写真はイメージです。(AIによる生成)プロフィール
お名前:にゃんこさん(ニックネーム)
年代:50代
性別:女性
家族構成:娘二人との三人暮らし
仕事:パート
がんの種類:急性リンパ性白血病
居住地:埼玉県
診断年:2019年
※本体験談は、患者さん個人の経験に基づくものです。治療の経過や副作用、生活への影響には、個人差があります。医療的な判断や治療方針の決定の際には、必ず医師・医療従事者にご相談ください。
2019年、急性リンパ性白血病と診断されたにゃんこさん。当時、正社員として働き、シングルマザーとして二人のお子さんを育てている最中でした。診断のきっかけは、長年続けていた「献血」。初発治療、寛解、再就職、そして再発。骨髄移植を経て、現在は慢性GVHD(移植片対宿主病)と向き合いながらパートとして働いています。治療と仕事の両立、経済的な不安、シングルマザーとしての葛藤など、リアルな体験をお話しいただきました。
診断のきっかけは、長年続けていた「献血」
診断の少し前から、微熱や疲れを感じることはありました。しかし、「年のせいかな」と、深く考えてはいませんでした。当時、私は正社員として働いていました。
そんな日常が大きく変わるきっかけとなったのは、私が若い頃から定期的に続けていた献血でした。
その日もいつも通り献血に行くと、事前の採血で「血液の数値に異常がある」と指摘されたのです。白血球の数が異常に増えているため、医療機関を受診するように強く勧められました。
勧められた通り、まずは近くの内科クリニックを受診しました。改めて血液検査をすると、やはり異常が見つかりましたが、その時はまだ白血病とは診断されませんでした。
急性リンパ性白血病の確定診断まで2〜3か月
診断が下るまでの道のりは、少し時間がかかりました。ちょうど新型コロナウイルスが流行り始めた頃だったこともあり、まずはコロナの検査を何回か受けましたが、結果は全て陰性でした。
クリニックの先生も、白血病特有の出血傾向など、典型的な症状が私には出ていなかったため、すぐに白血病と断定はせず、他の病気の可能性も探ってくださっていたようです。
しかし、微熱や頭痛は一向に治まりません。2〜3か月が経過した頃、あらためて先生に相談し、総合病院を紹介していただきました。
紹介された総合病院で、触診や採血などの一般的な検査を受けました。そこでも「白血病かもしれない」と言われましたが、別の病院で検査を受けてみてくださいと言われ、紹介状を書いてもらいました。
紹介先の総合病院で骨髄検査を受け、ようやく「急性リンパ性白血病」という確定診断を受けました。
初発治療と1度目の退職
診断が確定すると、医師からは「緊急性が高いので、すぐにでも入院してください」と告げられました。
私は正社員として働いていましたし、シングルマザーとして二人の娘を育てていましたから、すぐに「はい、わかりました」とは言えません。家のことや仕事の引き継ぎがあるため、2〜3日待ってもらいました。
急いで会社に連絡し、状況を説明しました。しかし、返ってきた言葉は厳しいものでした。 「会社も大きくないので、3か月は休職として扱えるが、それ以上治療がかかるようであれば退職して欲しい」 医師からは、「これから行う化学療法は寛解を目指すための激しいものであり、とても3か月で復帰できるものではない」と説明を受けていましたので、入院する前に会社と話し合い、3か月後に退職することが決まりました。
入院は、準無菌室の四人部屋で始まりました。幸い、治療が本格化する前の体調が良い時期に、パソコンを持ち込んだり、電話やメールを使ったりして、仕事の引き継ぎを病室から行うことができました。私が担当していたお客様の引き継ぎや、事務的な手続きを済ませました。
想像を絶する化学療法と、同室患者からの情報
化学療法は、想像を絶するものでした。激しい嘔吐と脱毛。副作用は本当につらく、「2度とこんな治療は受けたくない」と何度も思いました。特に最初の2〜3か月は、体が慣れるまでが非常に厳しかったです。
診断された時、私は医師に言われるがまま、紹介された病院に入院しました。病院や治療法を自分で選ぶという意識は、まったくありませんでした。
しかし、同室の患者さんたちと話す機会が増えると、皆さんがセカンドオピニオンを受けていたり、ご自身でいろいろな病院を調べたりしていることを知りました。白血病の治療にもさまざまな治療方針があり、病院によっても違うということを、私は入院してから初めて知ったのです。
医療者の方々からももちろん情報はいただきますが、同室の患者さんたちから聞く「実体験」は、副作用への対応方法や心構えなど、本当に有益な情報ばかりでした。
寛解、再就職、そして再発
約半年間の入院治療(一時帰宅を挟みながら)と、その後の約半年間の外来での維持療法(抗がん剤治療)を経て、私は寛解状態となりました。
治療開始から2年目、体力は落ちていましたが、感染にさえ気をつければ日常生活は普通に送れるようになっていました。そのため、経験を生かせる別の会社に、正社員として再就職することができました。
しかし、その穏やかな日々は長くは続きませんでした。2023年の定期検査で、再発がわかったのです。
骨髄移植と2度目の退職
再発時の治療方針を決めるとき、医師から「同じ抗がん剤治療をしても、完治は難しい。骨髄移植の方が、より完治を目指せます」と説明を受けました。
私は、骨髄移植を受けることを決意しました。
幸い、初発時に移植の可能性も示唆されていたため、その時点で骨髄バンクには登録済みでした。そのため、再発がわかった時にはすでにドナー候補者の方が何人か見つかっている状況で、骨髄バンクを通じた同種移植を受けられることになりました。
2度目の職場は、再発の際に1年間の休職を認めてくれました。しかし、移植治療が終わり、復帰のタイミングを考えていた頃、会社から「3月いっぱいで一旦退職してはどうでしょうか」と、遠回しに退職を促されました。「いつでも戻ってきてください」と温かい言葉もかけてくれましたが、現実的に、またお願いするのは難しいと感じ退職しました。
骨髄移植は、初発の化学療法以上に過酷なものでした。 そして、移植を乗り越えた今も、私には大きな課題が残っています。
現在、私は「慢性GVHD(移植片対宿主病)」と向き合っています。私の場合は、口の中の粘膜が荒れ、萎縮して口が開きにくくなったり、唾液が出にくくなったりしています。そのため、人と話したり、口を大きく動かしたりすることが困難です。
こうした症状があるため、以前のように対人コミュニケーションが重要な仕事に戻るのは、現実的に不可能だと感じています。
現在は、まったく別の職種で、週に1〜2日、体調に合わせて働けるパートの仕事をしています。
シングルマザーとしての経済的・精神的葛藤
私ががんと診断された時、娘たちはまだ学生でした。シングルマザーとして二人を育てていましたから、私が入院するということは、家から成人がいなくなることを意味します。
幸い、子どもたちはもう幼くはなかったので、協力して生活してくれましたが、学校の三者面談など、親として関わってあげられないことが多々ありました。当時はコロナ禍で面会も一切できず、病院からLINEで連絡を取り合い、体調や家のことなどを確認する日々でした。
入院先のソーシャルワーカーさんに「家のことが心配だ」と相談したこともあります。しかし、子どもたちが具体的に何か困っているわけではなかったため、具体的な支援にはつながりませんでした。ただ、「大丈夫だろうか」という不安が常にありました。
そして何より、経済的な負担が重くのしかかりました。初発時と再発時の退職時に、傷病手当金を受給できたことは本当に助かりましたが、それもとっくに終了しています。
現在は、週に数日のパート収入と、これまでの貯蓄を切り崩して生活している状況です。これから娘たちの進学費用もかかるのに、どうしようかというのが、今の正直な悩みです。
唯一のボランティアだった「献血」
私にとって、献血は若い頃から続けてきた「唯一のできるボランティア」であり、誇りでもありました。
しかし、白血病がわかった後、日本赤十字社から「今後一切、献血はできません」という内容の通知はがきが届きました。 わかってはいましたが、活字として突きつけられた時は、本当にショックでした。
骨髄バンクにドナー登録もしましたが、皮肉なことに、私はドナーから骨髄を「受ける側」になりました。
移植後、私は「見た目は元気そう」と言われることがあります。しかし、実際にはGVHDによる口の不自由さや、体の硬直といった「見えない困難」を抱えています。 がんサバイバーが抱える問題は、外から見えるものだけではありません。「全部できない」と決めつけるのではなく、できることとできないことを周囲と共有し、サポートし合える社会になって欲しいと切に願っています。
最後に、長年続けてきた献血はできなくなってしまいました。しかし、ドナーから命をいただいた今、これからは骨髄バンクの推進活動など、私にできる別の形で、社会に貢献していきたいと考えています。
これからがんと向き合う方へのメッセージ
私自身の経験から、いま治療と向き合っている方や、そのご家族にお伝えしたいことがいくつかあります。
情報収集と「選択」の意識を持ってください。
私は診断時、言われるがままに治療を受け入れましたが、入院してからセカンドオピニオンや病院選択の重要性を知りました。緊急性が高い病気ではありますが、可能であれば、ご自身やご家族が納得できる情報を集め、治療を選択する意識を持つことが大切だと思います。
同室の患者さんとの交流も大切にしてください。
もちろん、状況や性格にもよりますが、私は同室の患者さんから得た実体験に基づく情報(副作用の乗り切り方や心構え)に、とても助けられました。
第三者のサポートを積極的に活用してください。
治療と仕事の両立は、本当に大きな問題です。特に私のように中小企業で働いている場合、会社の理解を得られず、退職せざるを得ない現実に直面しました。 もし可能であれば、会社と従業員の間に入ってくれる第三者のサポートを積極的に活用して欲しいと思います。