腫)のステージ4です」 その言葉を聞いた瞬間、「ステージ4」という数字の重みが、容赦なく襲いかかってきました。しかし、落ち込む暇もありません。そのまま病室へ行くように言われ、翌日から検査が始まりました。 私はもともと、はっきりと意見を言うタイプです。入院してからは、毎日1回の回診に来る先生を捕まえては、自分が納得し、理解するまでしつこいくらいに質問を繰り返しました。悪性リンパ腫とはどんな病気なのか、治療でどうなってしまうのか。ときには、先生があきれられるほど何度も聞いていたかもしれません。 私は先生に「絶対に助かりますか」といった感情的な質問はしませんでした。ただ、「どういう治療方針で、何日間抗がん剤をやり、何クール繰り返すのか」という論理的な説明を求め、自分自身を納得させていきました。ステージ4と聞いて驚きはしましたが、心のどこかで「絶対に自分は助かる」と信じて疑いませんでした。

初期治療と予期せぬ再発

幸い、私がたまたま受診した病院は、血液内科の専門医が在籍する評判の良い病院でした。 初期治療では、抗がん剤治療を6クール行いました。3泊4日の入院を繰り返す予定でしたが、最後の1回は副作用による感染症を起こしてしまい、20日間ほど入院することになりました。それでも2022年2月には予定していた治療を終え、仕事にも復帰しました。その後は、1か月に1回の定期検査を受けながら、経過観察の期間を過ごしました。2年間再発しなければ一安心と言えると言われていましたが、2023年10月、再び異変が起きました。 夏の終わり頃から、またお腹が出てきたような違和感がありました。8月の検査では異常なしと言われましたが、10月の検査の後、病院から電話がかかってきました。「検査の結果、異常が見つかったので、すぐに病院に来てください」という連絡でした。再検査の結果、左の鎖骨、心臓の周り、お腹の周り、そして膵臓に転移していることがわかったのです。2年以内の再発でした。

死ぬ思いをした「自家末梢血幹細胞移植」

2回目の闘病は、1回目とは比べものにならないほど過酷なものでした。2年以内の再発ということで、先生からは「自家末梢血幹細胞移植」を提案されました。 移植という言葉に、最初は戸惑いました。年齢的に当時67歳でしたが、細胞がうまく採れるかどうかわからないと言われつつも、なんとか無事に採取できました。 しかし、この治療は想像を絶するものでした。まさに「死ぬ思い」という言葉がぴったりでした。体が全く起き上がれず、喉の激痛で息をすることさえ苦しい。咳が止まらず、喉の痛みで食事も取れない、そんな状態が2週間ほど続きました。個室での入院生活は長く、孤独で本当につらい時間でした。 2024年4月にようやく退院しましたが、退院後も体はボロボロでした。ひどいむくみで歩くことさえままならず、食べればすぐに下痢をしてしまいます。味覚障害もあり、疲れやすさも以前とは比較になりませんでした。

犬たちの存在が「生きる糧」

そんなボロボロの状態だった私が、退院からわずか2か月後の6月には仕事復帰を果たしました。理由は2つあります。1つは、高額な医療費を稼ぐためです。 現在、私は3か月に1回、治療を受けています。保険を適用しても、1回につき約5万円の自己負担がかかります。70代になった今、本来なら仕事のシフトは減っていくものですが、私は今もフルタイムに近い状態で働いています。幸い、勤務先のグループホームは私の病気に理解があり、立ち上げから関わっていることもあって、私の帰りを温かく迎えてくれました。 そしてもう1つは、保護犬たちの存在です。私は長年、犬の保護活動をライフワークにしています。苦しい治療の最中、かつて私が助け、看取ってきた犬たちの姿が何度も頭に浮かびました。「あの子たちのために、まだ死ぬわけにはいかない」「またあの子たちの元へ帰らなければ」という思いが、私を突き動かしました。現在も、自宅で2頭の保護犬を飼っています。 仕事、家事、そして保護犬の世話。毎日が忙しく過ぎていきますが、私にとってはこれが最高のリハビリであり、生きるエネルギーの源です。

信頼できる主治医との出会い

がんと闘う上で、主治医との信頼関係は不可欠です。私の先生は、決して「安易な慰めの言葉」や「根拠のない楽観的な話」をしません。明確に、的確に真実を伝えてくれます。 入院当初から、わからないことは何でも主治医にしつこく聞きましたが、嫌な顔をせず、わかるまで説明してくれました。そんな主治医が寄り添ってくれたからこそ、死ぬ思いをした移植にも納得して挑むことができました。後悔は一切ありません。相性の良い先生に出会えたこと、そしてこの病院にたどり着けたことは、私の人生において最大の「幸運」だったと思っています。 現在は、自分がいただいたこの命への恩返しとして、自分にできる限りのボランティア活動を続けていきたいと考えています。人のために、犬たちのために何かを精一杯行うことが、私自身の幸せにつながっています。

これからがんと向き合う方へのメッセージ

今がんと向き合っている方に、私が経験したことから伝えたいことがあります。 決して諦めないでください がんと言われると絶望的な気持ちになるかもしれません。しかし、医療は日に日に進歩しています。私自身、ステージ4からの再発を経験しましたが、こうして元気に仕事を続けられています。絶対に諦めないという強い心を持ってください。 医師との対話を大切にしてください わからないことは、自分が理解できるまで何度でも医師に質問してください。納得して治療を受けることが、前向きな闘病の第一歩です。主治医を信頼し、自分ひとりで抱え込まないことが大切です。 生きる目的を見つけてください 私の場合は保護犬たちでしたが、どんなに小さなことでも構いません。自分の好きなこと、やりたいことを持ち続けることが、苦しい治療を乗り越える力になります。自分自身を強く持ち、今日という日を大切に生きていきましょう。
体験談 悪性リンパ腫 濾胞性リンパ腫

おすすめ記事

治験・臨床試験

一覧を見る

リサーチ・調査

一覧を見る

ニュース

一覧を見る

イベント

一覧を見る

動画

一覧を見る

体験談

一覧を見る

患者会

一覧を見る

電話受付:平日(月〜金)10:00-18:00

※オペレーターが受付いたします。内容に応じて専門のスタッフへおつなぎいたします。