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21年間にわたる乳がんとの闘い、再発・転移を乗り越え自分らしく生きるために

[公開日] 2025.12.03[最終更新日] 2026.01.21

写真はイメージです。(AIによる生成)
プロフィール お名前:いばらさん(ニックネーム) 年代:50代 性別:女性 家族構成:兄と2人暮らし 仕事:在宅での短時間勤務(診断時は会社員) がんの種類:乳がん 診断時ステージ:ステージ1 診断年:2004年 現在の居住地:千葉県
※本体験談は、患者さん個人の経験に基づくものです。治療の経過や副作用、生活への影響には、個人差があります。医療的な判断や治療方針の決定の際には、必ず医師・医療従事者にご相談ください。 2004年、いばらさんは34歳で乳がんステージ1と診断されました。若くしてがんを経験し、乳房温存手術と術後治療を受けました。その後、約7年でリンパ節での局所再発、さらに骨転移を経験し、21年間にわたりがん治療を継続されています。再発・転移のショックを乗り越え、新しい治療法とともに生活の質(QOL)を維持しながら前向きに生きるいばらさんにお話しいただきました。

しこりの発見から診断、そして納得できる医師選び

私が乳がんと診断されたのは、2004年、34歳の時でした。当時、会社の正社員として都内まで通勤して働いていました。ある日、自分で胸にしこりがあることに気がつきました。 翌日、会社の同僚にそのことを話すと、「すぐに病院に行ったほうがいいよ」と言われ、近くの乳腺クリニックを受診しました。そこでマンモグラフィーや超音波(エコー)検査を受け、最終的に細胞診を受けました。その結果、悪性が強く疑われる「クラス5」と判定され、乳がんの可能性が高いと告げられました。 そのクリニックは個人クリニックでしたが手術も行っているということでした。先生は私のがんの状態を見て、全摘手術を勧められましたが、同時に「うちだけで決めずに、他の病院にもセカンドオピニオンを聞きに行ってください」と言ってくださったのです。 私は、がん専門病院や大学病院など、いくつかの施設にセカンドオピニオンを聞きに行きました。特に、ある有名な医師のところへは、乳房温存手術ができないか相談に行きました。そこで「温存できると思うから、私が知っている病院を紹介します」と言っていただき、紹介された総合病院へ行くことにしました。 その総合病院の先生の説明に納得し、また人柄も良かったので、「こちらで手術をお願いします」と申し出て、そこで治療を受けることになりました。自宅から電車で1時間ほどの都内の病院でしたが、これから長い付き合いになることを考え、医師との相性を重視して決めました。

セカンドオピニオンで見つけた自分の望む治療と信頼できる医師

最初のクリニックでは全摘を勧められましたが、セカンドオピニオンを受けた総合病院では、私の希望通り乳房温存手術ができるという診断でした。当時のデータでは、全摘も温存も再発率は変わらないとわかっていたので、体に負担が小さい方を選びたいという思いで、乳房温存手術を選択しました。 手術は無事に終わり、病理検査の結果、ホルモン受容体陽性でHER2は陰性であることがわかったため、抗がん剤は使わず、ホルモン剤(タモキシフェン)で治療していくことになりました。当時の私は抗がん剤に対して恐怖感があったので、ホルモン剤だけで済むことになり、幸運だったと思います。術後の抗がん剤治療もありませんでした。 手術後には、再発を抑えるため、25日間の放射線治療を受けました。当時、主治医のいる総合病院には放射線治療科がなかったため、別の大学病院に25日間連続で通いました。放射線治療が終わったところで、ホルモン剤を飲み始めることになりました。

仕事よりも体を優先、休職を選択

手術や放射線治療で長く会社を休まなければならなかったため、私は乳がんであることを会社に話しました。私が勤めていたのは社長を含めて9人ほどの小さな会社で、社長の理解が深かったかというと、そうではなかったかもしれません。早く戻って欲しいという雰囲気はありましたが、私は「申し訳ありませんが、仕事よりも自分の体を優先させて欲しい」と願い出ました。 結果として、入院中から放射線治療の間もずっと休職扱いにしてもらい、半年ほど仕事を休みました。小規模な職場だったので、私が抜けた分、同僚には大きな負担をかけてしまったと思います。同僚たちが手分けして業務をこなしてくれたり、新しく人員を補充してくれたりと、やりくりをしてくれていました。復職した時には、周りに迷惑をかけてしまったという思いはありましたが、それよりも自分の体の回復が優先だと割り切っていました。

うつ病による治療中断と7年後の再発

ホルモン剤のタモキシフェンは、副作用を特に感じることなく、飲むこと自体は問題ありませんでした。しかし、復職して1年ほど経った頃、うつ病を患い、心療内科にかかることになりました。主治医にホルモン剤とうつ病の治療薬との飲み合わせについて相談し、問題はないと言われたのですが、私自身が精神的な不調から薬を飲み続ける気がしなくなってしまいました。 本来、5年間は飲み続けるように言われていたのですが、私は2年ほどでホルモン剤を飲むことができなくなってしまい、主治医の先生にもそのことを相談しました。その後、精神的な体調不良が長引き、結局は会社も退職せざるを得なくなりました。がんではなく、うつ病で会社を辞めてしまった形です。このホルモン剤を長く続けられなかったことは、今思えば少し後悔している点です。 ホルモン剤を中断した後も、年に1回の定期検診を続けていました。特に異常なしという状態が長く続いたので、「このままでいいのかな」と気が緩んでいた部分もありました。 しかし、手術から7年が経過した2011年、右の脇の下のリンパ節に再発が見つかりました。正直、この局所再発が、私にとって一番大きな精神的ショックでした。当時、リンパ節への再発がどの程度命に関わるものなのかという知識がなかったため、「もうおしまいだ」と深く落ち込んでしまったのです。 再入院して手術でリンパ節を摘出しましたが、この時は精神的に不安定になりました。入院中に携帯電話の使い方がわからなくなったり、病棟の貼り紙の内容が頭に入ってこなかったりという状態でした。退院後も家に引きこもり、誰かがそばにいないと不安でたまらないという状態が2か月ほど続きました。

骨転移後、治療薬を変更しながら耐えた日々

局所再発のショックを乗り越えた後も、がんはゆっくりと進行していきました。 まず、腫瘍マーカーの上昇をきっかけに骨シンチグラフィー検査をしたところ、2015年に仙骨への骨転移が判明しました。この時は自覚症状や痛みは全くありませんでした。 そして翌年の2016年、今度は突然、首に痛みが出て、検査の結果、頸椎への骨転移が判明しました。頸椎という場所が命に関わる可能性のある部位だということで、そのまま入院し、放射線治療を10日間受けました。 この骨転移の時は、最初の再発の時ほど精神的なショックは大きくありませんでした。経験を積んだせいか、あるいは、治療法があるということを知っていたからかもしれません。 その後、骨転移の治療として、経口抗がん剤と、骨を補強するランマークの注射を組み合わせた治療が始まりました。 ランマークによる治療は長く続きましたが、実はランマークを長く使っていると、骨がチョークのように硬くなり、少しの衝撃で折れてしまう可能性があるということを、後に別の病院の整形外科の先生から聞きました。まさにその通り、約3年前の2022年に職場で転倒し、大腿骨を骨折してしまいました。このことがきっかけでランマークでの治療は中止となりました。 経口抗がん剤も、手足の皮がめくれる「手足症候群」の副作用が出たため、約5年で中止になりました。その後は、効果がなくなると薬を変えるということを繰り返し、イブランスなどの薬を経て、2023年からはハラヴェンという抗がん剤の点滴を1年ほど続けました。この抗がん剤は髪が半分ほど抜けるなどの副作用がありましたが、治療効果がなくなり、また別の治療法を探すことになりました。

21年の闘病で気づいた一日一日を大切に生きるという意味

長く治療を続けている中で、新しい薬が開発され、承認されることは、私たち患者にとって大きな希望の光です。 先生から、新しく認可されたトルカプという薬が使えるかもしれないので、遺伝子パネル検査を受けて欲しいと言われました。体調が整わずすぐに検査を受けられませんでしたが、今年(2025年)の6月に検査を受けました。幸い、該当する遺伝子変異が1つあり、トルカプが使えることになったのです。 こうして、21年目に入った今、トルカプでの治療を始めています。治療が長くなればなるほど、費用負担は大きくなります。高額療養費制度を使っても、自己負担は長期にわたり、生活への影響も大きいです。最近になり、再発・転移中でも入れるがん保険があると知り、入ることができました。 今は、在宅での短時間勤務という形で仕事をしています。これは病気とは関係なくうつ病を機に始めた仕事ですが、社会との繋がりを保てること、そしてゼロから物を作るという仕事内容が、私にとって生きがいになっています。作ったものを誰かが買ってくれるということが、誰かに必要としてもらっているという実感となり、孤独を感じずにいられる理由だと感じています。 この長い闘病生活の中で、私は「再発・転移しても治療法はある」ということを、身をもって知りました。また、再発のショックで精神的におかしくなった経験から、病気のことを正しく知ることの重要性も学びました。患者会にも参加しており、同じ境遇の方と経験を分かち合っています。 がんになったことで、一日一日を大切に生きるようになりました。今日はこれをやろうという目標を定めて、生きることを楽しんでいけたら、それで十分だと思っています。

これからがんと向き合う方へのメッセージ

再発・転移しても諦めないでください 私が21年間治療を続けてこられたように、今は新しい治療の選択肢がさまざまあります。もし再発・転移したとしても、「もうおしまいだ」と思う必要は全くありません。治療薬の承認を待ちながら、日々を大切に生きていきましょう。 正しい知識は、がんと闘う力になります 自分の病気がどのようなもので、再発・転移がどの程度深刻なものなのかを勉強してください。知識がないと、私のように不必要なほど精神的なショックを受けてしまうことがあります。正しい情報を得ることで、冷静に治療に向き合えるようになります。 医師や看護師とのコミュニケーションを大切にしてください 長い闘病生活の中で、医師との相性は非常に重要です。説明に納得できない、人柄が合わないと感じたら、遠慮せずセカンドオピニオンを聞いたり、主治医を変えたりすることも患者の権利です。また、抗がん剤治療などで不安なときは、看護師さんも親身になって話を聞いてくれます。一人で抱え込まずに、医療者と積極的にコミュニケーションを取りましょう。 孤独を感じない工夫をしましょう 病気になると家に引きこもりがちになり、孤独になりやすいです。しかし、社会との繋がりや、趣味などの「生きる楽しみ」を持つことが、精神的な安定に繋がります。私のように在宅でできる仕事を見つけたり、患者会に参加したり、心を許せる友人と関わったりするなど、孤独感を感じない工夫をすることが大切です。
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