• 検索
  • お問い合わせ
  • お知らせ
  • メニュー
  • がん種
  • ニュース
  • 特集
  • 治験
  • リサーチ
  • イベント
  • 動画
  • 患者会
  • 辞典
  • お役立ち

受け取った優しさを、次の誰かへ。乳がん体験を経て見つけたピアサポーターという生き方

[公開日] 2025.10.21[最終更新日] 2025.12.24

写真はイメージです。(AIによる生成)
プロフィール お名前:よってぃさん(ニックネーム) 年代:60代 性別:女性 家族構成:夫と娘の三人暮らし 仕事:ピアサポーター(診断時は事務アルバイト) がんの種類:乳がん 診断時ステージ:ステージ1 居住地:東京都 診断年:2015年
※本体験談は、患者さん個人の経験に基づくものです。治療の経過や副作用、生活への影響には、個人差があります。医療的な判断や治療方針の決定の際には、必ず医師・医療従事者にご相談ください。 2015年、年に1度の人間ドックをきっかけに乳がんと診断されたよってぃさん。ステージ1という早期発見ではあったものの、手術後の病理検査でフルコースの治療が必要とわかります。抗がん剤治療でのアナフィラキシーショックや、脱毛による心の葛藤、友人との予期せぬ出来事など、さまざまな試練を経験しました。その経験を経て、現在はピアサポーターとして、同じようにがんと向き合う人々を支える活動をしています。診断から現在に至るまでの道のりをお話しいただきました。

人間ドックで見つかった異変、突然のがん告知

私が乳がんだとわかったのは、2015年に受けた人間ドックがきっかけでした。毎年受けている検査でしたが、その年は超音波検査で「要精密検査」という結果が出たのです。それまで大きな病気をしたことがなかったので、まさか自分ががんになるとは想像もしていませんでした。 ちょうど婦人科系の疾患で総合病院に通院する予定があったため、人間ドックの翌日、その病院で相談しました。すると、すぐに乳腺外科を予約してくれ、改めて検査を受けることになりました。 検査を終え、診察室で医師から告げられたのは、「画像を見る限り、おそらくがんでしょう」という言葉でした。がんという言葉が自分に向けられるとは夢にも思っていませんでした。ただ、確定診断のためには、がんの疑いがある組織を採取して詳しく調べる「針生検」が必要とのこと。その日のうちに生検を受け、結果を待つことになりました。 検査の結果を聞きに、病院へは1人で行きました。医師から「ステージ1の乳がんです」という確定診断を受けました。

治療への専念と、家族への報告

当時は週に数回、事務のアルバイトをしていましたが、今後の治療スケジュールや体への負担が全く予測できませんでした。診断されたばかりで、ステージ1がどういう状態なのか、どんな手術をして、体にどれくらいの影響があるのかもわからず、とにかく「治療に専念しなければ」という思いが強くありました。 診断の翌日がちょうど出勤日でしたが、「今の精神状態では仕事に行けない」と感じ、すぐに職場へ連絡しました。退職理由は、正直に「乳がんになったので、治療に専念したいです」と伝えました。何か他の理由を考える余裕もありませんでしたし、正直に話すのが一番だと思ったのです。 家族には、その日のうちに報告しました。夫はもちろん、当時大学1年生だった娘にもすぐに伝えました。娘ももう大人で、病気のことは理解できる年齢でした。家族は私の話を静かに聞いてくれました。

想定外のフルコース治療へ

当初、主治医から説明された治療計画は、がんが1cm程度と小さいため、乳房を部分的に切除する「乳房温存手術」を行い、その後、再発を防ぐために放射線治療を毎日続けるというものでした。抗がん剤やホルモン療法については、手術で摘出した組織を病理検査に出し、がんの性質(サブタイプ)を詳しく調べてから判断するとのことでした。 無事に手術を終え、退院してから数週間後、病理検査の結果を聞くために診察を受けました。そこで、私の乳がんが「HER2陽性」かつ「ホルモン陽性」というタイプであることが判明したのです。 この結果を受け、治療方針は大きく変わりました。部分切除だったため放射線治療は必須でしたが、それに加えて、抗がん剤治療、HER2陽性タイプに効果のある分子標的薬治療、そしてホルモン療法も必要だと言われました。いわゆる「フルコース」の治療です。

抗がん剤の試練と、忘れられない友人との出来事

薬物治療で最初に行われたのは抗がん剤治療でした。しかし、1種類目の抗がん剤を2回目の投与中に、体中に異変が起きました。急激なアレルギー反応である「アナフィラキシーショック」を起こしてしまったのです。すぐに投与は中止され、幸い大事には至りませんでしたが、薬剤を変更して治療を再開することになりました。 新しい薬剤では、吐き気は薬で抑えられたものの、口内炎がひどく、口を開けるのもつらい状態になりました。お腹はすくのに食べられない日が続き、体全体の倦怠感も日に日に強くなっていきました。 そして、抗がん剤治療で最もつらかったのが脱毛でした。髪が抜けることは事前に説明を受けており、頭では理解していても、いざ自分の髪がごっそりと抜け落ちていくのを見ると、言葉にできないほどのショックを受けました。 ウィッグを用意する必要がありましたが、なかなか自分の気に入るものが見つかりません。私は人毛であることや髪型にこだわりがあり、何軒もお店を回りました。結局、購入したのは抗がん剤治療が始まってからでした。知人から紹介された医療用ウィッグを扱う美容院で、自分の希望に合うものを見つけ、カットなども調整してもらいました。 治療中、友人たちにはがんであることを隠していました。心配をかけたくなかったですし、自分から病気の話をするのがためらわれたからです。そんなある日、10人ほどの友人と女子会に参加しました。久しぶりに会った友人の1人が、私の髪型を見て「あれ、髪型変えた? ウィッグにしたの?」と聞いてきました。そして、何の悪気もなかったのだと思いますが、私の頭に手を伸ばし、ウィッグをぐいっと引っ張ったのです。 あまりに突然のことで、私は驚いて固まってしまいました。周りの友人たちは何が起きたかわからない様子でしたが、私にとっては非常にショックな出来事でした。 後日、この出来事をがんの治療で知り合った仲間に話すと、みんなが自分のことのように「ありえない」「ひどすぎる」と怒ってくれました。当時はがんになったことで精神的にも弱っていたのですが、仲間たちが私以上に憤慨してくれたことで、少し心が軽くなったのを覚えています。同じ経験をした仲間だからこそ分かり合える気持ちがあり、その存在が大きな支えになりました。

ピアサポーターという新たな道

治療が少し落ち着いた頃、私は「乳がん体験者コーディネーター」という資格があることを知りました。がんになったこの経験を、何かに活かせるのではないか。そう考え、資格について調べていくうちに、資格取得者が主催する患者会を見つけました。 初めは資格の情報収集が目的で参加したのですが、そこでは自分と同じように乳がんと向き合うさまざまな年代の方々と話すことができました。自分とは違うサブタイプで、違う治療を受けている人の話を聞くことで、乳がんの多様性を知り、視野が広がりました。 この経験をきっかけに、私は別のNPO法人が主催する「ピアサポーター養成講座」も受講することにしました。仕事もやめて時間があったので、治療の合間を縫って講座に通い、がんと向き合う人の心に寄り添うための知識とスキルを学びました。 現在、私はピアサポーターとして医療機関で活動しています。予約なしで患者さんやご家族が立ち寄れる相談ブースに立ったり、患者さん同士が語り合う「がんサロン」のファシリテーターを務めたりしています。コロナ禍を経て、サロンも対面だけでなく、オンラインやハイブリッド形式など、さまざまな形で開催しています。 私がピアサポート活動をしていて感じるのは、体験者だからこそ分かり合える気持ちがあるということです。治療の不安や生活の悩みは、一人ひとり違いますが、根底にある思いは共通している部分も多くあります。 がんと共に生きていく道は、決して平坦ではないかもしれません。しかし、あなたを支えてくれる人は必ずいます。少しずつでも前に進んでいけるよう、心から応援しています。

これからがんと向き合う方へのメッセージ

もし今、あなたががんと診断され、不安の中にいるのなら、ぜひ伝えたいことがあります。 一人で抱え込まないでください。 家族や友人、医療者に話すことも大切ですが、同じ病気を経験した「ピア(仲間)」に話してみることで、気持ちが楽になることがあります。がん患者が集うサロンや患者会に、一度足を運んでみるのも良いかもしれません。 がんになっても、人生は続きます。 治療中はつらいことも多いと思いますが、病気と向き合いながらも、自分らしく生きていくための「何か」を見つけることが、人生を豊かにしてくれると私は信じています。それは、仕事かもしれませんし、趣味や新しい活動かもしれません。
体験談 乳がん

おすすめ記事

治験・臨床試験

一覧を見る

リサーチ・調査

一覧を見る

ニュース

一覧を見る

イベント

一覧を見る

動画

一覧を見る

体験談

一覧を見る

患者会

一覧を見る

電話受付:平日(月〜金)10:00-18:00

※オペレーターが受付いたします。内容に応じて専門のスタッフへおつなぎいたします。