写真はイメージです。(AIによる生成)プロフィール
お名前:あきおさん(ニックネーム)
年代:70代
性別:男性
家族構成:妻と二人暮らし
仕事:会社役員(診断時)
がんの種類:食道がん
診断時ステージ:ステージ1
居住地:東京都
診断年:2015年
※本体験談は、患者さん個人の経験に基づくものです。治療の経過や副作用、生活への影響には、個人差があります。医療的な判断や治療方針の決定の際には、必ず医師・医療従事者にご相談ください。
2015年、当時65歳だったあきおさんは、大学病院で受けた人間ドックをきっかけに食道がんの診断を受けました。ステージ1という早期発見ではあったものの、治療法の選択で大きな決断を迫られます。家族や医師の勧めもあり手術を選びましたが、その選択が長きにわたる後遺症との闘いの始まりでした。ご自身の経験から「同じ状況の人には手術を勧めない」と語るあきおさんに、その経緯と現在の思いをお話しいただきました。
予期せぬがん告知は人間ドックで
私が食道がんだとわかったのは、2015年に受けた人間ドックがきっかけでした。特に自覚症状があったわけではありません。後から振り返ってみて「そういえば、こういう症状があったな」と認識した程度です。
検査は胃内視鏡検査でした。検査の最中に医師から「食道に異変があるので、細胞を採って検査します」と告げられました。そして、検査から1、2時間後に「おそらく、がんです」と告知されたのです。
幸いにも「早期なので大きな手術にはならずに済むでしょう」とのことで、人間ドックを受けた大学病院でも治療は可能とのことでしたが、4つの病院を紹介され、いずれかで詳しい診断を受けるように言われました。
専門医を頼り、治療法の選択へ
どの病院に行くべきか、まずはかかりつけ医に電話で相談しました。すると「食道がんであれば、がんを専門とする病院が一番だと思う」とアドバイスをくれました。手術例が豊富で、治療実績も高いとのことでした。私はその言葉を信じ、がん専門病院を受診することに決めました。
がん専門病院では、人間ドックで撮影した画像データなどを見て、「間違いなく食道がんです」とすぐに診断が確定し、改めて検査をすることなく、すぐに治療方針を決める段階に入りました。
最初の治療は、内視鏡でがんを削り取る手術でした。ステージから見ても、この手術で完治する可能性が高いとのことでした。しかし、手術後に削り取った組織を詳しく調べた結果、2か所だけがんが深く達していることがわかりました。
医師からは「内視鏡手術だけでは終わりとは言えません。食道を切除し、周りのリンパ節も郭清する外科手術が必要です」と告げられました。そして、もう一つの選択肢として「このステージであれば、放射線治療も手術と同じくらいの治療効果が期待できます。どちらを選ぶか、セカンドオピニオンを受けて考えてください」と提案されたのです。
手術か放射線か、家族の強い勧めで下した決断
私はセカンドオピニオンを受けることにしました。まず、がん専門病院の放射線科を受診すると、「これなら放射線で治せますよ」と言われました。さらに、知人から中部地方にある大学病院に放射線の専門家がいると聞き、紹介状を書いてもらって話を聞きに行きました。そこでは、「重粒子線治療という方法なら、手術をせずに完治を目指せます」という説明を受けました。
当時、重粒子線治療は保険適用外で、400万円から500万円ほどの費用がかかるとのことでした。幸い、経済的な問題はなかったため、体にメスを入れずに済むこの治療法に強く惹かれました。私自身は、重粒子線治療を受けようと心に決めていました。
しかし、この考えに妻と長男が猛反対したのです。息子はインターネットでさまざまなことを調べたようで、「放射線ではなく、絶対に手術をして欲しい」と強く主張しました。
家族の意見に、私の心は揺らぎました。最終的な判断を下すために、当時、私が役員を務めていた会社の付き合いがある病院の院長にも電話で相談しました。院長は「あきおさんはまだ65歳。これから先も長い。放射線治療は歴史が浅く、手術に比べて治療実績のデータが少ない。あなたの年齢を考えれば、実績が豊富でエビデンスが確立されている手術を選ぶべきです。もっと高齢の方なら放射線を勧めますが」とアドバイスしてくれました。
家族、そして専門家である院長の意見を踏まえ、私は最終的に外科手術を受けることを決断しました。しかし今、この時の決断を甚だしく後悔しています。
今も続く、つらく厳しい後遺症
なぜ後悔しているのか。それは手術後の後遺症が、想像を絶するほどつらいものだったからです。放射線治療の後遺症を経験していないので単純な比較はできませんが、体にメスを入れるということが、これほどまでに日常生活に影響を及ぼすとは思いもしませんでした。
最もつらいのは食事です。食道は、食べた物をぜん動運動によって胃に送る役割を担っています。しかし、私の食道は切除され、代わりに胃を引き上げて作った「胃管」がその役目をしています。胃管は運動の機能が弱いため、食べ物はただ重力に従って落ちていくだけです。
そのため、健常者のようにスムーズに飲み込むことができません。食べるスピードは極端に遅くなり、常に胸のあたりで食べ物が詰まったような苦しさを感じます。少しでも早く食べると、急激な血糖値の変動による「ダンピング症候群」が起こり、冷や汗や動悸に襲われます。これは今でも続いており、一生付き合っていくしかないと言われています。
特に蕎麦は、あまり咀嚼せずに喉越しを楽しむ食べ物ですが、私にはそれができません。蕎麦を「たぐる」ことはできなくなり、一口ずつよく噛んでからでないと飲み込めないのです。見た目も美しくないですし、何より本人がおいしいと感じられません。
次に、睡眠の問題です。食道と共に、胃の入り口にある逆流を防ぐための弁も切除してしまいました。そのため、体をフラットにして横になると、胃液が容赦なく逆流してきます。この逆流した胃液が気管に入ると、誤嚥性肺炎を引き起こす危険があるだけでなく、咳が止まらなくなり、息ができないほどの激しい苦しみに襲われます。
ですから、私は一生、平らなベッドで眠ることができません。常に電動ベッドで上半身を10度から15度ほど起こした状態で寝る必要があります。
日常生活の動作にも制限があります。逆流を防ぐため、前かがみになることができません。例えばゴルフで地面のボールを拾う時も、上半身をかがめるのではなく、膝を曲げて腰を落とし、上半身は起こしたまま拾わなければなりません。
また、食後すぐは苦しくて動けなくなります。歩くことさえつらいので、食事は腹八分目どころか、常に腹五分目を心がけています。それでも食後は、上半身を起こした状態で横になり、しばらく休む必要があります。仲間とのゴルフでは、昼食を食べると午後のプレーに支障が出るため、スープを少し飲む程度で我慢しています。
手術から10年近くが経ち、手術直後の3~4年間の最も苦しかった時期に比べれば、体も慣れてきました。しかし、根本的な苦しみは今も全く変わっていません。
立場上、言えなかった病気のこと
診断当時、私は上場企業の役員という立場でした。そのため、食道がんという重い病気であることが外部に漏れるのは好ましくないと考え、社内でもごく一部の人にしか病気のことを話しませんでした。
手術後は体重が減りましたが、周囲に心配をかけたくない一心で、「ダイエットに成功したんだ」と冗談めかして言い訳をしていました。
一番つらかったのは、取引先との会食です。病気のことを話していない相手との食事では、私がほとんど食べられない様子を見て、「食事がお口に合わないのだろうか」と、いらぬ心配をかけてしまいます。それが本当に申し訳なく、精神的にも大きな負担でした。立場上、オープンにできないことが、これほどつらいとは思いませんでした。
これからがんと向き合う方へのメッセージ
私の経験が、すべてのがん患者さんに当てはまるわけではありません。しかし、食道がんの治療で同じような選択に直面する方がいらっしゃるかもしれません。その方たちに、私の心からの思いを伝えたいです。
治療法の選択は慎重にしてください。
もし、私と同じ食道がんステージ1で、手術か放射線治療かを選ぶのであれば、私は「絶対に手術はするな」と言います。手術後の後遺症は一生続くこともあります。体にメスを入れることのリスクや、その後の生活がどう変わるのか、さまざまな可能性を十分に調べ、納得した上で決断して欲しいです。もちろん、放射線治療にも副作用はあるでしょう。しかし、私の経験から言えるのは、手術による生活の質(QOL)の低下は計り知れないということです。
信頼できる病院で定期的な健診を受けてください。
私が早期発見できたのは、長年同じ大学病院で人間ドックを受け続けていたからです。治療を受けた病院の医師からも「これはよく見つかりましたね。本当にラッキーでした」と言われました。内視鏡でがんを見つける医師の「読影技術」が、私の命を救ってくれたのです。定期的な健診は、がんから命を守るための最も重要な手段です。そして、受けるのであれば、安さだけで選ぶのではなく、読影技術などを含めて信頼できる医療機関を選ぶことを強くお勧めします。早期に発見できれば、治療の選択肢も広がります。