写真はイメージです。(AIによる生成)プロフィール
お名前:しぃさん(ニックネーム)
年代:女性
性別:男性
家族構成:夫と子どもとの3人暮らし(診断時は息子2人も同居)
仕事:児童英会話教室講師(アシスタント)
がんの種類:乳がん
診断時ステージ:ステージ3A
診断年:2018年
現在の居住地:大阪府
※本体験談は、患者さん個人の経験に基づくものです。治療の経過や副作用、生活への影響には、個人差があります。医療的な判断や治療方針の決定の際には、必ず医師・医療従事者にご相談ください。
2018年、ステージ3Aの乳がんと診断されたしぃさん。右胸の全摘手術を受けたものの、わずか2か月後に皮膚への局所再発が判明しました。「完治は望めない、これからは延命治療」と告げられ、一度は「あと2年」と死を覚悟したと言います。しかし、そこから薬物療法と、ご自身なりの「体との向き合い方」で病状はコントロールされ、診断から7年が経過した今も穏やかな日常を送っています。失ったものを嘆くのではなく、新しい楽しみを見つけて歩み続ける日々についてお話しいただきました。
違和感は「しこり」ではなく「厚み」だった
体の異変を感じ始めたのは、2018年の5月頃でした。狭心症の持病があったため循環器内科には通っていましたが、原因は不明で強烈なだるさを感じていました。6月になり、ふと自分の胸を触ってみたとき、いつもの生理前のような硬さとは違う、何か「厚み」のようなものを感じたのです。
気になって近所の乳腺外科クリニックを受診しました。触診の瞬間、先生の顔色が変わり、「乳がんの可能性が高いです。リンパも腫れています」と告げられました。その日のうちにマンモグラフィーと超音波(エコー)検査を行い、すぐにがん専門病院への紹介状を書いてもらいました。あまりに早い展開に、心の整理がつかないまま、がんとの闘いが始まりました。
少しでも再発リスクを避けるために全摘手術を決断
紹介先の病院で検査を受けた結果、ステージ3AのHER2陽性乳がんと診断されました。治療方針を決める際、私は友人から聞いていた「術前化学療法(先に抗がん剤でがんを小さくしてから手術する)」や「乳房再建」に関心を持っていました。しかし、主治医の判断は「手術を優先しましょう」というものでした。
同時再建についても「再建をしない場合に比べ、再建をした場合は数%ですが再発のリスクが高まる可能性があります」と説明を受けました。わずか2、3%の違いかもしれませんが、私は生きる可能性を少しでも高めたかったことと、「後日の再建も可能」とのことだったので、まずは全摘手術を受けることを決めました。
術後2か月での再発、「あと2年」と決めて治療と向き合う
手術は無事に終わりましたが、試練はその直後に訪れました。術後わずか2か月、手術の傷跡付近の皮膚に、がんが再発したのです。主治医からは厳しい現実を突きつけられました。「あなたの場合は、もう完治は望めません。これからは延命治療になります」とのことでした。
HER2陽性タイプは進行が早いと聞いていました。私は自分で情報を調べ、予後が悪いケースも覚悟し、「一応の目安として、あと2年」と自分の寿命の期限を勝手に決めました。家族には正直に状況を伝えました。夫は、動揺を見せずに静かに受け止めてくれました。息子たちも「僕たちがしっかりしないと」と気丈に振る舞ってくれました。私は、自分が動けるうちに身辺整理をしておこうと、「終活」を意識しながら治療に向き合うことになりました。
再発判明後、すぐに抗がん剤と分子標的薬による薬物療法が始まりました。幸いなことに、この治療は私にとても合っていました。2回目の治療を終えた頃には、皮膚に見えていたがんが目に見えて良くなっていったのです。
もちろん、副作用はありました。倦怠感や軽い吐き気、手足のしびれ、爪の変形、そして脱毛。事前にウィッグや肌に優しい下着を用意するなど準備はしていましたが、やはり体への負担は小さくありませんでした。
当時、英会話教室で自分のクラスを持っていましたが、「いつ復帰できるかわからない、命を落とすかもしれない」という状況だったため、受け持っていたクラスは他の講師に引き継ぐか、閉講する形をとりました。
患者本人にしかできない「がんばり所」
治療中、私が強く意識していたことがあります。それは「医療に任せる部分」と「患者自身が努力する部分」を分けることです。
手術や化学療法などは、医師にしかできません。でも、抗がん剤でがん細胞を叩いた後、そこから新しい正常な細胞を作り出し、体を整えていくのは、自分自身にしかできないことだと気づいたのです。
特に大切にしたのは食事です。バランスの良い食事を心がけるのはもちろんですが、献立を決める前に自分の体と向き合い、「体の声」を聴くようにしました。頭で「あれが食べたい」と考えるのではなく、じっくりと耳を傾けると、体が求めている食材が心のなかに浮かんでくる感覚があるのです。頭で考える食べたいものと、体が訴えるものが違うことも度々あり、不思議な体験でした。体が求めているものを中心にメニューを決め、何も浮かばないときは、頭で思いついたものを食べる。この習慣は、私の体調管理の要となりました。
また、再発への不安はどうしても襲ってきます。そんなときは、怯えるのではなく「体を動かす」ことで対抗しました。不安を感じたら、その場でスクワットや足踏みを15回やる。ネガティブな感情を筋トレに変換することで、気持ちを前向きに保つよう努めました。
今の自分ができることを楽しむ、それが私の生き方
診断から7年が経ちました。当初覚悟した「2年」を大きく超え、反対側の胸への再発もなく、経過観察を続けながら生きています。
がんになって失ったものも確かにあります。私は長年、三味線を趣味にしていましたが、リンパ節郭清の影響か右腕が重く、しびれもあるため、以前のように弾くことができなくなりました。それはとても残念なことでしたが、私はそこで立ち止まりませんでした。 「三味線がダメなら、もう少し軽い三線(さんしん)なら弾けるかもしれない」 そう考え、沖縄へ旅行に行った際に三線を購入しました。今ではYouTubeを見ながら練習し、新しい音色を楽しんでいます。
右腕が不自由になり、重い荷物を持てないため、買い物や旅行でも工夫が必要です。でも、不自由さを嘆くより、「今、生きていること」を楽しむほうがずっといい。家族に心配されても、「来年生きているかわからないから!」と笑って、一人で沖縄に出かけることもあります。自分のペースで、今の自分ができることを楽しむ。それが私の生き方になりました。
これからがんと向き合う方へのメッセージ
自身の体験を通じて、これからがんと向き合う方、あるいは検診を受ける方に伝えたいことがあります。
乳がん検診は、マンモグラフィーと超音波検査の両方を受けてください
私は毎年検診を受けていましたが、発見前の2年間だけ忙しくて行けていませんでした。発見時、腫瘍は7~8センチの大きさになっていましたが、実は私のタイプ(高濃度乳腺など)ではマンモグラフィーには写らず、超音波検査で発見されました。「マンモを受けているから大丈夫」と思わず、年齢や体質に合わせて超音波検査も併用することを強くお勧めします。
失ったものではなく、代わりになるものを楽しんでください
「どうして自分が」と悲しむ気持ちは痛いほどわかります。でも、病気で何かを失ったとしても、泣くだけ泣いたら気持ちを切り替えてみてください。失ったものの代わりになる新しい出会いや楽しみが、必ずどこかにあります。同じ人生を送るなら、新しい楽しみを見つけて笑って過ごすほうが、きっと体にも心にも良いはずです。
自分の体の声に耳を傾けてみてください
治療は医療チームにお任せしますが、その後の体を作るのは自分自身です。体が何を求めているか、食事や生活の中で自分の体の声に耳を傾けてみてください。それは患者本人にしかできない、大切な「治療」のひとつだと思います。