写真はイメージです。(AIによる生成)プロフィール
お名前:田代さん(本名)
年代:70代
性別:男性
家族構成:妻と二人暮らし(子ども二人は独立)
仕事:無職(診断時は会社員)
がんの種類:腎臓がん
診断時ステージ:ステージ4
居住地:東京都
診断年:2018年
※本体験談は、患者さん個人の経験に基づくものです。治療の経過や副作用、生活への影響には、個人差があります。医療的な判断や治療方針の決定の際には、必ず医師・医療従事者にご相談ください。
2018年に腎臓がんステージ4と診断された田代さん。持病のリウマチに加え、がんという新たな病と向き合うことになりました。手術、薬物療法の変遷、副作用との闘い、そして医師との関係に悩みながらも、ご自身で情報を集め治療を続けてきた7年間の経緯についてお話しいただきました。
腎臓がんが見つかったきっかけは、クリニックで受けた超音波検査
2018年のことです。胃がムカムカするなど、少し体調が優れなかったため、近所のクリニックの先生に相談し、胃内視鏡検査を受けることにしました。そのとき、先生が「合わせて超音波検査もしておきましょう」と提案してくれました。
その超音波検査で、腎臓に「影がある」と指摘され、すぐに大きな病院で精密検査を受けることを勧められました。
紹介状はもらわず、自分で自宅の近くにある総合病院を予約して受診しました。そこであらためてCT検査を受け、さらにMRIやPET検査など、精密検査を重ねました。その結果、医師から告げられたのは「腎臓がん」という診断でした。
ステージ4の告知でも、症状はないので仕事は継続
画像検査の結果、がんは左の腎臓に原発巣があり、右の腎臓と脊椎2か所に転移していたためステージ4で、左の腎臓はすぐに摘出しなければならないとのことでした。
告知は、妻と一緒に聞きました。まさか自分がステージ4のがんだとは思ってもみなかったので、二人とも頭が真っ白になりました。血尿や痛みといった自覚症状が一切なかっただけに、実感が湧かなかったのかもしれません。これからどうなるのだろうかという不安で、1週間くらいは何も考えられない状態が続きました。
当時、私はまだ会社員として働いていました。診断が下り、手術の方針も決まりましたが、幸いにも症状がなかったため、仕事は普通に続けられました。手術の日程は、ちょうどゴールデンウィークの時期だったため、手術と入院は有給休暇と連休を利用して行うことにしました。結果的に、休職することなく手術を終えることができました。
会社には、社長にだけは腎臓がんの手術をすることを伝えましたが、同僚などには話しませんでした。
主治医が変わり、分子標的薬から免疫チェックポイント阻害薬へ治療薬も変更
手術で左の腎臓を摘出し、退院後は薬物療法が始まりました。最初は「スーテント」という分子標的薬を服用することになりました。この薬を約2年間続けました。
ところが、その頃に主治医が交代になりました。新しい主治医は、それまでの治療方針を見直し、「オプジーボという薬があるので、試してみませんか」と提案してきました。以前の主治医からは「オプジーボは腎臓がんには2割くらいの患者さんにしか効果がない可能性があります」と聞いていましたが、新しい先生の提案を受けてみることにしました。
しかし、私の持病であるリウマチは自己免疫疾患です。免疫の働きを活発にするオプジーボを使うことには不安がありました。リウマチでかかっている別の医師に相談したところ、「リウマチ薬のメトトレキサートとオプジーボの併用は問題ない」とのことだったので、オプジーボの治療を開始しました。
結果として、オプジーボは私には効果がなく、骨の転移巣と右の腎臓に残っていたがんが、少し大きくなってしまいました。
「使ったことがないから使えない」医師の言葉に転院を決意
オプジーボが効かないとわかったとき、主治医は「カボメティクスという次の薬があります」と言いました。しかし、続けて「私はこの薬を使ったことがないので、ここでは使えません」と言うのです。「使ったことがないから使えない」という言葉に、私は耳を疑いました。
さらに、大きくなってきた骨転移巣に対する放射線治療についても尋ねたところ、「この病院では放射線治療はできない」との返答でした。
このままでは治療ができない。私は、別の病院で治療するしかないと決意しました。別の病気でがん専門病院に通っている知人がいたのを思い出し、その情報を頼りに、がん専門病院へ転院することにしました。2021年のことでした。
3回目の治療薬変更で深刻な副作用を経験
がん専門病院では、骨転移の箇所には放射線照射と、カボメティクスによる薬物治療を開始しました。
骨転移の方は放射線治療がうまくいき、その後4年ほどは落ち着いた状態を維持できましたが、問題はカボメティクスの副作用でした。
スーテントの副作用は味覚障害程度、オプジーボは目立った副作用はありませんでした(ただし、骨転移の進行を抑える薬の影響で後になって顎骨壊死という副作用が出ていたことがわかり、これは今も口腔外科で治療中です)。しかし、カボメティクスは手足症候群という副作用が強く出ました。手足の皮膚が荒れ、痛みを伴うため、歩くのが非常につらくなってしまったのです。
ちょうどその頃、定年退職の時期とも重なりました。この副作用のつらさもあり、「もう潮時かな」と考え、退職することにしました。
医師とのコミュニケーションの壁
がん専門病院に移り、治療は進みましたが新たな問題に直面しました。それは、主治医とのコミュニケーションでした。
手足症候群の痛みがひどく、主治医に「歩くのがつらい」と訴えたときのことです。主治医は「そんなに副作用がつらいなら、カボメティクスをやめてもいいですよ」と言いました。
私は愕然としました。患者が副作用の苦しさを訴えているときに、医師が「じゃあ、やめますか」というような言い方をするとは思いませんでした。「では少し薬の量を減らしてみましょうか」とか、「一時的に休薬して様子を見ましょうか」といった提案を期待していましたが、そうではありませんでした。
新たな転移と、二人の医師で異なる治療方針
2025年になると、また新たな問題が起こりました。定期的なCT検査で、肺門(肺の入り口付近)のリンパ節が大きくなっていると指摘されたのです。
しかし、泌尿器科の主治医は、「これが転移かどうかは、CTだけではわからない。場所的に組織検査もできない」と言いました。そして、「もし放射線治療をするなら、カボメティクスをいったんやめなければならないから、積極的には勧めません」と言うのです。
私は、骨転移の治療でずっとお世話になっている放射線科の先生にも意見を聞いてみることにしました。その先生は、私のCT画像をじっくりと見て、はっきりこう言いました。
「田代さん、これは転移です。大きくなってきているから、早めに放射線を当てた方がいいと思います」
二人の医師の見解が真っ二つに分かれたのです。私は、これまで骨の状態だけでなく、腎臓のがんの様子まで詳しく見てアドバイスしてくれた放射線科の先生の方を信頼することにしました。
放射線科の先生にお願いし、2025年の8月に肺リンパ節への放射線治療を行いました。そして9月に、病院に申し出て泌尿器科の主治医を変更してもらいました。
諦めずに治療を続けるということ
新しい泌尿器科の先生は、きちんと説明(インフォームド・コンセント)してくれますが、まだ関係性はこれからというところです。私が転院ではなく主治医変更にとどめたのは、ひとえに信頼できる放射線科の先生が、その病院にいてくれたからです。
現在は、カボメティクスの効果が出ているようで、右の腎臓に残っているがんは縮小傾向にあると説明されています。しかし、肺リンパ節に転移したということは、目に見えないがん細胞が他にも飛んでいる可能性もあるということです。
今、私はがん専門病院のほかに、持病のリウマチと脳動脈瘤の治療で元の総合病院(腎臓がんの初回治療を受けた病院)を含めて、4つの病院に通院しています。まさに満身創痍ですが、治療はこれからも諦めず続けていきます。
がんと診断されると不安でいっぱいになると思いますが、どうか諦めずに、ご自身が納得できる治療法と、信頼できる医療チームを探し続けて欲しいと思います。
これからがんと向き合う方へのメッセージ
私の7年間の経験から、これからがんと向き合う方にお伝えしたいことがいくつかあります。
医師との相性と対話を大切にしてください。
患者の立場になって考え、不安や痛みに寄り添ってくれる医師を見つけることが何より重要だと痛感しました。インフォームド・コンセント(十分な説明と同意)が一方通行だと感じたり、「この先生とは合わない」と感じたりしたら、主治医の変更や転院をためらわないでください。
「ステージ4だから」と諦めないでください。
私は「ステージ4の患者がセカンドオピニオンに行っても、やれることは同じだから嫌がられるのではないか」と思い、ためらってしまいました。しかし、納得のいく治療を受ける権利は誰にでもありますので、治療を諦めないでください。
情報は自分から積極的に収集してください。
リハビリ、介護保険の利用、緩和ケアの早期導入など、病院側からは教えてもらえない情報がたくさんあります。ソーシャルワーカーさんに聞く、看護師さんに尋ねる、インターネットやYouTubeで調べるなど、自ら動かなければ必要な支援につながれないことがあります。
「良い医者」を探すのは難しい、という現実も知っておいてください。
残念ながら、「〇〇がんの名医は誰か」という情報は簡単には見つかりません。だからこそ、今目の前にいる医師とどう向き合うか、合わない場合にどう動くかが重要です。