写真はイメージです。(AIによる生成)プロフィール
お名前:すずさん(ニックネーム)
年代:50代
性別:女性
家族構成:一人暮らし
仕事:会社員
がんの種類:膵臓がん
診断時ステージ:ステージ2B
居住地:東京都
診断年:2020年
※本体験談は、患者さん個人の経験に基づくものです。治療の経過や副作用、生活への影響には、個人差があります。医療的な判断や治療方針の決定の際には、必ず医師・医療従事者にご相談ください。
すずさんが、膵臓がんと診断されたきっかけは人間ドックでした。すぐに精密検査を受けるように言われ、最初の病院を受診してから40日間確定診断がつかないという事態を経験します。ようやくがん専門病院で治療を開始し、手術を経て4年以上が経過した頃、肝臓と肺への転移が見つかりました。初期治療、転移時など重要な治療選択を迫られたすずさんが、どのように決断を下してきたのかをお話しいただきました。
人間ドックで見つかった検査値の異常
2019年の12月、毎年受けていた人間ドックががん発見のきっかけでした。半年前の区の検診ではまったく異常がなかったのですが、その日の血液検査で、肝臓や膵臓に関連する数値(ガンマGTPなど)が異常な値を示していることがわかったのです。
検査を受けたクリニックから「何か問題がある可能性が高いので、すぐに戻ってきてください」と電話があり、その日のうちにCT検査を受けました。CT画像には、素人の私が見てもわかるほど、膵頭部(十二指腸に近い部分)に白く腫瘍がはっきりと映っていました。クリニックの先生は「膵臓がんの可能性が高いです」とおっしゃいました。
40日間、確定診断がつかない日々
検査を受けたクリニックでは入院治療ができないため、私は画像データを持って、以前住んでいた近所にある大学病院へ向かいました。
すぐに入院となりましたが、そこからが長い道のりでした。ERCP(内視鏡的逆行性胆管膵管造影)という検査などで組織を採取するのですが、何度検査をしても「膵臓がん」という確定診断がつかないのです。
「免疫系の膵臓の病気ではないか」など、さまざまな可能性を言われましたが、がんだとは認めてもらえません。その間も、胆管炎を何度も起こしました。
画像にはっきりと腫瘍が映っているのに、なぜ診断がつかないのか。「そこの組織を採ればいいではないか」と、素人ながらにいら立ちが募りました。結局、確定診断がつかないまま、その病院で40日間を過ごすことになりました。
転院、そして即座の診断
このままでは、らちが明かないと思いました。
その病院の先生方の中でも、内科の先生は診断に悩み続けていましたが、たまたまお話しした外科の先生は「僕は膵臓がんだと思う」とおっしゃっていました。
その外科の先生に思い切って、「もし先生が患者だったら、がんセンターとがん専門病院のどちらに行きますか」と、単刀直入に尋ねてみました。先生は「膵臓の手術の数でいえば、がん専門病院の方が多いかもしれないね」と、少しヒントをくれました。
私は転院を決意し、大学病院から検査データや病理標本などを全て送ってもらい、がん専門病院を受診しました。
がん専門病院の先生は、私が持参した大学病院の検査データを見るなり、「膵臓がんです。ステージ2Bですね」と即座に診断を下してくれました。2020年2月のことでした。最初の発見からすでに2か月近くが経過していました。
予期せぬタイミングでの治療開始
がんが見つかったのは、奇しくも会社を退職する直前のことでした。2019年の12月末で退職することが決まっており、翌2020年の1月はまるまる有給休暇をとるつもりでした。「少しゆっくりしよう」と楽しみにしていた矢先の、40日間にわたる入院でした。
次の仕事も決めていなかったため、結果的に仕事の調整などを考える必要がなく、治療に専念できる環境だったのは不幸中の幸いでした。
がん専門病院での治療方針は、まず術前化学療法(アブラキサンとジェムザール)でがんを小さくしてから手術を行うというものでした。
化学療法の副作用で髪の毛はすべて抜けましたが、幸い副作用は比較的軽く一番恐れていた「食事が出来なくなる」という状態にはなりませんでした。抗がん剤は「すごく効いた」というわけではありませんでしたが、幸いにもがんが血管にがっちりと浸潤しているタイプではなかったため、手術は可能と判断されました。
4年3か月後の転移と、最初の診断以上の衝撃
膵臓の手術は無事に終わりました。術後は、TS-1という飲み薬の抗がん剤治療を1年ほど続け、その後は経過観察に入りました。
そこから4年3か月。定期検査でも異常はなく、主治医からも「このまま順調にいけば、もう僕と会わなくて済むかもね」と言われるほどでした。「5年生存」という一つの区切りも、現実的に見えてきた矢先のことです。
定期検査のCTで、肝臓と肺に転移が見つかりました。
正直なところ、最初に膵臓がんだと言われた時よりもショックが大きかったです。膵臓がんからの転移で最も多いのは肝臓だと聞いていましたので、「これで私も、一生抗がん剤治療が続くのだ」と覚悟しました。
肝臓のがんが消え、迫られた「決断」
再び、術前と同じアブラキサンとジェムザールによる化学療法を受けた結果、肝臓にあったがんは画像上見えなくなったのです。しかし、肺への転移は消えませんでした。
そこで、主治医から新たな提案がありました。「肺への転移だけなら、手術で取り切れるかもしれない」。いわゆる「コンバージョン手術(化学療法によって切除可能になったがんを手術すること)」の提案です。
しかし、膵臓がんの転移巣を手術で切除するというのは、大腸がんなどのコンバージョン手術と比べると、あまり一般的な治療ではないようでした。
私自身も情報を集めようと、膵臓がんの診療ガイドラインを読みましたが、第一選択ではないような記述が目立ちました。近所のクリニックの先生(元外科医)に話しても、「膵臓がんの転移で肺の手術は、僕は聞いたことがない」と言われました。
主治医の先生は「最終的に手術をするかしないかは、すずさんご自身の気持ちで決めて欲しい」というスタンスでした。
「そんなこと、素人に決められるわけがない」。私は本当に困り果て決断ができないまま抗がん剤治療を続けていました。
二人の医師がくれた「最後の一押し」
私の迷いを断ち切ってくれたのは、主治医とはまったく別の先生の言葉でした。
私は持病の甲状腺の治療で、別の病院にも通っていました。その主治医に、「実は肺に転移して、手術できると言われているけれど、自分で決めろと言われて悩んでいるんです」と思い切って状況を話して相談してみました。
すると、その先生は「え、できるんだったら、私だったらやるけどな」と、あっさりとおっしゃったのです。
さらに、私はがん専門病院の内科の先生にも、改めて正面から聞きました。「もう私には決められません。先生がもし私の立場だったら、どうしますか?」と。
先生は少し考えた後、「僕は内科医だから、本来は抗がん剤を勧める立場だけど……。僕だったら、できるんだったらやるよ」と答えてくれました。
この二人の「自分だったらやる」という言葉が、私の最後の一押しになりました。「そっか、できるならやってみるというのも1つの考え方なんだ」と納得し、私は肺転移の手術を受けることを決断しました。
今の私と、これからの私
肺の手術も無事に終わりました。ただ、術後の病理検査で、切除した断端(切り口)に、顕微鏡レベルで目には見えない小さながん細胞がまだ残っていることがわかっています。
これは手術で取り切れるものではなく、かといって小さすぎて抗がん剤治療の対象にもなりません。今は、この小さながんが大きくならないことを祈りながら、経過観察を続けている状態です。
生活も大きく変わりました。最初の40日間の入院生活で、あれほど大好きだったお酒もたばこも、きっぱりとやめました。膵臓の手術の影響で膵炎を起こしやすくなっているため、脂質制限のある食事にもすっかり慣れました。
術後しばらく医療用麻薬の鎮痛剤を服用していたため、車の運転も禁止され、結局そのまま5年以上運転していません。ドライブが大好きだったので、それは少し寂しいです。
現在は派遣社員として、在宅勤務をメインに仕事を続けています。職場の理解もあり、通院のための休みも取りやすく、非常に恵まれた環境で働けていることに感謝しています。
これからがんと向き合う方へのメッセージ
私の経験から、今、がんと向き合っている方々にお伝えしたいことがあります。
情報を正しく見極めることが大切です。
私は、個人のブログなどの体験談はあえて見ないようにし、医師が治療の基準にする「診療ガイドライン」を読みました。内容は難しいですが、それが一番偏りのない正しい情報源だと信じています。
病院や医師との相性は重要です。
私は最初の病院で40日間を過ごしましたが、その経験があったからこそ、次の病院の先生を心から信頼できました。もし今の主治医に疑問や不信感があるなら、セカンドオピニオンや転院をためらう必要はまったくないと思います。
迷った時は「先生だったらどうしますか?」と聞いてみてください。
治療の最終決断を患者に委ねられることは、多々あります。素人にはあまりに重い決断です。私は、甲状腺の先生や近所のクリニックの先生など、主治医以外の信頼できる医療者にも意見を聞きました。そして最後は、主治医に「先生が私の立場だったらどうしますか?」と本音を聞き出し、それが私の決断を後押ししてくれました。