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3度目のがん告知「ファーター乳頭がん」、信頼できる医師と「一人で頑張りたい」という目標が支えに

[公開日] 2025.12.03[最終更新日] 2026.01.21

写真はイメージです。(AIによる生成)
プロフィール お名前:みーこさん(ニックネーム) 年代:50代 性別:女性 家族構成:一人暮らし(診断時)、現在は兄弟宅に滞在 仕事:無職(診断時パート勤務) がんの種類:ファーター乳頭がん、乳がん、卵巣がん 診断時ステージ:ファーター乳頭がん(2023年)、         乳がん、卵巣がん(2010年) 診断年:2023年 現在の居住地:北海道(診断時は千葉県)
※本体験談は、患者さん個人の経験に基づくものです。治療の経過や副作用、生活への影響には、個人差があります。医療的な判断や治療方針の決定の際には、必ず医師・医療従事者にご相談ください。 みーこさんは、約15年前に乳がんと卵巣がんをほぼ同時期に経験し、治療を終えて安心した日常を送っていました。しかし、2023年の夏、体調不良から受けた検査でファーター乳頭がん(十二指腸乳頭部に発生したがん)が見つかり、再びがんとの闘いが始まります。治療開始にあたり、「一人暮らしでは治療を受けさせられない」と告げられ、家族との同居を求められたことで、みーこさんは仕事や住環境、そして精神的にも大きな決断を迫られました。自立して治療に望めるという気持ちと、医療側が求める環境との間で生じた大きな認識のズレと葛藤。この複雑な経緯と、その後、新たな場所で信頼できる医師と出会い、治療を継続している現在の状況についてお話しいただきました。

15年前の二重のがん体験、乳がんと卵巣がんそしてBRCA遺伝子変異の発覚

私の初めてのがん体験は、今から約15年前(2010年頃)のことでした。先に乳がんが見つかり、その手術が終わった直後の検査で卵巣がんが見つかりました。両方とも別の部位のがんで、当時は非常に驚きました。全身のPET検査などでは見つからず、卵巣がんは排尿困難という自覚症状から泌尿器科を受診したところ、卵巣が腫れていることがわかったのです。 この2つのがんの治療が終わった後、定期検査で通院していた東京の大学病院で、BRCA1/2遺伝子の検査を受ける機会がありました。その検査で、私がBRCA遺伝子変異を持っていることがわかったんです。この変異が、乳がんと卵巣がんのリスク因子のひとつだと知り納得がいきました。

安心していた日常からの急転、夏バテと思った体調不良が3度目のがん告知

乳がんと卵巣がんの治療が終わり、再発もなく定期観察の期間に入ったことで、私は「これで大丈夫だ」と安心していました。仕事もパートですが順調で、生活にも慣れてきて、これからという時でした。 2023年の夏、私はひどく疲れて夏バテだと思っていました。何回か近所のクリニックに行きましたが、ある日、採血結果を見た先生から「肝臓の数値がおかしい。すぐに大学病院に行くように」と言われました。それで以前から通院していた東京の大学病院を受診したところ、CTやMRIなどの検査で、十二指腸乳頭部に病変があることがわかったんです。後にファーター乳頭がんと確定診断され、肺と肝臓にも転移が見つかり、手術はできない進行がんの状態だと告げられました。

医師からの予想外の条件「一人暮らしでは治療させられない」という壁

診断を受けた当時、私は千葉県で一人暮らしをしていて、治療も一人で乗り切りたいと望んでいました。仕事も軌道に乗ってきていたし、持ち家とペットもいたため、生活環境を変えたくありませんでした。 しかし、東京の大学病院の医師から「一人では治療させられない」と言われたのです。抗がん剤の副作用の出方が未知数で、治療後の生活維持が難しくなる可能性があるため、家族の元で治療を受けるようにと強く勧められました。 私の仕事はパートでしたが、半年ほどは「戻って来られたら」と待ってもらえていたので、どうしても続けたい気持ちがありました。病院側からは「何かあった時にどうするんですか?」という懸念を繰り返し伝えられ、私が家族の元で治療することを決断しないと、なかなか治療が始まらない状況が2週間以上続いたのです。 この時の医師とのやりとりは、私にとって精神的なダメージが非常に大きかったです。治療を開始しても、がんが小さくならない、現状維持が精一杯だという説明を受けましたが、私は1ミリでもいいから希望を欲しいと思っていました。「小さくなる可能性はありませんか?」「手術できないのはなぜですか?」と尋ねたのですが、どうも私の質問や気持ちが、医師からは「病状を理解していない」と受け取られていたようです。 私の家族に対して医師は「患者さん(私)は治療の副作用や、がんが小さくならないことを全く理解していないようです」と伝えていたと、後から聞かされました。患者側としては、希望を捨てずに質問しているだけなのに、それが「わかっていない」と判断され、認識のズレが大きいと感じました。

苦渋の決断、仕事と住環境を手放し家族の元へ

結局、私は治療を開始するために、千葉での生活と仕事を辞め、北海道に住む兄弟の元へ移ることを決めました。実家はありましたが、もう高齢の家族しかいなかったため、兄弟に頼るしかなかったのです。病院も東京の大学病院から、北海道の病院へ転院することになりました。その際、病院探しは自分自身で行わなければなりませんでした。いくつもの病院に断られましたが、今の病院だけが受け入れてくれました。 北海道の病院での治療は、家族のサポートを借りながらスタートしましたが、幸いにも重篤な副作用は出ず、通院も一人で行うことができました。結果的に、東京の大学病院の医師が心配したような、一人で生活できない状況にはなりませんでした。

新天地での治療開始、信頼できる主治医との出会いと予想以上の治療効果

転院先の北海道の病院の主治医は、非常に穏やかで、私の話を丁寧に聞いてくれる先生でした。 前の病院で言われた「がんが小さくならない」という話は変わりませんでしたが、先生は手術ができない理由を、転移があること、そして手術をするとその後の抗がん剤治療が中断してしまうため、がん細胞が全身に残っている現状ではリスクが高いと、納得できる説明をしてくれました。 そして、私のBRCA遺伝子変異を考慮した上で、遺伝子パネル検査も受けました。検査の結果、いくつかの遺伝子の変化が見つかりました。そうしたさまざまな情報を基に、薬剤の組み合わせや順番を柔軟に工夫してくれました。 今の先生は「私のために、すごく頑張って考えてくれてる」ということが伝わります。治療方針や薬の切り替えについても、私に丁寧に説明し、コミュニケーションをとりながら進めてくれるので、信頼度がとても高いです。 実際に治療を開始したところ、腫瘍が予想以上に縮小しました。先生も「治療の効果が出ていますね」と言ってくださり、私はとても嬉しく思いました。 治療は継続中で、薬は4種類目に変わっていますが、日常生活は普通に送ることができています。北海道に友人がいない孤独な環境ではありますが、理解ある先生、そして家族のサポートのおかげで治療を続けられています。私は今、そろそろもう一度仕事を探してもいいかなと考え始めています。人に頼らない「一人で頑張る」生活を取り戻すことが、大きなモチベーションになっています。

振り返って見えたもの、パニック状態での判断と本当に必要だった支援とは

今振り返ってみると、最初の診断時に私は自分が思っている以上にパニックになっていたと思います。だからこそ、東京の大学病院の医師の言葉に縛られてしまい、「家族の元でなければ治療できない」という条件を真に受けてしまったのかもしれません。 千葉にはコミュニティや友人がいて、決して孤立していたわけではありませんでした。しかし、医師が「一人暮らし」という言葉だけを捉え、その裏にあるサポート体制(友人や地域との繋がり)を理解してくれなかったことが、私にとって最もつらい精神的ダメージとなりました。 私に必要なのは、「家族じゃなくてもいい」という、柔軟な理解だったのです。家族に負担をかけ、見知らぬ土地で友人関係もなく治療を続ける今の状況こそが、ある意味では孤独な一人暮らしに近いと感じています。 過去の私のように、自分の思い通りに治療が進まないことや、周囲に気持ちを理解してもらえないことで、精神的に追い込まれてしまう方は少なくないと思います。しかし、私はこの経験を経て、「自分自身が納得できる環境で治療を受けたい」という強い意志を持つことが、いかに重要であるかを再認識しました。 今、私は北海道で、信頼できる先生と共に治療を続け、再び「一人で頑張りたい」という目標に向かっています。治療が順調に進み、日常生活を送ることができていることに心から感謝しつつ、今後は新しい仕事を見つけ、自分の望む人生を歩んでいきたいと思っています。この体験が、今、がんと向き合っている方々の「自分らしい治療」を探す一助となれば幸いです。

これからがんと向き合う方へのメッセージ

私のがん体験を通して、今がんと向き合っている方に伝えたいことがあります。 一人で抱え込まず、外部の支援を頼りましょう がんの告知を受けると、誰もが自分が思っている以上にパニックになると思います。一人で考えると話がぐるぐる回ってしまうので、友人や知人を頼ったり、または病院にあるがん相談支援センターなどを積極的に利用してください。医療チームとは違う切り口で、治療や生活のヒントを提案してくれます。 診察には信頼できる誰かに同席してもらうことも検討してみてください 医師との話がしっくりこない時や、重要な治療方針を決める際には、信頼できる友人や家族など、第三者に同席してもらうことをお勧めします。身内では話しづらいことも、第三者がいることで話しやすくなることもあります。また、医師と患者の間で認識のズレが生じるのを防ぐことができます。 治療環境は「家族」だけでなく、「地域」や「支援」も含めて考えましょう 「一人暮らしだから治療できない」と言われたとしても、「家族じゃなくても、地域や友人など、助けてくれる人たちがいる」ということを、病院側に理解してもらう姿勢も大切です。特に一人で治療を開始する際は、病院の地域連携チームなどとつながり、いざという時に頼れるネットワークを治療前から構築しておくと安心です。孤独な状況で環境がガラッと変わることは、病気のつらさに加えて、精神的にも大きな負担になります。
体験談 胆道がん

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