• 検索
  • お問い合わせ
  • お知らせ
  • メニュー
  • がん種
  • ニュース
  • 特集
  • 治験
  • リサーチ
  • イベント
  • 動画
  • 患者会
  • 辞典
  • お役立ち

肺がんステージ4B、つらい副作用も「立ち上がればなんとかなる」という強い気持ちで続ける治療

[公開日] 2025.12.08[最終更新日] 2026.01.26

写真はイメージです。(AIによる生成)
プロフィール お名前:ひでぴ(ニックネーム) 年代:50代 性別:男性 家族構成:妻と子ども2人との4人暮らし 仕事:工場勤務 がんの種類:肺がん 診断時ステージ:ステージ4B 診断年:2020年 現在の居住地:埼玉県
※本体験談は、患者さん個人の経験に基づくものです。治療の経過や副作用、生活への影響には、個人差があります。医療的な判断や治療方針の決定の際には、必ず医師・医療従事者にご相談ください。 2020年、ステージ4Bの肺腺がんと診断されたひでぴさん。余命3か月から半年という厳しい宣告を受けながらも、家族のため、そして自分の生きがいとして仕事を続けながら治療に向き合ってこられました。抗がん剤によるつらい副作用、間質性肺炎や心タンポナーデによる救急搬送など、幾多の命の危機を乗り越え、現在はご自身の体調に合わせたペースで治療を継続されています。「立ち上がってしまえばなんとかなる」という不屈の精神と、医療者との対話を通じて見つけた自分らしいがんとの付き合い方についてお話しいただきました。

原因不明の発熱、そして突然の肺がん告知

異変を感じたのは2020年のことでした。私は工場の管理職として、日勤と夜勤を交互に行う生活を送っていました。ある時期から、夜勤の夕方6時頃になると決まって39度近い高熱が出るようになったのです。不思議なことに、10日ほど経つと熱は下がり、平熱に戻る。そんなサイクルを繰り返していました。 妻が心配して色々と調べてくれ、「COPD(慢性閉塞性肺疾患)ではないか」と言うので、家の近くにある呼吸器専門のクリニックを受診しました。そこでレントゲン検査を受けたのですが、先生の表情が芳しくありません。当時は新型コロナウイルスが流行し始めた頃でしたが、コロナではないとのこと。先生は「ここでは判断がつきません」とおっしゃり、紹介状を持って大学病院の呼吸器科へ行くように言われました。 大学病院へ行き、今の主治医でもある先生が検査画像を見るなり、はっきりとこう言いました。「これは、がんの可能性が高いですね」。あまりに突然のことに言葉を失いました。その日のうちに気管支鏡検査、CT、MRIと立て続けに検査を行いました。結果は、右上葉原発性肺腺がん。リンパ節と副腎への転移があり、ステージは4Bでした。

「治療をしなければ3か月から半年」と告げられ決断した抗がん剤治療

診断結果を聞いたのは私一人でした。「なぜ家族を呼ばなかったのか」と先生に叱られましたが、自分ではもっと軽い病気だと思っていたのです。ステージ4Bという言葉の意味もよくわかっていませんでしたが、先生に余命を尋ねると「治療をしなければ3か月から半年」と告げられました。 進行がんであるため手術はできず、延命のための抗がん剤治療(化学療法)しか選択肢がないとのことでした。頭の中が真っ白になり、最初に浮かんだのは「家族になんと説明すればいいのだろう」という不安でした。 抗がん剤について、先生は私に「市販の風邪薬のようなものではありません。苦しい思いをしながら治療をしていくことになりますが、それでもやりますか?」と問いかけました。その言葉に、私は覚悟を決めました。 会社にはすぐに診断書を提出し、状況を伝えました。すると会社側は「金銭的な支援はするから、治療に専念してください。出勤は体調をみて調整してください」と言ってくれたのです。この言葉にどれほど救われたかわかりません。

仕事を続けることが自分なりの副作用との戦い方

治療はまず、3種類の抗がん剤(プラチナ製剤、アリムタ、キイトルーダ)の併用から始まりました。入院して治療を受けましたが、先生の言葉通り、副作用は壮絶なものでした。激しいめまい、倦怠感、体中にできる発疹と強烈なかゆみ。めまいがひどく、トイレに歩いていくのもやっとの状態でした。 しかし、私は仕事を休みませんでした。先生や妻からは「考え方がおかしい」と言われるのですが、私の中では「立ち上がってしまえばなんとかなる」という思いがあったのです。家で寝ていても、会社で仕事をしていても、副作用の苦しさは変わりません。めまいはするし、体はだるい。それならば、仕事をして気を紛らわせているほうが、精神的に楽だと思ったのです。管理職としての責任感もありましたが、何より仕事が楽しかったこと、そして「病気に負けたくない」という思いが私を突き動かしていたように思います。

薬剤の変更と度重なる合併症

最初の治療は効果があり、腫瘍は縮小しましたが、半年ほどで薬への耐性ができてしまいました。2020年の12月からは、ドセタキセルとサイラムザという薬に変更しました。この薬の副作用も強烈でした。髪の毛は完全に抜け落ち、ひどい口内炎で頬の内側がえぐれるほどになり、味覚障害で食事の味もしなくなりました。 さらに、治療開始から6クール目に間質性肺炎を発症し、救急搬送されました。息ができないほどの苦しさで、熱は40度を超え、意識が朦朧とする中、家族に助けを求めたのを覚えています。 肺炎の治療後、抗がん剤を休薬すると腫瘍マーカーが上がってくるため、体調を見ながら治療を再開しました。しかし、この薬を使うとどうしても肺炎になりやすくなります。そこで先生に相談し、通常3週間の投与サイクルを、4週間や1か月半といった間隔に延ばしてもらうことにしました。 治療間隔を空けることで、肺炎のリスクが減っただけでなく、休薬期間中に口内炎が治り、味覚が戻って食事が美味しく食べられる期間ができました。これは生活の質を維持する上でとても大きな発見でした。 また、がん化学療法などによって起こる好中球減少症などに対して使われる持続型G-CSF製剤の副作用で、骨が砕けるような激痛に襲われることもありました。あまりの痛さに一度この薬を中止したところ、今度は白血球が減少して感染症にかかり、心タンポナーデ(心臓の周りに水がたまる状態)を起こしてしまいました。再び救急搬送され、緊急手術を受けました。この時、妻は医師から「手術の成功率は10%以下」と告げられたそうですが、幸いにも一命を取り留めることができました。 治療を続ける中で、CT画像上では肺の腫瘍やリンパ節転移がほとんど確認できないほどに薬が効いていました。残る副腎への転移に対して放射線治療を計画していた矢先、MRI検査で脳への転移が見つかりました。脳転移に対する放射線治療は、大学病院では対応できないため、専門の医療機関を紹介され、ガンマナイフによる治療を受けました。経過は順調で、その後予定通り副腎へのピンポイント照射も行うことができました。 2023年の12月に放射線治療を終え、2024年2月には腫瘍マーカーが正常値まで下がり、現在は落ち着いた状態を保てています。

家族との絆が心の支えに

診断された当時、長男は中学生、次男は小学生でした。次男には「パパ、死んじゃうの?」と聞かれましたが、まだ幼さも残っており、以前と変わらず接してくれました。一方で、すでに状況を理解できていた長男は、精神的に落ち込んでしまったようでした。いつも一緒に出かけていたのに、私と口をきかなくなり、距離を置くようになってしまったのです。それが親としてはつらいことでした。 当初は「せめて次男が高校を卒業するまでは」という思いで治療に耐えていましたが、次第に長男も以前のように話しかけてくれるようになりました。家族が普通に接してくれること、それが何よりの支えでした。 また、心のケアという面では、病院の精神科の先生の存在が大きかったです。抗がん剤の副作用で体がつらいと、どうしても気持ちまで鬱々としてしまい、悪いほうへばかり考えてしまいます。そんな時、精神科の先生に全ての不安やつらさを涙ながらに吐き出しました。先生は私の話を否定せず、医学的な知見も交えながら、私に合ったアドバイスをくれました。月に一度のこの時間が、私にとって一番の楽しみであり、モチベーションを保つための命綱でした。 がんと診断されると、どうしても「死」を意識してしまいます。しかし、嘆いていても病気は治りません。気持ちを前向きに持ち、「治すんだ」「生きるんだ」という強い意志を持って、一日一日を大切に過ごしています。

これからがんと向き合う方へのメッセージ

5年間の闘病生活を経て、私が同じ病気と向き合う方々に伝えたいことは以下の通りです。 何かに夢中になる時間を作ってください 家に閉じこもって寝ていても、外に出ても、副作用のつらさは変わりません。それならば、少しでも気が紛れることをすることをお勧めします。散歩をする、音楽を聴く、買い物に行く、あるいは私のように仕事をする。夢中になれる時間を持つことで、一瞬でもつらさを忘れられますし、「自分は動けるんだ」という自信にもつながります。 主治医とは遠慮せずに対話をしてください 体調が悪い時やつらい時は、正直に医師に伝えてください。標準治療のサイクルが決まっていたとしても、患者の状態に合わせてスケジュールを調整することは可能です。私も間隔を空けることで、副作用と上手く付き合えるようになりました。自分に合ったペースを医師と一緒に見つけていくことが、長く治療を続けるコツだと思います。 心のケアを積極的に利用してください 体だけでなく、心のケアも非常に重要です。家族や主治医には言いにくいことでも、精神腫瘍科や緩和ケアの先生なら話せることもあります。専門家の力を借りて、気持ちを吐き出す場所を作ってください。 決して諦めないでください 一つの薬が効かなくなっても、次の薬があります。合う薬が見つかる可能性を信じて、希望を持ち続けてください。私は「もうだめだ」と何度も思いましたが、その度に先生や家族に支えられ、ここまで来ることができました。
体験談 肺がん

おすすめ記事

治験・臨床試験

一覧を見る

リサーチ・調査

一覧を見る

ニュース

一覧を見る

イベント

一覧を見る

動画

一覧を見る

体験談

一覧を見る

患者会

一覧を見る

電話受付:平日(月〜金)10:00-18:00

※オペレーターが受付いたします。内容に応じて専門のスタッフへおつなぎいたします。