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がん支援をうたう会社からの退職勧奨、乳がん治療と社会との二重の闘い

[公開日] 2025.12.11[最終更新日] 2026.01.27

写真はイメージです。(AIによる生成)
プロフィール お名前:Mさん(ニックネーム) 年代:50代 性別:女性 家族構成:1人暮らし 仕事:会社員 がんの種類:乳がん 診断時ステージ:ステージ2A 診断年:2014年 現在の居住地:東京都
※本体験談は、患者さん個人の経験に基づくものです。治療の経過や副作用、生活への影響には、個人差があります。医療的な判断や治療方針の決定の際には、必ず医師・医療従事者にご相談ください。 2014年、Mさんは乳がんステージ2Aと診断されました。健康管理には人一倍気を使っていたMさんは、毎年欠かさず検診を受けていましたが、たった1回の未受診の翌年に乳がんが発覚しました。治療法の選択、壮絶な副作用、そして勤務先から受けた退職勧奨。10年にわたる闘病と社会との闘いを経て見えたものとは何だったのかをお話しいただきました。

毎年受けていた検診、たった1回受けなかった翌年に乳がんが判明

私が乳がんと診断されたのは2014年のことでした。もともと健康意識は高い方で、診断される10年ほど前から、自主的に毎年欠かさずマンモグラフィーや超音波(エコー)検査を受けていました。ただ、診断される前年の1年間だけ、仕事がどうしても忙しく、検診を受けることができませんでした。 そのたった1回の未受診の翌年、会社の定期健診を受けたときのことです。検査で影が見つかり、その後の精密検査で「乳がん」と確定診断されました。驚いたのはその大きさでした。2~2.5cmほどあったのです。「毎年検査を受けていたのに、なぜこれほど大きくなるまで見つからなかったのか」。検診を受けていたのは、乳がん治療でも有名な病院が運営するクリニックでした。見逃されたのではないか、あるいは1年で急激に育ったのか。私は強い衝撃と、医療機関への不信感を抱きました。

納得できる治療を求めて、自分で調べ尽くした日々

乳がん告知を受けた後、いくつかの大きな病院を回り、セカンドオピニオンも求めました。しかし、どの病院でも提示されるのは「まずは手術」という(当時の)標準的なガイドラインに沿った治療方針でした。腫瘍の大きさからして、手術を先に行う場合は全摘出になる可能性が高いこと、リンパ節への転移があればさらに広範囲を切除する必要があることなどを説明されました。 本当にそれがベストなのか。私は納得がいかず、自分で徹底的に調べることにしました。日本の情報だけでなく、英語の文献や海外の医療データにも目を通しました。その中で、私の乳がんのタイプには、手術の前に特定の薬物療法(術前化学療法)を行うことで、腫瘍を縮小させる効果が高いというデータを見つけました。 私は医師に「ガイドライン通りの手順ではなく、先に薬物療法で腫瘍を小さくしてから手術をしたい」と相談しました。自己責任であることを理解した上での決断でした。医師は私の提案を受け入れてくれ、結果としてその術前化学療法は効果があり、腫瘍はぐんぐん小さくなったため乳房温存手術が可能になったのです。切除範囲を最小限に抑えられたのは、自分で情報を集め、医師に働きかけた結果だったと思います。

「体が壊されていく」副作用と介護の二重苦

治療は順調に進んだように見えましたが、副作用との闘いは壮絶でした。最初の抗がん剤投与の際、腕の血管にダメージを受け、半年ほど痛みが続きました。 さらにつらかったのは術後化学療法です。病院に入るだけで吐き気がするほど匂いに過敏になり、白血球の数値が異常に下がりました。免疫が極端に低下し、少しの感染症も命取りになる状態でした。何より強烈に感じたのは、「体が壊されていく」という感覚です。がん細胞を叩くと同時に、健康な細胞まで破壊されている。自分の体が生命力を失っていく恐怖を感じました。 そんな過酷な状況の中、私生活では母が難病を患い、介護が必要な状態になりました。私は、がん治療のため会社を休職していましたが、抗がん剤の副作用で嘔吐しながら母の介護をする日々でした。自分の体すらままならない中で、母の命を守らなければならない。あの時期の壮絶さは、今思い出してもつらい日々でした。

退職勧奨という冷酷な現実

私が勤めていた会社は、対外的には乳がん患者の支援を積極的にアピールしている大企業でした。当然、社員が乳がんになれば手厚いサポートがあるものと信じていました。しかし、現実は全く違いました。 私が直面したのは、「退職勧奨」でした。会社側は決して「解雇」とは言いません。退職勧奨の理由は、明確には言われませんでしたが、がんによる休職や、将来的な再発リスク、パフォーマンスの低下を懸念してのことだと察しました。私は深い怒りと絶望を感じました。これが日本企業の、そして女性に対する社会の裏の姿なのだと思い知らされました。 私は「ここで辞めたら負けだ」と思いました。会社の制度、労働組合、弁護士、あらゆる手段を検討しましたが、結局のところ、組織の論理の前では個人の声などかき消されてしまうことも痛感しました。それでも私は、意地でもすぐには辞めませんでした。それは、社会の不条理に対する私なりの抵抗でした。

10年後の今、変わった生活と癒えない傷跡

診断から10年以上が経ちました。現在も再発予防の薬を飲み続けています。通常は5年で終えることも多い薬ですが、私は海外のデータなどを参考にし、医師と相談した上で継続することを選びました。 ただ、抗がん剤によって一度壊された体は、完全には元に戻っていません。白血球の数値が正常範囲に戻るまで10年かかりました。手術をした胸の傷跡は、疲れたりストレスを感じたりすると今でも痛みます。失ったものは大きいですが、それでも私は生きています。 がんは、単なる病気との闘いではなく、情報戦であり、社会との闘いでもありました。私の体験が、少しでも誰かの選択の助けになれば幸いです。

これからがんと向き合う方へのメッセージ

私の体験から、これから治療に向き合う方、そしてそのご家族に伝えたいことがあります。 情報は自分で取りに行き、納得するまで調べてください 医師や病院が提示する治療法が、自分に合った治療とは限らないと思います。海外のデータや新しい知見にも目を向け、自分の体に合った治療法を医師と相談する姿勢が大切です。受け身にならず、自分の命の主導権を握ってください。 企業の「表の顔」と「裏の顔」に備えてください どれほど社会貢献を謳っている企業であっても、いざ社員が病気になったとき、冷酷な対応をとることもあります。悲しい現実ですが、会社や制度を過信せず、自分の身を守るための知識や準備をしておくことが必要です。 検診の限界(必ずしもすべてが見つかるわけではないこと)とメリットを冷静に判断してください 早期発見は大切ですが、私のように毎年検診を受けていても見つからない場合や、逆に頻繁な検査による被曝のリスクもゼロではありません。漫然と受けるのではなく、検査の特性やリスクを知った上で、自分の体と向き合ってください。
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