写真はイメージです。(AIによる生成)プロフィール
お名前:ヒロキチさん(ニックネーム)
年代:70代
性別:男性
家族構成:妻と二人暮らし(子ども三人は独立)
仕事:介護老人施設(調理補助)
がんの種類:前立腺がん
診断時ステージ:ステージ4
居住地:千葉県
診断年:2024年
※本体験談は、患者さん個人の経験に基づくものです。治療の経過や副作用、生活への影響には、個人差があります。医療的な判断や治療方針の決定の際には、必ず医師・医療従事者にご相談ください。
2024年、ヒロキチさんは前立腺がんと診断されました。発見のきっかけは、長引く腰痛。整形外科でMRIを撮ったところ、骨への転移が見つかりました。診断時のPSA値は640。手術とホルモン療法、病院の転院を経て、現在はPSA値をコントロールしながら仕事と運動を両立しています。診断から現在に至るまでの経緯と心境についてお話しいただきました。
診断のきっかけは、治らない腰痛
診断のきっかけは、腰痛でした。整骨院などにも通ったのですが、処置をしてもらっても楽になるのはその日だけ。それが何回も続いたので、自分でも「これはおかしい」と感じ始めました。
腰痛で通院していた地元の総合病院の整形外科で、もう一度しっかり診てもらいに行きました。MRI検査を受け、後日検査結果を聞きにいきましたが、そこで医師から告げられたのは、思いもよらない言葉でした。「骨にがんの可能性がある影があります」
「えっ」と思いました。骨にがんがあるというのは、よほどの状態ではないか。私はものすごく心配になりました。
その日は血液検査をしましょうということになり、採血をしました。翌日の火曜日、今度は内科の先生から話があり「PSA値が異常です」と言われました。当時の私には、PSA値と言われてもピンときません。「PSA値って何ですか?」と尋ねました。
医師の説明によると、PSA値というのは前立腺がんの腫瘍マーカーで、その数値がとんでもないことになっているということでした。見せてもらうと、私の数値は「640」もありました。基準値がいくつなのかは知りませんでしたが、640という数字の大きさに、よっぽど悪いのだなと思いました。
他の数値には異常がなかったため、「これは前立腺がんだろう」という話になりました。そこからさらに精密検査としてPET検査なども受けました。
検査の結果、前立腺が原発で、それが骨に転移していることがわかりました。第3、第4腰椎、背骨(脊椎)、さらに後頭部にも転移が見られるとのことでした。
医師から話を聞くたびに、私はだんだんと落ち込んでいきました。これからどうなるのだろうか、どうしたらいいものかと思いました。
ホルモン療法による「ホットフラッシュ」、治療薬変更提案を機に転院を決意
医師からの提案は、ホルモン療法でした。前立腺がんは男性ホルモンの刺激で増殖するため、そのホルモンを抑える治療を行うというのです。男性ホルモンを出す主な器官は睾丸(精巣)です。そこで、睾丸を摘出する手術(除睾術)をしましょうと提案されました。
手術は、年が明けた2025年の1月末に行いました。1泊2日の入院で済み、手術自体は無事に終わりました。そこから、ホルモン剤による治療が始まりました。
治療が始まってから、私を悩ませたのは副作用でした。特にひどかったのが「ホットフラッシュ(ほてり)」です。
まるで更年期障害のように、突然、体がじわじわと熱くなってくるのです。これが本当につらく、治療開始当初から悩まされました。最近になって、ようやくこの症状とも付き合えるようになり、対処できるようになってきましたが、いまだにホットフラッシュには悩まされています。特に今年の夏は大変でした。わずか2時間半で、まるでシャワーを浴びたみたいにTシャツからズボンまでが汗でびしょ濡れになりました。
ホルモン治療を始めて2〜3か月が経った頃、今使用しているホルモン剤は、治療効果も期待するほどではなく副作用が強いということで、主治医から「薬を変えてみましょう」と新しい薬を提案されました。しかし、提案された新しい薬は「副作用も強く出る可能性はありますが、治療効果も期待できます」ということでした。気になったのは、骨髄抑制などの副作用の可能性でした。骨髄抑制が起こると輸血治療が必要になる可能性があるというのです。私は「輸血」だけはしたくないという強い希望があったので、主治医と相談して治療薬の変更を断りました。
私は、看護師をしている娘にこのことを相談しました。すると娘の勤務先の病院の医師を紹介してくれたのです。奇妙な縁なのですが、その医師は、私がかかっていた総合病院の主治医の「先輩」にあたる方でした。
娘が紹介してくれた病院は通院しやすく、何より先生がとても話しやすい方でした。最初の病院の主治医も「先輩の医師だから、そっちに行ってみては」と勧めてくれたこともあり、私は転院を決意しました。
医師と長女に勧められた「水中ウォーキング」
転院先では、主治医と相談の上、高額な新しい薬は使わず、以前から飲んでいたホルモン剤の飲み薬を継続することになりました。
現在は、月に1回の通院と血液検査を続けています。 あれほど高かったPSA値は、劇的に下がりました。今では「0.00いくつ」という数値で安定しており、寛解状態を維持できています。
また、骨転移に対しては、骨がもろくなるのを防ぎ、骨を強くするための注射を、45日に1回のペースで打っています。 ただ、この注射の効果が切れてくる40日過ぎあたりから、やはり腰に痛みが出てくることがあります。
また、骨転移があるため、転院先の主治医からは「重い物を持たないこと」「飛んだり跳ねたり、走ったりしないこと」と言われています。骨がもろくなっているため、骨折のリスクが高いからです。
しかし、当時の私は、血液検査の結果で肝臓や腎臓、コレステロールなどの数値も悪化しており、高齢者が陥りがちなさまざまな問題を抱えていました。
そんな時、長女が「お父さん、ダイエットしようよ。一緒にプールでウォーキングしない?」と誘ってくれました。 8月の終わり頃から娘と一緒にプールに通い、水中ウォーキングを始めたところ、体調は目に見えて良くなりました。血液検査の数値も、軒並み改善しました。
以前は趣味で山登りもしていましたが、体力が落ちてしまったこともあり、今はできていません。しかし、運動を続けて筋肉をつけ、いつかまた再開したいという気持ちは持っています。
仕事は、診断前から続けている介護老人施設での調理補助を、今も継続しています。 週に3日、1日2.5時間から5時間程度という短い勤務時間が、今の私にはとても合っています。
そして何より、施設の利用者であるおじいちゃん、おばあちゃんたちと接することが、私にとって大きな励みになっています。
何でも相談できる信頼できる医師との出会い
診断当初は、とにかくインターネットでいろいろなことを調べました。前立腺がんは、他のがんに比べて生存期間が比較的長いという情報を知り、少し安心したことを覚えています。 「がん治療」と聞くと、抗がん剤で髪が抜けたり、体がどんどん弱っていったりするイメージを強く持っていたので、懸念も大きかったのです。
現在、PSA値は落ち着いていますが、「いつかまたPSA値が上がってくるのではないか」「ホルモン療法が効かなくなる『去勢抵抗性』になったらどうしよう」という不安は、常に心のどこかにあります。
そうした不安も、今の主治医には正直に話しています。先生は「大丈夫。その時にはまた別の治療法がいろいろあるから、心配しなくていいですよ」と言ってくれます。その言葉を聞いて、この先生にお任せしよう、と思うことができました。 いまでは、先生との信頼関係がしっかり築けてきたと感じています。
これからがんと向き合う方へのメッセージ
私自身の経験から、いまがんと向き合っている方にお伝えしたいことがあります。
情報を集めすぎると、迷いも出ます。
本やインターネットで情報を集めると、知識は増えます。しかし、情報が多すぎると「どれが自分にとって一番いいのか」と、かえって迷いが出てくることもあります。
信頼できる主治医を見つけることが大切です。
私が最終的に頼りにしたのは、主治医の言葉でした。ご自身の置かれている状況(仕事、生活、体力、価値観など)を隠さずに医師に伝え、自分に合った治療法を一緒に相談していくことが、何よりも大切だと思います。
何でも話せる信頼できる医師を見つけてください。
私は今の主治医と1年以上かけて、毎月の診察で対話を重ね、信頼関係を築いてきました。不安なことも、希望(いつか山登りをしたい、など)も、何でも話せる医師を見つけることが、治療を続けていく上で大きな支えになると思います。