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子宮頸がんステージ1B3、「更年期かも?」と放置した不正出血・おりもの異常が招いた現実

[公開日] 2025.12.02[最終更新日] 2026.01.16

写真はイメージです。(AIによる生成)
プロフィール お名前:みゆき57さん(ニックネーム) 年代:50代 性別:女性 家族構成:夫と2人暮らし 仕事:オリジナルアクセサリー制作(現在は休止中) がんの種類:子宮頸がん 診断時ステージ:ステージ1B3 診断年:2023年 現在の居住地:大阪府
※本体験談は、患者さん個人の経験に基づくものです。治療の経過や副作用、生活への影響には、個人差があります。医療的な判断や治療方針の決定の際には、必ず医師・医療従事者にご相談ください。 2023年、みゆき57さんは子宮頸がんステージ1B3の診断を受けました。最初の異変は、不正出血やおりものの増加。しかし、更年期に入っていたこともあり、「年齢的なものだろう」と数か月間放置してしまいました。やがて、おりものの異常が気になり婦人科クリニックを受診したところ、すぐに大学病院を紹介され、がんが発覚します。診断から約1か月後に広汎子宮全摘出術を受け、術後には腸閉塞も経験。さらに、治療の影響で長年続けてきたアクセサリー制作の仕事も休止せざるを得なくなりました。診断に至るまでの経緯、手術や入院生活の実際、そして治療の選択についてお話しいただきました。

更年期と思い込み放置した症状から、子宮頸がんの発覚まで

私が最初に体の異変に気づいたのは、2023年の1月後半でした。生理が月に2回来るようになり、不正出血がありました。ただ、ちょうど更年期にも入ってきていて、生理自体が不安定になっていた時期でした。「だらだらと出血が続くこともある」と聞いていましたし、年齢が年齢なので「こんなものかな」と思い、そのまま放置してしまいました。 それから2か月ほど経った4月頃、今度はおりものの量が妙に増えてきたのが気になり始めました。不正出血よりも、そのおりものの異常の方が気になったのです。だんだん体調も悪くなっていくのを感じ、「いい加減に病院に行った方がいいかな」とようやく重い腰を上げました。 4月18日、近所の女性医師がいるクリニックを受診しました。そこで経腟エコー検査と細胞診の検査を受けました。経腟エコー検査の段階で、先生はだいぶ腫瘍が大きくなっているのがわかったようでした。今思えば、先生はその時点で「がんの可能性が高い」と考えていたと思いますが、その場ではっきりとはおっしゃいませんでした。 ただ、検査結果が出るのを待つまでもなく、「紹介状を書きますので、明日必ず紹介先の病院に行ってください」と大学病院への紹介状を渡されました。大学病院ですので、すぐに予約は取れないはずですが、大学病院に電話をかけて掛け合ってくれたようでした。 翌日、大学病院へ向かいました。朝8時半前に病院に着きましたが、実際に診察してもらえたのは13時過ぎでした。予約の隙間に無理やりねじ込んでもらったという感じだったと思います。

ステージ1B3の告知を受けて感じた率直な気持ち

大学病院で受けた検査の結果は、「子宮頸がんです。ステージは1B3です」という診断でした。 先生から告知を受けた時、思ったほど大きなショックはありませんでした。というのも、前日のクリニックでの先生の緊迫した様子や、「明日必ず」という言葉から、「これは、がんかもしれない」と、ある程度覚悟ができていたからです。 もちろん、がんだと言われて平気だったわけではありません。ただ、ショックを受けるというよりは、「手術をしたら治るのか」「入院期間はどれくらいか」「後遺症は残るのか」といった、これからの治療や生活のことばかりが心配でした。 子宮頸がんについての知識は、「そういう名前のがんがある」「検査を受けた方がいい」「ワクチンがある」という程度でした。健康診断は毎年受けていましたが、婦人科のがん検診は受けたことがありませんでした。「自分は大丈夫だろう」という根拠のない自信と、やはり婦人科検診自体への抵抗感があり、避けてしまっていたのです。 ステージ1B3と聞いても、それがどれくらい悪い状態なのか、すぐにはピンと来ませんでした。「1」と聞いて、「まだステージ1なら大丈夫かな」と少し思ったくらいです。しかし、その後に検査画像を見せてもらうと、がんが広がっているのがわかり、それを見た時はさすがにびっくりしました。

診断から手術日まで約1か月の慌ただしい準備期間

大学病院では、私が診察や検査を受けている間に、すでに治療計画が組まれていたようでした。この大学病院は婦人科のがん治療では西日本で一番ともいわれる有名な病院らしく、患者さんが非常に多く手術も順番待ちの状態でした。しかし、診察室に呼ばれると、がんの告知とほぼ同時に「何日にCT、何日に何の検査をして、何日に入院で、何日に手術です」と、全ての日程が決められ、手術方法は、開腹による広汎子宮全摘出術と告げられました。 手術までは、約1か月ありましたが、その間は手術前の検査や仕事(オリジナルのアクセサリー制作)もしていましたので、入院までに受けていた注文を全て片付ける必要があり、そちらもバタバタとしていました。 初めての手術と入院でしたので、何が必要かわかりません。病院からもらったパンフレットの他に、ネットでも検索しましたし、以前に別の婦人科系の手術を経験した友人にも「どんなパジャマがいい?」などと具体的に聞きました。結局、前開きのパジャマや、スリッパは危ないのでかかとのある室内履きが良いと聞き、ネット通販で「入院 シューズ」などと検索して買い揃えました。

広汎子宮全摘出術後の痛みと予期せぬ腸閉塞

手術当日。大学病院ということもあり、実習生の方なども含め、本当にたくさんの人に囲まれました。 手術室に入ると、もうまな板の上の鯉です。怖いのは怖かったですが、「これしか道はない」「早くやってもらって、早く回復して、早く家に帰ろう」と、それしか考えていませんでした。自分でも驚くほど落ち着いていたようで、看護師さんにも「すごく落ち着かれていますね」とびっくりされたくらいです。 手術は夕方に終わり、麻酔の影響もあってか、翌朝の起床時間までは「うとうとと寝ては起きる」を繰り返していました。 手術の傷自体は、安静にして寝ている分には痛みませんでした。ただ、動こうとすると痛みが走ります。それ以上につらかったのは、ずっと仰向けの同じ体勢で寝ていたせいで、背中が痛くてたまらなかったことです。 手術の翌朝、看護師さんが来て、「じゃあ、立ってみましょうか」と言われました。これが本当に大変でした。手術による貧血と、硬膜外麻酔の影響が残っていたようです。以前、ぎっくり腰になった時に右足が痺れて動かなくなったことがあるのですが、それと全く同じ箇所が痺れ、完全に力が入りませんでした。 術後の回復は順調かと思いきや、今度は腸閉塞を合併してしまいました。4日間、絶飲絶食となり、点滴だけで過ごしました。 腸閉塞が治まっても、なかなか退院できませんでした。血液検査の炎症反応の数値が下がらず、原因不明の微熱(夕方になると38度くらいまで上がる)が続いたのです。傷口はとても綺麗で、他は元気だったのですが、この炎症のせいで入院が長引きました。 結局、入院は2週間ほどに及びました。最後は「もう帰りたいです」と先生にお願いし、飲み薬を処方してもらって退院しました。

血栓予防と排尿障害対策のためのリハビリ生活

入院中は、血栓防止のためにできるだけ歩くように言われました。手術当日の夜は、足に空気圧でマッサージする装置がつけられていましたが、翌朝には外されました。その後は、着圧ソックスを履くように指示されました。「病棟の廊下を平気で10周できるようになるまで履いてください」と言われ、早く脱ぎたかったので、必死で歩きました。3日ほどで10周を達成し、「できました!」と申告して、ソックスを脱がせてもらいました。 また、今回は子宮だけでなく卵巣やリンパ節も切除したので、更年期症状やリンパ浮腫の後遺症の可能性もあるとのことでした。さらに、排尿障害が後遺症として残る可能性があると説明を受けていました。広汎子宮全摘出術では、膀胱の機能を調整する神経が切除範囲に含まれる「基靭帯」を切除するため「尿意を感じにくい」「尿が出にくい」「尿もれ」などの排尿障害が起きやすくなるそうです。そのため、時間を決めて強制的に排尿する必要があるとのことで、もし自力で排尿できなくなった場合に備え、自分で尿を出すための「自己導尿」のトレーニングも受けました。 術後3~4日は尿道のカテーテルが入ったままでしたが、それが抜けた後も、泌尿器科のチェックが終わるまでは自己導尿をするよう言われました。幸い、私は術後翌日から尿意をしっかり感じていました。

がんであることをオープンにする私なりの理由

私は、自分ががんであることを、家族や友人、そしてブログなどを通じてオープンにしています。 隠す理由が特にない、というのが正直なところです。もちろん、がんは大変な病気だと認識しています。特に私はリンパ節郭清もしたため、術後は「リンパ浮腫」という後遺症に常に気をつけなければならなくなりました。虫刺されや小さな切り傷からばい菌が入ることも注意しています。 そのため、友人に「夏に琵琶湖に行こう」と誘われても、「ごめん、リンパ浮腫が怖いから水には入れない」と断らなければなりません。そういう時に、本当のことを言えた方が楽だと感じます。隠している方が、かえってしんどいと感じてしまいます。

仕事への影響とリンパ浮腫への不安を抱える日常

術後、体力は回復しましたが、長年続けてきたオリジナルのアクセサリー制作の仕事は、現在はやめています。 手術で卵巣も摘出したため、更年期障害が一気にひどくなってしまったのです。特に、手がこわばって力が思うように入らなくなり、アクセサリー作りに必要な細かい作業ができなくなってしまいました。20年間続けてきた仕事を続けられなくなったことへの喪失感は、もちろんありました。 そして、今一番気をつけているのが「リンパ浮腫」です。退院から3か月経った9月の終わりに、一度足が腫れかかって再入院したことがあります。それ以降は幸い落ち着いていますが、リンパ浮腫は一度発症すると一生治らないと聞いています。ネットでさまざまな症状の写真を見ているだけに恐怖心があります。 再発への不安はもちろんありますが、それよりもリンパ浮腫にならないかということの方が、今は心配です。 対策として、入院前から習っていた太極拳を続けています。これが、リンパの流れを良くするのに非常に効果的だと感じています。 リンパ浮腫への不安は完全には消えませんが、今は太極拳を通じて自分の体と丁寧に向き合う時間が増えました。半年に一度の経過観察で安堵を得ながら、再発予防と健康維持に努めています。「自分は大丈夫」という思い込みを捨て、どうか皆さんもご自身の体を最優先にしてほしいと願っています。

これからがんと向き合う方へのメッセージ

私の体験から、これからがんと向き合う方にお伝えしたいことがいくつかあります。 「おかしい」と思ったら、すぐに病院へ行ってください。 私は「更年期だから」と数か月間、異変を放置してしまいました。どんなに些細なことでも、「いつもと違う」と感じたら、迷わず病院を受診してください。特に婦人科系の検診は二の足を踏んでしまいがちですが、自分の体を守るために、どうか放置しないで欲しいです。 定期検診は本当に大切と実感しています。 自覚症状が出た時には、すでにある程度がんが進行してしまっている可能性があります。私はがん検診を受けていなかったことを、今では本当に後悔しています。「自分は大丈夫」という思い込みが一番危険です。ぜひ、定期的にがん検診を受けてください。 「まさか自分が」は、ありません 入院中、病室で他の患者さんたちと話していると、皆さんが「まさか自分ががんになるなんて思わなかった」とおっしゃっていました。私自身もそうでした。がんは、誰にとっても他人事ではありません。 医療保険の加入を強くおすすめします。 私はがん保険に入っていませんでした。高額療養費制度は利用できましたが、それでもまとまった出費はあります。がんを経験すると、保険に入りたくても緩和型のものにしか入れないなど、制約も出てきます。また、私のように、治療の影響でそれまでの仕事を続けられなくなる可能性もあります。経済的な備えは、本当に大切だと痛感しました。
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