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突然の急性骨髄性白血病、二度の命の危機を乗り越え骨髄移植にかけた希望の道

[公開日] 2025.10.28[最終更新日] 2025.12.24

写真はイメージです。(AIによる生成)
プロフィール お名前:秋山 寛さん(本名) 年代:50代 性別:男性 家族構成:妻と二人暮らし 仕事:地方自治体勤務(診断時は会社員) がんの種類:急性骨髄性白血病 居住地:非公開 診断年:2021年
※本体験談は、患者さん個人の経験に基づくものです。治療の経過や副作用、生活への影響には、個人差があります。医療的な判断や治療方針の決定の際には、必ず医師・医療従事者にご相談ください。 2021年12月、秋山寛さんは「急性骨髄性白血病」と診断されました。数か月前から続いていた原因不明の体調不良。それは、闘病生活の始まりを告げるサインでした。診断からわずか数日で始まった抗がん剤治療、そして半年後の再発。治療の過程では、二度にわたり敗血症性ショックで命の危機に瀕し、過酷な骨髄移植も経験されました。突然のがん宣告から現在に至るまでの道のりをお話しいただきました。

体の異変、そして突然の白血病告知

数か月前から、朝起きると疲れが残っていたり、日中に突然めまいに襲われたりすることが何度かありました。当時は仕事が忙しかったこともあり、「ただの疲れだろう」と、深くは考えていませんでした。 しかし、2021年12月20日の月曜日の朝、事態は急変しました。目が覚めると体が全く動かず、ひどいめまいで起き上がることすらできません。その日は冬休みに入るまであと1週間。なんとか頑張って仕事に行こうと無理やり体を起こし、朝食を終えて立ち上がった瞬間、また動けなくなってしまいました。 ちょうどその日、妻が別の用事で病院へ行く予定だったので、一緒に連れて行ってもらうことにしました。病院の駐車場から入り口まで歩くだけでも精一杯で、よろよろと歩く私を見かねた警備員さんがすぐに車椅子を用意してくれました。診察室のあるフロアに着くと、看護師さんたちが私の姿を見てすぐにベッドへ通してくれました。 1時間ほどベッドで休んでいると医師が来て、「疲れでしょうね」という雰囲気で診察が始まりました。点滴を打ってもらうと、驚くほど体調が回復しました。採血もしましたが、その時にはすっかり元気になり、妻と「帰りにステーキでも食べて帰ろうか」と話していたくらいです。 ところが、そこへ先ほどの医師が、もう一人、上司らしき医師を連れてやってきました。二人は何か書類を見ながら私の両側に立つと、首筋などを触り「この辺、腫れている感じはしますか?」と尋ねます。「いいえ、何もありません」と答えたのですが、どうも様子がおかしい感じでした。 再び一人で戻ってきた医師は、「今日の採血の結果、白血球と赤血球、血小板の数値が基準値より大幅に低いことがわかりました。特に白血球は670しかありません。これは何らかの血液の病気です。今日このまま入院してください」と告げました。 何が何だかわからず、夫婦で固まってしまいました。しかし、その日は検査も病床も空いておらず、入院はできませんでした。「もし熱が出たら、何時でもいいから病院に来てください」と念を押され、その日は帰宅することになりました。 帰宅途中、どうしても気になり、スマートフォンで「白血球 血小板 赤血球 減少」と検索してみました。最初に表示されたのは「再生不良性貧血」という病名です。難病指定と書かれており、「厄介なことになったな」と、その時は漠然と考えていました。がんの可能性など、みじんも考えていなかったのです。

「白血病の疑い」から確定診断へ

2日後の水曜日、CT検査のために再び病院へ向かいました。午前中に職場にいると、病院の看護師さんから電話がありました。「今日の午後に来られると思いますが、CT検査の後に先生からお話がありますので、会計の前に残っていてください」と言われ、嫌な予感がしました。 午後、妻に付き添ってもらいCT検査を終え、待合室で待っていると診察室に呼ばれました。席に着いた途端、医師から告げられたのは「白血病の疑いがあります」という言葉でした。 頭が真っ白になり、思考が完全に停止しました。医師が話す「芽球が6%」とか「20%以上で白血病」といった言葉が、どこか遠くで聞こえているような感覚です。「何か質問はありますか」と聞かれ、思わず「再生不良性貧血じゃないんですか?」と尋ねると、「そちらの方がまだ良かったですね」と返されました。 「この紹介状を持って、明日の朝、大学病院へ行ってください」。そう言われ、翌日、大学病院を受診しました。そこでも同じような説明を受け、確定診断のために骨髄検査を行うことになりました。「結果が出るまで数時間かかるから、お昼ご飯でも食べてきていいですよ」と言われたので、午後1時に病院へ戻りました。 すぐに診察室へ呼ばれると、午前中とは打って変わって険しい表情の医師から「検査の結果、急性白血病です。すぐに入院してください」と言われました。 あまりに突然のことで、状況が全く飲み込めません。「職場の引き継ぎや入院の支度があるので、せめて1日だけ時間が欲しい」と懇願しましたが、医師の答えは非情なものでした。 「あなたは自分の状況がわかっていますか? 急性白血病は進行が早い。死にますよ」 その一言で、自分がとんでもない状況に置かれているのだと、ようやく理解しました。こうして、私の長くて過酷な闘病生活が始まりました。

再発、そして二度の命の危機

入院してすぐにクリーンルームに入り、寛解導入療法という強力な抗がん剤治療が始まりました。詳しい病名が「急性骨髄性白血病」だと知ったのは、入院から2週間ほど経った頃です。 最初の治療は、頭痛や吐き気、食欲不振といった副作用に苦しめられました。抗がん剤の投与が始まって2週間もすると、シャワーを浴びていると髪の毛がごっそりと抜け落ち、排水溝が詰まるほどでした。その後も地固め療法などの治療を続け、翌年の7月になんとか退院することができ、一度は職場にも復帰しました。 しかし、その半年後、定期検査で再発が判明しました。再発後の治療は、初発の時よりも格段につらいものでした。3種類の抗がん剤を使った治療が始まって1週間後、急な高熱が出ました。発熱性好中球減少症と診断され、38度から39度台の高熱が2週間も続きました。体は衰弱しきって何も食べられず、毎日見舞いに来てくれる妻との面会に行くことさえできませんでした。 さらに、地固め療法に移ってから1週間ほど経ったある日の午後、尋常ではない寒気に襲われました。布団を何枚かけても、電気毛布を使っても震えが止まりません。そのうちに意識が遠のき、次に気がついた時には、敗血症性ショックに陥っていました。熱は40.9度まで上がり、血圧は上の数値が70まで低下。非常に危険な状態だったそうです。「もしこのまま意識が戻らなければICUに入ることになっていた」と、後から聞かされました。 再発した時点で、次の治療法は骨髄移植しかないと言われていました。私には妹がいますが、薬を服用していたためドナーにはなれず、骨髄バンクに登録することになりました。幸いにもドナーが見つかり、その年の夏に移植手術を受けることが決まりました。 移植前には、ドナーの方の骨髄を受け入れるために「移植前処置」が行われます。私の場合は、全身への放射線治療と抗がん剤投与でした。この処置を受けると、ほとんどの人が動けなくなると聞いていましたが、私は幸運にも比較的元気に過ごせていました。医師や看護師さんたちも「秋山さんなら、移植後も副作用は出ないかもしれないね」と楽観視していたほどです。 しかし、その期待は移植2日目の夜に裏切られました。食べたものをすべて吐いてしまい、ひどい倦怠感に襲われます。3日目には体が全く動かなくなり、4日目には口の中が口内炎だらけに。熱も40度を超え、再び敗血症を起こしてICUに3日間入ることになりました。 さらに、ドナーの方の細胞が私の体を攻撃するGVHD(移植片対宿主病)が、肺に発症しました。体を少し動かすだけで激しく咳き込み、1か月ほど寝たきりの状態が続きました。足の筋肉はすっかり落ちてしまい、久しぶりに自分の足を見ると、太ももの間に大きな隙間ができていたほどです。

今も続く後遺症との闘い

長い入院生活を経て退院しましたが、体力は著しく低下していました。1分間立っているだけで息が苦しくなるような状態からのリハビリは、想像以上に大変なものでした。 2024年の4月から職場に復帰しましたが、肺のGVHDは間質性肺炎となって今も残っています。これは完治しないため、ステロイドと免疫抑制剤で症状を抑える治療が続いています。ステロイドの副作用で筋肉が落ちやすいため、以前のように体を動かすことはできず、現在は事務作業のみを行っています。フルマラソンやウルトラマラソンを走っていた頃の自分が、遠い昔のことのように感じられます。 このつらい闘病生活で、何よりも大きな支えとなったのは、周りの人々の存在でした。医師や看護師さん、病室を掃除してくれるスタッフの方々、そして毎日見舞いに来てくれた妻。忙しい中でも時間を見つけては顔を出し、たわいない話をしてくれる彼らの優しさに、どれだけ救われたかわかりません。精神的な支えがなければ、この過酷な治療を乗り越えることはできなかったと思います。 そして今、私は骨髄バンクの語り部として登録し、自身の経験をお話しする活動をしています。二度にわたる命の危機を乗り越え、顔も知らないドナーの方から新しい命をいただいたこの経験が、これから病気と向き合う方や、ドナー登録を考えている方にとって、少しでも役に立てばと願っています。

これからがんと向き合う方へのメッセージ

私の経験から、今がんと闘っている方へ伝えたいことがあります。 • 自分だけだと思わないでください。 症状や治療の経過は人それぞれですが、同じように悩み、苦しんでいる仲間は必ずいます。 • 一人で抱え込まないでください。 つらい時、不安な時は、医師や看護師さん、家族など、信頼できる誰かにその気持ちを話してみてください。誰かに頼ることは、決して弱いことではありません。 • 必ずどこかに道はあります。 治療法や支えとなる人との出会いなど、突破口は必ず見つかるはずです。希望を捨てずに、一歩ずつ前に進んでいって欲しいと思います。
体験談 白血病 急性骨髄性白血病

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